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 宇田川町の隠し玉ー3台の重戦車

 4月9日(木)に渋谷区役所(宇田川町)に行ってきた。一番の目的は久保田幸雄子ども家庭部長に会い、資料をもらい、説明責任(4月9日現在、40-70人もの待機児童がいる事実)を履行させるためである。

 4時半、約束時間ぴったりに小柄、最近とみに白髪が目立つ久保田部長が、3階広報課に資料を持ってやってきた。

 『あれっ、この臭いは何だ』

 生臭い、加齢臭である。じつは2時半から生活福祉(保護)課長京勇之助に会って、生活保護の実態の聞き取り調査をしている。生活保護は07年度に797件申請され、却下は6件。08年度2月現在、850件の申請で、却下は2件。渋谷区に関して言えば、微増しているが、ほぼ全員が希望すれば生活保護がもらえる。それを主に担当しているのが生活相談係長鎌田さんである。

 生活保護の説明しているときも、うっすらと臭う京課長もその加齢臭のことで、奥さんや娘さんから文句を言われているそうである。50歳前後の京課長でも、加齢臭が分泌されるのである。ましてや還暦近い久保田部長がないわけはない。還暦を過ぎたぼくの場合は、毎朝のシャワーと週に何回か、きつく匂わない程度のオーデコロンをジャケットに吹きかけている。

 加齢臭ぷんぷんの久保田部長は自分が「裸の王様」であることに気づいていない。上司に事実を言えない周りの部下たちは当惑、困惑を通り越し、体臭に迷惑していることに鈍感である。前のブログに久保田部長の「短気は損気」を書いたところ、さっそく前の部下から電話がかかってきた。

 「みんな、拍手、喝采していますよ。よくぞ、書いてくれました。久保田部長はまったく決断が遅く、周りの部下たちがいらいらしています。よく、あんな人が部長になれたと、陰ではそういっています」。ぼくはこの職員を10年近く見ているが、大学の後輩ということを抜きにしても、少なくとも久保田部長よりも人間として信頼する。

 鼻をつまみながら、久保田部長の話をまづ、聞いたが要領を得ない。資料を見て、ようやく納得した。つまり待機児童の大半は、渋谷区が毎月1万円をつけて、私立の設備の狭い、貧弱な保育室に収容されることになる。

 ぼくは私立の保育園、保育所、保育室を全部悪いとは思っていない。しかし、毎月52000-53000円の高額な保育料(渋谷区立保育所の場合は1万円前後で収まることが多い)をとられ、時間給1000円前後の待遇の悪い保母さんたちに預けられることが、お母さんやこどもに良いことだとは思っていない。それはテレビ番組の取材で、夜間保育園の実態を深く知っているからである。お日様がさんさんと当たる広々とした渋谷区立保育園で、待遇のよい保母(区職員ー時間給は2000円以上の人が多い)たちに、ゆったりと育てられた方がはるかに良い。そのために税金を払っている。

 世界大不況のあおりで、渋谷区のお母さんたちも子どもを保育園に入れ、働かざるを得なくなった。専業主婦で子どもを幼稚園に入れれるほど、時間的に恵まれたお母さんは確実に減少していく。去年の秋から予想できたことだが、久保田部長は区役所内部の「ごますり政治」におわれ、明確な対策を打ち出さなかった。そして、保育課長だった松澤俊郎(法大卒)は4月1日から経理課長に栄転である。しかし、明らかに「敵前逃亡」である。この緊急事態を、松澤課長も何とかしなければならなかった。

 しかし、希望がある。新しく保育課長になった斉藤則行は恵まