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渋谷区役所版「蟹工船2」ー非常勤職員の時給が1400円

 前に笹塚図書館に「下請け」として働いている人たちの時給が、850円から始まる事実を書いた。渋谷区の他の図書館も「下請け」を使い始め、時給は笹塚図書館と大差がない。でも850円はいくらなんでも、いまどきの渋谷では余りにも安すぎる。だから笹塚図書館では辞める人が続出し、小心者の館長がやきもきしている。明らかに白髪が増えてきている。

 その反面、渋谷区では以前から、富ヶ谷、本町図書館で非常勤職員を雇用し、8時間弱勤務で、日額11,200円を払っている。時給にすると約1400円になる(6月2日、中央図書館館長船本徹からのFAX資料による)。

 一方では時給1400円払っておいて、もう一方では時給850円。やっていることは同じだ。この差は何だ。区が直接非常勤として雇用するか、間に下請け業者を入れるか、つまり時給550円の「ピンはね」を黙殺するかの違いである。現代版「蟹工船」が、今まさに渋谷区の図書館で始まっている。

 でも、同じ図書館でも、便所掃除等の単労のおじさん、おばさん職員の時給が4000円近い現実、それに加え渋谷図書館では2名も単労がいる現実を知れば、下請け、非常勤職員の時給なんか、哀れなものである。

単労職員は渋谷区職員組合(職員課によれば、組織率99,2%。都内でもトップクラス。専従職員座光寺成夫は、旧社会党区議会議員でありながら、区長べったりだった故座光寺幸男の息子)に守られ、人件費として、一人当たり年間1000万円近く、私たち納税者が負担している。笹塚図書館の1年間の図書購入費よりも、便所掃除等の単労の一人当たりの人件費がはるかに高い。

 単労職員の既得権の壁は、かっての東ベルリンの壁のように立ちはだかっている。下請けを入れたのは、単労対策でもある。こんな地味な、地域限定のブログでさえも、1日のアクセス数が300人を越える日も確実にある。事実を知った納税者の、だんだんと燻ぶる人件費の高さへの、一つのガス抜きが下請け化である。

 でもぼくは下請けよりも、非常勤、NPOがベストだとは思っていない。たしかにぼくはNPOの応援団ではあるが、代々木図書館(現在NPOが渋谷区で始めて運営している)の利用者からの苦情が続出してくるなら、断固として再契約を打ち切るほうに回る。幸い、今のところ、苦情もなく、入館者数も増えているが・・・

 その一方、非常勤職員を入れている本町図書館は問題がある。まず、利用者からの苦情に真摯に答えていない。中央図書館長船本徹から08年4月からの利用者の苦情をまとめて郵送してもらったが、笹塚図書館の「ご意見・ご要望に対する回答」が最も充実していた。時給850円からの下請け職員が働いている館である。見事の一言に尽きる。

 しかし、本町図書館は書式においても、内容においても最悪である。仕事を「なめている」としか言いようがない。これで時給1400円は詐欺である。まず、手書きが混じっている。それに苦情に対して、どう館員が応対したのも書いていない。臨川みんなの図書館でも長岡館長らしく、それぞれA4用紙に細かく「意見の用紙、回答」が書いてある。しかし、本町図書館では、A4用紙1枚に、08年からの件名、概要がまとめてあるだけだ。それも09年からは、手書きである。最後にこう書かれている。

 平成21年5月23日 「他の図書館と比較して職員が多い」

 「同一労働、同一賃金」。これがすべての根本である。便所掃除等の単労職員が時給4000円も取るのも異常事態だが、下請け職員が時給850円から始まるのも異様に安すぎる。ましてや単労職員たちの退職金2500万円、年金23万円とも無縁である。

 たしかに単労たちの既得権の壁は、未だに分厚い。非常勤職員も、知らぬ間に既得権に馴染んでいく。しかし、納税者は事実を少しずつ知り始めてきた。市民社会の常識とは余りにもかけ離れているので、必ず既得権の壁は外部から打ち壊される。かっての東ベルリンの壁のように・・・

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老人の花園を荒らすのは誰だー渋谷サービス公社は怪しいぞ!

 「渋谷サービス公社の社長名などはプライバシーなので明かせません」

 サービス公社を管轄している区役所総務課長(統括)遠藤正が、またも苦しみながら言葉を搾り出す。遠藤は謹厳実直、まじめ一筋に、中大法科を出てすぐ渋谷区役所に奉職し、定年近くまで、勤め上げてきた。10年前から知っているが、公務員の「鑑」である。統括課長まで上り詰めたから、部長の椅子は目の前である。

 そんな最近の遠藤総務課長を悩ませている事が、二つある。加齢臭と「サービス公社」のことである。防災課長のとき、調布市の妻子と離れて、笹塚の防災住宅で一人住まいを強いられたので、末期癌の患者のように痩せ細っていった。臭いも、その時以来で、年頃の可愛い娘さんから「お父さん、臭い」と、遠ざけられている。

 かんじんの「サービス公社」はまず、渋谷オンブズマンが口火を切り、それに続いて渋谷区民オンブズマン(つまり、ぼくのこと)が乗り出した。特に74年から75年にかけて ,ロンドンでADULT EDUCATION(元々は成人教育、日本では社会教育と言うことが多い。英国労働党の政策と深い関係がある)の恩恵を受けていたので、人一倍、評価が高い。

 杉並区、世田谷区などでは「市民大学」と言う形で、多くの市民が参加している。渋谷区でも、つい最近まで、活発に行動していたのに。教育委員会生涯教育課石川稔社会教育主査が千駄ヶ谷社会教育会館にいたとき、ぼくも講師で呼ばれて映像についてしゃべったことがある。

 しかし、ある日、突然、社会教育会館が民営化され、謎に包まれてしまった。ぼくも渋谷オンブズマンが、上原社会教育会館館長に区議選にみっともなく落選した大木成介(80)が居座っている事実を公表するまで知らなかった。

 さっそく、さまざまな資料を取り寄せ、職員に裏事情などを聞き込んで、ようやく実態がわかってきた。もちろん、「プライバシー」を口走る遠藤のような、頓珍漢もいた。でも、社会教育会館に関しては、他の公務員同様、「プライバシー」はあまり通用しない。単なる民間会社だったら正当性があるが、こと渋谷区立社会教育会館はほぼ100%、私たちの税金で運営されているのだ。

 「プライバシー」を盾に、出し渋る遠藤課長をなだめすかし、渋谷サービス公社社長名、及び各社会教育館長名簿を送って貰った。

 「取締役社長  肥後慶幸 (96年渋谷区役所総務課長定年退職 現在73歳と推定される。普通、天下りは65歳で終わるが、少し居座り続けすぎだ)

 千駄ヶ谷社会教育会館館長 三坂玄(つい最近まで女性センター・アイリスの男性でありながら館長だった人。非常に奇異な人である。元笹塚小学校校長だったお兄さんを看取ったことは良く知られているが、前身は不明。もちろん、女性学、社会教育に関しては専門家ではない。70歳前後と推定される)

 上原社会教育会館館長 大木成介 (高齢での出馬のため、選挙民から見離され、03年の選挙では惨敗の「落選議員」ーでも6期も議員を務めているから、議員年金は十分ある)

 幡ヶ谷社会教育会館館長 杉浦守 (この人も5期区会議員を勤め、95年に59歳(現在73歳と推定される)で保守系無所属として、渋谷区長選に立候補したが、落選している。当選したのが小倉基元都議会議長)

 恵比寿社会教育観館長 倉科山平 (08年に渋谷区の出張所(係長)を定年退職。社会教育の専門家ではない)

 長谷戸社会教育観館長 阿部毅 (05年保健所(係長)を定年退職。社会教育の素人)

 (内は山谷が書いている。遠藤総務課長が送ってきたものは誠に素っ気無いもの)」

 元落選議員たちが社会教育会館館長になって、市民講座の内容が激変した。手元に「平成21年度 社会教育会館 事業案内」があるが、全館で、「筝(こと)」の講座ばかりである。それも5館中4館が生田流大師範であられる身崎充が一人で教える。

 変だ。何かが臭う。少なくとも、渋谷区の施設で一人の人間が「筝」だけをやることが社会教育ではない。日本史、アジア史、西洋史、日本映画、社会企業家、NPOの講座がないのは、これだけ市民意識が高い渋谷区として異常事態である。そもそも、70,80歳代の落選議員に「社会教育」の企画能力を期待することが、おかしいのかもしれない。でも、社会教育会館館長は、年老いた落選議員たちの指定席、そして養老院ではない。

 70歳、80歳代の落選議員たちが年金に加え、高額な館長手当てを貰いながら「老人たちの秘密の花園」として、社会教育会館を勝手に使っている。それを許していたのは、私たち納税者である。もう、「秘密の花園」を公開するときだ。少なくとも、館長は公募すべきである。

 常に上に気を使い、いまだにかっての上司たちにも心配りを忘れない遠藤正統括総務課長、そろそろ私たち区民のことを考えてくれませんか?部長職が人参のように目の前にありますが・・・

  

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はぐれオス

 昨日(6月23日)午後5時ごろ、笹塚駅前の「みずほATM」でお金を下ろそうと入った時だ。2台あるATMの右側に、ホームレスのような汚れた作業服姿の60歳前後の男性が、「おかしいな、へんだぞ」と、ぶつぶつ言いながらATMをばん、ばん叩いている。

 酒の臭いはしない。しかし、人糞の臭いが強烈で、吐きそうになるほどだった。そそくさと用を済ませ、ぼくは立ち去った。笹塚には、このようなホームレスが3,4人はいる。駅で小銭をせびられたこともある。真冬なのに、肥満気味な50歳代のホームレスは、長袖シャツ1枚で、素足だった。

 6月15日、渋谷区生活福祉(旧 生活保護)課のベテラン女性相談員の話を伺った。同じ社会福祉を専攻していても、ぼくの方はもっぱら文献が中心で、現場に疎い傾向がある。それを補うために、時間を作っては現場の第一線で奮闘している彼女の話を聞いている。

 「男は駄目ね。だらしがないのよ」。10年も話を聞いているから、彼女もずけずけと本音を言う。彼女が生活相談を受けるのは、圧倒的に男性が多い。それも、中高年の単身者である。動物生態学的には「はぐれオス」と言う。

 「そもそも家庭と言うものを知らずに来たから、現在があるのよ。稼いでいる親の背中を見ていないのよ」

 犯罪者、生活保護を受ける人たちに、第一に共通するのは低学歴である。法務省の図書館で犯罪者の学歴、知能指数を知って、愕然としたことがある。中卒、もしくはせいぜいが高校中退が大半で、大卒は一割未満である。知能指数で120以上は1%未満である。一般社会では約10%前後もあるのに。

 生活保護も、莫大に書類を読んできたぼくの経験では(知能指数の詳しい統計は公表されていない)、受給者はほとんどが中学校もまともに出ず、大卒は1%前後である。年金をかけている人も2割に満たず、老後は生活保護だけが頼りとなる。

 もう一つ、共通するものが、女性が少ない現実である。犯罪者、生活保護受給者の大半は「はぐれオス」である。情けないことだが、それが事実である。

 問題は、その彼らの大半が、まともな家庭で育ってきていないと言うことだ。だから「家族」「家庭」と言うものが実態としてわからないのだ。

 ぼくたちは親の背中を見ながら育つ。ぼくの場合は北国の映画館勤務の母親が、朝食のときによく胃痙攣を起こし、祖母が背中をさすっていた。母は職場でつらいことがあると、決まって胃痙攣を起こすのだ。母を送り出した祖母は、小さな下駄屋で、近所の水商売のおばさんたちに靴や草履などを売っていた。

 ぼくは中学までそれを見ながら育った。母が印鑑を勝手に使われ、借金に苦しんだことも知っている。ぼくが映画のプロデューサーとして、借金を断固としてせず、そして現金商売に徹していたのは、母が反面教師だった。現役を引退して何年もたつが、小屋主たちにいまだに信用があるのは、「小商い」だが、言ったことは守り、前売り券を汗をかきつつ、売っていたからだろう。

 ホームレスの映画も最後に作っている。でも、ぼくはせっかくの映画を小屋で公開しなかった。ホームレスの映画の出来に、客が来ないと判断したのだ。もちろん、ぼくの出したお金は回収不可能になり、「渋谷区びんぼうさん友の会終身会長」になってしまった。でも自分の判断は間違っていなかったと思う。もし、無理に劇場公開しても、かんじんの客が一日、100人を切り(最低でも200人は欲しい)、宣伝費、小屋への最低補償料ばかりがかかり、傷をもっと大きくしただろう。

 3年間ほど、スタッフが撮ってきたホームレスのラッシュ(編集以前のもの)を見てきたが、駄目な者は駄目である事だけが良く伝わってきた。人間としての魅力がないのである。終いにはスタッフたちが、製作総括であるぼくに追い詰められて、「違う人たちなんです」と、泣くように弁解した。そのうち、主役に予定していた沖縄、宮古島出身のホームレスに「肖像権」を主張されて、メインの撮影を断念した。

 それまで、食わせ、病院の世話までしているのに、「ふざけた人だ」、と言うのがぼくの印象である。ホームレスに限らず、「はぐれオス」になるには、それなりの理由がある。沖縄の男性は孤児だった。

 ぼくは渋谷区役所2階にある生活福祉課にはあまり寄らない。6月15日に相談員と会った時も、3階の公聴まで来て貰った。2階のホームレスたちの臭いが、耐えられないのである。そんなに臭いに敏感な人だと思わないが、駄目なものは駄目である。だから、その臭いに囲まれて、黙々と仕事をやり続けているケースワーカーたちに敬意を持っている。

 「家族崩壊なんてもんじゃあ、ないわよ。もともと家族そのものがない人たちだから」。ベテラン相談員の一言、一言が突き刺さる。日を追うごとに相談に訪れる「はぐれオス」が増え続けているそうだ。

 どうすれば良いんだろうか?

 

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ああ、堂々の原田正徳生涯学習課長ー「宇田川町名物ー困った君」

 03年に選挙に無様に落選した、大木成介元渋谷区会議員(80歳)が、上原社会教育会館館長になっている事実を、渋谷オンブズマンから教えてもらった。大木氏は選挙カーのガソリン不正請求で、追求もされている。

 社会教育とは、市民教育のことである。74年から75年にかけて、ロンドン市の社会教育フランス語講座で、多くの英国人とフランス語会話を学んだことがある。”fLOOD LIGHT”(当時の記憶なので、スペルに間違いがあったらごめんなさい)のリストを見て、登録すれば良いものであった。ぼくのような外国人にも解放されていたが、あまりの英国人のフランス語の発音のまずさに、笑いをこらえるのが苦しかった。やはり、外国語を喋るのは大変なのである!

 日本でもぼくの女友達は杉並区の市民大学の熱心な受講生で、市民大学の話を聞くのが楽しかった。そのうち、市民運動に参加し、杉並区で敬老館をNPOに運営させる旗振り役をしていた。NPOにすると、来客数が目に見えて増えたのである。現在の渋谷区立代々木図書館も、NPOに今年の4月に変えてから、入館者数が増えてきている。

 お隣の杉並区、世田谷区に比べると、渋谷区は社会教育が貧弱である。福祉、特に高齢者福祉は23区、いや日本でもトップレベルだと思うが、社会教育はお粗末なものである。区長、議員ともに高齢者が多く、社会教育は二の次に回されがちである。

 でも、社会教育会館が何時の間にか、株式会社に下請けに出され、高齢の「わけあり」元落選議員がちゃっかりと館長に納まっている事実を知ると、ショックを通り越し、情けない。株式会社の第一の目的は利益の追求である。教育とは馴染まない。

 まずは事実の洗い出しが必要なので、管理している遠藤正総務課長から,資料を取り寄せた。上に「馬鹿」が付くような、まじめな遠藤正課長は、苦しみながら書いている。

 「社会教育会館について

 1 社会教育会館の管理

 社会教育会館の運営業務は、すべて(株)渋谷サービス公社に委託している。

 2 館長の配置及び報酬

 館長の配置について、委託業務であるため、館長にどのような方を当てるかは、基本的にサービス公社の判断により決定される。

 館長にどの程度の報酬を支払っているかは、区はわからない。

 3 考え方

 社教館に配置される方については、地域の実情に明るい社会館長にふさわしい方をお願いしている。

 (社会教育(生涯教育)や施設運営について経験と知識のあるか(ママ)方など)

                             平成21年6月15日 総務課 遠藤」

 いわば、丸投げである。でも「市民」としては、疑義がある。だったら、館長を渋谷区民から公募すれば良い。もっと若く、社会教育を学んできた現職の職員、研究者が競って応募する。何も「わけあり」の80歳の落選議員をお情けで使うことはない。税金の無駄である。社教館は養老院ではない。

 株式会社「渋谷サービス公社」自体が胡散臭い。トップは元渋谷区総務課長でかなりの高齢らしい。本来なら天下りの「第2」の職場も去らねばならない人が、しがみついている。よほど「オイシイ」らしい。ここも「公募」したほうが良い。渋谷区には60歳前後の元部長たちが、定年後の時間を持て余している。まだ若い。使い出がある。

 もっと社会教育の現場のことを知りたいので、生涯学習課石川社会教育係長に電話した。社会事業大学から、ずっと社会教育一筋で30年以上やってきた専門家である。時たま、お会いして、社会教育のことを教えてもらっている。

 こと「サービス公社」のことに関して、日ごろは饒舌な彼も口ごもりがちである。仕方がないので、上司である原田正徳課長に代わってもらう。「資料を送って欲しい」とお願いしても、「切手代がないから出来ません」の切り口上である。

 高齢者介護課長のときに、部下に「文句があるなら辞めなさい」と迫り、憤慨した部下から連絡を受けたことがある。渋谷区役所では、ぼくの知っている限り、関口康永区議会事務局長に次ぐ、評判の極端に悪い管理職である。

 前公聴相談係長は性格は悪かったが、仕事はずば抜けてできる女性だった。しかし、「あの課長の下で働くのは、真っ平ごめんです」と、言い切られてしまったことがある。職員の間では、原田正徳課長の部下への思いやりのなさと、無能が知れ渡っているようだ。

 資料を断られたので、上司に当たる児玉史郎参事に事情を話したところ、何とか資料を送ってもらうことになった。もう一つ、生涯学習課では、今度ノンフイクション作家沢木耕太郎を呼ぶことになった。作家として超一流な人である。税金で払う講演料を聞いてみた。

 ぼくは自治体では講演料は10万円だと思っている。社会貢献だからである。一私企業相手に講演するわけではない。原田正徳課長曰く「答えられない」。今まで、この10年間、さまざまな職員に質問してきたが、ましてや講演料の事で「答えられない」と、断言されたのは初めてである。ぼくらの税金なのに、狂っている。

 また、児玉参事を間に入れて聞くと「約20万円相当」、と言う変な答えが返ってくる。またまた突っ込むと、「20万円」と言う正確な数字がようやく出てきた。疲れる人だ。

 いろんなところで職員、区民相手にトラブルを起こし、内部告発までされ、これから原田正徳課長はどう生きていくのだろうか?人事ながら、心配である。IQはだんとつに高い(出身大学、学部を聞くとびっくりする)が、愛嬌(コミニュケーション能力)はこれまた抜群に低く、総合計が平均以下の典型である。

 時間をあえて作り、心療内科にいき、何故うまくやれないのか、専門医に真摯に相談することを勧める。自信を持ってぼくが断言できることは「奉仕者=渋谷区職員」にはむいていないことである。

 「宇田川町名物ー困った君」原田正徳のことが主題ではない。社会教育館のことが優先する。明日、石川社会教育係長と会い、もっと突っ込もうと思う。そして、これを機会に「市民教育」をもう一度考え直したい。

 かみさんに勧められ、「マックス・ウェーバーの犯罪」(ミネルバァ書房)を読んでいて(良くわからないところが多いが)、「市民」がとても気になるので・・・

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柴田春喜清掃リサイクル部長は支持者が多いんだ!ー初めての謝罪

 柴田春喜清掃リサイクル部長(前教育委員会事務局次長)のことを、今までよく批判してきた。たしかに「単労をここ最近、採用したことはない」は嘘であることが職員課の資料で暴露されたり、資格に疑義がある教育委員に会うことを体を張って阻止されたり、おかしなことが続いた。

 その事実をブログに公表すると、柴田部長に限って、他の部長、課長から弁護の電話がかかってきた。「柴田さんは立場上、そう言っているだけで、本心は違うんですよ」「山谷さんに問い詰められると、蛇に睨まれたカエルのように、思わぬ行動を取るんです」

 電話をかけてくる部長、課長は渋谷区職員の中では、上質な方で、人間的に信頼している 人が多い。でも異常である。久保田幸雄子ども家庭部長の「加齢臭」のことを書いても、かっての部下は「久保田は単なるごますりですよ。ざまあ、みろ。よくぞ書いてくれた」と喜ぶ。また前広報(現商工観光)課長植竹ゆかりのことを「中央の文学部なのに、東大ぶっちゃって」と、わざわざ教えてくれたのは、同じ中央の先輩である。「巧言令色、少なし仁」に、不快感を示すのは、ぼくだけではないようだ。

 でも、とりわけ悪評なのは、区議会事務局長、別名「ヒラメ」の関口康永である。かっての部下たちが「管理職失格」と、絶対に今でも関口を許さない。部下への配慮に乏しく、いつも上司、組合に目が行くので、指示がころっ、ころっと変わるそうだ。

 ぼくも関口が会計管理室長のときに、部下が公務執行中に意地汚く眠りこけているところを現認している。ぼくの指摘に西留(現保育課総括)係長は大慌てで本人に注意をしたが、関口室長はぼけっとしたまま、何もしなかった。

 今回、警視庁に「詐欺」容疑で書類送検された木村正義区会議員の資料、特に本人が隠している学歴、職歴の資料を貰おうと関口議会事務局長に電話しても、「ありません」の一言で、電話を切られてしまった。

 同じ批判していても、柴田春喜清掃リサイクル部長は違う。電話での質問にもきちんと答えるし、清掃の人たちの人件費の資料も包み隠さず、くれる。何よりも、電話での応対が優しい。各部長、課長の支持者が多いわけだ。

 ぼくも、少しは柴田部長に謝罪をしなければならない。同じ、参事職でありながら、関口区議会事務局長とは人間の「品性」が違う。

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NPOが運営している図書館に行ってみたー渋谷区立代々木図書館

 NPO(非営利事業組織)がやっている図書館が渋谷区に初めて出来たので、実際に見に行った。小田急線南新宿駅近くにある代々木区民施設の4階に、その小規模な渋谷区立代々木図書館がある。

 6月11日午後4時に行くと、職員側から船本中央図書館長、岩佐中央図書館係長(前笹塚図書館長)、小柄な少女のような長岡代々木図書館長(臨川みんなの図書館長兼務)と、NPO側から堂々として押し出しが強い沢辺均副理事長以下4名のスタッフが迎えてくれた。計7名の人たちに囲まれると、気が小さいので、おどおどしてしまう。

 6時近くまで、それぞれの話を聞いたり、館内を見回ったりしたが、印象は極めてよい。まず、館内が良く整理され、清潔である。30年間、笹塚図書館を利用しているが、設備がことごとく古臭く、便所が以前は臭いが強く、それに加え、エレベーターもないので、じつに使いにくい。読書室も、昭和の時代の高校の自習室といった雰囲気で、貧乏臭い。夏場は特にホームレスの体臭が強烈で、吐きたくなるほどである。

 笹塚図書館のお粗末さに比べると、小さいながら代々木図書館は別世界ー「秘密の花園」である。自宅近くにあるならば、迷わず、ぼくは代々木図書館の方に行く。もう一つ、NPOの若いスタッフがにこやかで、好感が持てた。やはり、若い人たちが多い方が良い。笹塚の職員は全体的に好感を持っているが、一名だけ、頑固に司書の資格を取らず、係長試験も黙殺する50歳代の古参男性職員が居座っている。年収約800万円。図書館で職員として生活をする以上は、司書の資格は最低限必要である。図書館をなめている。

 笹塚図書館の、図書受け渡しの現場で働いている下請けの時給は、最低で850円である。一方、古参男性職員には時給4000円近く払っている。なぜなら、職員で、自治労によって守られているからだ。どう見ても「同一労働、同一賃金」の市民社会の常識から外れている。下請けの人たち、特に司書資格を持っている人たちは、この「既得権」でのうのうと生きている古参職員を、どう見ているのだろうか?

 代々木図書館のNPOスタッフの時給(司書資格を持っている人が多い)は実質1200円を上回り、退職金、年金等の社会保障も完全とはいえないが、しっかりとやっているそうだ。一方の笹塚図書館の下請けは社会保障を貰っているのか?単に安く、使われているだけではないのか。

 渋谷区役所版「蟹工船」、「ワーキングプア」を新しく生み出すのが、図書館外注化の目的ではない。あくまで、余りにも高くなりすぎた便所掃除などの単労職員(中央図書館に一人、渋谷図書館に二名(!)もいる)等の排除が一つの目的である。公務員であることを盾に、あまり働かない単労に年間1000万円もの人件費を払うくらいだったら、その分、下請け職員の時間給をせめて1000円に上げたり、雑誌「世界」を講読してもらいたい。ちなみに、笹塚も、代々木も予算不足のため、両館とも定期購読していない。

 代々木図書館に行く前に中央図書館に、予約の段取りのために電話をした。出たのが、便所掃除等が担当の定年近い単労である。「ええっ、ええっ?」。まったく、こちらの言っていることがわからないようだ。「またか」。これが率直な感想である。

 中央図書館に電話すると良くこの、便所掃除等の用務がでる。だから、いつも船本館長、岩佐係長に「彼を電話に出すな」と、厳命しているが、どうも電話に出たがるようだ。でも、裏方を図書館サービスの前面に出してはいけない。接遇訓練を受けていれば、ああいう電話の受け方はしない。訓練を受けないから、トラブルになるのだ。でも、この用務の人件費は年間1000万円だ。狂っている。

 渋谷区の図書館運営はつぎはぎだらけ、でたらめなところがある。根本的な「哲学」が欠如している。どんな図書館にしたいのか、司書をどう遇するのか、地域社会に貢献するのが目的であるNPOと、運送などが本業の単に安いだけの下請けと、どうその違いを出すのか?

 図書館短大(現在は筑波大学に吸収合併されている)で、司書の訓練を受けた長岡代々木図書館館長がもっと現場の意見を前面に出し、渋谷区の図書館を変えていって欲しい。もう、恥ずかしがって、引っ込んでいる場合ではありませんよ。多くの女性後輩司書(渋谷区職員)たちが、大先輩を見ていますよ!

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(前)区議会議長木村正義へー市民の静かな怒り

 「何だ、このやろう」

 10年近く前に、渋谷区議会分科会を傍聴していた時、余りにも木村正義議員(現在66歳。自民党)が横暴なので注意したら、突然、反撃された。とんでもない罵声に、書記をしていた鈴木主査(現 職員課人事係長)が、鳩が豆鉄砲を喰らったように、きょとんとしていた。

 一応、議会は市民社会の選良である紳士、淑女の集まりだと思っていたが、木村正義議員との出会いは、いまだに強烈な印象が残っている。まるで、ごろつきである。

 今まで、このブログでは、区議会議員の批判をしてこなかった。その理由の一つは、彼らが選挙のたびに選挙民に選ばれたり、落とされたりしているからである。選挙民が最終的に選べば良いと思ってきた。

 渋谷区の選挙民と言っても、さまざまな階層の人が混在している。それぞれの階層が代表として、区会議員を選べば良い。もう一つの理由は、渋谷オンブズマンの存在である。ぼくの方は、選挙の洗礼を受けない渋谷区職員、とりわけ異様に多い、清掃、用務、給食などの単労に特化して、1000万円以上の法外な年収の事実を伝えてきた。渋谷区議会のことは、ほとんど渋谷オンブズマンに任してきた。それが「書類送検」事件である。これこそ、渋谷オンブズマンの執念の「金星」である。

 桑原敏武区長のことは前に書いたから、繰り返さない。「みっともない」の一言に尽きる。市民社会において、「書類送検」とは、犯罪の容疑者のことである。ましてや、罪状が選挙カーのガソリン代ピンはねの「詐欺」である。桑原家末代までの「恥っさらし」である。

 もう一人、渋谷オンブズマンに告発された議員がいる。当時の区議会議長木村正義である。87年から6期(24年)連続当選(下位当選が多い。ちなみに07年は34人中19位で当選)している。さすがに、桑原区長は逃げ隠れもせず、テレビ朝日の「モーニングショウ」の取材も受けたが、一方の木村正義議長は最後の最後までマスコミ取材を逃げた。

 桑原区長の学歴、職歴は公表されている。しかし、木村正義議長の学歴、職歴は謎のままである。渋谷区に残る下町、本町の横丁の豆腐屋のご主人であることしかわからない。念のため、本町の人たちに詳しく聞いても、重い口を閉ざしたままである。ただ、本町出張所の職員たちは、明らかに彼のことを怖れていた。よく怒鳴るそうである。

 ハチ公バスは本町の豆腐屋を通って笹塚に行くので、豆腐屋をよく見かける。客がいたのを見たことがない。口の悪い近所の人たちは、「本当に主人が豆腐を作っているのか?」と陰口を叩いている。

 今度は新たに「渋谷区長・議長ガソリン代 非開示決定取り消し」を、09年5月27日に東京地裁が決定した。これも渋谷オンブズマンの功績である。文書は存在していたのである。「盗人猛々しい」とは、このことである。区長、議長そろって「書類送検」の反省がない。市民社会を甘く見すぎている。

 英国、オーストラリアの研究所、大学で学んできた当方として、信じられない。たしかに市民(英語のシチズン、フランス語のブルジョワジーの訳語。中産階級をさす)は草食系でおとなしく、優等生が多いが、公の不正に対しては烈火のごとく、怒り、そして行動に移す。「書類送検」の重い意義をよくわきまえている。

 選挙で選ばれてきた木村正義議員に対して今まで遠慮してきたが、「書類送検」と東京地裁の非開示取り消しが重なると、もう許さない。「市民の敵」である。そもそも、市民が比較的多い渋谷区には、犯罪の容疑者のような「ならず者」は似合わない。いくら下町の庶民(一般の人たち)が多い本町の人たちも、「当惑」を通り越して、「困惑」、そして「迷惑」とやがて立ち上がるだろう。次回の選挙は落選の可能性が出てくるだろう。

 木村さん、もう人を怒鳴ることを止めたらどうですか。下品です。インターネットで自分の名前を索引して見てください。どれだけ、多くの人があなたに迷惑していることか!それに自分の前歴、学歴も公表されたらどうでしょうか?そして、最後に「書類送検」「東京地裁非開示取り消し」の説明責任を果たしてください。それが「公人」としての最低限の責務です。

 たしかに「市民」はおとなしいです。あなたのような強面ではありません。大きな声で威嚇することもありません。でも、「市民」は「市民社会の掟」を熟知しています。それは「市民の敵」を絶対に許さないことです。

 

  

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IQ+愛嬌(コミニュケーション能力)=人間の本当の力

 人間の本当の力とはなんだろうか?

 ずっと今まで考えてきた。1972年に早稲田を出てから、英国映画協会で1930年代の英国ドキュメンタリー映画を学んだり、1978~1979年に従軍慰安婦のドキュメンタリー映画を韓国、沖縄で監督したり、「じゃぱゆきさん」を書き下ろしたり、今まで様々なことを試行錯誤してきたが、この年になると、どうもIQ+愛嬌(コミュニケーション能力)の総合計ではないか、と思うようになった。

 特に日本映画学校(3年生)で1980年~1999年まで、入試担当や20年近くドキュメンタリーゼミの先生をやって、多くの学生たちと関わると、確信に近くなってくる。

 そういうぼくは、十人に一人のIQ(120以上)はあるが、百人に一人のIQ(130以上)はなかった。その証拠に、東大には入れなかった。どう見ても、ずば抜けて、頭が切れる人ではない。

 しかし、愛嬌には恵まれていた。一つは母、祖母に一人息子として大切に育てられ、女の人たちの話し相手になれたからだろう。大学に入っても、女友達にレポートを代筆してもらい、大学闘争のドサクサに、何とか5年かかって卒業している。本来ならば、出席が悪く、成績も最低に近かったので、もう2,3年は在学していただろう。

 外国に行っても、笑いを絶やすことはなく、とりわけ英語、フランス語が出来たわけではなかったが、ロンドン、パリと楽しかった。国は代われど、女の人たちも自由に生きたい、話を聞いてもらいたいのだと思う。愛嬌さえあれば、何とか、どこでも生きていけるのである。

 ぼくが渋谷区役所で自由に、いろんなところに行け、話を聞けるのは、ひとえにぼくの「愛嬌=コミニュケーション能力」だと思う。決して、ぼくの学歴や映画監督、ドキュメンタリー作家、オンブズマンの肩書きのせいではない。

 今まで美男子と誉められることは少なかったが、愛嬌だけは受けがよかった。渋谷区役所でも、ぼくと同類の人に出会うことがある。IQ+愛嬌の総合計が人間の本当の力だと、心で思っている人だ。

 それは意外に高卒の人が多かった。例えば、前区議会事務局長(参事職)、定年後は渋谷区勤労者共済会石川局長である。月給40万円で、今日も区役所近くの渋谷区立勤労者福祉会館で、女性たちに混じって働いている。

 一言で言えば、感がいい人である。空気を読む。複雑な家庭で、気を使いながら育ったから、それが体から抜けないのだろう。10年近く前、教育委員会学務課長のときに知り合ったが、ぼくのような新人オンブズマンにも気を使ってくれ、欲しい資料を貰った記憶が強い。

 他の管理職、例えば同年代の元教育委員会次長はわめき散らし、早々に退散せざるをえなかった後だから、余計に石川学務課長の温情がありがたかった。元教育委員会次長は中大法科出身で、若くして管理職試験に受かり、でっぷりと太り、威風堂々たる外見だった。

 一方、石川元学務課長は高卒で、体格も貧相(失礼!)だったが、着ている物は府中の伊勢丹デパートで買った趣味の良い背広である。決して「コナカ」でも「アオキ」でもなかった。新宿の伊勢丹本店で買わないところが、いかにも石川さんらしい。でも、この二人の相性は最低に近く、仲は決して好くなかった。

 元教育委員会次長は何を血迷ったか、やがて区長選に出馬し、結果は惨敗である。退職金の大半をすったはずだ。一方、石川さんは議会事務局長で定年を迎え、3000万円近い退職金を満額貰い、その上に勤労者共済会局長に月給40万円で天下っている。両者の現在の人生は両極端である。

 一方は川崎信用金庫の高額預金者で、職場では優秀な女性の部下たちから、「局長、局長」とかしずかれもう、もう一方は消息不明である。かっての子分たちは詰め腹を切らされるように、一人、一人と定年前に辞めていった。身から出た錆、当然の報いではあるが、少し寂しい気もする。

 元教育委員会事務局長の部下だった濱出憲治(現 都市整備部長)の場合は、子分たちの運命とは明確に違う。はっきりと「NO」と言った濱出部長は長い間冷や飯を食わされ続けたが、持ち前の「愛嬌」でのし上がってきた。彼も高卒である。しかし、すべてを包み込んでしまう包容力で、今や笹塚の青写真を書いている。彼だったら多くの住民を味方につけることが出来るだろう。

 今まで、渋谷区の高卒の幹部(参事)を紹介してきたが、共通しているのはIQ+愛嬌に恵まれた、人に愛される人たちであることだ。そうでなければ、高卒で部長にまで出世しない。

 えてしてIQ(学歴に非常に関連性が強い)のことばかりを語るが、「愛嬌」を無視してはいけない。ぼくのような才能の乏しい人間がここまで生きてこれたのも、それを支えてくれた人たちがいたからである。それに渋谷区役所のことをここまで、踏み込んで書けるのも、ぼくの「愛嬌」に共感する人たちがいるからである。

 同じ高卒でも、現在の区議会事務局長関口康永、「別名ヒラメー組合や上司にばかり目が行くから。部下から管理職失格と内部告発されている」は、ぼくのことを「蛇蝎」のように嫌うけど・・・

 

 

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渋谷区役所「つるっパゲ」課ーハゲは移るんです

 職員課は激務である。労働組合からの弾劾だけではなく、来年にまで職員を2000人にしなければならない。でも、09年4月1日現在、職員数は2135名である。それに加え、 待機児童が約100名に増え、保育士の数が圧倒的に足りない。08年度は21名を新規採用したが、09年度はそれ以上を新しく追加しなければならない。現在でさえも135人も余っているのに、来年度を2000名に抑えるのは、到底無理である。

 職員課長(部長一歩手前の統括)黒柳貴史は朝早くから、晩遅くまで、孤軍奮闘しているが、駄目なものは駄目なのである。清掃、用務、児童擁護等を減らせば良い、と何回も忠告しているが、頑なに受け入れてくれない。渋谷区では23区内でもだんとつに多い、年収1000万円近い単労が505名もいるのだ。杉並区や他区では、時間給1000円前後の民間に単純労働を移管している。

 黒柳課長が薄くなった髪を振り乱して、頑張るから、可哀想なのは人事係長鈴木、主査の小山である。特に鈴木の体調が明らかにおかしい。まず、顔色が悪すぎる。それに、ぱらり、ぱらりと髪が落ちていく。鈴木係長が10年近く前、区議会事務局にいたときから、見ているが、余りにも最近目立つ。一つはあまりの忙しさに、夜遅くなって、コンビニ弁当を国分寺市の自宅で一人寂しく食っているからだろう。

 小山主査は4,5年前、初めて会ったが、そのころ黒髪がふさふさあった。東上線の辺境に一戸建てを構え、長距離通勤しているが、過労で毎日6時間、寝ているか、疑問である。ほぼ、同時期に渋谷区役所に奉職し、高齢者サービス課で机を並べた斉藤則行が保育課長になっているが、一方の小山は主査のままである。その小山主査も、最近では明らかに頭髪の薄さがはっきりと目立つようになってきた。

 職員課長黒柳がもっと極端である。中大法科を優秀な成績で卒業し、まだ30歳代で管理職試験に受かり、杉並区から渋谷区へ引っ張られてきた。まだ45歳の見るからに秀才といった外見だが、職員課長になってから異変が起こった。「メタボ」である。本人は否定するが昼飯もまともに食えず、夕食に「どか食い」をするから、どうしても、デブになる。単なるデブだったらまだ良いが、明らかに後頭部がハゲてきている。課長がハゲだと、係長、主査もハゲになるのか?

 職員課に職員を増やすように忠告しているが、黒柳課長はここでも頑なである。「職員数を減らす旗振りをしているのに、職員課に増員は出来ません」。でも、部下のことを少しは考えてほしい。鈴木係長はもう、限界である。そろそろ入院するだろう。管理職試験も何年も落ちたままである。都立大法科を出た、誰もが認める渋谷区の逸材だが、そろそろ油切れである。

 一方、小山主査も明るく振舞っているが、慢性疲労と、髪の薄さは隠しようがない。早稲田実業から、早大教育学部へ進学した秀才だが、管理職試験準備をしている暇がない。

 渋谷区役所職員課は総崩れである。黒柳課長は以前と違い、こわばりが取れ、渋谷に慣れてきたと思う。移って来た当初、特に部下の「ゴルフ職免」をめぐってよくぶっかったが、最近では黒柳課長の育ちや性格の良さ、とコミニュケーション不足の両方がよく判り、関係は良好である。ただ、自慢の「こなか」のスーツだけはいまだに馴染めないけど・・・

 渋谷区役所「つるっパゲ」課全員に、やがてふさふさとした毛が生えてくることを望む。それは職員の増員といった「養毛剤」が不可欠であるが・・・

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渋谷区役所版「蟹工船」-時間給850円から

 朝日新聞に挟み込まれた、09年3月8日「しごと情報 アイデムー世田谷・杉並・渋谷エリア」を読んで、魂消てしまった。

 だって「NPO法人 元気な図書館」と「トータルアウトソーシングの大新東グループ 大新東ヒューマンサービス株式会社」の、渋谷区図書館員の募集広告が隣同士に出ているではないか!NPO法人は代々木図書館、大新東は笹塚図書館である。代々木の時給は900円以上、笹塚は850円以上であるが、大きな違いが一つある。

 代々木は司書資格者、経験者歓迎であるが、一方の笹塚は「未経験者も歓迎です!」と明記されている。司書資格は問題外のようだ。図書館員が司書の資格を持っていないのは、西オーストラリア大学で客員研究員をやっていたぼくには、信じられないことである。司書は日本以上に尊敬されている。

 09年6月1日、朝日新聞朝刊フロントページに「図書館 進む民間参入 公立6館に1館 新サービス次々」と、車両サービスが本業の大新東が02年から図書館に参入したことを報じている。

 佐藤賢哉(前)渋谷区経理課長から、07年2月28日の笹塚図書館指名入札結果表を取り寄せてみた。3年間はこの入札者が継続する。大日本印刷系の老舗丸善、図書館流通センターが高値で落選したが、新手の大新東が一番の安値で落札している。とにかく、この下請けは安いのである。

 この大新東ヒューマンサービスという会社は、今まで図書館とはほとんど関係のない派遣が中心のところである。朝日新聞は車両サービスが中心と書いているが、インターネットの「会社情報」では、調理師が598人と最も多い。

 一方、代々木図書館は「NPO法人 元気な図書館」落札している。指名競争入札にはあまりの安さに大手の丸善が辞退し、図書館流通センター、大新東等が入札しているが、落札したのはNPOである。決め手は、金儲けが目的ではないから、そのぶん安く出来ることである。ただし、NPOは小規模(個人会員29人)だから、代々木のような小さな図書館の運営しか任されない。それが最大の欠点である。

 当たり前のことだが、株式会社の目的は金儲けである。書籍に詳しい丸善、図書館流通センターしかり。そして、書籍、図書館とは今まであまり関係のなかった大新東ヒューマンサービス株式会社は、グループ従業員約10,200人(臨時職員を含む)(平成20年9月末)である。これだけの従業員を抱えながら、金とはあまり縁のない図書館業務で利益を上げていかねばならない。することは従業員の「ピンはね」である。

 これが代々木図書館の時給が900円以上、笹塚図書館の時給が850円以上である根本的な理由である。そのために司書資格を問わず、安い初心者歓迎になる。

 「モラルハザード」という英語がある。日本語に直すと「内部崩壊」だろう。同じ図書館で働きながら、代々木と笹塚ではやる気がぜんぜん、違うと思う。一つは理想である。金儲けか、NPO本来の地域社会への貢献かである。金儲けの割には、笹塚図書館に勤める下請けは余りにも低賃金である。

 図書館の便所掃除等をする渋谷区単労職員の時給が4000円近く、退職金が約2300万円の事実を知ったら、自分たちは「蟹工船」にはめられていることが判るだろう。

 事実を知った以上は団結し、渋谷区・大新東と賃上げを交渉しなくては・・・

 

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銭メスと言われるよりもー女性センター・アイリス問題

 渋谷駅近くの全国婦人会館5~7階に、女性センター・アイリスがある。ほぼ100%、渋谷区の税金で運営されている。実質的には、渋谷区営のようなものである。

 男女共同参画社会の実現を目指し、さまざまな問題を解決するための学習・活動・交流の拠点となる施設だそうだ。ぼくも20年近く前、自分が監督した「沖縄のハルモニー証言・従軍慰安婦」を上映し、講演したことがある。やけに壁が低く、圧迫感が強い会場だったことが記憶に残っている。

 23区にも同じような施設があり、元朝日新聞女性記者などが館長をし、活発に活動をしていた。渋谷区の場合、活動が地味過ぎ、税金を使って何をしているのか、さっぱり、解らなかった。そのうち、館長が元笹塚小学校の校長を看取った弟さんになり、唖然としたことがある。何故、女性活動とは縁もゆかりもない弟が、アイリスの館長になるの?

 女性センターの館長であるからには、せめて横浜市や神奈川県のように、元読売記者、JVC代表のように、女性の専門家であって欲しい。でも、月給が50万円とは法外だ。吉野和子元渋谷区議が07年に9期(36年!)勤め上げ、引退した。そして、すぐに女性センター・アイリス館長に天下ってから、今まで35万円の月給が突然、50万円に跳ね上がった。

 区長いわく、「引き上げるということよりも、女性の専門施設として、その人にふさわしい処遇をすると、こういう考え方でこの対応をするものです」(議会答弁より)

 明らかに、これは区長と吉野和子元区議の「出来レース」である。吉野さんは区政の専門家(9期議員を務めている)ではあるが、残念ながら女性問題の専門家ではない。嘘だと言うなら、論文か、著書を見せて欲しい。

 からゆきさん、従軍慰安婦、じゃぱゆきさん、ふいりっぴん花嫁の専門家(岩波現代文庫等を参照されたい)であるぼくにとっては、吉野さんは単なる素人でしかない。ド素人の「その人にふさわしい処遇」が月給50万円か!むしろ、非常勤で働く研究員の年収をせめて300万円に上げて欲しい。そして、他の女性センター(例えば神奈川県女性センター)のように、しっかりとした研究書を出して欲しい。

 もう70歳の吉野さんには十分な年金がある。それに、旧社会党の議員時代は実質的に年収2000万円近くを納税者が出していたではないか。なにを、いまさら金に固執するのか?「銭メス」と後ろ指を刺されるのが落ちだ。

 吉野さんの日本女子大学の女性史の後輩たちは、年収300万円以下で、各女性センターで非常勤職員として頑張っている。専門書(英書が多い)が高くて買えないので、大学図書館でコピーしているのが現状である。

 もう、若い人の応援団になりましょう。蓄財に励むよりも、後輩たちに身銭を切るのがぼくたち先輩の生きる道ではないのですか?

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身の収まりーアラカン世代の生き方

 還暦を過ぎた世代ーアラカン世代はこれからどう生きていくか?

 金はないけど、時間だけはたっぷりある。それに「死」を身近に考えることが出来る。ぼくの例で言えば、昨年2月から3月にかけて「下血」が続き、救急車で2回も病院に搬送されている。それに7月に親友を末期がんでなくしている。葬儀が終わって、最後の挨拶をするとき、突然、涙が止めどもなく出てきた。そして、声を上げて、泣き始めた。

 人は意外に早く死ぬものである。特に、ぼくは若いときの無理が祟って、体ががたがただから、人よりも早く死ぬだろう。でも、その前にしておくことがある。

 それは「若い人たちへの支援」である。それは「未来への投資」でもあるからである。ぼくたちは「駅伝」を走っているようなものである。「襷」を次の走者に確実に手渡してから、消え去りたい。「襷」とは、かしこまって言えば、「健全な市民社会」である。

 市民社会はいつも危機にある。特に「年金」は、数的に圧倒的に多いぼくたち「アラカン世代」が、食い尽くす。今の40歳代からは、70歳を越えないと、年金は満額受け取れなくなるだろう。もう一つ、健康保険も高齢化する「アラカン世代」が使い尽くし、40歳代は保険料を今以上に払っても、十分な見返りは難しくなるだろう。まずは、消費税をせめて10%に上げ(英国では15%である)、年金、健康保険の赤字を埋めていかなけねばならない。

 それに、さまざまな「既得権」をばっさりと切らねばならない。ここで何回も例を挙げている清掃労働者(白あり公務員の典型)の年収が1000万円以上は市民社会では、破天荒なことである。明らかに自治労の「既得権」である。何よりも、それを無視、軽視してきた、ぼくたち納税者が悪い。

 白あり公務員(単労とも言う)の年収をせめて600万円台にまで落とし、年功序列(60歳近い土木作業員は病気がちで、仕事の能率が悪い。しかし、20歳代の作業員の3倍近い年収を得ている。民間ではほぼ同一賃金である)を完全撤廃しなけねばならない。

 もっと踏み込んで言うならば、単労公務員は不要なのである。清掃も、用務も、土木作業員も、そして給食も別に割高な公務員がやらなくて良い。現に、財政的に追い込まれている足立区では、単労公務員はほとんどいない。単労を養うほどの余裕がないのである。ほぼ、すべてが民間委託である。

 ごみ拾いのおじさんに年収1000万円も出すなら、もっと保育園、図書館を新設し、区内の子どもへの高校、大学への給付奨学金を出した方が、税金が生きる。それが「健全な市民社会」である。

 23区の中でもだんとつに恵まれていたはずの保育園でも、待機児童は昨年29人、今年は約100人である。来年は100人を超すことは間違いない。なぜなら、隣の世田谷、杉並区では待機児童難民に満ち溢れ、家賃が1,2割高くとも、まだゆとりがある渋谷区に流れ込んでくる可能性が高いからである。ぼくが笹塚駅前に新しく出来る「笹塚ランドマークタワー」(仮称)に、保育園を新設することを強く勧めるのは、そのためである。待機児童難民を0にするために、斉藤則行保育課長の健闘を祈っている!

 渋谷区では渋谷区民オンブズマンのほかに、渋谷オンブズマンがあり、ぼくもホームページを見ることがある。選挙カー燃料代をくすねた区長、木村正義(!)区議会議長たちを詐欺罪で送検したことは快挙だった。

 今度は、元区会議員が女性センター・アイリスの会長になり、月給が35万円から50万円にと急に跳ね上がったことを報じている。長年、区会議員を務めた、この女性(元社会党)はびっくりするほどの議員年金を受け取っている。しかし、その半額以上は税金である。今度はそれに加え、月50万円の月給である。いったい、どれだけ、私たち納税者に70歳を過ぎても、元区会議員でありながら、たかるのか?

 このように、じじい、ばばあたちはあの手、この手で税金をしゃぶり尽くそうとするだろう。特に元議員たちがさもしい。しかし、渋谷区役所の若い職員は悲惨である。まず、数が、少なすぎる。60年代に大量採用した50歳代の高卒職員がはばをきかし、若手は飼い殺しである。もっと権限を与えるべきである。保育課でも、「東京スポーツ」が似合う定年前の村山保育係長が前面に出てきて、子育てが痛切にわかる30,40歳代の職員は村山係長の背中に隠れたままである。しかし、大卒が多い若い職員は驚くほど優秀である。

 昔は大卒と言うと、司法試験崩れの中大卒だったが、今は多様な大卒が目立ち、これからの渋谷区政を引っ張っていってくれるだろう。ただ、余りにもボランティア休暇が少なすぎる。海外青年協力隊、日本ボランティアセンター(JVC)、BAJなどのNGOに出かけていって欲しい。神奈川県の職員などは活発に動いている。そして、海外の大学、大学院で学び直して欲しい。渋谷区の納税者と、このままでは、埋めようのない「学力差」がつく。

 還暦を過ぎると、そろそろ「身の収まり」を考える。死が身近に感じられるから、余計にそうだ。死ぬまで、若い人たちの「応援団」でありたい。そして、健全な「市民社会」(75年にブリテッシュ カウンシル〔英国文化振興会〕の世話で、たまたま行った英国グロウスター市〔感動して、同じころに留学していた友人たちと再訪した〕が一つの手本)の「襷」を次世代にしっかりと手渡して、消え去りたい。

 

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笹塚ランドマークタワー(仮称)への期待ー保育園の新設

 ここ2,3年のうちに、京王線笹塚駅前に「笹塚ランドマークタワー」(仮称)が出来る。現在の駅前にある京王重機ビルが古くなったので壊し、代わりに30(予定)階建てのランドマークタワーが新設される。ぼく自身、青写真を見ているわけではないが、商店街の多くの人の話を聞くと、下は大きなショッピングセンター、上は高級マンションになるらしい。

 30年間、笹塚駅前に住んでいる住民として、ましてや今度できる「笹塚ランドマークタワー」の「お隣さん」としては基本的に賛成である。笹塚がもっとにぎやかになり、多くの商店が店を出すことを歓迎する。とりわけ、笹塚にはない吉野家、モスバーガー、HUB、BOOK・OFF、スターバックス、ヨドバシカメラ等が進出することが望ましい。

 ただランドマークタワーのような大型ビルを新築する場合、まずはもともとある京王重機ビルを壊さなければならない。膨大なアスベストなどが出る。その始末だけではなく、廃材などが大変である。とりあえず、近隣住民の協力を得なければならない。

 中村屋の新しいビル、住友太陽ビルの場合も説明会を何回も開き、補償金を払い、何とか完成に至った。住友太陽ビルのときは、ぼくも日照権の被害者だったが、建築した田中水力社長の英断で、被害者の大半が納得する補償を得た。

 今度、「笹塚ランドマークタワー」を計画している京王グループも、多少時間はかかるが、近隣住民が納得する説明会を、繰り返し行って欲しい。そして、日照権の問題も中村屋や田中水力と同じように補償してもらいたい。なにしろ、ランドマークタワーの日陰になり、電波障害に悩まされ、駅前の狭い道路に工事用トラックが道をふさぎ、ハチ公バスの停留所も変更しなければならない。迷惑、不快なことが何年も続くのだ。

  不自由さを堪えることがえんえんと続くが、しかしランドマークタワーが出来ることは良いことである。多くの人が集まり、町はもっと豊かになる。そこで、京王グループの人たちに、笹塚の住民として一つの希望を出したい。それはランドマークタワーの中に、保育園を新設することだ。渋谷区でも待機児童は約100人、世田谷区では300人以上。杉並、中野区を合わせると1000人の待機児童はいると推察される。需要は十分にある。

 笹塚駅を利用するのは渋谷区民だけではなく、世田谷、中野、杉並区民が目立つ。ちなみに笹塚駅の中に渋谷区報だけではなく、世田谷区報がおいてある。

 笹塚駅前ランドマークタワー内に保育所(民間だったら各区の子どもたちを受け入れられる)があると、待機児童の問題解消に役立つ。働くお母さんたちが大喜びするだろう。  大きなショッピングセンター、高級マンションをランドマークタワーに、新しく作ることも良いだろう。でも、せめて一つぐらい「公」、つまり保育所を入れて欲しい。でなければ、近隣住民はこの不便さに長期にわたって、堪えることが難しいと思う。  

 ぼくは京王電鉄に好感を持っている。初乗り料金を130円から120円に下げたことや、社風が西武、東急電鉄と違い、乗客本位だと思っている。東急横浜駅で便所を探すのに苦労したことや、東急渋谷駅のホームレスへの粗暴な扱い方など、好きになれない。特に西武の堤義明元社長の「節税」に関して、大きな怒りをもっている。

 京王グループは今以上に「公」、社会貢献に目覚め、保育園の新設に尽力してもらいたい。

 「子どもへの援助は、未来への投資」だから!

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柴田殿、殿中でござる、乱心めさるな

  09年5月13日、清掃リサイクル部長柴田春喜から、清掃事業費内訳の文章を受け取った。

 平成19年(07)度の、渋谷区一般会計は約809億円。人口が約20万人だから、一人当たり約40万円になる。一方、清掃費は48億4664万円である。住民一人当たり約2万2333円である。我が家は3人家族だから、年間約6万7千円を清掃費に拠出していることになる。

 平成20(08)年度決算はまだ計算中で公開できないと、柴田部長は言い張る。ならば平成21年度の予算だったら、公開できるはずである。一般会計予算は、ほぼ同じの809億円。清掃費は微増の48億9671万円である。

 問題は清掃労働者の人件費である。平成19年度は17億6672万円である。一方、平成21年度予算は人件費が16億8175万円である。一人当たりの年収がこれでは良くわからない。

 柴田部長に一人当たりの年収を出すように言うと、突然、ぶちぎれた。「あなたは私を馬鹿にしている。どうせ、私は明治の政経という、3流大学ですよ」

 初めは何を言っているか、よく判らなかった。納税者が奉仕者に当然の説明責任を要求しただけなのに、何故怒り出すのか?何か痛いところを、ぼくは突いたのか?

 でも、ここは殿中(公務執行時間内の渋谷区役所)である。ぶち切れてはまずい。この10年間、オンブズマンをやってきて、何回か、職員が乱心するところを見てきた。その中でも、かっての教育委員会庶務係長が印象に強く残っている。卑しい男だった。区会議員たちとの視察旅行に、自分もグリーン車に乗ったり、退職校長の晩餐会に、自分もちゃっかり同席し、税金で豪華な夕食を食ったり、記録を調べていて、おぞましく感じた。

 抗議すると「文句があったら、訴えなさいよ」の一点張りだった。たたき上げ、強面の係長だったが、当時から顔色がどす黒かった。この卑しい係長の末路は末期がんで、そのうちに死んでいった。

 もう一人、よくぶち切れていた男がいた。強面係長の上司、教育委員会事務局次長で、ぼくと同時期に新潟県長岡市から、東京に受験に来ている。希望大学には入れなかったようだが、当時大卒が極端に少なかった、渋谷区役所内で、めきめきと、頭角を現し、30歳代で課長に昇進している。増長するわけだ。

 関口康永区議会事務局長も部下からの人望が薄いが、それに輪をかけて、部下から嫌われていた。「差別主義者だ」と、ぼくの面前で断言する元部下もいる。

 区長にも嫌われ、自分を過大評価し、区長選に打って出たのは良いが、その結果が3位の惨敗である。これで、せっかくの退職金の大半をすったようだ。その後の、元部長の消息はまったく聞かない。はっきり言えることは、頭を下げて渋谷区役所に職を求めてきても、職員全員がそっぽを向くことである。

 ご乱心職員の末路は「哀れ」である。自分を「何か」と勘違いしている。渋谷区役所を離れて、初めて自分の価値がわかる。渋谷職安で、年収300万円の警備、清掃の仕事すら、元職員は嫌われて、ありつけない。職安職員も、警備、清掃の担当者も同じことを秘かに言う。「偉そうに。自分を何だと思っているんだ」

 5月14日、柴田春喜資源リサイクル部長から、清掃職員の人件費の詳細がようやくFAXされてきた。平成19年度決算では、194人の清掃職員一人当たり910万7千円。平成21年度予算では、189人の清掃職員189人の一人当たり人件費889万8千円である。(なお、平成21年度はあくまで予算であって、決算では超過勤務等が加算され、910万円を越すことは大いにありうる)

 同じ渋谷区職員であっても、組合が違うため、清掃労組の人たちは行政(事務)職に極端に評判が悪い。仕事が楽(勤務時間中に運転席で、マンガ週刊誌を見ている職員を実際に目撃している)な割りには、事務職の2割り増しの月給を取っている。その清掃職員の守護神が柴田春喜清掃リサイクル部長である。

 どうりで、清掃職の年収を調べようとすると、ぶち切れるわけである。清掃の人たちの中には年収1000万円以上がいる。日本全国の平均でも、年収1000万円というのは部長クラスである。課長クラスで年収800万円台。1000万円というのIはいかに途方もない年収か、わるだろう。

 1000万円以上の年収の秘密は、でたらめな超過勤務手当(25%増し)、休日給(35%増し)、それに清掃職員にだけ付く特殊勤務手当て(1日1000円)である。特に超過勤務手当てを調べていくと、余りにも分厚く、そして数が異様に多くて、途中でやめたくなるほどである。

 でも、本当に必要な超過勤務なのか?

 4月から柴田春喜が清掃リサイクル部長になった。教育委員会次長の時も、単労を新たに採用していながら、嘘を突き通した「うそつき」である。そして、最後の最後まで、教育委員に合わせなかった男である。

 南武線にマイホームを構え、防災課長のときに中越大地震の被災地を最後まで見に行かなかった。理由は自腹では行かないことだった。しかし、教育委員会次長のときには、フインランドの教育視察には団長として、喜んで行っている。報告書を読んで、あきれた。単なる官費観光旅行である。自分の金は1円たりとも払わないが、税金だったら教育職でなくとも、役得として観光旅行を楽しむ。

 柴田君、ぼくは君を馬鹿にしているわけではない。君は単なる「奉仕者」でしかない。もともと、私たち渋谷区の納税者と同格ではない。そして、明治の政経を三流と思ったことはない。ただ、明治の幹部たちは早慶、立教、法政に比べると、新しく学部を創設することを怠り、過去の既得権に安住していると思うだけである。

 もう、切れることを抑えなさい。みっともない。同じ明治の久保田幸雄子ども家庭部長を見習いなさい。「歩く加齢臭」「部下からの侮蔑」と書いても、久保田部長は抑えに抑え、乱心することはない。

 柴田君、南武線のマイホームには家族があり、ローンが残っているんでしょう。もし、時間があったら、区役所のすぐ傍にある渋谷職安に見学に行くことを勧めます。自分の価値、つまり年収300万円の清掃、警備にもありつけない事実を、とくと見たほうが良いです。

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宇田川町の常識は、世間の非常識ー無資格の公務員

 渋谷区役所(宇田川町)の職員は、たいていが無資格である。

 例えば福祉の現場では、社会福祉士が必要なことが多いのに、ケースワーカーのほとんど全員が無資格である、ただ1名を除いて。医師免許がないのに、医療行為をやっているようなものだ。出来れば、きちんと講習を受けて、ケースワーカー全員が社会福祉士の資格を取ってほしい。

 素人が生活保護申請者の適否を判断するには、余りにも問題が多すぎる。荷が重過ぎる。ましてや、最近の渋谷区のように、一人で100名を越える生活保護者を担当するのは、人間の能力を超えている。ケースワーカーにこそ、人員の増加と、社会福祉士の資格が欲しい。

 もう一つ、図書館司書職員があきらかに足りない。半分以上は司書の資格がない。かえって、下請けの職員の方が司書の資格を持っている。しかし、時間給は約1000円で、掃除のおばさん職員の時給の4分の1である。

 「同一労働、同一賃金」が原則である。本町図書館長は、かって情報公開にいたが、徒名が「逆切れ主査」であった。同僚の松本賢司主査(現 広報課長)は「明るい渋谷区役所」の徒名どうりに、たまには「私たちは同等です」と、天下の暴言を口走ることもあったが、区民と気持ちのよい人間関係を保っていた。一方、この「逆切れ主査」は、気に食わないことがあると、急に怒り出す。ぼくも、何回か、怒鳴られている。

 それがいまや、本町図書館長である。もちろん、司書の資格は取っていない。館長会議でも、頓珍漢なことを口走り、評判は極端に悪い。でも、彼は職員である。首になることはない。ほぼ同期の松本は課長になったが、「逆切れ」は非管理職のままである。

 そもそも、このまま管理職試験を受けなくても、年収900万円台は55歳からずっとあると、高をくくっている。しかし、6月のボーナスが国家公務員並みに0,2ヶ月切られたことを、いくらなんでも「逆切れ」も知っていると思う。

 55歳の昇給停止段階で、松本は年収1300万円(おそらく部長まで上り詰めるだろう)、一方「逆切れ」は800万円だと思う。管理職試験に受かったか、はなから問題にもしなかったかで、少なくとも年500万円の差を出てくる。もう、悪平等の時代は終わった。

 ちなみに松本は明大法学部、「逆切れ」は早大政経学部である。

 給食職員の場合、当然、調理師(中卒程度)の資格を持っているものだと、思っていた。でなければ、時間給4000円は取れないはずである。それが、小・中学校は約5割、保育園にいたっては、約2割の人しか調理師免許を持っていなかった。栄養士の元で、調理補助をするのが給食職員の仕事だから、調理師免許は絶対に必要なものではない。でも、たかだか調理補助に時間給4000円も払えるか!

 民間では、時給1000円も出せば、優秀な調理師、栄養士が雇える。増してや退職金、年金まで、住民が負担する必要がない。調理師免許のない、給食職員は典型的な「闇の調理人」だ。渋谷区から、叩き出していこう。

 やはり、「宇田川町の常識は、世間の非常識」だ。

 今日も資源リサイクル部長柴田春喜と話していた時、「確かに、私は明大政経学部を出て、すぐに渋谷区役所に来ました。世の中のことは、知らないかも知りません。でも私にはアルバイトの様々な経験があります・・・」

 おい、おい、アルバイトのことは、経歴には普通入れないよ。やはり、「宇田川町の常識は、世間の非常識」だね。

 

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児童擁護のおばさんの時給は、銀座のホステス以上だ

 用務、給食、警備等の職員(高卒程度)の採用は、各区ごとである。でも、ここ2,3年は新規採用はほとんどの区がやっていない。渋谷区でも、最終的に単労を採用したのが05年である。総務省、東京都が厳しく目を光らせ、新規採用を抑えている。

 何故か?単労にも年功序列があり、55歳まで鰻上りに年収が上がっていくからである。残業を入れると、年収1000万を超える単労がごろごろいる。民間では単労の最大年収は、良くて600万円である。それでも払いすぎだと、株主からとっちめられる。

 1000万の年収は日本の全サラリーマンの1割以下、全課長の年収平均866万円をはるかに超す。単なる用務(昔は「こずかい」と言っていた)、清掃に年収1000万円も払えるか!

 単労は採用が各区なら、賃金も各区が決めるものと思っていたが、これも行政職と同じく、23区共同で決めるらしい。行政職は採用が23区共同であるから、わかる。しかし、単労までも、何故共同なのか?

 そもそも貧困区の足立区には、ほとんど単労がいないではないか!あまりの貧しさに、単労職のほとんどを、民間に委託してしまっている。残るは豊かな区である。渋谷区、世田谷区などである。これらの区では今なお、児童擁護の1日実働3時間の職員が、いるところである。そして、自治労が圧倒的に強い区である。

 渋谷区の待機児童数が今日、ようやく確定した。78名である。昨年は29名であった。しかし、お隣の世田谷区はまだ300名以上である。

 でも「何と言われようが、単労の生首は切れない」と、エリート職員課長(次期渋谷区幹部)黒柳貴史は突っ張る。頑固なところがまだある。でも、待機児童のお母さんたちは、これからまだ小さな子どもを抱えて、どう生きていくのだろうか?ぼく個人、母子家庭出身だから、余計に気になる。

 一方、児童擁護のおばさんたちは、今日も校内の「主事室」で、金歯を光らせ、せんべいをぼりぼり齧りながら、お昼の不倫ドラマに夢中である。時給に直すと、冬、春、夏の休みがあるから、銀座のホステスよりも高い!

 「おかしいのでは」、と問うても答えは変わらない。「これは私たちの既得権です」

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白ありをあぶりだすー税金はわれわれのために

 最近は各課、各部に電話して、白あり公務員(清掃、用務、給食などの年収1000万円近い単純労働)をあぶりだしている。

 やはり、清掃が人員数、年収等でずば抜けている。1000万の年収は、全国平均で見れば、部長級である(プレジデント 09年5月4日号)。課長級でさえも、平均年収866万円である。明らかに取り過ぎである。別に公務員にごみを処理してもらわなくて良い。民間だったら半額ですむ。

 一方、行政(事務)職エリート、黒柳貴史職員統括課長(45歳 次期部長候補生)ですら、ようやく年収1100万円を超えた程度である。その代わり、朝早くから夜遅くまで、じつによく働いている。着ている物は、くたびれた「コナカ」の背広である。そして、単労よりも、はるかに粗末な昼飯、たいていはおにぎりをほうばることが多い。

 総務課の運転手も年収は1000万円近い。映画界でそれだけの年収をコンスタントに取っているのは、「寅さん」シリーズの山田洋次監督ぐらいだ。総務部全体でも1000万円近い単労はごろごろいる。

 ぼくたちの税金はこんな単労のおじさん、おばさんたちに食い散らかされているのだ。もっと、子どもたちに使ってくれているものだと、思っていたのに・・・

 子どもに金をかけることは、未来への投資である。広い保育園、本が充実した図書館、少人数教育の小・中学校。そして、給費制の高校・大学への奨学金。

 「単労の生首は切れない」。これが教育委員会庶務課長(参事)の児玉史郎の口癖である。でも、実際に悪質な保育園用務を懲戒解雇で、最近生首を切っている。やる気さえあれば、生首でも切れるのである。

 何回も言うが、年収1000万円もの「白あり公務員」は不要である。そのぶん、待機児童の数を減らすために公立保育園を緊急に作って欲しい。

 新しいニュースが入ってきた。今まで渋谷区の子どもたちの半分以上は、公立中学を拒否し、慶応、青山等の私立中学に進学していた。しかし、今年の4月からは半分以上の子どもたちが公立中学に戻ってきた。親の生活が苦しくなったからである。

 今まで単労ばかりを「白あり公務員」として、集中的に批判してきた。でも、区議会議長が「窃盗」で、渋谷署から書類送検されてから、議会にもメスを入れようと思う。そして、もう一つ、教育委員にも光を当てたい。今まで、短大卒が大半を占めていた渋谷区教育委員はなんか、ヘンだ!

 ちなみに月2,3回会議に出る教育委員の月給は約30万円。任期は実質8年である。

 

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渋谷区待機児童問題から、つい隣の世田谷区の問題を考える

 先日、かみさんの弟夫婦に会った。下北沢(世田谷区)に住んでいて、つい最近、男の子ができたばかりである。問題は保育園である。0歳児から預かる保育園は世田谷区もほぼ満員で、奥さんは仕事をやめ、子どもが新しく保育園に入園するまで、子育てに専念するそうだ。でも、そんな簡単に世田谷区で保育園に入れるか?

 09年2月28日朝日新聞朝刊が「保育所希望者が急増 不況で共働き」をすっぱ抜いている。他紙ではほとんど無視されているから、これは朝日新聞の特種だろう。

 世田谷区の09年度の申し込み数が3376名。一方の渋谷区が732名。前年同期比の増加数は世田谷区が516名、渋谷区が109名。世田谷区の待機児童数は圧倒的に多い。やはり、弟夫婦の旗色は良くない。

 渋谷区では、「家族の死活問題」ということで、久保田幸雄家庭部長を追い詰めた結果、待機児童は今のところ80人未満まで減った。課長が社会福祉を志して、渋谷区役所に年齢制限ぎりぎりで、サラリーマンから転職して入った斉藤則行に4月から代わったから、60人台にまで減ると踏んでいる。

 一部の保育園の用務、給食(単労)が仕事が増えるのを嫌がって、増員を拒否していると聞いているが、名前が判明次第、公表していくつもりである。何のために、1000万円近い年収を、私たち区民が出していると思っているんだ。保母(単労ではない)ですら、最大年収が900万円である。

 弟夫婦の戦いは苛烈である。待機児童数1797名の杉並区では、区独自の「臨時保育室」(定員180人)を、新しく設けたが、残念ながら、待機児童数3376名の世田谷区は今のところ無策である。

 今までは、隣の渋谷区でも世田谷区の子どもをゆとりがある限り、受け入れてきたが、今回は無理である。もう、人の財布をあてにすることは、やめたほうが良い。

 実は世田谷区には、隠れた財源がある。清掃、用務、給食などの単労職員が1049人(年収、退職金、年金負担分約100億円)もいるのだ。渋谷区は532人である。この1049人の仕事を民営化(下請け職員の年収を500万円とする)すれば、たちどころに50億円くらいの予算は浮くのである。保育園の予算が5億円としても10箇所は新しく建つ。少なくとも、500人程度の子どもは保育園に収容できるのである。

 世田谷区の保育園で困っているお父さん、お母さんは何故、世田谷区に対策を立てさせないのか?

 渋谷区も保育園で困っている。でも、ぼくのような住民が立ち上がり、年々、改善してきた。世田谷区でも出来ないわけがない。現に、杉並区では、「臨時保育室」が続々と新設されている。要は単労の年収が優先するか、待機児童の数を減らすことを優先するかである。

 もう、単労の馬鹿高い年収を払うことを、きっぱりと拒否をしょう。そしてそのお金を保育園にかけよう。

 ちなみに、渋谷区では新たに保母(父)さんを4名、募集したところ124人から応募があったそうだ。年収は約300万円。新人保母(父)3人で、用務の50歳代のおじさん1人の年収である。

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今年のゴールデンウイークにやったこと

 今年のゴールデンウイークは、半年分もたまった週刊誌の処理に終わってしまった。「アエラ」「ニューズウイーク(日本語版)」「週刊ダイアモンド」「週刊東洋経済」が中心だが、リーマンショック以後、読んでそのままにしていた。

 いつもはKING JIM「CLEARFILE colorbase 60」に、必要なところだけを切り取り、保管しているが、今年は特に1月から2月の慶応大学病院入院もあり、ついつい、放置していた。ClEARFILEはもう31冊になる。

 書棚には直近の2冊だけを置き、後は机の下にまとめている。この2冊だけは何回も読み返し、このブログを書くときにも、基本的な資料になっている。全体のタイトルが「企画データ」である。

 たまった週刊誌にざっと目を通し、ごく一部を除いて、捨てていく間に、はっと気が付いた。「ニュズウイーク」が、やはり、ずば抜けて面白い。09年3月11日号「好きなキャリアを失うとき」では、99年ー07年の間にアメリカの新聞社から解雇された者のうち、ジャーナリズムに復帰できたのはわずか6%。それ以外は広報や教員、バス運転手、酒店の店員などさまざまな職に移った。

 これは日本の映像現場にも共通する。日本の場合は50歳代に入ると、体力の衰え、特に徹夜が出来なくなることや、ギャラが若手の2倍以上ということで、どんどん仕事の場が減っていく。最悪は生活保護に追い込まれる。東宝、国際放映などの撮影所があった世田谷区が、特に極端である。生活保護を受けている、かっての撮影、照明、録音の技師、助手たちが、暇さえあれば、「黒澤(明監督)さんは」「岡本(喜八監督)さんは」と、日がな一日、くっちゃべっている。

 年老いて、生活の心配をしなくて良いのは、公務員だけだ。渋谷区では、高卒の事務職にでも、定年前は年間1000万円近く払っている。

 また同じく09年3月11日号では、「スラムドッグの抜け出せない監獄」で、インドのコルカタ(カルカッタ)スラム街出身の「ニューズウイーク」記者が、今年度アカデミー賞8冠に輝いた「スラムドッグ$ミリオネア」に重ねて、自分の生い立ちを語るところは圧巻であった。感動した。

 映画の主人公と同じく、スラムで生きてきた記者の場合は、両親から読み書きを教え込まれていたことや、盗んだオックスフオードの辞書を頼りに独学で勉強を始め、BBCを聞きながら英語に慣れ、やがて地元の英字紙の編集部に雑用係兼校正者に雇われたことが、スラム脱出に大きく役立った。ちなみに月給は約4ドル。

 やがて、彼は奨学金を貰ってアメリカに留学し、「ニューズウイーク」誌に採用が決まった。でも、この記者は例外中の例外である。多くはスラムの中で抗争中に殺されたり、病気で若死にしていく。教育投資を軽視する人たちの生き方は、古今東西、みな同じである。

 「ニューズウイーク」に比べれば、日本の記者が書いたものは薄いし、軽い。その中でも良質な「週刊ダイアモンド」でさえも、多くは廃棄処分である。記者たちも留学したり、大学院で再勉強しなければ、読者が相手にしなくなる時代が来ていることに気づかなければ。バス運転手、酒屋の店員のことは人事ではない。ねえ、毎日、サンケイの記者さん!

 

 

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宇田川町労使交渉の秘密ー「肉食系」女性管理職

 宇田川町(渋谷区役所の所在地)の労使交渉は、小委員会(非公開)方式で行われる。

 労働者(職員)代表は、小林書記長(千葉大卒)と、書記次長、執行委員4名の合計6名。それに対する使用者側(職員の課長、部長などの管理職)は古川満久総務部長(駒沢大学院)、遠藤正総務課長(中大法科)、黒柳貴史職員課長(中大法科)、松澤俊郎経理課長(法大経済)、児玉史郎教育委員会庶務課長(早大文科 参事に昇格)、以上5名である。

 労使交渉において、まず使用者側は1名少ない。アンフェアーである。それに、小林書記長は紳士であるが、中にはヤクザまがいの、どすをきかせる執行委員がいる。

 以前、給食の民営化を進めるための打ち合わせをしたところ、給食職員が出羽庖丁を持って乗り込んできたという実話がある。教育委員会のある課長から聞いている。

 使用者側は執行委員に比べると、明らかに「草食系」で、優等生タイプが多い。特に児玉課長は早大に6年も在学し、誰もが大学院に進学し、井原西鶴の研究者になると思っていた。今頃は女子短大の准教授のはずだった。それが渋谷区役所職員である。単労(単純労働ー渋谷区に法外に多い)の執行委員に、迫力からして、かなうわけがない。

 だから、めちゃくちゃな労働組合の要求が通るのである。「デズニーランドに行って、税金で遊ばせろ、5時前には帰らせろ、給料をもっと増やせ」等、記録を情報公開で取り寄せ、唖然とする前に、馬鹿馬鹿しくて、つい嗤ってしまった。

 やはり、労使交渉は公開の場で行われるべきだ。特に、私たち、納税者の面前で行われるべきだ。そうすれば「デズニーランド」の話は出るわけがない。馬鹿馬鹿しい。そして、使用者側をもう一人追加して、6対6でやらなければ、フェアーではない。

 もう一人追加するならば、資源リサイクル部吉田恭子参事を推薦する。これだけ、毒舌がさえる人は、宇田川町でもそう多くはない。宇田川町「肉食系」女子NO1だ。獰猛ですらある。チンピラみたいな単労と渡り合えるのは、彼女しかいない。

 「単労に年収1000万円も払っている区は、23区でもそう多くはないわよ。私だって10数年も万年課長(23区でもとりわけ珍しいことだった。ものをはっきりと言う彼女は、前区長によほど嫌われたらしい)で、1000万円だったんだから。そもそも勉強もろくにせず(彼女は国立学芸大学付属高校、早大法科卒業の秀才)、私以上に1000万円以上も取ろうというのは、おこがましい」

 国家公務員は6月に支給されるボーナスを0,2ヶ月減を人事院から勧告されている。彼らには3月のボーナスもない。しかるに東京都、及び23区の職員は3月のボーナスがある。そして、6月のボーナスが国家公務員のように、0,2ヶ月減らされるとはまだ聞いていない。

 そろそろ、私たち納税者が「労使交渉」に介入するときだ。ごみ拾いのおじさん、運転手が年3回のボーナス、そして年収1000万円は明らかに法外だ。

 *5月11日、さっそく職員課長黒柳貴史より、連絡があった。黒柳課長は毎日、このブログを熱心に見て、誤りを教えてくれる。使用者側に、企画財政課長水村信行が入っているそうだ。だから6対6で、労使交渉は問題ないという。でも、宇田川町きっての肉食系女子吉田恭子参事の必要性は、いささかも変わることはない。

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渋谷区の運転手の年収が980万円

 4月23日、総務課長遠藤正から、運転手(総務部)の年収(08年)資料をもらった。

 50歳代の運転手の年収が、約980万円もいくのだ!普通だったらその半額、約500万円もいけば良いほうである。ちなみに東京タクシー大手、いわゆる「日の丸」「日本交通」などの4社の運転手の年収ですら、500万円もいかない人が多い。

 ましてや、中小のタクシー会社の運転手では、年収300万円もいかない。それでも、沖縄や北海道から妻子を地元に残し、出稼ぎに体をすり減らしているのだ。

 総務課運転係に行って、びっくりしたことがある。冷蔵庫にビールが冷やしてあるではないか!いったい、何を考えているのか。さっそく、袴田庶務係長に処分してもらったが、運転手たちは恨めしそうにぼくを睨んでいた。

 暇があれば、控え室でごろ寝をして、ビールを飲む。そんな単労(運転手等の単純労働)に980万円も年収を払えるか!

 それに、07年には17名だった運転手が、こんなご時勢に08年から18人に増員された。それに対して、車は21台もある。経費節減の時代に、総務課運転係だけは別世界である。

 別に運転手全員が、公務員である必要はない。ほとんどは、民間の運転手で良い。年収は500万円でも、仕事が楽だから希望者が殺到する。

 以前から、疑問に思っていたが、単純労働に「年功序列」は必要か?60歳近くになれば、年収1000万円も掛かる運転手は経費の無駄だ。そんなために税金を払っているわけではない。

 一方、最近ようやく統括課長に昇進した遠藤は、年収が約1100万円。定年まで、あと2,3年である。中大法学部を出て、渋谷区役所一筋の生え抜きである。ただ、余りにも、愚直で、要領が悪かった。つい最近まで安全対策課長をやっていたので、その激務で、10キロは痩せている。痛々しいほどである。

 10歳以上も年下、同じ中大で、世田谷区から転入してきた植竹ゆかりは早めに統括課長に昇進し、部長が目の前である。舌先三寸、遠藤正とはまったく対照的な生き方をしている。だからやっかむ中大出身の課長から、あること、ないこと中傷されている。でも、ぼくは不器用な遠藤正を、「奉仕者」として評価する。

 「巧言令色、少なし仁」である。

 話を元に戻そう。いくらなんでも、980万円もの年収の運転手は法外だ。それが可能なのは、その運転手が単労の職員で、自治労の組合員だからだ。自治労の既得権の壁は、かっての「ベルリンの壁」と同じく余りにも分厚く、堅固である。

 でも89年に、東ベルリンの市民の手によって、難攻不落を誇っていた「ベルリンの壁」は、内部崩壊した。980万円もの年収をもらっている運転手も、その年収を払っている渋谷区民の手によって、必ず駆逐できる。

 馬鹿高い単労の賃金よりも、渋谷区立保育園の新設、図書館の充実、それに高校生、大学生への給付奨学金の方が、税金の使い道として優先する。

 ぼくは下請け録音マン(水道通りの都営住宅に家族4人で住んでいる。父は失業中)の長男に、希望どうりに都立西高へ進学して欲しいと思っている。そして、大学で思う存分、ウェーバー、ケインズ等の古典を学んで欲しいと切望している。そのために渋谷区の奨学金を使ってもらいたい。

 私たちの税金を、年収980万円もの運転手に使うより、もっとためになる。

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通勤電車の優先席で「東京スポーツ」を広げるような職員ー保育係長村山晃

 4月23日、約束どうりに渋谷区役所3階広報課へ行き、保育課西留総括係長を待つ。この日の午後に、待機児童数の大体の数が出るはずだった。

 西留係長とは、彼が議会の庶務係長だった、約10年前からの顔馴染みである。都内中堅私立大学英文科卒、多少は短気。追い込まれると、語句を荒げることはあるが、最近はめったにそんな姿を見せることはない。特筆すべきは独身貴族で、ゴルフが生きがいである。約2000人の渋谷区職員の間でも、資源リサイクル部参事吉田恭子と並んで、隠れた「貯金王」である。

 でも執務態度は上に「くそ」が付くほどまじめで、会計管理室にいた時、部下の昼休み後の居眠りを注意すると、ただただ平謝りであった。一方、会計管理室長関口康永は「かえるにションベン」で、部下の昼寝に素知らぬ顔であった。

 あれっ、広報課には約束していた西留係長と、もう一人の趣味の悪いジャケットを着た50歳代の男性がのこのこ付いて来ている。彼こそが保育係長村山晃である。いやな予感がした。

 以前、待機児童の資料を送ってくれるように約束しながら、反故にした男である。「申し訳ないが、約束した今日には待機児童が何人か、お答えできない」。隣の村山係長に気を使いながら、西留係長がひたすら謝る。どうも、村山係長が反対したようだ。それで、わざわざ、広報課にまで、お目付け役として村山係長が同席している。

 今日は4月23日だよ、新年度に入って23日も経つんだよ。保育課がまだまだ待機児童の実数がつかめていないのは、明らかに「不作為」である。判りやすく言えば、村山係長の職務怠慢、つまりサボりである。

 4月22日の読売新聞の家庭欄では、余りの待機児童の多さに世田谷、杉並区などは臨時に保育園を開所していることを紹介している。しかるに、我が渋谷区では・・・

 「読売新聞も、山谷さんのブログも見ていません。そもそも興味がありません」

 これが村山係長の答えである。彼は渋谷区民ではない。渋谷区とは村山係長にとって、単に毎月の給料と、3度のボーナス(3月ももらう)、それに3000万円近い退職金、月23万円の年金(半分は区民が出す)を振り込むところでしかない。ちなみに、万年係長の年収は約900万円。渋谷職安ではその3分の1の年収300万円でも、仕事にありつけない。100%、誰もが雇わない、見るからに能力不足だから。

 自分の給料を出している住民が、保育園に入れなくて、どんなに泣こうが、村山晃係長にとって「関係ない」ことである。自分の給料さえ、毎月、振り込まれればいいのである。ましてや母一人、子一人の家庭が、待機児童になって、お母さんが働きに出れなくとも、村山晃係長にとって、痛くもかゆくもないことなのである。そもそも「想像力」が欠けている。やがて、この家庭は生活苦のために、生活保護を申請する可能性が高い。

 どんなに頑なに、おおよその数字を村山晃保育係長が隠そうとしても、「歩く加齢臭」久保田幸雄子ども家庭部長に電話をすれば、すぐわかることである。このブログによく出るようになってから、久保田部長は急に愛想が良くなった。

 「70人代後半です。渋谷区としては新しく西原に定員59人の聖ヨゼフ保育園を開設し、新橋保育園に2名、代官山保育園3名、幡ヶ谷第2保育園2名、本町第2保育園5名、第3保育園2名、元代々木保育園3名、合計17名を定員増で入れています」

 全合計76人を新しく入園させてもまだ、70人代後半のお母さんたちが、子どもを抱えて困惑しているのだ。渋谷区の歴史始まって以来の異常事態である。それだけ、不景気が深刻で、お母さんも働かなければならないのだ。

 一方、村山晃保育係長は5時15分までの勤務が終われば、今日も通勤電車のなか、優先席で「東京スポーツ」を広げる。立っているのが苦しそうなおばあさん、臨月に近い妊婦、明らかに足の不自由なおじさんがどれだけ面前にいようが、無視しながら、一人でにたにたしながら家路に急ぐ・・・

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宇田川町の空騒ぎー「区長、辞めるんだって?」

 「区長、辞めるんだって?」

 昨日、久しぶりに会った先輩が聞いてくる。先輩はかって大会社の営業本部長などを歴任し、悠々自適の毎日を笹塚で楽しんでいる。ぼくが頭でっかちに、事実を求めるやり方に、批判的でありながらも、いろいろアドバイスをくれる。

 桑原区長が選挙カーのガソリン代誤魔化しで、テレビ朝日モーニングショウの取材を受けていたのを、見ていたそうだ。そこで、区長が「今年いっぱいで辞める」と、先輩はそう聞いたそうだ。そこで、渋谷区民オンブズマンを10年間もしているぼくに、冒頭の質問になったのだ。

 ぼくは残念ながら番組を見ていない。テレビ朝日モーニングショウは効果音が煩く、社会正義を振りかざし、何よりも取材が安っぽいので敬遠している。でも「辞める」とは初耳である。さっそく、昨晩はインターネットで確認したが、まったくその気配がない。

 今朝、松本賢司「明るい渋谷区」広報課長に電話で確認を取る。テレビ朝日の取材のとき、区長のそばにいたので、事情に詳しい。「まったく、区長が辞めるとは一言も言っていません」と、断言された。どうも、先輩の誤解のようだ。

 しかし20日、朝の広報課は戦場のようだった。区長が渋谷署から、書類送検されたことで、各社が取材申し込みに殺到し、それに何よりも区民の新聞、TVの反響が大きく、松本課長とは電話がまったく通じなかった。午後になってようやく連絡が取れたが、もうよれよれといった感じだった。住民の怒りに対応するだけで精一杯だった。

 面白かったのは、このブログの反響である。「おじいちゃん、泥棒だって!」はアクセス数が日ごろの5割増しで、書いた当人がびっくりしている。区長の書類送検は宇田川町(渋谷区役所所在地)だけでなく、区民にも大きな反響が出ている。前区長の辞任騒ぎもみっともないものだったが、現区長の書類送検も、恥ずかしいことだ。

 でも、渋谷区の住民が区政にもっと、関心を持ってもらうためには、今回の送検は良いことだと思っている。単なる区長辞任の空騒ぎには終わらせたくない。

 桑原区長を書類送検にまで追い込んだ渋谷オンブズマンは、今度は食料費のことで、前総務課長大澤一雅(現 教育委員会事務局次長)と桑原区長を監査委員会に告発した。

 食料費のことはもう10年前ぐらいに、渋谷区民オンブズマンの方が東京地方裁判所に訴え、結果が出て、もう終わったことだと思っていた。松井裕副区長(当時は課長)等は無罪、ただ一人の女性課長だけは有罪でお金を渋谷区に返還した。そして、やがて、ぼくにも訴えられ、職を辞していった。

 松井裕は正直の上に「馬鹿」が付くほどで、身をいつも律していた。だから、裁判でも、無罪だった。ぼくが渋谷区の行政(事務)職の人をある程度、評価するのは松井副区長をここ10年、見ているからだ。松井は卑しくない。

 もう食料費はないものだと、思っていた。税金で飲み食いするのは卑しいことである。天麩羅やうなぎが食いたかったら、自腹を切れば良い。残念なのは、大澤一雅前総務課長の名前が出ていたことだ。大澤は松井と同じように「フリーランチ(ただ飯)」を拒否する人だと思っていた。

 大澤一雅に電話して、確認した。「たまたま、出納責任者として、私の名前が出てきたのです」。そこで、つっこむ。「大澤さんは税金で飯を食べたり、飲んだことはないの?」。答えが「一度たりともありません」。答えを聞いて、ほっとした。総務課長のときにあっているが、卑しくは見えなかった。

 元総務課長関口康永(現 区議会事務局長)とは大違いである。「ひらめ」とあだ名される関口局長は、上司や議員には平身低頭であるが、障害を持った区民も歩いて渋谷区役所に来いという高圧的な人である。そして、定期代が毎月支給されていたときに、6ヵ月分を前もって買い、その差額を浮かしていた「ちんけ」な職員である。大澤一雅とは、そもそも人間の品性が違う。部下から、「管理職失格」、と内部告発されるわけだ。

 区長の書類送検、食料費騒ぎも、今のぼくには大きなことではない。今、一番、気になっているのは保育園の待機児童数の減少である。ぼくの知っている夫婦の子どもさんは、両親の熱心な運動によって、何とか保育園に入園できた。しかし、力のない、特に母親だけの子どもの場合はどうか?自分が母子家庭で育ったから、余計に気になる。

 明日、保育課の西留係長が、だいたいの待機児童数を明かしてくれることになっている。明日の午後、渋谷区役所に行く。斉藤則行新保育課長のもと、事態は改善されていると思いたい。

 ぼくがこれだけ、待機児童数にこだわるのは、子どもへの支援は、明日への投資だという信念からである。「歩く加齢臭」子ども家庭部長久保田幸雄の、そして「ひらめ」関口康永区議会事務局長の3月のボーナス(いまや地方公務員だけの既得権になりつつある)のために、税金を払っているのではない。

 あくまで、未来への投資のためである。宇田川町の空騒ぎも、もうそろそろ終わりにしたい。

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本当に怒ったらー最悪は職員を訴えればいい

 新宿区役所、杉並区役所、中野区役所、豊島区役所に情報公開の件で、この10年間、よく通っている。待遇はじつに良い。ていねいである。そこに住んでいる住民たちが心底、うらやましい。

 しかし、残念ながら、30年間も住んでいる渋谷区の待遇は、最低に近い。一部の職員は「金持ち、喧嘩せず」の、渋谷区民感情の上に、あぐらを掻き、増長している。『自分は自治労の公務員だから、絶対に解雇されない』、と勝手に思い込んでいる。

 最近、ブログを書くようになってから、職員の態度が微妙に変わり始めた。6階の土木部、都市整備部を除いて、納税者へのぞんざいな口調、サンダル履き、Tシャツなどの目に余る増長振りは減っていった。そして、このブログは予想外の人気ブログになり始め、1日に100人以上の人たちが見ている。多くは渋谷区役所関係者だろうと思っている。

 ブログのログインに手間取って、ニフティの技術者に来てもらったが、アクセス数の多さを見て驚いていた。特に管理職の個人名を挙げて、諌める時は、アクセス数が急に跳ね上がる。

 そうするとさっそく、松本賢司広報課長から、名誉毀損で訴えることをちらつかされる。「明るい渋谷区」の象徴、松本クン、名誉毀損についてはキミよりも、ドキュメンタリーを生業としているぼくの方がはるかに詳しい。なにしろ、東京地方裁判所に日参して、名誉毀損の裁判を傍聴している。

 今まで、どれだけ取材で、「訴えてやる」と言われてきたことか!でも、ぼくは一度も、実際に被告になったことはない。取材の度に取材ノートに詳しく事実を記録しているから、訴えられたらそれを法廷に持ち出せば良い。

 松本クン、キミは10年近く広報課にいて、面前でノートにしきりに書き込みをしているぼくを見てきているはずだ。確かにキミに比べると、10分の1ぐらいしか舌が回らないけど、そして明治の法学部で法律を学んだわけではないが、ドキュメンタリーの現場は、キミたち職員には到底理解が出来ないほどの、「事実を追求」する苛烈さがある。この10年間で、取材ノート4冊に加え、400字詰め原稿用紙250枚はもう書き上げてある。その上で、このブログを書いているのだ。

 資源リサイクル部長柴田春喜に「うそつき」「市民の敵」と断罪するのは、それだけの事実を積み上げているからだ。普通だったら、名誉毀損で訴えられても、おかしくはない。もし、柴田部長が裁判に訴えるならば、こちらも事実を持って逆告訴するつもりである。

 このブログは、ぼくにとって新著のためのデッサンだと割り切っている。つまらなかったら誰もが読まない。さて、本論に戻ろう。

 渋谷区職員は、私たち納税者の「奉仕者」である。もっと踏み込んで言うならば、「使用人」である。徹底的に使えば良い。そのために税金を払っている。

 ぼくは税務課(藤野貴久課長)のひとたちが、税金を徴収するためにどんなに苦労をしているかを、よく聞いている。「臨戸」と言って、税金を払わない個人宅にまでいって、徴税を促していることも知っている。本町、幡ヶ谷地区に未だに残る、日が当たらない、今にも崩れ落ちそうな木造モルタルアパートにまで、実際に行くのだ。若い女性だったら、身の危険を感じるところである。

 また国民健康保険課のある係長も、よく知っている。初めて会ったとき、その怪異な容貌に衝撃を受けた。何故、再雇用のおじいさんが係長なんだ、とまじめに問うた。それだけ頭髪が薄く、65歳前後の老けたおじいさんが面前にいるのだ。しかし、話を伺う間に、まだ50歳代前半の、この係長の人間の「大きさ」に感銘を受けた。

 国民健康保険課には、保険料が払えない人が相談に来る。そのときの窓口がこの係長である。話を聞いているうちに、だいたい、嘘か、本当か、この係長は判る。本当に困った人には、支払猶予を与える。しかし、嘘を並べ立てる人には銀行口座差し押さえ等、厳しく対処する。ほぼ、このベテラン係長の判断に誤りがない。

 彼はよく言う。「最近では本当に困った人が、この不景気で増えているんです」。いつも威張って、何時ひっくり返るか、ひやひやして見ている区議会事務局長、あだ名が「珍竹林」の菊池淳よりも、この怪異な容貌の係長のほうが、はるかに人間が出来ている。

 税務課から「臨戸」されるほど、困窮した区民、そして毎月の国民健康保険も払えない区民が何故、怒らないのか?自分の子どもが区立保育園にも入れず、月1万円を貰って(でもあと4万円以上出さないと、私立保育所にさえも入れない)、劣悪な私立保育所に入れられるのだ。

 「いやだったら、渋谷区を出て行ったら」

 これが植竹ゆかり(前)広報課長の口癖である。ぼくも何回か、情報提供を断られ、そのたびに区議に助けられ、何とか資料を貰ってきた。区議の言うことには素直に従うが、一般の住民には厳しい人である。その面では、「私たちは対等です」と、天下の暴言を乱発する松本賢司課長のほうが、行政サービス業に徹している。

  奉仕者、使用人から「渋谷区を出て行ったら」といわれる覚えはない。植竹ゆかり商工観光課長は狂っている。現在の上司・中島豊六区民部長にも抗議をするが、「山谷さんは元ドキュメンタリー作家だから・・・」と、一笑にふされる。自分では現役のつもりだし、昨年、今年と立て続けに本を出すのだが・・・

 中島部長は都立大の先輩(03年に社会福祉を学びに、55歳で都立大に通った)でもあるが、いくら先輩でも、元ドキュメンタリー作家とはひどい。そのうち、勝手に故人にさせられるだろう。

 植竹課長は才女ぶっているが、ぼくのところに電話があった。「植竹課長は同じ中大です」。やはり「東大卒」はガセネタだったのだ。でも何故、植竹課長は威張るのか?何故、命令したがるのか?

 そのうち、植竹「エリマキトカゲ」説をぼくが唱え始めた。無理して哺乳類みたいに、最初、二本足で歩こうとするがそのうち、疲れてトカゲらしく4本足で歩き始める珍種のトカゲである。一時期、TVコマーシャルでよく紹介されたから、覚えている人もいるだろう。

 それでも、「いやだったら、渋谷を出たら」はいくらなんでも奉仕者として言いすぎである。ぼくは本当に怒っている。訴えても良いとさえ、思っている。現実にある女性課長を、ぼくは東京地方裁判所に訴え、彼女は渋谷区役所を辞めている。訴えるに当たって、渋谷区役所職員ではなく、あくまで個人を名指しする。

 渋谷区職員だったら、渋谷区法務部が全面的に課長側に付く。法務担当副参事木下毅彦とその部下の実力は侮れない。訴訟慣れした大ベテランである。しかし、個人なら、弁護士を自腹でつけなけねばならない。着手金が約50万円。打ち合わせは公務ではなく、有給を使わなければならない。裁判は延々と続き、そのうちに時間と金が続かなくなる。

 当方も、同じように時間と金が掛かる。ただし、こちらは弁護士を雇わず、自分で訴訟するから負担はやや軽い。でも、負担には代わりはない。自分の体験から、職員を訴えることは、時間と金のことを考えるとあまり勧めない。でも、本当に怒れば、話は別である。ちゃんと事実を押さえ、証拠を確保してから、東京地方裁判所に行けば良い。ちなみに、当初の印紙代は1万円そこそこである。

 相打ちのつもりでなくては、裁判は出来ない。でも、職員は自分が訴えられて初めて、納税者の怒りがわかると思う。ちなみに、裁判所からの召喚状は粗末な封筒に入って自宅に来る・・・

 

 

 

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[おじいちゃん、泥棒なんだって!」ー桑原敏武区長への絶縁状

 市民社会は犯罪者に手厳しい。 

 ぼくはここ20年以上、東京地方裁判所の刑事法廷に通っている。本や映像では飽き足らず、「人間とは何なのか」、被告人をもっと直に見てみたいからである。

 詐欺、窃盗、強姦等の被告が、東京拘置所の刑務官に引き立てられて、ノーネクタイ、サンダル履きでおずおずと法廷に入廷する。それを舐めるように見ているのは被告の家族のほかに、記者、もの書き、それに時間を持て余した普通の市民である。最近は「面白い」という噂が広まり、法廷は超満員ではいれないこともある。特に(元)県知事、市長などは大法廷でやっている。

 被告人は法廷ではプライバシーはない。まず検事が冒頭陳述で年齢、出身地、学歴、家族歴、そして仕事について事実を明かす。普通、ぼくたちがどれだけ取材しても、「プライバシー」という厚い壁に阻まれ、到底聞き出せないことを、検事は淡々と述べていく.。それを赤裸々に明かされる本人、とりわけ社会的地位が高い人にとっては、着ている服を無理やり、むしり取られ、素っ裸にされているようで、見ていて、いたましい。

 じつはその前に警察(旧代用監獄)で20日以上、引ったくり、強盗、ヤクザと集団生活をしながら警察調書に協力しなければならないし、それが終われば小菅に昔からある東京拘置所で約1月、検事調書を完成させねばならない。

 全部の総仕上げが、東京地方裁判所の法廷である。被告人が何を弁明しょうが、どれだけ有能な弁護士をつけようが、有罪率は99%である。このぼくの20年余りの体験でも、「被告人は無罪」と、裁判官が断定したのは、痴漢を疑われたサラリーマンの一件だけである。

 初犯は大半は執行猶予が付く(刑務所にとりあえず、収監されることはない)が、れっきとした「前科一犯」である。それは一生、付いて回るものである。家族はひっそりと生きなければならない。犯罪を甘く見てはいけない。

 このたび、桑原敏武渋谷区長(73)が渋谷署から東京地方検察庁に「詐偽」で書類送検された。4月17日の毎日新聞、フジ、TBS等がこぞって報道している。

 07年4月にあった区長選の選挙カーのガソリン代2万3千円を4万1千円と過大に請求したのである。差額がたかだか、1万8千円である。告発したのは渋谷オンブズマンの人たちである。

 ぼくはこのときの区長選で桑原区長に票を入れた。対立候補であった元部長よりもベターだと思ったからだ。60歳近くまで、自民党系候補者に票を入れるのは、初めてだった。元部長は余りにもがさつで、下品だった。結果はぼくのような人も多かったようで、桑原区長の圧勝で、元部長の惨敗であった。

 その後の元部長の消息は何一つ聞いていない。もともと、同僚にも、部下にも人望がない人だった。

 桑原区長は演説が、珍しいほど下手だった。一度聞いたことがあるが、余りの下手さに気の毒になった。でも、もともと小役人だと思えば、納得がいく。定年間際に、前区長一家の不祥事で、たまたま「棚から牡丹餅」式に、区長の椅子に座った元助役である。見るからに小心者である。

 でも今回の詐偽で、書類送検は桑原区長らしからぬミスである。あれほどの小心者、小役人がなんと馬鹿なことをしたものだ。たかだか1万8千円、ポケットに入れただけではないか!

 渋谷オンブズマンのブログは、今まで何を言いたいのか、よく判らず、敬遠していた。でも、最近は書く人が変わったようで、読みやすくなった。特にこの「ガソリン代水増し請求」で、桑原区長を書類送検したことは、大ヒットである。渋谷署もいい加減に書類送検したわけではない。立件しないと、渋谷署の威信が問われる。

 また教育委員が月2度しか出席せずに、26万7千円の月給を取っていたことは渋谷オンブズマンのブログで初めて知った。詐欺に近い。教育委員に会いたいと言ってきたが、何年も体を張って妨害したのが(前)教育委員会次長柴田春喜(現在 資源リサイクル部長)であった。やはり「獅子身中の虫」、紛れもなく「市民の敵」だ。ぼくも渋谷オンブズマンに刺激されて、これから教育委員のことをもっと深く調べよう。

 話を元に戻したい。

 「ブルータス、お前もか」

 桑原区長だけは小役人、小心者だから、犯罪を犯さないと思っていた。しかし、送検されれば、話は別である。渋谷署の代用監獄、東京拘置所、東京地裁刑事法廷、そして「前科一犯」の烙印を押される可能性が大きくなってきた。そして、お孫さんに言われるだろう。

 「おじいちゃん、泥棒なんだって!」

 

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ある下請け録音マン一家の人生

 ここ20年間、身の周りに起こった「激変」を最初に書きたい。なんと言っても、1989年の「ベルリンの壁崩壊」である。共産主義下にあった東ベルリンの市民が、目の前に立ちはだかるコンクリート製の分厚い壁を自分たちの手でぶち壊したのだ。

 それまでの共産主義、社会主義というシステムが、どうしても受け入れられなかったのである。「ベルリンの壁崩壊」がやがて、ソ連邦の解体、そして中国、インドなどの市場経済流入をやがて促した。それが回り、回って、やがて渋谷区の納税者であるぼく(それまで同情的だった)が、単労(清掃、用務などの単純労働の高給職員)駆除の遠因となる。駆除の目標は「既得権の壁崩壊」である。

 かんじんの日本はバブル経済最高潮のときから、やがて「失われた10年」の不景気を耐えなければならなかった。その間に圧倒的に普及したのが、インターネットである。

 95年にオーストラリアで家族で夏休みを過ごしていたが、ケアンズ近くの牧場を管理していた友人がインターネットを駆使していたのを見て、衝撃を受けた。こんな便利なものがあったのだ!それまでワープロで原稿を書くことばかりで、パソコンを使うことはなかった。

 社会主義、共産主義の実質的な崩壊(中国はいまだに共産主義国を自称しているが)、それにインターネットの全世界的な爆発的な普及で、身の周りは大きく変わった。特にインターネットの影響は根底的だ。

 まずは新聞、週刊誌、雑誌が惨めなほど売れなくなったことだ。まず新聞だが、毎日、サンケイがやがて消えていくだろう。周りでもその2紙を購読している人はほとんどいない。週刊誌でも、「週刊新潮」が、今度の朝日新聞支局襲撃事件の取り返しのつかない誤報で、いずれ廃刊になるだろう。誤報だけでなく、今までおもしろ、おかしく書かれた人たちが裁判に訴え、その慰謝料だけでも最近、とみに巨額になりつつある。芸能人たちの「週刊新潮」への逆襲である。新潮社はこの慰謝料を払えるのか?

 やがて発行元である新潮社そのものが、市民感情の反発で、全国の公立図書館から駆逐される可能性がある。雑誌市場もこのリーマンショックも加わり、廃刊ラッシュである。広告が取れないのである。

 単行本も初版が2000部で、返品がその半分ということも実際に起きている。そもそも、若い人たちは活字を敬遠するのである。パソコンで大半の用を達する。

 そしてテレビさえも見ない。我が家でもNHKは見る時があるが、パソコンを見ている時間の方が長い。民放のバラエティはさもしい、下卑た感じがして、敬遠している。やがて、そこにCMを出している商品も同じように下品と思われ、消費者から遠ざけられるだろう。

 活字、漫画媒体、そして民放のバラエティ番組がまったく売れず、作家、編集者、そしてテレビ局員の年収が目に見えて減っていく。渋谷区の高級マンションを泣き泣き手放す人が増えてきている。ぼくに言わせると、今までが取り過ぎなのである。

 下請けから搾り取る構造も、最近では下請け自体が食えず、崩壊状態にある。親のコネで入社した幼稚舎から慶応ボーイの若い社員が「おれは日本テレビのプロデューサーだ」と、ロケ現場で女優たちに囲まれ、つい威張ると、今では事件が突発する。

 この不況でギャラが手取り月30万円から20万円に下げられ、「廃業」を覚悟した43歳の下請け録音マン(秋田県大館市出身。日本映画学校録音部卒業。渋谷区の水道道路沿いの2DKの都営住宅に、スーパー「ライフ」のレジでパートをしている奥さん(元大館の中学校での同級生)と笹塚中学校、笹塚小学校に通う3人の子どもと住んでいる)から「だからなんだ、威張るな。もっとちゃんとしたロケ弁(撮影現場用弁当ー最近は経費節減で鳥の空揚ばかりが目立つ、貧弱なものになっている)を食わせろ。馬鹿やろー」と、マイク棒(遠くから音をとるときに使う)で頭をどつかれるだろう。

 昨年から今年にかけ、100年に1度の大恐慌時代に入っている。下請け録音マンもこの事件で職を失い、渋谷職安で新しい仕事を探さなくてはならない。いくら渋谷職安でも、月手取り20万円の仕事はそうはない。ましてや彼は43歳である。食い盛りの子ども3人を抱え、これからどう生きていくのだろう・・・

 この下請け録音マンの困窮と、まったくの別世界が渋谷区にある。それは渋谷区単労職員の世界だ。清掃、用務等のおじさん、おばさんが年1000万円を取る世界だ。日本映画学校の校長だった今村昌平(カンヌ映画祭で2度のグランプリを獲得した日本を代表する監督)でさえ、届かなかった金額だ。時間給1000円の「ライフ」のパートの奥さんが知ったら、呆然とするだけだろう。夫婦合わせて300万円の世界である。

 単労は都内23区の中でも、千代田(3,04)、中央区(2,99)(2区とも住民が極端に少ない富裕区。千代田区約4万6千人。中央区約10万8千人)についで、渋谷区は人口千人あたり単労が3番目に多い(2,71ーただし人口が約20万人)。単労の人員から言うと、千代田139人、中央区322人、そして渋谷区が532人(08年4月1日現在)と異様に数が多い。

 面白いのはダントツの貧困区、足立区(戦後、都営住宅を集中的に作ったため。人口が約63万人)の単労が401人で人口1000人当たり人数が0,63である事実だ。貧しい区ほど、単労駆除には熱心だ。単労に年収1000万円を保証するだけの余裕がないのが実情だ。

 「金持ち、喧嘩せず」

 何回も言うが、これが渋谷区住民の本質であった。そもそも余り、自分たちが住んでいる区に興味がなかった。衆議院、参議院選挙は6割近くの人が投票するが、区会議員、区長選挙は4割程度である。軽視、無視してきたツケがゴミ拾いのおじさん、便所掃除のおばさんに年1000万円も払うことになる。

 この縁故採用が多いおじさん、おばさんは自治労の闘士でもある。自分たちの既得権を死んでも手放しはしない。そもそも、住民とは話をしない。常に課長、係長を表に出し、自分は絶対といって良いほど前面に出てこない。ほとんど働きもせず(緑のおばさんの実働は1日3時間)、ただ税金の甘い汁を、ヤミでちゅうちゅう、吸っているだけだ。そして本体を腐らす。だからぼくは「白あり公務員」と名づけた。

 駆除しょう。

 総務省も都庁もあまりの単労の年収の多さに、何度も渋谷区職員課(黒柳貴史課長)を呼びつけて是正を促しているが、効果が薄い。単労の「強い味方」が幹部に隠れているからだ。一人名指ししょう。清掃リサイクル部長(前教育委員会事務局次長)柴田春喜である。平気で嘘をつく人である。

 単労の新規採用をしているのに頑強に「していない」と言い張り続け、職員課から証拠をもらい、それを突きつけて、ようやく認めた男である。50歳代、長野高校、明治大学政経学部卒業、部下からの評判は同じ明大卒の子ども家庭部長久保田幸雄に比べると、はるかに良い。部下には好評で、実際、毎日、駆けずり回っているのを目撃している。

 でも、それは表の顔であって、実際は頑固で、渋谷区の納税者にとって、憲法で定められている「奉仕者」とは縁遠い。あくまで、「単労」「職員」の味方である。そのためだったら平気でぬけぬけと、ドキュメンタリ作家の面前でも「嘘」をつく。

 宇田川町に隠れ住む「市民の敵」である。

 下請け録音マンの一家は途方にくれている。録音マンは次第に無口になっていく。不景気の波はまず、こんな下請けに来る。成績がよい長男は家計を助けるために、高卒のまま、就職する可能性が強い。本人は都立きっての進学校・西高が希望である。長女、次男も大学進学は無理だろう。それでも、パートのお母さんの給料から確実に税金が差し引かれている。その税金の一部は確実に「白あり公務員」の1000万円の年収になる。そして「単労の守護神」柴田部長の1300万円の年収、それは南武線に買った新居のローンに化ける・・・

 「ベルリンの壁」ならぬ、「白あり公務員の既得権の壁」、そして柴田春喜部長に代表される「単労の守護神の壁」は分厚い。しかし、東ベルリンの市民たちが自分たちの手で崩壊させたのだ。「白あり公務員の既得権の壁」「単労の守護神の壁」をぶっ壊せないわけはない。元録音マンだけではなく、子どもたちも立ち上がり、「おかしいよ」といい始めよう。徐々にではあるが確実に壁は壊れていく・・・

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「おばさん」化しょうー団塊世代の男性がやること

 60歳を過ぎた男性ほど、周りに気をつけなければならない。

 その一つは「加齢臭」である。その二は身のまわり、特に服装をかまわなくなることである。同期が集まっても、昔の背広、ネクタイで来るのがいる。もう、会社を定年退職したのだから、「産業戦士」時代の制服は野暮というものだ。せめて重厚なハリスツイードのジャケット、紅い絹のアスコットタイぐらいしろ。第三が話題がどうも、むかしの部長時代の話が多すぎることだ。何十回も、むかし接待で使った銀座の倶楽部の話を繰り返すな!

 渋谷区役所でも、リハビリ施設「せせらぎ」でも、一部の職員にぼくが受け入れられているのは、ぼくがいち早く「おばさん」化に踏み切っているからだ。

 「おばさん」化とは、第一に無理をしないこと、第二に弱い自分をはっきりと公表すること、第三に他の人と競争しないこと、第四はむかしの監督、部長時代の自慢をしないこと、最後の第五が他人の良いところを誉めることである。

 この「五つの掟」に忠実であるから、こんなわがままなぼくでさえ、何とか他の人と生きていけるんだと思う。慶応大学病院でも快適だった。口うるさいかみさんも、このぼくの「おばさん」化だけは認めてくれている。

 とりわけ、ぼくが気をつけているのは、出来るだけ、人の良いところを誉めることである。けなすだけではなく、半分近くは評価すると、意外にまともに聞いてくれる。このブログでも、「宇田川町の隠し玉」で3人の職員を誉めたところ、多くの他の職員から反響があった。職員は予想以上に納税者の視線を気にしているのだ、全体的にはまだ一部だが・・・

 「おばさん」化に抵抗がある同期も多いと思う。でも過去の栄光ー東大、重役、パリでの愛人、かってのベストセラーを繰り返し懐かしむよりも、白髪が目立ち、足がおぼつかなくなる、年老いていく自分をじっくりと見つめよう。そして、毎日、毎日を若い人と折り合っていこう。

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学差社会ー本当は学ぶことは楽しいことである

 何に、なけなしの金と時間をかけるか?

 10代から還暦を越えた現在でも、えんえんと自問を繰り返している。でも、答えは決まって「教育投資」である。これ以外に、富山の貧しい母子家庭の子どもに、選択肢はなかった。でも「教育投資」は楽しいことでもある。

 実際に住んでいるのは賃貸だし、着ている物もほぼ20-30年前の英国製ハリスツィード、アクアスキュータムのジャケット、コートが多い。74-75年の在外研修員時代に英国で買ったものもあるが、大半は救世軍で、父親の形見を、遺族がチャリティに出したものを、3000円前後で買ったものばかりである。でも三越本店の定価は10万円以上だ。ツイードはきわめて上質だが、デザインが古臭くて、救世軍の買い物客のほとんどが敬遠するしろものである。でも、ぼくは好きだ。

 一時期、むかし監督した映画のテレビ放映、旧著の文庫本化によって1000万円も口座に振り込まれたが、ほとんどが家賃、アメリカ、オーストラリアなどの外国旅行、そしてその時にダンボールごと買い込んだ英書などの本代に消えてしまった。船便で大量に送った英書が家中に溢れたので、倉庫を借り、一部分、そこに移してある。

 そう、ぼくは半世紀近く、本代、それに象徴される教育投資にほとんどの金を費やしてきた。そもそも、本を読むこと、学ぶことがすきなのだ。「飲む、打つ、買う」は年とともに、ほとんどが興味が薄れていった。むしろ、好きな本(最近では「インドの衝撃」(上下ー文芸春秋社)、音楽(やはりモーツアルト)、映画(ようやく「レッド クリフ 2部」を見に行く)に金と時間を注ぎ込んだ方が充実感がある。

 早稲田では5年間、「福翁自伝」「我はいかにして基督教徒になりしか」「三酔人経倫問答」等の日本近代思想史の古典、それに竹内好「魯迅」、マックス・ウェーバー「資本主義の論理とプロテスタンテズムの倫理」等を読まされ、そのたびに小論文を書いてきた。卒業して40年近く経つが、いまだに大学とは古典、とりわけ英書をじっくり読むところだと確信している。英会話等、実用にばかり力を入れる大学に、ぼくは反対である。英書購読さえ、しっかりとやっていたら、3ヵ月あれば英会話は出来る、これは自分の体験から確実に言えることだ。別に英会話を習うために、英国に行った訳ではない。

 「万物流転」

 表層的には、ほとんどのものが毎年、めまぐるしく変わる。2,3年前、誰がトヨタがこんな赤字を出すと予測していたか?しかし、基層からものをじっくり見れば、明治維新以来、日本の階層は大きく変化していない。

 明治からずっと、教育投資した人たちだけが、希望した仕事を得て、生活が向上しただけである。多少、変わったのは、1960年代に、ブルーカラーの一部がホワイトカラーに好景気のために、大量に押し上げられ、変化しただけである。日本の近代の歴史の中で、この時だけである、高卒が社会の上部にいけたのは。

 最新の階層調査データ(05年SSM)を踏まえて、さまざまな本が出ている。最近話題になっているのが、大阪大学で計量社会学を専攻している吉川徹(准教授)が発表した、データ中心の「学歴分断社会」(ちくま新書 09年3月刊)である。

 ぼくは67年に大学に入学したが、そのころの大学進学率は約2割であった。ちなみに最近では約5割である。でも約5割の若者たちが、いまもって高卒のまま18歳で社会に旅立っていくのである。そして派遣、請負等の不安定な下請け工の仕事に追い込まれていく。

 もちろん、大学に行く、行かないは本人の勝手である。腕の良いラーメン職人がウェーバーを読む必要はない。昔と違い、進学したくとも、家庭の事情で大学を断念したり、夜間の大学で我慢する人は極端に減ってきた。社会が豊かになり、奨学制度が整ってきたせいである。

 それでも、約半分の人たちが大学を拒否する。拒否するのも良いが、条件のよい正社員の道は大卒がほぼ独占する。そこに明らかな「格差」が生まれる。大学に行かない子どもたちの親も、大半が高卒である。これからの日本も、18歳から大卒半分、高卒半分の「学歴分断社会」が続くと言う。

 「格差社会は学差社会である」

 これが吉川が最も言いたいことだと思う。確かに受験勉強は寝る時間を惜しむほどだし、大学に何とか入学しても、英語、フランス語の試験に追われ、専門書のレポート、ゼミ発表、そして最終的には400字原稿用紙200枚もの卒業論文という難問が待っている。ぼくのように落第、そして女友達にレポートを代筆してもらい、大学闘争のどさくさに紛れて、5年かかってなんとか卒業した落ちこぼれも同期に多い。恥ずかしいほどの劣等生だったが、でも勉強そのものは楽しかった。

 かみさんによく怒られるが、いまだに気分は学生である。そして、年に何度か決まって悪夢を見る。また落第させられて、大学を放校になった夢である。

 でも大学生活、学ぶことは楽しいことである。今村昌平、土本典昭のような癖のある先輩も、早稲田でなくては会えなかった。18歳で実社会に出て行く若者に出来れば、学ぶことの面白さを気づいて欲しい。大学で多くの同期、先輩、先生たちと出会ってほしい。高卒のままで、工場の下請けとして、青春時代を終わらせて欲しくない。

 高専で1年間、早稲田で1年間、回り道をしたが、いまから見れば大きなことではない。むしろ、自分が大きく育つためには必要だったと思う。母や女友達(結局は結婚できなかった)には迷惑かけたけど・・・

 

 

 

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 宇田川町の隠し玉ー3台の重戦車

 4月9日(木)に渋谷区役所(宇田川町)に行ってきた。一番の目的は久保田幸雄子ども家庭部長に会い、資料をもらい、説明責任(4月9日現在、40-70人もの待機児童がいる事実)を履行させるためである。

 4時半、約束時間ぴったりに小柄、最近とみに白髪が目立つ久保田部長が、3階広報課に資料を持ってやってきた。

 『あれっ、この臭いは何だ』

 生臭い、加齢臭である。じつは2時半から生活福祉(保護)課長京勇之助に会って、生活保護の実態の聞き取り調査をしている。生活保護は07年度に797件申請され、却下は6件。08年度2月現在、850件の申請で、却下は2件。渋谷区に関して言えば、微増しているが、ほぼ全員が希望すれば生活保護がもらえる。それを主に担当しているのが生活相談係長鎌田さんである。

 生活保護の説明しているときも、うっすらと臭う京課長もその加齢臭のことで、奥さんや娘さんから文句を言われているそうである。50歳前後の京課長でも、加齢臭が分泌されるのである。ましてや還暦近い久保田部長がないわけはない。還暦を過ぎたぼくの場合は、毎朝のシャワーと週に何回か、きつく匂わない程度のオーデコロンをジャケットに吹きかけている。

 加齢臭ぷんぷんの久保田部長は自分が「裸の王様」であることに気づいていない。上司に事実を言えない周りの部下たちは当惑、困惑を通り越し、体臭に迷惑していることに鈍感である。前のブログに久保田部長の「短気は損気」を書いたところ、さっそく前の部下から電話がかかってきた。

 「みんな、拍手、喝采していますよ。よくぞ、書いてくれました。久保田部長はまったく決断が遅く、周りの部下たちがいらいらしています。よく、あんな人が部長になれたと、陰ではそういっています」。ぼくはこの職員を10年近く見ているが、大学の後輩ということを抜きにしても、少なくとも久保田部長よりも人間として信頼する。

 鼻をつまみながら、久保田部長の話をまづ、聞いたが要領を得ない。資料を見て、ようやく納得した。つまり待機児童の大半は、渋谷区が毎月1万円をつけて、私立の設備の狭い、貧弱な保育室に収容されることになる。

 ぼくは私立の保育園、保育所、保育室を全部悪いとは思っていない。しかし、毎月52000-53000円の高額な保育料(渋谷区立保育所の場合は1万円前後で収まることが多い)をとられ、時間給1000円前後の待遇の悪い保母さんたちに預けられることが、お母さんやこどもに良いことだとは思っていない。それはテレビ番組の取材で、夜間保育園の実態を深く知っているからである。お日様がさんさんと当たる広々とした渋谷区立保育園で、待遇のよい保母(区職員ー時間給は2000円以上の人が多い)たちに、ゆったりと育てられた方がはるかに良い。そのために税金を払っている。

 世界大不況のあおりで、渋谷区のお母さんたちも子どもを保育園に入れ、働かざるを得なくなった。専業主婦で子どもを幼稚園に入れれるほど、時間的に恵まれたお母さんは確実に減少していく。去年の秋から予想できたことだが、久保田部長は区役所内部の「ごますり政治」におわれ、明確な対策を打ち出さなかった。そして、保育課長だった松澤俊郎(法大卒)は4月1日から経理課長に栄転である。しかし、明らかに「敵前逃亡」である。この緊急事態を、松澤課長も何とかしなければならなかった。

 しかし、希望がある。新しく保育課長になった斉藤則行は恵まれた会社員生活を辞め、福祉をやりたくて渋谷区役所に転職してきた人だ。教育委員会の課長だったときに話をして、熱意に打たれたことがある。体力的にもゆとりがある彼だったら、この40-70人の待機児童を全力で減らしていけると思う。部下の西留総括係長たちも働きやすいはずだ。まずは宇田川町の「第一の重戦車」である。

 管理職(課長、部長)の人たちも、部下や納税者のことをもっと気にしたほうが良い。久保田部長の短気、加齢臭は論外だが、我が家に係長、主査、主事クラスの人たちから内部告発の電話がよくかかってくる。以前、議会事務局長関口康永が管理職として「能力不足」だと、部下たちから内部告発があって、渋谷区役所が一時期、大騒ぎになったことがある。中島豊六区民部長が、関口課長(当時)と部下との間に入って大変だった。

 また現在、生涯学習課長原田正徳も部下たちから人間的に問題があると、問題を起こしている。「いやだったら、やめろ」を平気で口にするらしい。事情を聞こうと呼んだが、「今から外に用があります」と、何回も中座された。驚くほど学歴は高いが、やはり人間的に問題があることを、遅まきながらぼくも実感した。こんな人の部下にこそ、性格は極端に悪いが、群を抜くやり手の(前)公聴相談係長が最適任だと押したが、無視されてしまった。

 「その一口が豚になる」係長が移動したのは、得意の英語が生かせる住民戸籍課外国人係である。課長が下村孝子で、これからの渋谷区を引っ張っていく人だ。まだケースワーカー時代から知っているが、あだ名が「重戦車」であった。体力にものを言わせ、面倒見がよく、クライアント(生活保護受給者)から慕われていた。渋谷区役所「東のお局様」-福祉の生き字引ー鎌田生活相談係長の後継者である。

 早く下村課長に生活福祉に戻ってきて、鎌田係長と仕事をしてもらいたいと思う。ぼくは勝手に下村課長を「第二の重戦車」、そして社会福祉の現場を学ばせてもらっている大御所・鎌田係長を「第三の重戦車」と言わせてもらっている。そしてこの宇田川町の隠し玉「三台の重戦車」を秘かに誇りにしている。そして至る所で吹聴している!

 「何しろ、渋谷区福祉は馬力満載、動けば地響きがする、重戦車が3台もあるんだぞ」

 

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久々にブログを再開します。

 09年1月下旬から2月いっぱい、慶応大学医学部付属病院(総武線信濃町駅前)に入院していました。脳卒中の後遺症(ジストニアー不随意運動が特徴)を軽くするためです。

 入院前に2度、入念な検査があって、特効薬(ボトックス注射ー美容整形、しわとりなどにも使われている)を使えば,効果があると判断されました。脳卒中になって余りにも時間が経っているから、ぼくも半信半疑でしたが、実際に意外に効果がありました。当の本人がびっくりしています。

 治療はボトックス注射だけでなく、30日以上も理学、作業療法を毎日続けていました。作業療法があまり使えなかった右手に効果があり、活動域が広がりました。ただ、酷使する右肩が悲鳴を上げ、痛みをとるために、寝るときには右肩に温湿布を張っていました。

 それに加えて、抗てんかん剤(タホトリール)を毎夜2錠、服用するだけで、不随意Iが大きく改善されました。はじめは「てんかん」と言う言葉に抵抗があったのですが、現金なもので不随意が少なくなくなると、抗てんかん剤が手放せなくなりました。

 残念なのは、電気療法が脳に受けれなかったことです。雨上がりの1月に郵便局の前で、滑って転んで、CTスキャンに内出血のあとが発見され、電気療法が中止されました。足だけは電気療法が受けれましたが、脳にもぜひ受けたかったです。

 慶応病院の担当医師は歩く早さ、姿勢等が20%は良くなったと太鼓判を押してくれましたが、当の本人は15%だと思っています。残り5%は脳への電気療法の件です。

 慶応病院の病室(6人部屋)は昭和20年代のもので、あまりの古さに絶句、そして食事のまずさに閉口した(だって食パンがジャムやマーガリンなしに、焼かずにそのまま出てくる等)が、看護師たちの優しさ、気配り、知性の高さ(大卒が多かった)には驚いた。多くの人たちが入院したがるわけだ。

 たまたまリハビリ仲間が慶応病院に入院して5%ぐらい、良くなって退院したので、ぼくも再チャレンジしたが、ぼくの場合は15%も改善された。脳卒中の時間が経ったリハビリは効果が乏しいIと決め付けるだけでなく、セカンドオピニオンとして慶応病院リハビリ科の医師に見てもらうことを、経験者として勧める。リハビリ科の医師たちも威張っていなくて、気持ちのいい人が多かった。かんじんの料金も「国民皆保険」のおかげで、びっくりするほど安い。

 3月いっぱい、保険の記録作り、息子の大学受験、ブログのログイン・ミス等で忙殺され、なかなかブログに向かえなかった。でも多くの人から「自分が書かれるのはいやだが、他の人のを見るぶんはじつに面白い。何時から再開するのですか」と、煩いほど聞かれた。このブログは、渋谷区役所では隠れた「必読書」になっているようだ。

 あの「明るい渋谷区役所」、「広告塔」、最近でっぷり太り気味の松本広報課長のためにも、これからまた書き続けていきたい。

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可哀想な人たち

 「可哀想」と言う言葉はずっと禁句であった。「上から目線」であるからだ。

 しかし、清掃、学童擁護、警備等の「白あり公務員」のことを深く知ると、あえてこの禁句を破って良いと思うようになった。一つは単純労務(単労)の人たちの、法外な年収のことだ。年収1000万円を超える人たちがいる。これは渋谷区だけではなく、都内23区に共通する事実である。でも、それだけ働いていれば、文句はない。しかし、現実は「公務員」を良いことに、怠け放題であることだ。渋谷区の清掃は午後ほとんど働かず、お風呂に入ったり、将棋をさしたり、くつろいでいる。そして、その風呂も下請けは入浴禁止である。

 一番気になるのは組合活動家が「職免」を申請し、職場を放棄し、組合本部に入りびたりである事実である。その費用は私たち、納税者もちである。「ヤミ専従」の疑いが拭いきれない。

 別に公務員に、ごみを処理してもらいたくはない。民間だったらその半分、年収500万円で喜んで仕事をする。3000万円近い退職金、月24万円の年金(その半額は納税者負担である)の義務は、民間委託すればなくなる。事実を知った納税者の怒りで、法外な年収はやがてなくなる。可哀想!

 二つ目に気になるのは、「既得権」のことである。渋谷区ではまだまだ「学童擁護」が2桁いる。敗戦後、貧困に苦しむ「寡婦」対策として、「緑のおばさん」はスタートした。もう、戦争が終わって60年以上もたつのに、「既得権」として朝1時間、午後2時間働いている。他の時間は「主事室」でおせんべいをかじり、テレビを見ている。それで年収約800万円である。悪質なのは、夜中に校庭の草むしりをやっていることだ。光がないのに校庭で草むしりは出来ない。偽りの「残業料」稼ぎである。

 渋谷区でも教育委員会庶務課長児玉史郎たちが、「学童擁護」を時間給1000円のパートに置き換えている。しかし、おせんべいを齧っていたおばさんたちが、既得権を手放さず、最後まで抵抗している。職員である限りは、夏・冬・春の休みを入れると、実働時間給10000円になるからである。でもどれだけ抵抗しょうが、実態を知った納税者によって、確実に職を追われる。可哀想!

 最後に「能力不足」の実情を書きたい。渋谷区でも、他の区でも単労職から行政(事務)職への転職を勧めている。それが能力認定試験に、ほとんど受からないのである。特例としてもっと受かりやすいように「下駄」を履かせているが、この試験でもみるも無残な結果しか出ていない。「本当かよ?」と、数字を職員課小山主事に確認するが、やはり事実は事実である。

 今まで怠け放題だったその結果だろう。さすがに行政(事務)職は、明らかな能力不足はそう多くはない。強いてあげれば、国際文化交流課長斉藤茂ぐらいだろう。福祉の各係長が、行政職に無理やり転職した数少ない単労の尻拭きをしながらも、何とか働かせている。

 この可哀想な単労たちは強欲でもある。3月にも、第3のボーナスをしっかりと受け取り、これだけ不況に悩んでいる渋谷区の納税者を無視して、4月には給料のベースアップである。それは、わたしたち納税者の責任でもある。「金持ち、喧嘩せず」と、今まで「白あり公務員」を無視、軽視したツケがこの法外な待遇、年収である。

 でも「君子、豹変す」である。事実を知った納税者は「可哀想」な単労に、なりふり構わず、全力投球で取り組み、駆逐する。一部は裁判になるだろう。まずは情報公開で単労のウソ「職免」「残業」の精査である。まだまだ納税者をなめている単労が実際にいる。

 この不景気の中、いつまでも、この「既得権」が続くと思うなよ。「白あり御殿」よりも、派遣切り、図書館、保育園へ、私たちの税金を使うことが優先する!

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今年最初に「救世軍」に行ったーハリスツィードの世界

 今年最初の救世軍のバザー場(杉並区和田2-21-2)に1月10日に行った。毎週土曜日の午前9時から午後2時まで開いているが、10日が09年最初のバザーである。それが、この日、ぼくが寝過ごして、バザー場に着いたのが、9時45分であった。

 やはり45分も遅刻をすると、良いものはあらかじめ買われ、今回は思ったほどの収穫はなかった。年末、年始のお歳暮がたっぷりとあると踏んでいたが、期待はずれだった。その中で一つの収穫は、スコットランド製ハリスツィードのジャケットだった。もう着る物は十分あるので、よほどのものでない限りは買わない。しかし、今回の手作りハリスツィードは新品同様だったし、何よりも2000円と異様に安いのが気に入った。おそらく救世軍の値段をつける人は、ハリスツィードの価値がわからないのだろう。ごわごわではあるが、暖かいウールはお値打ちものである。

 いつもだったら1500円まで値切るのだが、今回はその代わりに、新品の青ワイシャツと灰色のフランスAPCのマフラーをおまけに貰った。薄いウールマフラーはおしゃれで十分、納得のいくものだった。

 隣のパジャマ売り場ではバレンチノのパジャマが目に付き、全体のデザイン、とりわけ青のストライプが気に入り、1200円のところを1000円で買う。ほぼ新品である。ついでにピエール・カルダンのフェースタオル2枚を300円で買う。袋は破損しているが、もちろん新品だ。

 続いて、帽子売り場でシャーロック・ホームズが被っているようなものを探したが、空振りだった。またガウン売り場で、ウールの分厚い夜着を見つけようとしたが、これまた徒労。やはり45分の遅刻は後々まで祟る。

 最後に書籍売り場で、12月に目をつけておいた世界地図も、あえなく買われてしまっていた。2000円と高かったが、逃がした獲物は大きかった。やはり、無理してでも、その場で買わなくっちゃ!その代わりに購入したのが、「THE TIMES ATLAS OF WORLD HISTORY」である。分厚い歴史地図帳であるが、店員は最初1000円という値段を譲らなかったが、ぼくが800円だと言い切ると、泣く泣くその値段に落ち着いた。しかし、隣にいたかみさんが急に怒り出した。あまりの剣幕で、他の客も不安そうにこちらを見る。

 「読みもしないのに。英書だからといって、見栄を張っちゃって」。かみさんは95年前後、1ドル80円時代に、ニューヨークのバーンズ アンド ノーブルズ書店で、大量に買い込んで、船便で送らせた英書の大半が、いまだに積まれたままであることが許せないらしい。でも本を買うことは「飲む、打つ、買う」よりは遥かに良いことだと、自分に納得させている。今回の買い物合計4100円なり。

 渋谷区役所の中島豊六区民部長はアオキのスーツに大変な誇りがあり、3着のスーツを週5日、着まわしている。そんなに拘っているなら、せめて5着買えば良いのだが、娘が女子大に行き、中島家はおとうさんのスーツに金をかける余裕がないらしい。一方、黒柳貴志職員課長は新品のコナカのスーツが自慢なようだ。渋谷区職員は5%引きであることをよく口にする。

 笹塚のチャップリンは区の幹部である彼らも、良質なハリスツィードを着て欲しいと思う。大量生産のアオキにも、コナカにもないもの、スコットランドの手作りの良さが感じられるものを大切に使って欲しい。ハリスツィードを着れば、日本製のものがいかにちゃちであるかが解るだろう。中島部長も黒柳課長も今までと違う世界があることが、おぼろげながら理解できる。でも、これだけ言っても無駄かもしれない。だって、彼らはみずほ(渋谷区の指定金融機関)の「貯金王」だから・・・ 

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オンブズマンごっこ

 「あんたは単なるクレーマーだ、オンブズマンごっこを楽しんでいるだけだ」

 かみさんはこう言って、怒りをぼくにぶつける。かみさんたちが編集したSHARE(NGO)の本をぼくが買わないから不機嫌である。そして、ぼくが渋谷区のオンブズマンとして、月に2,3回、情報公開コーナーで生活福祉、国民健康保険、商工観光、職員、広報等の課長を呼んで、職免、残業、生活保護等の実情を、資料で知ることに不満である。

 「敵は渋谷区役所の隣のNHK」、これが従軍慰安婦問題に関わってきたかみさんの持論である。確かにNHKの上層部は自民党べったりで、ぼくも不満がある。しかし、NHK特集やBS「世界のドキュメンタリー」は、ドキュメンタリーの専門家であるぼくをも、脱帽させるだけの力作が多い。

 かみさんは渋谷区役所だけに全力投球している、ぼくが歯がゆくて仕方がないらしい。でも、ぼくにも言い分がある。今までずっと従軍慰安婦、じゃぱゆきさん、ふいりっぴん花嫁をずっと取材してきたが、60歳の大台を超え、自分が住んでいる地域社会の問題、つまり自分の足元を見たいのだ。

 ドキュメンタリーの専門家であるぼくが、役所の記録を精査した方がはるかに効果がある。ちなみにこの10年間、渋谷区役所の職免(今まで公務中にゴルフに行っていたり、サッカー大会に出席したり、熱海温泉で組合大会をやっていた)、残業(単純労務の職員たちの違法残業)が見る見る減ったことは事実である。

 ぼくら納税者が思っているほど、一部の職員は良質ではない。特に単労は悪質な人が目立つ。人を無実にもかかわらず、嘘を言い立て、有罪にする単労が実際にいた。地裁では有罪だったが、幸いにも高裁の裁判官が嘘を見抜き、無罪判決が出た。これは07年に「週刊文春」にも紹介されたから、知っている人も多いと思う。

 かみさんが「単なるクレーマーだ」と断罪するのは、ハチ公バスのことである。幡ヶ谷不動尊の前で、接続が悪く30分近くも待たされるので、改善を求め、担当している国際文化交流課長斉藤茂に電話しているのを聞いたのだろう。斉藤茂は、浅草の女流剣劇スター浅香光代を渋谷区の国際交流の講演会に呼び、20万円を払った男である。

 この1年間、ハチ公バスの改善のために電話をし、そして会ってまでいるのに、ずっと「調査中です、進展があり次第、連絡します」と、言い続け、何の連絡もしない、誠意のない男である。ぼくも経済企画庁の委員をしていたが、少なくとも3ヵ月以内に問題解決し、連絡していた。このハチ公バスの接続問題は増便するなりで、問題解決が出来るものである。困っている人は多い。老人や足の悪い人たちが、ただひたすら寒い中、幡ヶ谷不動尊前で30分近く待っている。

 ハチ公バス問題で、誠意のない斉藤茂課長相手に抗議していることが、かみさんに言わせると。私利私欲で動く「クレーマー」だそうだ。ぼくのずるいところは、単なるクレーマーにとどまらず、公の「オンブズマン」の衣を着ているところだそうだ。

 「あなたは渋谷区役所の職員の好意の中で生きているのよ。だって、あなたは納税者と言うお客様だから、断れないのよ」。かみさんはかって財団法人「神奈川県国際交流協会」で働いていたから、渋谷区職員の肩を持ちがちだ。「初めは警戒するが、やがてあなたのことをインターネットで知ると、同情を寄せるのよ。家では居場所がなく、役所に来るしかない、可哀相な人だと思うのよ」。

 どうりで、公聴相談係の「その一口が・・・豚になる」係長が。「オンブズマンの相手をするのは福祉です」と言い切るわけだ。かみさんに言わせると「こんな夫ですが、相手をしてくれてありがとうございます」と、「豚になる」係長に感謝しているそうだ。

 当の本人は英国やオーストラリアで教わった「社会貢献」だと思っているが、かみさんに言わせると「単なるクレーマーだけど、ずるいあなたはオンブズマンという公の衣を纏っている」と散々である。

 かみさんに毒ずかれて、心は千路に乱れている。松本広報課長、「その一口が・・・豚になる」公聴相談係長、ぼくは「単なるクレーマー、そしてオンブズマンごっこしている、ずるいおじさん」でしょうか?

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「自遊人、一人静か」なんて言っちゃって

 定年を迎えて、これから、どう余暇を過ごそうか?同期の友人たちの賀状には、それぞれの戸惑いが良く出ている。ピースボートに乗って東南アジアに出かけたり、お気に入りの歌手のリサイタルを仕掛けたり、町内会の会長になったり、それぞれが試行錯誤しながら、毎日を生きている。ぼくの場合はずっと自由業だったから、一貫して「自遊人」「一人静か」に時間を過ごしてきた。だから、還暦になったからといって、大きく変わるところはほとんどない。

 一人っ子だったから、基本的に一人で楽しめることばかりやっている。昔から、みんなで遊ぶことや、マスゲームというのは苦手だった。大学も癖のある、変な人の多い、早稲田の文学部を選んだ。だから映画、コンサート、本などを見ながら、一人楽しく過ごすことが多い。

 08年の映画の収穫はダントツに「レッド クリフ前編」である。黒澤明「七人の侍」を思い出させる冒険活劇で、前編3時間を胸をどきどきさせながら、夢中になってみた。ドラマ部分はありきたりで物足りないところもあったが、活劇部門はすばらしかった。10年に1本の傑作である。早く後編を見たい!

 フランス映画「ピアフ」にも心を揺さぶられた。特にピアフが歌うところが良かった。映画終了後に、下高井戸シネマでパンフレットを買い求めてしまった。家にあるボーズのスピーカーでピアフのCDをよく聞いている。

 TVでは2本、感動したものがある。その一つは、向田邦子原作「父の詫び状」である。   NHKの再放送を偶然、見ているうちに、声を上げて泣き出してしまった。特に杉浦直樹が母一人、子一人の、息子の友人と家族ピクニックに行き、友人の粗末なおにぎりを「美味しい」といってわざと食うところは、涙が止まらなかった。息子の友人に、自分の幼いころを杉浦直樹もぼくも、重ね合わせてしまったのだ。ドラマを見て泣くというのは、めったに無いことだが、この「父の詫び状」だけは例外である。

 もう一本がNHK BS「不法移民」である。これも再放送で、息子に強く勧められて見て、驚愕した。ソリウス・サムラ(64年生まれ)というシェーラレオーネ出身(現在は英国籍)のジャーナリストが自分も不法移民と同じく、アフリカから英国まで潜入した生の記録である。ジブラルタルで本人も乞食をしたところを見て、「そこまでするか」と、鈍器で頭を殴られたようだった。また続いて見たNHK BS「飢餓」で、エチオピアの農民と、ずっとキャベツの野生種だけを食い、体重が見る見るうちに減り、やがて歩けなくなるところは圧巻である。ドキュメンタリーの原点は「体験ルポ」であることを、まざまざと教えてくれた。

 音楽では初台オペラシテイ・コンサートホールで聞いたウラジミル・ミシュク「ベートーベン・ピアノソナタ 月光」と「ショパン幻想曲」等がじつに良かった。感動のあまり「ウラジミル・ミシュク ロマンチック・ピアノ選集」を買ってしまった。また月に1度、オペラシテイではパイプオルガン コンサートを無料で開き、バッハなどを楽しんでいる。

 「自遊人」「一人静か」の極致はやはり読書である。08年は「クリエイティブ資本論ー新たな経済階級の台頭」 (リチャード・フロリダ著 ダイアモンド社)に一番刺激を受けた。原著が出た段階から気になっていたが、英書を読むのは気が重いので、邦訳が出てから改めて読み直した。クリエイティブ・ブクラス、つまり科学者、技術者、芸術家等が、アメリカでは全人口の3割を占め始めている現実を教えてくれる。東京でも同じだと思う。このクリエイテブ・クラスの、これからの生き方が、世の中を徐々に変えていくと思う。

 また「インドの衝撃」 (NHKスペシャル取材班編著 文芸春秋社)、とりわけ超エリートIIT(インド工科大学)の実態、そしてそれに入学するためのトタン屋根の予備校にも、感動した。英国(前)首相ブレアーの「教育、教育、教育」の熱い思いがひしひしと伝わってきた。もともとはNHKスペシャルだったが、あまりの反応に単行本になった。手の付けられない貧困から離陸するために、インドは教育、特にITに投資していることが良くわかる。

 このように笹塚のチャップリンは、映像、活字などで「自遊人」として、「一人静か」に生きている。60の大台を迎えたからといって、急に慌てない。でも、そうとは出来ないことが起こってきた。

 一つは笹塚駅前にある「カルデイ」のことである。駅前商店街でコーヒー、紅茶、ワイン等を女性ばかりで売っているのは良いが、駅前通りを占拠し、店員が通路に立ち、大声で客を呼び込むのである。もともとは大きなチェーンだが、この2,3年、余りにも行儀が悪い。特にぼくは足が悪いので、通りに商品を並べられ、店員が歩行の邪魔をするのが困る。何回も、「通りに商品を並べないで欲しい、通りに店員が立って歩行者の邪魔をしないで欲しい」とお願いをし、京王不動産を呼んで誓約書まで書かせたが、何の効果もない。

 周りのユニクロ、エクセシオールなどはそれほどでもないが、「カルデイ」は悪質である。あるときなど、抗議をすると「恐喝」だと女店員に言われてしまった。20年以上も裁判所に通い、恐喝の裁判を傍聴しているが、「歩行者の邪魔をするな」が恐喝とは度肝を抜かれた。

少なくとも「カルデイ」は露天商とは違う、と思ってきた。しかし、実態はそれ以下である。人を「恐喝」と決め付けたり、抗議のたびにいったんは商品を店内にしまうが、翌日には堂々と通路狭しと並べる。まるで、鼬ごっこをしているようである。

 「自遊人」「一人静か」を決め込みたいが,今日も「カルデイ」との鼬ごっこに、振り回されている。

 もう一つ、心を悩ましているのは、この不景気のことである。渋谷区でも非正規従業員たち、中小・零細の事業者たちが仕事を失い、家賃、毎日の食事に事欠いている。行政はそのためにある。しかるに、渋谷区は年末から4日まですべて休みであった。周りの中野区、杉並区、豊島区などが年末にも「相談センター」を開き、この危機に対応しているが、松崎守福祉保健部長、植竹ゆかり商工観光課長は何もしなかった。1月5日に商工観光課に多くの零細業者が繋ぎ資金のために押しかけて、植竹ゆかり課長はようやく事の重大さが判ったようだ。

 植竹ゆかり課長にはもう一つの疑惑がある。まだ広報課長だったときに、金田一秀穂という研究者(?)を呼んで、30万円を渡している。ぼく自身、金田一秀穂という研究者(?)を知らない。どんな論文があるのか知らない。そもそも研究者といっている以上、タレントのように30万円を受け取るのはおかしい。その30万円は私たちの税金である。もっと詳しく事情を聞こうとしたが、怒られてしまった。でも、おかしい。何か、匂う。

 そんな疑惑の人が、いま緊急救援の責任者である。最悪の人選である。年末、年始と区内の納税者が資金繰りに苦しんでいるときに、植松ゆかり課長は長期の休暇を楽しみ、3月には第3のボーナスを受け取る。おかしいと思うのは、ぼくだけか?

 最後に、「自遊人」「一人静か」と決め込めないものがある。それは単純労務の「白あり公務員」のことである。ずっと書いて来たが、こんな不景気でも年収1000万円以上はいく。清掃、警備、学童擁護等、仕事は驚くほどしない。既得権益になっている。職免、残業等の記録を見れば、絶句するだろう。「同一労働、同一賃金」が基本であるが、同じ調理助手(中卒資格の調理免許を取らない職員が大多数)でも、職員が時給4000円以上だが、民間は約1000円である。明らかに不法である。

 同期の友人たち、教え子たちとたまに会い、飲んでいる限りは「自遊人」「一人静か」の世界を楽しむことは出来る。でも、時には血が煮えたぎることもある。かみさんは「だから、あんたは馬鹿なのよ」と、冷笑するが、今年も「おかしいことは、やはりおかしい」と、言い続けたい。    

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宇田川町「絶滅危惧種・動物園」を見に行こうー平目もいるでよぅ

 この10年間、宇田川町「絶滅危惧種・動物園」(渋谷区役所の一部のトンデモ職員たち)を、かぶりつきで、とくと見物させてもらった。高校を出てから、定年までの42年間(多くは65歳までの再雇用等で47年間)、宇田川町しか知らない「純粋培養」された一種の化け物たちである。現在では「絶滅危惧種」に分類される珍しいたちである。特に「ひらめ」がお勧めである。

 民間では転職が当たり前で、60歳まで4,5の職種を変えるのは普通である。ぼく自身も映画監督、映画学校講師、テレビ番組製作会社企画部長、ドキュメンタリー作家と、ざっと4っの異業種を重ねながら体験している。共通しているのは、要求される数字の厳しさである。

 映画監督としては常に1日何人の客が来たか、劇場の人にチェックされていたし、映画学校講師としては毎年何人の学生がゼミに入ったかを学校側から点検されていた。そして、テレビ番組製作部長としては、企画したものがテレビ局に売れるか、それによって約1000万円の金が動くのである。買ったテレビ局はどれだけ視聴率が上がるか、常にその数字を見張っている。

 最後にドキュメンタリー作家としてだが、どれだけ書いた本が売れるかを、出版社は見ている。出版社自体の存亡が掛かっているのだ。最近の出版不況で草思社などの潰れる会社が出てきて、出版業界は厳寒の季節を迎えている。一部の会社は事実上、倒産状態である。特に硬派の本を出してきた伝統的出版社が危ない。アメリカでは出版社から大学出版局へと、出版の流れは大きく変わっている。

 然るに、「絶滅危惧種・動物園」だけには、まったくそんな危機感はない。そもそも市場経済の荒波とは別世界の「温室」である。これだけパソコンが普及しても、渋谷区役所は各係に1台しかなく、不便なこと、おびただしかった。それに50歳代の職員は触ることを敬遠し、都市整備部庶務係長は初めから逃げ腰である。定年までこれで押し通すつもりのようだが、代役を言いつかる若手が可哀相だ。こんなことが罷り通る職場は異常である。

 この10年間、宇田川町「絶滅危惧種・動物園」を見続け、ノート(オンブズマンの記録全4冊)に書いてきたが、どうも3っの特徴があるようだ。

 ① 学歴タブー。ここでは学歴の話はまったくのタブーである。学歴は問われれば答える程度のものであるが、ここでは触れてはいけないものである。でも学歴と知的レベルとは深い相関関係があることを、誰もが否定できない。大学の同期は日本の代表的出版社の人事担当重役だが、「学校名を記入させずに入社試験をするんだが、結果は偏差値どうりだ」といつも嘆く。ソニー系も学校名を記入させずに入社試験をするが、結果はやはり偏差値どうりだった。

 50歳代に大卒が圧倒的に少なく、高卒が多いことも「学歴タブー」の原因である。当時、地方公務員は給料が安く、大卒者は誰も鼻も引っ掛けない存在であった。だから今50歳代で渋谷区役所に奉職している大卒は、司法試験の落ちこぼれか、民間企業に就職できなかった人たちである。部長、課長は早大卒が多く、係長以下は中大卒が多い。

 一企業としてみると、断トツに知的レベルが低すぎる。東大、慶応卒とはこの10年間、宇多川町で会ったことがない。

 ② 係長が実質的に支える。渋谷区役所を実際に回しているのはベテラン係長たちだ。生活福祉課の蒲田係長、福祉管理課の金子係長、二見係長、広報課の「その一口が・・・豚になる」係長たち、おばさんたちが実務を仕切っている。今年3月に中途退職した高山保育係長がその典型だ。高山係長がぼくを強引に、単労の実態に目を向けさせた。

 多くのおばさん係長たちに感謝をしている。ともすれば「頭でっかち」「理想主義」の傾向が強いぼくを、「これが実際だ、よく見ろ、事件は英書の中にあるんじゃないよ」と、現実に向かい合わせてくれた。でも、おばさんたちはそれぞれ個性が強く、振り回されたことも事実である。そして、狡猾でもある。彼女たちは能力がありながら、絶対に管理職試験を受けない。課長になっても、給料は確かに上がるが、今以上に忙しくなるからである。

 ③ 組合との二重支配。いくら公務員でも、課長の命令には従う義務がある。然るに、それを拒否する組合員が多い。そこが「絶滅危惧種・動物園」たるゆえんである。民間の会社ではそういうことは、ほぼありえない。テレビ番組製作会社にいた時に、補助金がらみで、企画を提出しなければならなかった。ぼくが多忙だったので、新入社員に振ったところ、「いやです」と言い切られてしまった。確かに面白くない仕事ではある。でも「いやです」は、会社員として問題がある。やがて、彼は解雇された。

 福祉管理課住宅係に横浜国大を中退した主事がいる。組合活動家である彼は、名札をつけることを、かたくなに拒んでいる。区役所に来た住民は職員の名札がないと、誰と応対したかわからない。区民サービスで生活している以上は、名札をつけることは、職員の義務である。でも、どんなに口をすっぱくして説得しても、絶対に彼は拒否をする。上司だった清水幹(現 図書館整備・企画担当副参事)、千葉博康(現 企画部長)がどれだけお願いしても、首を縦に振らなかった。終いには、名札をつけるように迫るぼくに対して「馬鹿やろー」だ。

 09年3月に渋谷区役所切っての、ばりばりの武闘派も定年を迎える。約2500万円の退職金(全額住民負担)、毎月24万円の年金(半額は住民負担)を貰ってだ。まさか、頭を下げて、65歳まで再雇用をお願いすることはないと思うけど・・・

 武闘派と共闘していたのが、田所住宅係長(現 地域振興課)であった。明治学院大2部出身の職人気質が強くある職員で、決して印象は悪くない。ただ問題は、気分屋で、部下の「馬鹿やろー」発言に抗議をすると、電話を途中で突然、切ってしまう。甘えである。そんなことが「絶滅危惧種・動物園」では日常茶飯事である。

 田所係長も、もうそろそろ定年である。50歳代の珍獣たちが姿を消し、「絶滅危惧種・動物園」も寂しくなる。その反面、就職氷河期に渋谷区役所に入った新人たちは、数は少ないが、驚くほど優秀である。慶応卒もようやく出てきた。神奈川県の市町村では、NGOを英国の大学院で学んだ女性が、一般職員として入っている。新人たちは50歳代の質の悪いおじさんやおばさん職員を見習わないで欲しい。人や空気の入れ替えのない所で、漫然と時間を過ごしてきた彼らは「絶滅危惧種・動物園」の、甘ったれた見世物でしかない。

 最後に、最大の見世物、「ひらめ」を紹介したい。この10年間、こんな人がいたのか、と常に驚きの目で見ていた。それは区議会事務局長関口康永さんである。障害者福祉課長時代に、「どんなに障害が重くても、障害者手帳を貰いに、区役所までの坂を上がってくるべきだ」と言い放った人である。「傷害1,2級の人は負担が大きいから、郵送で良いのでは」と、聞いたときの答えである。それに会計管理室長だったときに、部下が公務中に居眠りをしていたときでも無視であった。

 組合に受けが良いわけである。組合の文書を大量に読む機会があったが、最も評判が悪かったのが、現在の副区長の松井裕であった。課長時代に5時前に帰ろうとした部下を、規則どうりに5時15分まで留め置いたことが怨まれたようだ。次に資源リサイクル部長仁科忍である。彼も課長時代、厳格に部下に規則を守らしている。それが部下には煙ったかったらしい。しかし、ぼくは人間的にはいささか問題があっても、彼らを支持する。民間だったら、当たり前のことをやったに過ぎない。

 しかし、組合に最も評価されたのが関口課長であった。組合の言い分をほとんど通したから。だから、ぼくは関口さんのことを「ひらめ」と呼んでいる。目はいつも組合と区長にしか向いていないから。組合関係で言えば、単労との労使交渉に区側として臨んだのは、総務課長時代の関口さんである。1000万円以上の単労のベラボウな年収を認めてきたのは、関口さんである。

 19歳から渋谷区役所に奉職し、今まで万事快調の「ひらめ」にも、思いがけない事件が起こった。05年に資源リサイクル課長だったときに、部下たちから「関口課長はいい加減な上司だ。言っていることがころころ変わって、下で働いている私たちが大変だ」と、不信任を突きつけられている。結局、部下たちに詫び状を出している。渋谷区役所始まって以来の椿事である。

 こんな「絶滅危惧種・動物園」が続いてきたのは、住民たちの無関心が大きな原因である。でも、今の50歳代の職員が徐々に退場していくと、見れなくなる。最後の輝きを見に行こう。最大の見世物である関口康永「ひらめ」区議会事務局長もまだいるからよぅ・・・

 

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SOS-大恐慌に松崎守渋谷区福祉保健部長の反応は?

 この不景気は底なしである。まず、今まで日本経済を牽引してきたトヨタが、初の営業赤字を記録した。この影響はぼくらが考えている以上に大きい。問題は派遣等の末端の人たちである。そして、回りまわって、民放、それに番組制作会社もその影響をもろにかぶる。年末からおぞましい、荒んだ話が多くなる。今のところ、無傷で済んでいるのは公務員だけである。

 その公務員もトヨタの本社がある愛知県を初めとして、福岡県など地方工場などがある県もこの不景気で税収が上がらず、09年から公務員自体の手当て、ボーナスにまで手をつけなければ、この恐慌の大波を乗り切れない。公務員でさえも、この不景気に巻き込まれる。

 キャノンの工場がある大分県も対策にもう動いた。派遣労働者の「雇い止め」が前倒しに進むのは良いが、問題は切られた派遣労働者である。切られた翌日から寮を追い出される。大分県などは、県営住宅などをその受け皿にすることをもう始めている。

 さて、ぼくが住んでいる渋谷区はどうか?さっそく、今日、電話をしてみる。55歳で都立大学で社会福祉を学び直したので、この問題は人事ではない。まず、渋谷区政の「扇の要」である総務課長大澤一雅である。「幹部会でよく議題に出ますが、現実的には何もやっていません」。申しなさそうに弁解する。

 次に電話をしたのが生活福祉課長京雄之助である。「・・・」。答えが遅すぎる。生活相談に多くの人が押し寄せていることは、係長たちから聞いている。しかし、京課長は「・・・」のままだ。ようやく、「適宜やっております」と、杓子定規的な答えが返ってきただけだ。目先の仕事に追われ、この大不況にあまり興味がないらしい。

 当惑したのは福祉保健部長松崎守である。55歳前後、早大政経卒。年収約1300万円。いつもは調子が良いが、この大不況対策に関しては、ぶすっと「私と何の関係があるんですか?」と答えるだけである。この不況対策に関して、渋谷区で最も関係があるのは松崎守、あなただ。

 渋谷区でも甲州街道を越えた中野区寄りの本町、幡ヶ谷地区は、昔ながらの「木賃アパート」がいまだにたくさん残っており、生活保護の人たちも多い。その中に混じって、今回の大不況で「雇い止め」をされた派遣などの「非正規労働者」が目立つ。税務課員が税金を取り立てるために「臨戸」(実際に家まで行く)するときに、最も苦労するのがこの本町、幡ヶ谷地区である。

 「私に何の関係があるんですか?」は、いくらなんでも言いすぎだ。税務課員が本町、幡ヶ谷地区に住む非正規労働者から取り立てている税金が、回りまわってあなたの1300万円の年収になっているのではないですか!自分の給料を払っている人たちを、今、この時点で何とか助けるのが「福祉保健部長」のあなたの第一の仕事ではないのですか?

 鈍感すぎる。現実に食えなくて、首をくくったり、かっぱらいをする人が、やがて出てくるんですよ。確かに渋谷区は全国でも飛びぬけて豊かな自治体です。でも、本町、幡ヶ谷地区にはそこから落ちこぼれた人たちが確実にいるんです。それを救うのが「福祉」ではないんですか!

 「金持ち、喧嘩せず」が、この渋谷区の本質的な流れであった。しかし、この大不況だけは別だ。「君子、豹変」しても良い。みんなで豊かな税金を「雇い止め」になった人に、回すべきではないのか。まずは区営住宅、職員住宅を開放したり、福祉で解雇一時金を支給する事をまず始めてもらいたい。また「財源がない」と、松崎部長は文句を言うだろう。しかし、清掃の莫大な残業、例えば「住民指導」等を減らせば十分にあります。

 松崎部長、こんなに追い詰められても「私に何の関係があるんですか?」と、これからも言いますか?

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2,310円を持って、救世軍に行った

 12月20日、土曜日に救世軍に行ってきた。救世軍バザー場は杉並区和田2-21-2で、ちょうど立正佼成会聖堂裏、和田中学傍にある。毎週土曜日、午前9時から午後2時までバザーがあり、ほとんどのものが市価の半額から、物によっては1割前後で買える。大半は中古品だが、中には東急デパート、東急ストアーなどの倉庫整理品が並ぶことがある。

 昨年、出版した「B級自由民宣言!」(宝島新書)でここを紹介し、最も反応があった。もう10年近く通っているが、今でも2月に1度くらいは、かみさんと顔を出す。20日はかみさんのNGOの女友達と、8時50分くらいに笹塚駅前ロッテリアで待ち合わせをして、9時前には車でバザー場に着いている。車で約10分。入り口には、もう30人くらいが待っている。裏口では50人ぐらいが、10分前から先着順に会場になだれ込んでいる。

 たまたま財布には2、310円しか入っていなかったが、10時までの1時間で、充分過ぎるくらいの買い物をした。買ったものは全部で9点。

 ① フラノの黒ズボンが500円。ウエストは82。食事の量を減らしたので、ウエスト84から2センチも細くなった。「その一口が・・・豚になる」渋谷区役所広報相談係長に見せてやりたいものだ。

 ② 分厚く、長い厳冬用ウールの青マフラーが200円。

 ③ 緑の手造り本棚が100円。机の上の本を入れるのに、ちょうど良い大きさである。

 ④ セリーヌの冬用パジャマが600円。中古品であるが、暖かそうだった。

 ⑤ ベートーベェンのピアノ協奏曲「皇帝」。CDが200円。

 ⑥ 美空ひばり「港町13番地・波止場だよ、お父っあん」。50円。もともと大創産業だから定価の半分。朝鮮総連の人たちは「在日の星」と力説するが、父親が朝鮮人であったかどうかは証拠がない。ただ、ひばりの曲には妙に惹かれる。

 ⑦ Jプレスのボタンダウン青ワイシャツ。普通に買えば1万円ぐらいはするが、帰宅後、着てみてきついことが判明。でも200円だから、まあ、良いか。救世軍ではよくあるミス。

 ⑧ 赤のデザインが鮮明なバスタオル。ブラジル製で中古品だが、一目惚れですぐ400円で買う。

 ⑨ 中央公論社「日本の文学39 葉山嘉樹 小林多喜二 徳永直」。70年に出版されているが、まだまだ綺麗なので50円で買う。プロレタリア文学は、今まで貧乏臭いので敬遠していたが、最近になって、当時の状況が人事ではない気がして、改めて読んでみようという意欲が涌いて来た。

 全9点、金額が計2,300円。財布には10円が残っただけである。かみさんはスカート、カーデーガンなどを買い漁ったようだ。特筆すべきは、かみさんの友達である。ブルックスブラザーズの女性用上着を、わずか1000円で手に入れている。ニューヨークの本店にも行っているが、値段が高くて手が出なかったことが多かった。それが1000円である。定価はその50倍以上である。買った本人はぼくに言われるまで、アメリカの最高級品ブルックスブラザーズのことを何も知らなかった。

 ぼくはバザー場に、1時間しかいないことにしている。いくら百貨店みたいに大きな所であっても、1000人近くの人が押し寄せ、人ごみの中で気分が悪くなるからである。中には転売業者が混じり、柄が悪いこと夥しい。とにかく倉庫整理、それに各家庭のご贈答品整理などで、仕入れ値が無料と言うこともあり、売値が安い。何よりも、救世軍によるアルコール依存症支援という大儀名目があるので、消費税も0である。

 10年近く通って、ぼくの行動パターンは確実に変わった。一つは、着るものはほぼあるから、アクアスキュータム、チェスターバリー、ハリスツイードなどブランドを除き、コート、ジャケット、背広など、もうあまり興味がない。ましてや、60歳を超えると、スーツを着ることはほとんどない。

 最近は図書売り場で、時間を使うことが多くなってきている。幡ヶ谷、方南町の「BOOK OFF」よりも安い。ちなみに11月1日には野口悠紀男著「超旅行法」も100円で買っている。10月4日にはブリューゲルの展覧会の画集が出て、200円で急いで買った。すごく、得をした気持ちになった。今度はもっと時間をかけ、英書、地図をじっくりと見たい。

 かみさんが良く嘲笑するのだが、ぼくはこの10年間、救世軍で買ったものを、手帳に記録している。「自分は本当に良い買い物をしたのか?」と、いつも自分に問いかけている。今回は100円の緑の本箱が良かった。使い勝手が良いし、緑の色は心を和ませる。08年は計6回行き、16、550円の買い物をしている。やはり夏は少ない。出物が減り、まさに「夏枯れ」である。その反面、10,11(この月は2回)、12月に買い物が集中している。

 救世軍に行くことは、気分転換であると同時に、生活防衛でもある。景気が急速に冷え込んだ10月からが多くなっている。少しでも出費を減らしたいのである。そもそもサブプライムローンから始まり、リーマンブラザーズが倒産し、その余波が日本にも押し寄せ、1929年以来の世界大恐慌である。ぼくが勤めていたテレビ番組製作会社のほとんどは、いつ潰れてもおかしくない。

 景気が回復する、ここ2~3年、必死になって耐えしのぐしかない。ぼくが住んでいる168所帯の共同住宅も、新住民は家賃が最低でも月15万円もするから、負担に耐え切れず、ひっそりと出る家族も多い。運のいい人は都営住宅に移れるが、そうでない人たちのその後はわからない。我が家のように、救世軍などを利用し、経費を極力減らし、春を待ちわびている家族が多い。地下にある伊勢丹のスーパでも11月になってから1割引の日がやけに多くなった。

 民間企業も12月のボーナスは大幅カットである。然るに公務員はどうか?渋谷区など23区、それに東京都などは、3月にも第3のボーナスがある。せめて3月のボーナスは雇い止めをされた非正規雇用の労働者の救援のために回すべきだと思う。納税者がこんなに苦しんでいるのに、清掃、警備、学童擁護の単労の人たちは、3月にもボーナスを受け取り、年収1000万以上になる人も出てくる。絶対に、おかしい。

 生活が厳しいとぼやく前に、彼らの「既得権」をまず粉砕しょう!

 

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敵を間違えるな

 最近では11月28日、元厚生省事務次官家族の連続殺傷事件、6月8日、秋葉原大量殺人事件等、物騒なことが続く。でも、ぼくは99年9月8日、池袋サンシャイン近くで「むかついた、ぶっ殺す」と、23歳の若さで2人殺し、6人に怪我を負わせた造田博のことがいまだに気になって仕方がない。岡山県の進学校である倉敷天城高校に在学していた時に、パチンコに狂って、サラ金に追われるようになった両親に遺棄された哀れな青年である。

 まだ高校生のときに、担任の先生、親戚、民生委員等が親身になって手を差し伸べれば、通り魔になることはなかった。奨学金を活用すれば、本人の希望である大学も進学可能だっただろう。しかし、ここでも社会的に「排除」され、高校を中退した造田博は新聞配達などの最底辺労働に追い込まれ、やがて心を病んでしまった。その挙句が池袋の凶行である。

 07年4月19日に、最高裁で横尾和子裁判長が造田博に死刑を確定させた。この横尾和子(41生まれ)こそが、今回取り上げる「巨悪」の一人である。ICUを卒業後に、厚生省に入り、86年に厚生省年金局企画課長、94年に社会保険庁長官、98年に駐アイルランド大使、01年に最高裁判事と、高級官僚の「王道」を順調に駆け上がった。しかし、そんな彼女にも「逆風」が吹いた。08年に最高裁を定年を待たずに「依願退職」している。名目は「依願退職」だけれど、実際は社会保険長官時代のでたらめな年金処理への批判が強まり、詰め腹を切らされたというのが実情である。

 判っているだけでも厚生省、社会保険庁、外務省、最高裁の退職金がある。総額何億円にもなる。せめて社会保険庁長官時代の退職金ぐらいは,責任を取って返還すべきだと思うが、溜め込んだままだ。卑しい高級官僚の一つの典型である。

 元厚生省事務次官家族の連続殺傷事件の犯人・小泉毅は明らかに標的を間違えている。そして、山口剛彦(元)事務次官夫妻を殺したのは明白な間違いである。殺すことはない。むしろ、横尾和子のことをもっと国会図書館で調べるべきだった。

 造田博も秋葉原大量殺人事件の犯人・加藤智大も怒りをぶつける相手を間違えている。手っ取り早く殺せる老人、タクシーの運転手、アルバイトの女性店員は本当の敵ではない。むしろ被害者だ。本当の敵は5っある。

 ① 横尾和子に代表される一部の強欲な高級官僚。

 ② 堤義明に象徴される、名ばかり「節税」者。

 ③ パチンコ屋など、脱税している一部の在日韓国・朝鮮人(以下、コリアンと略す)。

 ④ 逸脱行為が余りにも目立つ三笠宮寛仁

 ⑤ 既得権に胡坐をかく白あり公務員(清掃、警備、学童擁護などの単純労務職員)

 ② まず堤義明のことについて触れたい。西武鉄道、プリンスホテル等の西武グループの「天皇」、堤義明(34生まれ)は05年に有価証券偽造(証券取引法違反 インサイダー取引)で、東京地方裁判所から懲役2年6月、罰金500万円、執行猶予4年の有罪判決を受けている。

 西武グループ、そして堤義明本人も税金をほとんど払わないことで、「節税」の究極として、ずっと悪名が高かった。それが脱税ではなく、微罪である証券取引法で逮捕され、執行猶予のうえ、たかだか罰金500万円ですんだという事実がぼくには信じられない。もちろん裏取引があったと思う。判決後に「院政」を決め込み、表にはほとんど出てこないが、日教組のプリンスホテルキャンセル事件などで、時たま堤義明の「影」を感じる。民主主義の本当の「敵」は名ばかり「節税王」、本当は「脱税王」堤義明だと思っている。

 ③ 在日コリアンたちのパチンコ屋脱税は、確信犯・堤義明に比べれば、脱税額においても可愛いものである。でも総数は圧倒的に多く、毎日の紙面を賑わせている。戦後、在日コリアンはパチンコ産業を大きく繁盛させ、トヨタなんかよりもはるかに大きな売り上げを誇っている。問題は利益率である。これもダントツである。

 ずっと社会保障が手薄だった在日コリアンの生活レベルが近年、上がったのはひとえにパチンコのおかげである。日本で商売する以上、ほどほど税金を納めていれば問題がない。でも一部だが、日本政府を馬鹿にして、脱税する人が出てきた。しかし、税務署、とりわけ査察、いわゆるマルサを軽視してはいけない。

 それに少し、口を慎んだ方が良い。特に人権の面から、戦前の日本を批判することはは理解できるが、現代日本を口汚く罵るのはアンフェアーだ。もっと「祖国」の現実に向き合って欲しい。

 ④ 逸脱行為が目に余る三笠宮寛仁(46生まれ)のことに触れたい。他の皇族は慎ましやかに生きていると思う。ただ、この人だけは僭越だ。特に女系天皇反対の彼の主張には、当惑した。ぼくは女性が天皇になっても良いと思っている。過去にそんな例が多いのだから不自然でもない。

 ただ、彼が男の子を生むために「側室」の復活を言い始めたとき、当惑から困惑へと変わった。女は子どもを生む道具か!「側室」復活は、現行の民法などの法律を根底のところから覆す「天下の暴論」である。いくら皇族とはいえ、「超法規的な存在」ではない。この人は明らかに勘違いしている。

 もう一つ、勘違い振りを紹介したい。敗戦後、旧皇族の多くが整理され、すっきりした。旧皇族のかなりは無残に落ちぶれ果てていった。その住居を買い叩いて、急速にのし上がったのが堤義明の父である。

 三笠宮寛仁は今になって、落ちぶれ果てた旧皇族の皇籍復帰を言い張るのだ。しかし、その費用(生活費等)は私たち持ち(税金)である。ここにいたっては、困惑から迷惑へと変わる。やはり、三笠宮寛仁は、以前に彼が強硬に主張していたように「皇籍離脱」をしてもらうしかない。毎月の生活費(税金)をきっぱりと絶った後に、経済的に自立し、自分が何であるかを冷静に考えてもらいたい。

 ⑤ 白あり公務員について書きたい。これは三笠宮寛仁とも関係している。「既得権」のことである。上は三笠宮寛仁、下は清掃、警備、児童擁護などの単純労務地方公務員(単労)は今まで見過ごされてきた。しかし、現在も渋谷区に限らず、都内23区では年収1000万円以上の単労は多い。その秘密は超過勤務手当てなどの「手当て」である。特に清掃では納税者を指導する「指導残業」が信じられないほど付く。

 この5っの敵に対しては、まだるっこしいが、世論に訴えていくしかないと思っている。でも、いつかは必ず大きく変わると思う。「持続は力なり」だ。

 いまや、1929年の「世界大恐慌」以来の不景気である。多くの派遣、期間工は景気の調節弁として即刻首を切られ、会社の寮から追い出される。厚生労働省によると、その数、3万人あまり。しかし、この数字はあくまで表面的なものであり、実際はその何倍もの人が職を失う。かなりは組合、NPOなどによって救われる。しかし、造田博のように、そのセーフティネットからも落ちこぼれる人たちが出てくることは間違いない。ぼくは池袋、新宿、渋谷などの盛り場に、あまり行かないようにしている。暴発のとばっちりを避けるためである。

 敵を間違えるな!敵はこんな不景気でも、「俺には関係ねえ」と既得権を楽しむ人たちである。3月には地方公務員のほとんどに3回目のボーナスが出る。6月、12月のボーナスはわかるが、3月ももらうのは地方公務員だけである。ちなみに国家公務員は廃止されている。せめて、その3月のボーナスの一部で良いから、首を切られ、寮を追い出され、ホームレスになるしかない元派遣、期間工に回してもらえないか?社会的「疎外」を少しでも食い止めたい。

 第2,第3の造田博を輩出させないためにも!

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せめて「時間セレブ」と言われたい

 「あんたは『時間セレブ』だから・・・」

 最近、かみさんが決まり文句のように「時間セレブ」を多用する。言い換えれば「閑人(ひまじん)」である。確かに60歳からますます時間がたっぷりある。新潟市に住む同期の友人は59歳で勧奨退職し、町内会長として、地域に尽くしている。9月に村上市の「〆張鶴」酒蔵に行ったときも、わざわざ付き合ってくれた。

 (旧)文芸坐で80年代、「文芸坐ドキュメンタリースペシャル」の企画責任者を務め、全共闘、とりわけ日大・東大闘争の記録、「怒りをうたえ」をオールナイト上映し、余りにも客が押し寄せ、文芸坐だけではなく、文芸地下まで急遽、開館し、満員の客を収容したときほどの体力はもうない。

 ここでの10年間、企画を担当し、客の実態をしみじみと知った。客は闘争の「生血」に反応する。特に「山谷ーやられたらやり返せ」で、監督2名が次々に暴力団に刺殺されたドキュメンタリーに「怖いもの見たさ」にどっと押し寄せた。

 もう一つ、「セックス」である。原一男監督「極私的エロス」は74年製作の古い作品だが、根強い力を持っていた。平日でも1日、200人近くは集客能力があった。また、ぼくの79年度作品「沖縄のハルモニー証言・従軍慰安婦」も平日で1日、150人近くは客で集めることが出きた。いま見ると、まことに拙い作品であるが、実際にハルモニ(朝鮮語でおばあさん)が裸電球の下で語る事実に圧倒されるのだろう。

 文芸坐での10年間は、もう一つの「私の学校」だった。作品のプリント代は当方持ち、しかし、上がりの半分は文芸坐に行くから、こちらも当てるために必死だった。「たてまえ」や「能書き」では集客できない。金を払うのは客である。ぼくは客を集めるための試行錯誤を包み隠さず、当時教えていた日本映画学校で、学生たちに伝えた。客の実態を知らないと、赤字が続き、やがて、この業界から放り出される。ぼくが金にシビアーであることは、このときの体験が大きい。

 旧態依然としたことを教える劇映画の監督たちと対立し、99年に日本映画学校から追われた。次に行ったのは、テレビ番組製作会社である。日本テレビ、フジなどの局の下請けである。企画部長として、4年間いたが、年収だけでなく、局と下請けのあまりの差に唖然とすることが多かった。

 局の番組担当者がマラソンが好きだといえば、いつもは夜遅くまで飲んでいる製作部長、編集部長、デレクターたちが、朝早くから皇居前に集まり、局の担当者の後からジョギング姿で走るのである。また、関西の局の番組担当者が上京する度に、社長以下、会社幹部たちが赤坂で接待に当たるのである。民間会社の「営業」の大変さを、身近に見ざるを得なかった。

 渋谷区役所にオンブズマンとして、初めて来てから、もう10年たった。ぼくの基本は「市民社会」の常識である。公務員といえども「市民社会の一員」である。ただ、ぼくらは利益最優先の市場経済、資本主義社会に生きており、たとえれば「動脈」である。然るに、公務員は老廃物などを処理する「静脈」だと思っている。「静脈」では、あまり市場経済が当てはまらない面が強いことは事実である。社会福祉などが重視されるのは、地方行政では当たり前である。

 今まで学校、会社、劇場などで生きてきたが、60歳を境に、ますますオンブズマンに生き方の中心が移って来た。それは、子どもたちに既得権、悪平等を全廃し、不安の少ない社会を残したいと思うからである。

 今まで憲法第9条に守られ、ぼくたち全共闘世代はすこぶる幸せに暮らしてきた。ベトナム戦争にも兵隊としていくことはなかったし、高度成長、バブル景気を享受してきた。しかし、息子たちは今のままではイラク、アフガニスタン等、イスラム教の国へ兵隊として派遣される可能性が強くなってきている。何よりもこの不景気がますます負債を積み増しすることは事実である。その借金を実際に払うのは、子どもたちである。こんなときにあえて、かっての「全共闘世代」ーいまや還暦ではあるーが立ち上がらなくてはいけない、とつい格好良く思ってしまう。

 確かに渋谷区役所に行けば、「笹塚のチャップリン」「笹塚のびんぼうさん」と心ない職員から陰口を叩かれることは多い。また、「その一口が・・・豚になる」公聴係長には、面と向かって「オンブズマンの相手をすることは福祉です」と、言い切られてしまった。でも、誰かが区政を見張らないと、「ゴルフ職免」「ヤミ専従」、そして単労(清掃、用務、警備等)職員の1000万以上の年収などの「暴走」になる。

 故郷の高岡市役所課長は50歳前後の女性で、ぼくがいつも帰省のたびに美味しいところを聞く人である。ちなみに、横田にある「寿司勘」は彼女の勧めで、10月にかみさんと死んだ親友の奥さんと3人で行って大満足している。先日、電話して、高岡市役所職員の1000万円以上の年収を聞いたところ、「市長以外にありえない」と、一言で笑われてしまった。課長である彼女の年収も800万円に届かないそうだ。

 単労の1000万円以上の年収は法外である。また、国際文化交流課で、今年の2月22日に、浅草女流剣劇の浅香光代さんを呼んで、「私の役者人生」講演会を開いている。ギャラは20万円である。国際交流と浅香光代さんとは何の関係がある?「私の役者人生」と渋谷区とは何の関係がある?変だ。人選そのものがおかしい。素朴な疑問を斉藤茂課長(中大文卒)に何回尋ねても、しかめっ面のまま「・・・」と、いまだに明確な答えがない。

 とにかく、税金を払っている納税者が見張らないと、何をするかわからない。外人部隊、出稼ぎが圧倒的に多い渋谷区職員にとっては、たかだか「人の金」である。自分の腹が痛むわけではない。怪しいことに使いがちである。

 でも、感心することもある。例えば、渋谷区では国民健康保険を支払いが遅れているからといって、板橋区みたいに取り上げることはない。ましてや、子どもたちには全員、健康保険証を手渡している。国民健康保険課長柳沢信司課長(中大法卒)の説明を聞き、うれしかった。また、福祉管理課長笠原文夫は09年3月に定年退職だが、「私は天下りをしません」と、ぼくの面前で断言した。都立大で法律を専攻した人だが、とにかく固い。「職免の女王」が西原敬老館の単労で、彼女のことで何回もぶつかった。でも、「天下りをしません」と、きっぱり言われると、見直した。奥さんも渋谷区職員でゆとりがあるから、まあ良いか。

 定年になると時間的に余裕が出来る。さまざまな時間の使い方があると思う。その一つの生き方として、自分が住んでいる地域のオンブズマンがあると思う。ただすべて自腹である。でも、そんな人を始めは警戒心たっぷりだが、一部の職員はやがて迎えてくれる。初期は「針のむしろ」と感じることもある。しかし、こちらの目的が社会貢献、社会参加、既得権と悪平等廃止がわかると、職員のほうから様々な情報が入ってくる。単労、とりわけ組合が別である高給の清掃の人たちに対する、事務職の根強い反感をぼくは感じる。

 月に2,3回、笹塚バス停の銀杏並木の落ち葉を踏みながら、ハチ公バスで渋谷区役所に行く。納税者だったら自分たちの税金が何に使われているのか、点検するのが当たり前だと思う。それをやってこなかったから、1000万円以上の清掃のおじさんを輩出してきたのである。でも、渋谷区役所3階の情報公開で座っているぼくの後ろから「笹塚のチャップリン」「笹塚のびんぼうさん」と陰口を叩くのはやめて欲しい。T主事、せめて「笹塚の時間セレブ」といって欲しい。

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朝日新聞夕刊を切った

 我が家ではずっと論争があった。かみさんが朝日新聞購読を打ち切って、東京新聞に変えるように強硬に迫るのである。カンボジア難民、地雷禁止などのNGOの広報をやっていたかみさんには、朝日新聞の記者、解説委員、論説委員は大きな味方のはずである。それが最近では不勉強、東大卒の傲慢さが鼻についてきたようだ。かみさんの上司であったNGOの元代表は、東大が大嫌いで、朝日新聞から東京新聞にもう変えている。

 かみさんが東京新聞に熱心なのは、購読料の安さもある。朝日新聞に比べて1000円近く安い。ためしに、ぼくも40円といまどき信じられないほど安い東京新聞夕刊を、京王笹塚駅のスタンドで買ってみた。率直な感想は「値段相応」である。ページ数が少なく、中身も薄い。

 しかし、かみさんの要求は日増しに強まるばかりだ。晩酌も2日に1度に減った。そこで奇策を実行した。朝刊は従前どおりに朝日新聞。ただし、夕刊は日経新聞。日経新聞夕刊は駅で買うと50円である。それが値段以上に内容が充実している。特に11月8日からの「進化する図書館」シリーズには唸った。北区立中央図書館の「終日過ごせる図書館」を紹介したものだ。

 実は以前に朝日新聞と日経新聞両紙を併読していたが、時間がないことと経費節減のため、朝日新聞だけに絞ったことがある。しかし、「朝日を切れ」と言うかみさんの強硬な申し入れにより、日経新聞夕刊に変えた。一月1680円。一方、切った朝日新聞夕刊は250円しか、安くならなかった。

 かみさんがどれだけ脅しをかけようが、ぼくは朝日新聞の愛読者である。特に朝刊「声」欄の支持者である。11月14日「円高も良い面 不安あおるな」「給付金やめて 無償奨学金を」にそうだ、そうだと、つい声をかけたくなる。ただし、(故)松井やより記者に代表される過激な記事、特に従軍慰安婦、外国人花嫁等に関して、その渦中にあるものとして「もっと取材したら」と一貫して思っていたことは事実だ。理念先行の「頭でっかち」のところがまだある。

 特に現在、ぼくがしゃかりきになって駆除しょうとしている「白あり公務員」に関して、朝日新聞はあまり取り上げない。ぼくの知っている限り、07年にぼくが「論壇」に書いたもの以外は、清掃、用務等の公務員の1000万円以上の年収に触れたものはない。都営住宅に住む学友のように「下級公務員だから仕方がない」と思っているのだろう。ちなみに、学友は朝日新聞の熱烈な愛読者である。

 昨年度から朝日新聞でさえ、赤字になった。現在住んでいる所帯数168の共同住宅ですら25部前後に落ち込んでいる。日経新聞もほぼ同数である。若い人たちはパソコンで済ませている。せいぜいで、駅の売店で買うくらいである。アメリカではもっと極端で、倒産する新聞社すら出てきている。

 矛盾するかもしれないが、朝日新聞にもっと「既得権」のタブーに挑んで欲しい。下は「白あり公務員」、そして上は三笠宮系列の皇族にもあえてメスを入れてもらいたい。多くの皇族は慎ましやかに生きている。しかし、この一族、とりわけ「髭の殿下」の僭越な言動には納得できないものが納税者としてある。 サブプライム、リーマンショックで、底知れぬ不景気に陥っている現在、税金で豊かな生活を享受している「髭の殿下」の今までの発言をもう一度、考え直したい。そのためだったら、喜んで夕刊を再購読したい。

 

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久しぶりに帰省した

 12月5日に久しぶりに帰省した。ぼくの故郷は人口約17万人の富山県高岡市。中学校までいた。県下で一番の進学校・富山中部高校に合格したが、受験生の顔を見て、暗くて面白くなさそうなので、たまたま出来て間もない国立長岡高専(5年制)に進学することにした。

 しかし、長岡高専に4年間いて、落第し、自分は理系に向いていないことをとことん悟り、早稲田大学文学部に大きく転進した。その間、学費をずっと払ってくれたのは母である。母は高岡で映画館に勤め、裕次郎、吉永小百合、スターウオーズ人気等で、映画が好景気だったこともあり、大学も5年間も在学し、落第生だった一人っ子のぼくにせっせと送金してくれた。

 60年代、昭和の時代の高岡は鋳物、漆器の職人、床屋、果物屋の商人たちがまだまだ元気で、そういう人たちが母の映画館、祖母の履物屋のお客さんだった。それが昭和が終焉し、バブル崩壊後に町全体がみるみる衰退し、現在では60年代、昭和の賑わいが嘘のようなゴーストタウン化、劣化現象が進んでいる。駅周辺は見事なほどの「シヤッター通り」である。

 原因は、バブル崩壊後に富山湾沿いにあった重厚長大の工場が中国に移転したり、鋳物、漆器が安い中国製品に押され、かわいそうなくらいに売れなくなったからである。中学校の同級生たちの実家も倒産したり、突然、同級生の消息が絶たれる。かって、ひそかに恋焦がれていた中学きっての美女の鋳物問屋の実家も倒産し、お婿さんと彼女も町から姿を消した。偶然、東京で再会したが、かっての華やかな面影はなかった。

 5日は強風のため、2時間遅れで高岡駅に着いたが、駅前ビルはサラ金ビルになり果てていた。ミスター・ドーナツなどのまっとうな店子が撤退し、代わりに店を出したのがサラ金である。ずらっと、けばけばしいサラ金の支店が軒を並べるのは壮観である。でも下品だ。駅前ビルは高岡の「貧すれば、鈍す」の象徴である。

 今回の帰省の目的は、母の頼みで郵便局で金を下ろし、銀行口座に移し変えるためである。55歳から厚生年金をもらい、それでも65歳まで映画館を辞めなかった母は、まだ郵便局に十分な蓄えがある。だから89歳の今でも、車椅子ではありながら、老人健康施設(老健)の広い個室で優雅な老後を過ごすことができる。

 それが小泉内閣になってから、毎月17万円の年金では少し足りなくなってきた。でも息子をわざわざ東京から呼んで、郵便局で金を下ろすほどではない。不安なのである。老健の毎月の支払いの後に、銀行通帳にまだ何十万も残金がないと落ち着かない。幸い、郵便局も銀行も間に合い、すべての用事を済ませることが出来た。時間がまだあったので、中学同級生の駅前の床屋へ行った。ここも客がほとんどいなかった。

 2時間近く、丁寧に髪を切り、髭を剃り落としてもらいながら、同級生に町の事情を聞いた。床屋は町の「情報センター」である。父の代からの昔ながらの床屋は、町の事情に詳しい。どこどこの会社が倒産をしたり、一家夜逃げをしたり、スナックの家賃が払えなくなったり、高岡の明るい話は少ない。とりわけ、駅裏の大型スーパー「サテイ」の、09年1月の閉店は大きな話題である。ダイエー、ユニーと多くのスーパーは早めに撤退した。サテイがこれで消滅し、ただ一つ郊外に残るは巨大イオンだけである。駅の商店街のほとんどの店を倒産させ、イオンの圧倒的な一人勝ちである。

 「サテイ」が店仕舞いすると、車がない近くの高齢者が困る。母は老健にいるからまだ良いが、駅近くの老人たちは、かろうじて残る「大和デパート」の地下で、高価な大根1本を買わねばならなくなる。10月に帰省したときに、かみさんと駅から自宅まで10分ぐらい歩いて帰ったが、夜7時ころ、ほとんどの家で、明かりを見ることがなかった。若い人が少なく、老人しかいないのに、おかしいと思っていたが、自分の母のことを考えると納得する。町内の老人たちは病院に入っているか、買い物に不便なので、子供たちの郊外の家に引き取られているのだ。

 夜はニューオータニ高岡に泊まる。1泊+豪華な朝飯付きで6,800円である。今まで1万円近かったが、値段を落とさないと客が取れないのである。ディナーもフルコースで1,500円で、何か得をした気持ちになった。今回は寒いので、近くの割烹「八五郎」には行かなかった。ここは5000円近くは取るが氷見のぶりなど、新鮮な魚が美味しく、いつ行っても満員である。高岡でも、少数の勝ち組はいるにはいる。

 翌朝、6日は猛吹雪である。午前中に老健の母を見舞い、午後1時41分の「はくたか13号」で東京に戻った。JR東日本の「大人の休日倶楽部」、1万2千円で指定券付き帰省切符は、これで今年はもう終わりである。雪が溶ける来年3月まで、もう高岡に帰ることはない。

 実は、10月にかみさんが親友の墓にお参りをしたいというので、全日空で1泊2日で帰郷したが、富山空港から高岡駅までのバスにショックを受けた。まず、バスが古臭く、運転手も祖雑で、乗っていて不快だった。帰りも高岡駅前の吹きっさらしのバス停で閉口した。便所もなく、使いたいときは5分も歩いて、高岡駅の便所に行かねばならない。これに懲り、飛行機を使わず、出来るだけ、はるかに安いJR「大人の休日倶楽部」を使うようにしている。

 「故郷は遠きにありて思うもの」。60年代、昭和の時代の高岡はまだ職人、商人、工員が多く、典型的なブルーカラーの町にも活気があった。氷見線は伏木の工場に通うブルーカラーで満員だったし、年始の駅前には近郷、近在の職人、工員でごった返し、商店街は大賑わいだった。まだ大型スーパーはなかった。それがバブル崩壊後、工場は中国に移転し、職安は仕事を探す元工員で溢れていた。母の映画館もやがて閉館し、高岡の町は失業者と年金で生活をする老人の町へと、大きく変わった。しんしんと底冷えのする町である。

 高岡交通のタクシーでびっくりしたことがある。運転手がやけに上品なので、前職を聞いてみた。「以前は、高校の教師でした」。町全体が底冷えし、私立高校に生徒が集まらなくなり、一部の教師が解雇された。その一人が、ぼくの前にいる。高岡の惨状、ここに極まれり。

 6日、上越新幹線のトンネルを抜けると関東平野は澄み渡った青空だった。越後湯沢まで雪に苦しめられたが、笹塚は温かく、そして人ばかりが多かった。笹塚では再開発が進行中で、駅前は大きく変わろうとしている。駅前の京王グループの建物が老朽化のため、新築され、大型ショッピングセンターがこれから出来る。現在、笹塚では2DKマンションが月15万円前後だが、再開発とともに18万円前後まで高騰するだろう。

 渋谷区に住むというのは大変、お金が掛かることである。地代、家賃、物価等、お隣の中野区、杉並区、世田谷区の10~20%、余分に請求される。渋谷区ではかって高岡を追われた商人、職人、工員たちが住むことは難しい。多くは神奈川、埼玉、千葉などの首都圏に分散している。渋谷区は港区と並んで「勝ち組」の町である。近年、ますますその傾向が強い。

 東京、とりわけ港区、渋谷区へと富は一極集中する。ここではスーパーが突然、閉店することもないし、元高校の教師がタクシー運転手することもない。日本国内の富と若者を集め、こんな不景気の中でもだんとつの一人勝ちするだろう。でも住民はそのぶん、負担を要求される。本当に必要だったら払おう。しかし、清掃、警備、学童擁護の人たちー白あり公務員ーの年収1000万円以上の事実を知ると、ついつい底冷えの町、わが故郷を考える。高岡市役所でも部長級で1000万円以上というのはほぼいない。

 いくら「金持ち、喧嘩せず」でも、そろそろ動いた方が良い。「白あり公務員」にまわす金ー多くは神奈川、埼玉、千葉、一部は八王子市の「白あり御殿」のローン返済にいくーを奨学金(東京都よりも小額)増額、それにこの不景気で解雇される非正規社員への救済に回した方が良い。緊急に助けを必要としている区民もいるのだ。もう、既得権に胡坐をかいている「白あり公務員」を駆除する時代である!

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ポストマンの年金

 毎週、金曜日にリハビリをしている。病気の後遺症で、右足が年とともに萎えてくるので、必死に鍛えるために自転車漕ぎしている。10分、ひたすら漕ぐと、ぐったりする。そしてその後に、お茶を飲みながら、渋谷区のリハビリ仲間とおしやべりをする。日ごろ、自宅で本を読んだり、パソコンに向かうことが多いので、同時代の元左官屋さん、大学の大先輩である元損保の総務部長、そして元ポストマン(郵便配達夫)の人たちのお話を伺うことは、すこぶる新鮮である。

 とりわけ、ポストマンの話は考えさせられた。彼は定時制高校に通いながら、つい最近、病気で倒れるまで、渋谷区で郵便物の配達をしていた。 まさに「一生涯、一ポストマン」である。現在、独身。小柄で、おとなしく、気配りがあって、気持ちのいい人である。左手が悪いらしく、ぼくが自転車漕ぎをしている隣で、左手を懸命に上げていることが多い。

 昨日(11月28日)、退職金の話に及んだ。ぼくら自由業は退職金とは縁がないので、バブル崩壊直後、まだ金利が5,5%の時期に、郵便局の15年物の簡保にかけこみで全期前納している。簡保の満期が退職金だと、勝手に思っている。

 ポストマンの退職金は約1800万円。この額は郷里の信用組合課長ぐらいである。しかし、毎日新聞解説委員よりは多い。同期は最後の最後まで、金額を明らかにしない。「恥ずかしい」からだそうだ。

 だったら、渋谷区の単労(清掃、警備、学童擁護などの単純労務職員)の約2300万円の退職金はどうなる。もう一つ、びっくりしたのは、ポストマンの年金が月15万円のことだった。40年以上、朝早くから晩遅くまで、郵便物を雨、雪の日にも配達して、15万円とは少なすぎる。

 母は郷里で映画館で働き、55歳から月17万円の年金を受け取っていた。母よりも少ない年金の額に愕然とした。「現場の郵便配達の連中はこんなもんですよ」。しかし、当の本人はもう、達観している。

 それを裏づける資料がある。平成20年10月16日に東京都人事委員会が公表した「平成20年人事委員会勧告等の概要」である。(4)技能(筆者注 単労)系職員の給与は民間単労従業員の平均給与が338,915円(49,6歳)に対し、東京都の単労職員は389,066円(46,1歳)となっている。平均年齢が3歳以上低いにもかかわらず、給与では5万円も高いのである。そして、参考にポストマンたち、国家公務員単労職員の平均月額が掲載されている。320,623円(48,9歳)これは元ポストマンが、定年近くにもらっていた額にほぼ重なる。

 退職金の額は給料の額に比例しているから、ポストマンの年金は月15万円でも仕方がない。しかし、同じ単労でも、渋谷区の清掃(地方公務員)と、国家公務員の郵便配達夫とは違う。ちなみに、渋谷区の清掃は月24万円以上の年金を受け取る。その半額は私たち住民が負担する。

 中国共産党の幹部が来日するたびに「日本は成功した社会主義国家」だと、決まり文句のように誉める。初めは、何を言っているのかよく分からなかった。清掃、警備、学童擁護などの単純労務、下級公務員たちの厚遇ぶり、高給のことだと気がついたのは最近のことである。

 しかし、その中国も大きく変わってきた。日本もこのサブプライム、リーマンショックをもろに受け、派遣、期間工が3万人以上解雇される。公務員、とりわけ、単労たちがいくら「既得権」だからといえ、こんなに優遇されて良いんだろうか?

 郷里では中学の同級生が、信用組合を早期退職させられ、下請工場でフォークリフトの運転手をやっている。そして、リハビリ仲間はポストマンを40年以上も勤め、年金が月15万円である。同じ公務員でもこうも違うのか!

 渋谷区民の特徴は「金持ち、喧嘩せず」である。しかし、静かな憤りは、既得権にしがみつく警備、児童擁護のおじさん、おばさんたちを前にして、やがていつか沸点に達するだろう。

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貧困ビジネスに引っかかる前にー渋谷区役所に行こう

 昨日(11月26日)、渋谷区役所3F福祉管理課民生係へ行った。目的は12月の繋ぎ資金の確保のためである。昨年も金策のために行っている。20万円を3月いっぱい借りても、利子は0である。

 正式な名称は「応急小口資金」である。生活費等で緊急に資金が必要となり、他から借りることが困難な区民に20万円まで貸し付ける。3ヵ月以上住んでいないといけない等の条件はあるが、さほどバーは高くない。あらかじめ電話をして、印鑑と預金通帳を持って行き、5,6枚の書類に署名さえすれば、その場で現金20万円を手渡す。

 それが異様に利用者は少ない。「2007 渋谷区政概要」によると、06年度は18件しか貸し付けていない。予算額は360万円にもかかわらず、貸付額は200万円を少し欠ける。もう少し「渋谷区の広報」に紹介した方が良いが、担当者は嫌がる。それはヤクザが増えるからだ。

 実際、返還率は約半分である。ぼくのように約束を守る区民は決して多くはない。でも、組合活動を名目に、実際に働かない清掃員、定年まで司法試験を惰性で受けている「天下の怠け者」警備員に、一人当たり年間1000万円以上も支払うなら、もっと「応急小口資金」を広報し、枠を広げ、たとえ半分しか返ってこなくとも、希望者全員に手渡した方が良い。優先順序は「白あり公務員」の1000万もの年収よりも、ぼくのような「貧乏さん」納税者がはるかに上である。

 また、渋谷区役所のすぐ近くに「財団法人 渋谷区勤労者福祉振興公社」(略称 きんぷく 電話3780-0878)がある。ここは区内の中小企業従業員、自営業、ぼくのような自由業の区民に年利1,8%で50万円まで貸してくれる。ぼくもここで金を借り、友人とロシア、ポルトガル等に旅行したことがある。1,8%の低金利だが、「きんぷく」もPR不足で、07,08年度利用者0である。

 今回、こんな余計なことを書いたのは、多少、面倒くさくても、渋谷区役所民生係、「きんぷく」で金をさし当たって借りた方が、サラ金、闇金の「貧困ビジネス」を利用するより良いですよ、と言いたいためである。

 ぼくがいた映画、テレビの現場の人たちがやがて50歳を迎えるとと、ギャラが高すぎたり、体が前ほどは動かなくなったりして、仕事が減り、「サラ金地獄」「闇金地獄」に嵌っていくのを、ずっと見てきた。多くは、監督、製作総括であるぼくのギャラの払い方を「せこい」と嘲笑していた連中である。寿司屋へ行っても「松竹梅」の「松」ばかりを人の金だと思い、勝手に注文していた輩だった。かんじんの金を払うぼくは「梅」専門だった。

 飲み屋に行っても「わるいなあ、払っといてよ」とたかる人が多かった。やがて、一人、一人、現場から次第に姿を消し、風の便りで世田谷区の生活保護(映画関係者は東宝撮影所、国際放映撮影所があった関係で、世田谷区に住んでいる人が圧倒的に多かった)を受けていることを聞く。

 引っかかる人も悪い。しかし、もっと断罪されなければいけないのはサラ金、闇金の「貧困ビジナス」の人たちである。そのかなりは在日韓国・朝鮮人(以下、在日と略す)である。闇金は表に出ることはない。しかし、サラ金の役員名簿をじっくりと点検すれば、ぼくの言っていることはあながち「暴論」とは決め付けられないはずだ。大山、木下、岩本等、在日の姓は特徴がある。そして、名前に朝鮮半島の伝統をまだまだ大切にしている人もいる。

 戦後もずっと、在日に決して親切ではなかった。しかし、21世紀には在日も年金、健康保険等の社会保障は決して完全ではないが、かなりのところまでいっているはずだ。一つはぼくたち、日本人側の働きかけもあった。もう一つ、在日の人たちが「パチンコ」利権を大きく花開かせて、豊になった自助努力もあると思う。パチンコ産業は、いまや世界の「トヨタ」以上で、利益率に関してはダントツである。

 在日ビジネスの象徴が「パチンコ」だが、もう一つサラ金、闇金がある。共通しているのは「貧困ビジネス」であることだ。貧乏人を相手に、泣かせて、私服を肥やしている。

 「貧困ビジネス」に引っかかるのはもう止めよう。そして、金に困ったら、自分は「貧乏さん」であることをあっさりと認めて、渋谷区役所民生係か、「きんぷく」へ行き、金を借りよう!

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大学は出たけれどー延々と司法試験に受からない「白あり公務員」

 「ぼく明治大学を出たんですけど・・・」

 若いときの無理がたたって、リハビリに病院、接骨院に行くことが多い。病院では理学療法士(以下、PTと略す)、接骨院では接骨医の若手が相手である。20歳代が多いが、中には30歳ぐらいの人たちも混ざっている。とくにPTでは補助員におじさんが混じっている。気になるので聞いてみる。その答えが「明治」である。昼は補助員をやりながら、夜にPTの専門学校(4年制)に通っているそうだ。もう一人の補助員は法政の卒業生である。

 就職氷河期に卒業後したが、何とか就職できた。しかし、サラリーマンをやっているうちに「これが天職か」と悩み、一人はオーストラリアに語学留学までしたそうだ。そのうちにPTという仕事を知り、「人助けになる」と思ったらしい。

 しかし、今はPT、接骨も国家試験の合格率が9割近いが、最近では専門学校の学生が不景気とともに増え、合格率が激減するはずである。ましてや年間授業料が100万円以上もかかり、病院で補助員を毎日しても、生活するのが大変である。それでもサラリーマンを辞め、PT、接骨の国家試験を目指す人が増えている。

 しかし、いったん国家試験に受かりさえすれば、仕事、待遇は保証される。リストラにあうことはまずない。手に職をつけることとしてPT、接骨が一つの有力な選択肢である。サブプライム、リーマンショックが連発し、身も心も、そして財布の中身もさびしくなるご時勢に、あえて補助員として夜学に通う明治、法政の卒業生にエールを送りたい。

 一方、私たちが税金で養っている渋谷区の単労(単純労務職。清掃、警備、用務等。08年4月1日現在、539人。23区の中でも圧倒的に多い。年収と退職金、年金の住民負担分は一人約1000万円。65歳までの再就職を入れると、単労は600人を遥かに超える)

 この中に警備員として26人いる。大半は中央大学法学部卒業である。高卒が大半の単労の中では、すこぶる高学歴である。実は昔、司法試験を目指していた「成れの果て」である。夜警をしながら、昼は受験勉強をしていたが、余りにも試験に受からず、多くは諦めるか、惰性で受験を続けている。

 普通、東大卒は卒業後3年、早慶卒は5年、中大卒は10年かけないと司法試験は受からないといわれている。しかし、中大卒の警備はこの10年の間に「白あり公務員」の美味しさ、楽さにどっぷり浸かってしまい、受験勉強をまともにしなくなる。ここ20~30年間、渋谷区役所の夜警で司法試験に受かったのはたった一人だそうだ。それもまだ20歳代の若者だったそうだ。

 警備の人たちは、人間的には良質である。ぼくが知っている笹塚小学校の夜警は優しく、気持ちのいい人だった。でも60歳近くになっても、司法試験合格をまだまだ目指している。そして、いまだに独身である。しかし、残念ながら合格の可能性は限りなく0に近い。だって、リハビリ病院で昼は補助員、夜は専門学校に通っている明大、法大卒の気迫を感じないから。

 大学の非常勤講師もいる夜警の人たちを見ながら「蛇の生殺し」だと思う。なんだ、かんだと年間1000万円近くを貰い、それに甘んじ、気が付いたら司法試験に受からないまま60歳である。これが人の人生か?

 でも、もうそんな人生はもうありえない。失業率はすぐに5%を超え、大学を出ても就職できない人が以前よりも目立つ。大学院を出ても「高学歴ワーキングプア」が一人増えるだけである。大学進学率80%を超える韓国ほどはひどくはないけど、日本でも「秋葉原大虐殺」「厚生事務次官殺人事件」のようなことが多発するだろう。犯人はかっての秀才である。

 「大学は出たけれど」は、戦前の小津映画の題名である。しかし、何かの資格も取らない限り、これから生活できなくなる。司法試験に受からないまま定年を迎える「白あり公務員」はもはや「絶滅危惧種」である。

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都営住宅の学友へー志のこと

 11月21日、小田急線参宮橋駅前、焼き鳥屋「七福」で早稲田時代の学友2人と、2月ぶりに会った。同じ「七福」でも代々木八幡の駅前店よりも、参宮橋店の方が明るく、広く、そして客質もはるかに上品であった。何よりもつまみが馬鹿高くないのが良い。渋谷区役所の東大3回、司法試験3回落ちた「伝説の課長」の推薦だけはある。一人3000円で焼き鳥等を腹いっぱい食え、生ビール1杯、芋焼酎お湯割り2杯も飲める。 

 ぼくは67年入学で、入学早々、文学部生協で「資本論」(マルクス著 向坂逸郎訳 岩波書店 上下刊)を買い込んだ思い出がある。学友二人はマルクス研究会の友人である。

 あれから40年余、それぞれ変わった。一人は商学部を卒業後に、政経学部大学院に進学し、現在は税理士である。学生時代から勉強ばかりし、女っ気のまったくない男であった。それが「先日、接待で地元のスナックへ行き、4人で3万2千円も取られた。ボトルは「角」で、付いた女は60ぐらいの婆だ。それで3万2千円だ。ボッタクリだ。2度と行くもんか」と、しつこく、しつこく文句ばかり言う。それに加え、「俺の20歳は勉強ばかりだった。金が出来た今こそ、あの時を取り戻すよ。鶯谷で若い女を買うのは青春の復讐なんだ」と、「七福」名物ホッピーをぐびぐび開け、一人で気炎を吐く。

 一方、水道通り(渋谷区)沿いの古びた都営住宅に住む学友は、それをニコニコ聞いている。いつもは日本酒の熱燗をちびりちびりと飲むが、今日はぼくに付き合って芋焼酎のお湯割りだ。彼も商学部だったが、20歳代はもっとも過激で、舌鋒鋭く批判していたのに、60歳を超えると丸くなるようだ。学生時代は人民帽をかぶり、毛語録を片手に、文化大革命支持の演説をしていた。また学内、各セクトに詳しく、妙に感心したことを覚えている。

 ぼくはと言えば、地方の男子校で「平凡パンチ」を秘かに愛読し、上京すれば、麻生レイ子(平凡パンチのモデル)のような女性と付き合えると、単純に思い込んでいた「田舎っぺい」でしかなかった。文学部2年まではフランス語専攻だったので、クラスは女性が多かった。それが税理士には今でも不快でしょうがないらしい。商学部には女子学生はほとんどいなかったらしい。「合ハイで、日本女子、東京女子大の学生たちとも付き合ってい」た、と焦らせながら告白すると、地団太踏んで悔しがる。

 とどめは「神田川」である。「一緒に住むと、女はうざったいんだよなあ」と、いかにももてたように嘘を言うと、税理士はまたまた足をばたつかせ、「このやろー」と、また怒る。税理士をからかうのも面白いが、本当の目的は都営住宅に住む学友の激励である。

 卒業後、友達はPR映画の助監督をずっとやっていた。そして、やがて北朝鮮支持の映画を主に作っていた。金正日が後継者に決まってから、ぼくは距離を置くようにしていた。それが学友には納得できないことであったようだ。何回も批判されたが、まったく好きになれなかった。

 彼の処女出版のパーティで「これから朝鮮問題をやるなら、まず朝鮮語を学んで欲しい」とぶちあげた。朝鮮総連の関係者が多く集まっていたが、これが意外に受けた。関係者も本心では、朝鮮語を学んで欲しいと思っていたようだ。肝心の本だが、観念的でまったく売れなかった。

 渋谷区職労の「金大中」支援の活動家たちと出会ったのも、80~90年代だと思う。ともに学習会を続けていた。しかし、21世紀になると、多くの日本人が北朝鮮にそっぽを向き、学友は経済的にも、追い詰められてきた。奥さんとは離婚し、二人の子どもを引き取り、都営住宅で育てていた。

 金銭的にも、異性的にも清く、「悪いなあ、払っといてよ」と、映画関係者に多い「たかり」とはまったく無縁な人である。だから40年以上も、多少観念的だが、付き合ってこれた。それがある日、突然の電話が掛かってきた。

 「俺はもうだめだ」

 泣き声である。大至急、税理士とも連絡を取り、二人で水道通り沿いの都営住宅まで行った。思った以上に、3DKの部屋は荒れ果てていた。寡暮らしが長くなると、身の回りをあまり構わなくなるらしい。60歳を目前にして、これからの人生を考えたようだ。年金も払っていない。でも、田舎の母、妹、子どもたちに支えられ、都営住宅の家賃の安さー月約2万円ーにも助けられている。ぼくたちと会って話し、泣き終わると、少しづつ元気が出たようだ。

 昨日(11月23日)、郷里の中学の同期に電話をした。12月にJR東日本の2泊3日、1万2千円の割引切符を使って上京し、ともに寄席に行く予定であった。日程を確認すると「行けなくなった」と謝る。「どうして」と聞くと、「10月から下請けの工場に再就職しているから」と、消え入るような声である。信用組合を定年前に辞め、悠々自適だと思っていたが・・・。「経理だろう」と念を押してみる。「いや、工員だよ。フォークリフトの免許も取ったよ」と答える。大卒、信用組合の課長職でも、退職金が少なく、地方では仕事がない。だからフォークリフトの免許を取って、下請工場の工員に雇ってもらうのがせいぜいである。

 元気を取り戻した都営住宅の学友は、いまも自治会の会長として、「何故、ベンツの駐車場がないんだ」と、笹塚出張所に怒鳴り込む都営住宅の住人をなだめたり、一人住まいの孤独死対策で大忙しである。でも、合いも変わらず、どれだけベルリンの壁崩壊、ソ連解体、中国、インドの市場経済参入の意味を言っても、暖簾に腕押し,頑なである。一緒に学習会をした渋谷区の単労ー用務たちーが1000万近くの年収、3000万円近い退職金、月約24万円の年金の事実をどれだけ声を大にして伝えても、「下層労働者だから仕方がないんだ」と、超然たるものだ。もう少し、自分の足元を見て欲しいと思うが・・・。そして、いまだにパソコンに触ろうともしない。

 でも気になるやつだ。そして、時代遅れだと思いながらも、ちょっぴり尊敬している。それは初心である「志」をまだ学友に感じるから。

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「あんたなんか、大嫌い」と、言われてしまった。

 「あんたはえらそうだ」

 60歳を過ぎてから、かみさんに良く罵られる。映画監督、英国留学、ドキュメンタリーの数少ない専門家、オーストラリアの大学客員研究員、そしていつもアクアスキュータムか、ハリスツィードのジャケット、コートを好んで着ているから、かみさんはうざったくて仕方がないらしい。

 まだ50歳代では露骨に拒否反応を示すことは少なかった。しかし、還暦を過ぎると、かみさんが朝起きての、冒頭一番がこれだ。でもかみさんが白河夜船の朝6時には起き、洗濯機を2度、時には3度回し、朝日を浴びながら干し、そしてゴミ出しをしている。そして朝食後は洗い物まで分担しているではないか。また、日によっては煮干でだしをとって、豆腐で味噌汁まで作っているではないか!

 でも、かみさんに罵られるのはぼくだけではない。親友はもっと激しく学歴自慢を、声を荒げられ、弾劾されていた。たまたま中学だけは同期だったが、後は高校、大学と別だが、妙に馬が合った。ロシア、アメリカ、カナダ、オーストラリア等、40~50歳代にかけ、よく2人で旅行した。地元の短大理事長、中小企業コンサルタントなどを歴任したが、今年の7月に癌であっけなく死んでいった。

 人に優しく、地元で「お助けクラブ」などを発足させるところもあったが、何かあると母校の慶応、特に補欠でようよう入った経済学部を自慢するところが鼻つまみだった。奥さんがぼくの見ている前で、激しく糾弾するのも仕方がなかった。

 かみさんにがみがみ怒られた後に、渋谷区役所に行くと、心が休まる時がある。それは東大を3回、司法試験をこれまた3回落ちた後に、年齢制限ぎりぎりで渋谷区役所に引っかかった課長たちと話すときである。そのうちの一人は東大に3回も落ちた後に、早稲田くらいは受かると思い、親に入学金を準備させていたが、なんとここにも通らず、中央法学部に入学したという伝説上の人である。

 これらの課長は「涙とともにパンをかじった人」であり、住民にも優しい。これからの渋谷区を支える人である。東大、司法試験と6回の挫折は多いけど!

 これらの課長に癒される反面、驚くべき女性課長がいる。前広報課長(08年4月から商工観光課長に左遷)植竹ゆかりさんである。40歳代、03年に23区人事委員会課長職試験に合格後に、世田谷区から転籍してきた才女である。地味なおばさんが多い渋谷区女性職員の間では珍しく美人でおしゃれであった。とりわけ手入れされたマニキュアが印象的であった。問題はいいたい放題、遠慮ということを知らないことである。自分の才を過信している。

 「(容姿が)たこみたい(学生時代から俳優・近藤正臣に良く似ているといわれたが、たことは驚きである)。文句があるなら(渋谷区の外へ)引っ越せば。(奥さんに嫌われて)家にいれないんでしょう。だから渋谷区役所に来ているんでしょう」

 初めは何を言っているのか、判らなかった。しかし、そのうちに、この人は言葉のテロリストだと思った。暴言を見かねた、ある課長が「あの人は東大という噂があるから」と、囁いてくれた。しかし、その話は眉唾である。ぼくの周りの編集者、記者は東大卒の女性が多い。しかし、東大卒の女性でこんな蓮っ葉なことを言う人はいなかった。

 昨日の情報公開で商工観光課の代表として消費者センターの説明をする際、余りにもいい加減だから苦情を言ったところ、言われてしまった。

 「あんたなんか、大嫌い」

 これは50年ほど前に中学校で、クラスのマドンナに言われたことではないのか!当時、数学の教師が能力不足で、そのうえ感情的で、クラス全員が反旗を翻した。ただ一人、それに同調しなかったのが先生のお気に入り、マドンナであった。反旗の音頭を取ったのはぼくと慶応女子高校に進学した級長であった。級長は肥満気味だったが、美空ひばりのまねが抜群にうまく、クラスの人望が抜群にあった。

 「みんなも入っているから、君も反対運動に参加したら」

 彼女に共闘を申し入れたとたんの、返事がこれである。当然、成績が良かったから東大か、落ちても茶水くらいには入るとみんなが思っていたが、彼女が進学したのは立教であった。「なあんだ」と、当時思ったことは事実であった。級長が牛耳るクラス会にもまったく反応がなく、そのうちに病没したらしい。「マドンナは死んだよ」と、秘かに彼女に恋焦がれていた仏壇屋のケンちゃんが最近の同窓会でポツリと、全員に伝えた。でも、商業高校に進学したケンちゃんはマドンナに相手にもされなかったのに。

 一方、植竹ゆかり広報課長(当時)は07年度は具合が悪かった。明らかに容色が衰え、しみが目に付くようになった。一つは渋谷区役所の「お局様」、高卒後、定年まで係長職に甘んじ、管理職にはならないが、実際の業務を仕切っているおばさんたちの支持がなかったのが一因である。本人も苦しんだだろうが、部下たちも本人の高慢さに苦しんでいた。

 やはり植竹さんは、渋谷区の気風とは相容れなかった。ここは「金持ち、喧嘩せず」だが、あざといものを嫌うところがある。可哀想だが、世田谷区に戻った方が良い。最後に一つ、あなたの大嫌いな「たこ」からのお別れのご挨拶。

 「あんたはえらそうだ」

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松本賢司広報課長の「天下の暴論」

 昨日(08年11月18日)、渋谷区広報課情報公開係に電話をした。11月20日に行く件で、予約のためである。生活保護、ホームレス、国民健康保険、消費者センター(金融、賃貸住宅)、職員への苦情など、20日の時間を決め、担当者を情報公開係に呼んで実情を聞いている。

 机上の空論ではなく、住民が何に苦しんでいるのか、実態を知ることが必要だと思って、この10年間続けてきている。歴代の情報公開の担当者も協力してきた。それが、昨日、電話に出た三河主査に、「各担当者に予約できません。そこまでやる必要がありません」と、そっけなく断られてしまった。午後3時から5時まで能率的に予約を入れないと、手持ち無沙汰になる。情報公開が調整してくれるのが最も良いはずである。

 そもそも、電話口に三河主査が出たときからいやな予感がしていた。もう一人いる女性主査のほうがまだ気がつく。折悪しく、この日は彼女は休みだった。三河主査は50歳前後、独身男性、行政はサービス業であるという自覚がまったくない。電話の応対、それに区民への接遇においても、そっけなく「みもふたもない」人である。こんな気配りのない人を、行政の「ショーウインドウ」である広報課においてはいけない。あくまで「バック」、つまり事務の裏方であって、区民の前に出てきてはいけない。

 本人が本当のところ、そこが一番わかっているはずである。行政とはもともと「サービス業」であって、言語障害、社会不安障害なところが少しある自分を持て余しているのは、三河主査自身である。

 そんな人に関わりあってもあっても仕方がないので、「上司の松本課長を出すように」とお願いする。広報課長松本は、行政はサービス業であることを体現している男である。40歳代、明大法学部を卒業。「渋谷区役所の星」である。公聴相談係、情報公開など、区役所の日の当たる坂道を最年少で駆け上り、広報課長に上り詰めている。

 当たりは柔らかく、如才ない。着ているものも、それまでは中野ブロードウエーのきくまつやの安物から、課長になったとたんにデパートで買ったスーツをこれ見よがしに、見せ付ける。でも基本的に明るいから話を聞くことが多い。

 「余り職員のことを書くと訴えられますよ」と、さっそくジャブを入れてくる。単労(清掃、用務、学童擁護等)に較べ、行政(事務)職に関してはこの10年間、さほど不満があるわけではない。むしろ、ひたすら忙しく働くおばさんたち係長に関しては頭が下がる。ただ、もっとパソコンを活用すれば雑務が減少するのに、とついつい助けを出したくなる。

 しかし、いくら事務職といえども、「適材適所」である。三河主査が窓口に向いているとは思えない。三河主査の給与、退職金、年金の負担をする納税者は、もっとはっきり言ったほうがいいと思う。「明るく、そしてスマイル」

 「私たちは納税者と対等です。全体の奉仕者です。あなただけが区民ではありません」

 三河主査の件で提案すると、さっそく松本課長から反論がくる。松本課長は愛想は良いが頑なな所がある。何かあると、この10年間、職員と納税者は「対等」であることを言い張る。

 しかし、これは「天下の暴論」である。おい、おい、松本課長。憲法を読んでみろよ。君たちは単なる「奉仕者」に過ぎないんだよ。そのために渋谷区の納税者は君たちの給料だけではなく、年3回ものボーナス、3000万円近い退職金、そして年金月約24万円(12万円は納税者が負担)払っているんだ。一度たりとも遅配したことはないはずだ。

 君たちがわたしたちのために奉仕するために、私たちはきちん、きちんと税金を払っている。税金を納めることは国民の義務なのだ。三越がいやだから伊勢丹に、トヨタに不満があるからホンダに、というわけではない。もし、払わなかったら、やがて裁判になり、罰せられる。私たちに選択の余地はない。

 法学部出身で司法試験にも挑戦した松本課長がこのことを知らないわけがない。ただ、大学を出てからずっと渋谷区役所しか知らないから、「平等」という暴論が平気で出るようになる。それは、私たち住民の責任でもある。「金持ち、喧嘩せず」と、職員を余りにも無視、軽視した一つのツケが松本課長の「平等」論である。

 しかし、そんなことを破廉恥に口にする松本課長はまだまだ可愛い。表に出さないが、渋谷区の職員の多くは住民を小ばかにしている。注文をつける納税者を「クレーマー」として、初めからまともに向かい合わない人のいる。区議会事務局長・関口康永がその典型だ。

 自分たちの給料は誰が払っているのか?もっと三河主査、松本課長に考えてもらいたい!

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天にそびえる「白あり御殿」

 現在の日本は明白な「公貧社会」である。原因は消費税を上げないからである。

 ぼくは74~75年にかけてイギリスで勉強していた。文化庁在外研修員として、当時でも月30万円を戴いて、大量に本とアクアスキュータムの男子用品などを買い込んでいた。本は無税だったが、アクアスキュータムなどの紳士用品には15%の付加価値(消費)税がかけられ、高いといつも思っていた。しかし、その消費税が英国の豊かな、老後の心配が無い社会保障を支えていた。

 その消費税が日本ではまだ5%である。隣の韓国でさえ10%なのに。ありがたいと思う反面、年金などの社会保障が心配である。いくら社会保障を切って、社会的弱者である母子家庭、生活保護家庭を泣かせるより、ぼくはせめて消費税を10%に至急上げた方がいいと思う。それが出来ないから、社会的な緊張がますます増し、一家心中が増えるだけである。社会的弱者が徐々に追い詰められ、これからもっとおぞましい、いやな事件が増える。

 年金、退職金などの社会保障が大幅に切られるにもかかわらず、まったく手が入らない「聖域」が現存している。それは公務員の退職金である。全額税金で、住民が負担している。

 08年11月14日の朝日新聞朝刊に「団塊退職金 借金頼み-44都道府県起債 急増4200億円」と、子や孫たちが団塊世代の公務員の退職金を払い続けていかねばならない状況が紹介されている。税収が期待できない地方ほど、退職金の借金は重荷である。問題は、平均2700~2800万円の退職金は手付かずで、減額できないことだ。

 私が住んでいる渋谷区の場合は、「退職給与引当金」として、07年に220億円も「固定負債」として準備してある(08年11月15日 渋谷区ニュース)。07年特別区税約457億円の約半分に当たる。莫大なお金が職員たちの退職金に回る。

 普通、私たちは渋谷区職員の年収ばかりを問題にすることが多い。1000万円を超える清掃などの単純労務職員に唖然とするが、実は彼らの退職金、年金(月約24万円の半額)は年にすると約200万円を私たちが負担している。それを加えると「住民指導」で残業が異常に多い清掃職員に年間1200万円も払うことになる。平均して、給料に加え職員一人当たり年間1000万円を払っている。区税を払うということは、その半額近くを職員たちの人件費に払っていることである!

 でも福祉部管理課の金子、二見係長に払うことは納得がいく。それだけ、多少口は悪いが、定年が近いにもかかわらず、おばさんたちはよく働いている。広報課の「その一口が・・・」の女性係長も性格は飛びぬけて悪いが、その分懸命に稼動している。渋谷区役所は本当はこんなおばさん係長が支えている。黒柳職員課長はそこのところがまだわかっていない。

 しかし、単労の学童擁護、用務のおばさんたちはおぞましい。戦後、「寡婦」対策のための発足した児童擁護の(緑の)おばさんたちの実働は朝1時間、午後2時間、暇なときは「主事室」でテレビを見ながらおせんべいをぼりぼり。春・夏・冬の休みを外すと、実働時間給は1万円をはるかに超す。

 さすがにこんなベラボウな単労は、日本広といえども23区の富裕区しかいない。今まで多くの人たちはこんな実態を知らなかった。しかし、これからは違う。税収が落ち込むので、もっと厳しく住民から取り立てる。年収200万円以下でも、容赦なく「臨戸」(税務課員が未納者を訪れること)する。

 突然「臨戸」され、大声で泣き喚いても、高校を出たばかりのかわいい女子税務課員は冷静に税金をむしり取る。税務課に行き、大声を上げ、時には窓口で「無いもんは無いんだ」と、裸になっても、警察が駆けつけるのが落ちである。

 リーマンショックで外資を解雇された人が渋谷区には多い。一時は1000万円以上の年収があったはずである。しかし、現在では渋谷職安に通い、新たな仕事を探している。残念ながら、不況でもうそんな好条件な職場は無い。たちまち、せっかく購入した高級マンションのローンも払えず、年金、健康保険もやがては滞納し、子どもたちも青山・慶応の小・中学校に通えなくなる。やがて、渋谷区のかわいい税務職員がか細い声で「臨戸」に来る。そのときに単労の1000万円もの年収にふつふつと怒りがこみ上げて来るはずである。

 もっと自分の住んでいる地域(コミュニテイ)に日ごろから関心を持ち、自分の税金がいかに使われているかを監視しないといけない。でたらめな単労たちの人件費である。埼玉、千葉、都内では八王子にそびえる「白あり御殿」(単労たちの自宅)を前に、高級マンションを追い出された(元)渋谷区民だった家族が地団太踏んでも遅すぎる。

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渋谷区に住むことは得か?

 渋谷区に住んで30年近くたつが、最近30歳前後の女性たちから住まいについて相談を受ける機会が多いので、自分の体験を書いてみたい。

 渋谷区に来る前は、三鷹市に3年近く住んでいた。三鷹、武蔵野市はイメージは良いが、しかし23区に比べるとやはり貧しい。税収が上がらないことと、市の職員の給料が高すぎ、市民サービスが実に貧弱だった。職員の給料に優先順序が置かれ、図書館が少ないし、みすぼらしい。

 たまたま交通の便が抜群に良い、渋谷区笹塚の駅前の賃貸共同住宅に移り、都下と違い財政の豊かさに驚いた。その驚きは、まず保育園である。横浜市のマンションを買おうとして内金まで払ったが、近くの保育園に行って愕然とした。横浜市の場合、公立が少なく、私立が多い。しかし、その実情は格段に落ちる。保育料も高いが、その割には保母たちはそんなに恵まれていない。そして設備も寒々しかった。

 保育園を見た後に、かみさんはマンション予約をキャンセルした。その保育園に関しては渋谷区はお勧めである。過去3年間、待機児数の推移を見ると、06年45人、07年32人、08年29人で、ほぼ全入である。保育課はこの数字を公表することに難色を示していた。周りの区から参入が増えるからである。

 事実、息子が通っていた笹塚第2保育園では、保育事情が悪い、近くの世田谷区の子どもたちがいた。渋谷区はそんな他区の子どもを受け入れる余裕がある。子どもを保育園に預けて、かみさんが安心して働きに出れることで、我が家では大助かりであった。そして、保育園の父兄会もぼくは楽しかった。和気藹々、大学職員、中野区職員等、さまざまな階層の住民たちと語り合え、渋谷区に移って良かったと、実感した。また、保母、園長も渋谷区職員で厚遇されていた。その分、子どもや父兄にも優しかった。

 次に納得したのは小・中学の公教育である。私立中学進学が50%を越え、渋谷区住民は全国で一番、公教育を見限っている。確かに教育委員のお粗末さは失笑するしかない。高齢の医師、歯科医、PTAのおばさん、それに福祉ではぼくも一目置くが教育が場違いの教育長等が渋谷区の教育を牛耳っている。レベルが極端に低すぎる。毎月、会議をするのはいいが、現実に私立中学進学の波は止めようがない。もっと壮年の男性弁護士、大学教授を入れないと、「老人、おばさんの井戸端会議」になる。

 教育委員のお粗末さに比べ、教育委員会の指導主事には脱帽した。前指導主事は東京女子大で西鶴を学んだ50歳代の女性だったが、彼女の熱心な教育論には舌を巻いた。現在、他区の中学校で校長をしていると聞いているが、ぜひ渋谷区の中学に戻ってきて欲しいと思う。また、笹塚中学の社会科の先生の授業で、息子は世界史の近現代の面白さに目覚めたようだ。ベルリンの壁は何故、崩壊したのか、社会主義は何故嫌われたのか、かみさんやぼくに突っかかってくる。しかし、この先生は定年まで出世できないだろう。「君が代」「日の丸」に協力的ではないから。現場の先生たちに余計な負担をかけてはいけない。

 渋谷区の公教育、表層はお粗末極まるが、基層、特に現場の教師たちに関しては、保育園と並んでお勧めである。年間、100万円近くも学費を払って、帝京、国士舘などの私立中学に入れる必要はない。

 そして図書館。子どもが保育園、小・中学校を終えれば、渋谷区とは余り関係がなくなる。ただ図書館だけはずっと付き合うことになる。三鷹市の図書館も数が少なく、そして不便だったが、渋谷区は数はまあ、まあある。問題は職員の司書の数が少なすぎることだ。その司書資格を持っていても給料に反映されることはなく、出張所の事務に急に回されることもある。その反面、司書資格のない50歳代のおじさんが図書館長になり、その余りの知性のなさに利用者から冷笑されることもある。笹塚図書館長はそのぶん、利用者の声に耳を傾け、歴代謙虚である。

 でももう一つ、問題がある。図書館の予算が1割削減されていることだ。笹塚図書館では、月刊誌「世界」の購読が廃止になり、5000円以上の単行本は事実上、購入は無理である。その反面、便所掃除の単労は1000万円近い年収を切られることはない。ちなみに、笹塚図書館の図書購入費は年間、約800万円である。

 さまざまな問題を渋谷区は抱えている。しかし、渋谷区は日本で三番目に豊かな自治体である。週刊ダイアモンドが06年に調べたところでは、港区、中央区についで一人当たり税収がある。ちなみに第四位は兵庫県芦屋市である。その豊かさが渋谷区民に実感されないのは、自分たちの地域に住民が余り興味を持たない、つまり無関心だからである。

 何回でも繰り返すが、「金持ち、喧嘩せず」。これが渋谷区民の本音である。区議会議員、区長選挙投票率は約40%。その反面、衆議院、参議院投票率が約60%。国政に比べ、身近な区政への無関心。だから自分の学歴を明かさず、区民にすぐ怒鳴る(ぼくも分科会を傍聴していて、怒鳴られた。ヤクザみたいなおじさんである)自民党区会議員ー彼は最近選挙カーのガソリン代を追及されているーが睨みをきかしている。しかし、区議会はまだ4年に1度の選挙の洗礼がある。たちの悪いのは「白あり公務員」たちである。

 昨日、職員課長黒柳と、ある清掃職員の「職免」(職務専念免除願)のこの5年間分を、精査することになっていた。あれほど電話で念を押していたにもかかわらず、08年分しか用意してこなかった。この職員は職場に来ず、組合大会、組合本部に行っていることが異様に多い。ヤミ専従の疑いがあると思っている。しかし、黒柳課長は証拠を持ってこない。

 また残業等の記録を取り寄せると、運転手たちがおびただしく超過勤務している。そして、清掃の職員たちが「住民指導」という名目で信じられないほどの残業をしている。そもそも単労に「指導」されることは納税者はない。何か、勘違いをしている。私たちの税金はこれら単労の人たちの残業代に食われていく。住民が豊かさを実感できないわけである。

 何回も繰り返すが、渋谷区にはさまざまな問題が山済みされている。区議会議員の一部の顔ー粗暴さがもろに出ているーを見ると哀しくなる。そして我が家に「お母さんが交通事故です」と、嫌がらせの電話をかけてくる単労を軽蔑する。しかし、それ以上に渋谷区は豊かであり、そして安全だということを力説したい。足立区に比べれば新築マンションの価格、賃貸マンションの家賃は2,3割は確実に高い。しかし、その分、安全である。

 20年以上も東京地裁刑事法廷で傍聴を続けているが、被告は大抵が足立区、葛飾区、北区に住んでいる。その地域は窃盗、暴行などの単純な粗暴犯が多いところである。家賃の安さのつられて、そこに住むと思わぬトラブルに巻き込まれることがある。特に若い女性は気をつけたほうが良い。被害者になって始めて、治安の大切さが実感できる。

 私たちは群れて生きていた方が危険が少ない。渋谷区に住むということは多少、家賃、物価が高いが犯罪にあうことは少なく、そして、保育園などで豊かさを実感できることである。

 

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船本、吉田課長に大学院に行って欲しい

 英国の(前)首相のブレアーは、ことあるたびに力説していた。

          「教育、教育、教育」

 グローバル化、IT化が急激に進む現在、「教育」の必要性を実感する。つまり、英語教育、特に英語の書く力の増強と、それを使ってのインターネットの駆使である。

 90年代、ビルマとバングラデッシュの国境で活躍している、日本のNGOの視察に行ったことがある。「ロヒンジャー」と呼ばれる貧しいバングラ系の住民が多いところで、交通の便は極端に悪いところだった。ラングーンから空路、それから船に乗り換え、最後に車で1日がかりでようやくたどり着くところで、まさに最果ての地であった。徒歩でアジア一週を目指した「猿岩石」でさえも、ここだけは避け、ラングーンからダッカまで空路を使っている。

 こんな雨ばかりの辺境の地で住民支援をしている日本のNGOの地道な活動に感動しただけではなく、もう一つ強烈に覚えていることがある。それはNGOの事務所で、英語でインターネットを懸命に学んでいる地元の青年たちである。世界でも最底辺の貧しさである「ロヒンジャー」が、何とかこれを脱却する苦闘と、ぼくは見た。

 今年になってNHKはダッカ(バングラデッシュの首都)の紡績工場の社長が、労働力の安さを武器に、スーパーマーケット(アメリカ)の下着の大量受注に成功したことを放映していた。これも英語、インターネットを使ってである。

 還暦を過ぎたぼくでさえ、最近はTVを見るより、インターネットを使ってアマゾン英書情報、「朝鮮日報」等を読むことが多い。そしてドル、ウオンの乱高下をチェックしている。大きく下がったところでまたニューヨークの本屋で写真集、画集をまとめ買いをしたり、ソウルにあるグランドハイヤットホテルに泊まり、下町の食堂で韓定食を食いたいと思っている。

 多くの納税者はぼく同様、ITを毎日駆使している。しかし、渋谷区役所に行くと何かが違う。確かに行政(事務)職の人たち、特に課長、係長は良く働いている。高齢者サービス課・船本課長、収入役室・吉田恭子課長などは頭が下がるぐらいである。しかし、大半がパソコンすら持たず、ただむやみやたらに仕事に追われている。建物の古さとあいまって、いまどき昭和の雰囲気が色濃く残る珍しい職場である。

 船本、吉田課長など優秀な管理職をもっとITに親しんでもらうだけではなく、サーバティカル(長期有給休暇)を取らしたい。1年間、首都大学東京の修士課程に行ってもらい、これからの地方行政の論文を書き、それを公開させたい。ただし、この1年間、区役所に来ることを禁止し、年収を6割(約600万円)に抑えたい。それでも文化庁の在外研修員より2倍近く恵まれている。

 単労を懲戒解雇、分限解雇、そして勧奨退職させるために納税者は動く。だって年収1000万円もの清掃、運転などの単純労務「公務員」はいらないから。まだ40歳代と若い船本課長より、50歳代の単労のほうが年収が多いことがある。その高給単労がなんだ、かんだと働かない。下請け、NPOで十分だ。でもケースワーカー、職員課、そして税務課の職員はもっと増員が必要である。そして各自に1台、パソコンを持たせたい。今のままでは過労死する人が出てくる。現に生活保護担当の職員は過労で休職している人が目立つ。

 ひたひたとグローバル化、IT化の波は毎日の生活にも押し寄せている。特にサブプライム不況が毎日をよりいっそう冷え込ませる。でもバングラの青年たちはこれを逆手にとって、低価格を武器に日本に乗り込んでくるだろう。現にぼくのワイシャツは9月に京王デパートで買ったもので、ベトナム製である。ラオス製もあった。3999円、形状安定で、白洋舎にクリーニングに出す必要はない。1枚350円以上のクリーニング代を節約できるぼくはいいが、白洋舎の従業員はいずれ人員整理が始まると思う。

 単労は一見、この不景気とは関係がなさそうに見える。しかし、「チェンジ」の波は彼らをも巻き込む。戦後日本社会の負の遺産、不良資産、悪平等、既得権、能力不足(事務職への転換試験にもほぼ100%受からない)の象徴もサブプライム不況、リーマンショックを機に激減するだろう。それほど市民社会、納税者は甘くはない。しかし、優秀な人材(事務職)は必要なのである。若手の管理職にもっと教育投資をしたい。特にITと、大学院教育である。

 これからの時代に生き残り、そしてそれを乗り越えるために英国(元)首相ブレアーの言葉を繰り返したい。そして、そのために喜んで税金を使いたい。

              「教育、教育、教育」

 

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その一口が・・・

 オンブズマンといっても、ぼくの場合、何も特別なことをやっているわけではない。この10年近く、渋谷区役所3Fにある広報課情報公開コーナーで、月に2,3度、清掃、用務等の職員の「職免」(職務免除申請願)、「超過勤務等」(残業等)の記録を見るだけである。そして、担当の課長、係長に事情を聞く。

 ドキュメンタリーが仕事だから、記録の読み込みには慎重である。でもアメリカ国立公文書館(ワシントンDC)で朝鮮人従軍慰安婦の記録を探し、読み込むほどの大変さは、渋谷区情報公開コーナーではそう多くはない。情報公開コーナーでの2人の主事はコミニュケーション障害の傾向は少しあるが、そんなに邪魔ではない。問題は左隣にある広報課公聴相談係である。係員は6,7人で、情報公開係の代役をすることが多い。

 係長は40歳代の大柄な女性で、女性職員にはまれなクリスチャン・デオール等のブランド品が似合う。大卒で知能指数も120以上はある。区長がまだ助役だったときに秘書だった切れ者である。でも口が悪すぎる。

 「オンブズマンの相手をするのは福祉です。ここ以外に行くところがないのでしょう?」

 ぼくは福祉でオンブズマンをしているわけではない。英国流の「社会貢献」ではないが、自分が30年近く住んでいる地域を、もっと住み易くする為に手弁当でやっているだけである。税金を地域ー図書館、保育園等ーに使って欲しいだけである。単純労務職員(単労)の年収1000万円以上、技術職職員の勤務中のゴルフ職免のために税金を払っているわけではない。

 一方、かみさん、同期の友人たちは冷ややかである。かみさんは「あなたの敵は隣のNHKでしょう。従軍慰安婦問題こそが問題であり、ちんけな職員を相手にしていても消耗するだけよ」と、まったく理解がない。かっての全共闘の友人たちは「弱いもの苛めするな」と、白あり公務員の実態を見ようとはしない。昔の下層労働者のイメージが強すぎる。年収1000万以上の清掃労働者の話をしても、なかなか信じようとはしない。

 30年近く住んでみて、よく解った。渋谷区民の本音は「金持ち、けんかせず」である。区会議員選挙、区長選挙では約40%の低投票率であるが、衆参選挙だけは60%を超えるのが事実である。国政には関心を示すが、あまり地域のことに興味がない。小中と私立に行けば、地域のことに関心が薄くなるのは仕方がない。ちなみに私立中学進学率は50%を越え、渋谷区が全国一である。短大出と80歳近い老人がが異様に多かった渋谷区教育委員を、父兄はあざ笑っている。そして相手にしていない。

 60歳を過ぎると、職員から笹塚敬老館に行くことを強く勧められる。小汚い敬老館に行って、盆踊りを練習し、カラオケで「東京音頭」を歌えというのか?地域に貢献できる、もっと他にやることがあるだろう。

 これだけ大反対しているにもかかわらず、また渋谷区は単労を大量採用した。教育委員会柴田次長は「採用していない」と、あくまでシラを切りとおす。でも、職員課に確認すれば済むことである。こんな税収不足な時代に能力不足(事務職への試験にほとんどが合格しない)の単労を採用して、定年(多くの人は65歳まで再雇用)まで、私たち納税者が月々の給料に加え、年3度のボーナス、退職金、年金(その半額)を負担しなければならない。働けばまだ良いが、「私たちも公務員だ」と、なんだかんだと理由をつけ、働かない。

 それを糾すために手弁当で動いているが、確かに渋谷区役所に行けば、ぼくは目立つ。中島豊六部長自慢のアオキ、そして黒柳職員課長のコナカの新品スーツに比べると、ぼくのジャケットは、そろって30年も前の古臭い英国製のものばかりだ。だから「笹塚のビンボーさん」だと可哀想だと思われるのだろう。ぼくの古式蒼然たる格好を見て、一部の職員は「笹塚のチャップリン」と陰口を叩く。

 でも「オンブズマンの相手をするのは福祉です」は幾らなんでも、言いすぎである。言われて傷ついた方はその百分の一でも言い返したい。

 「その一口が・・・豚になる」

 

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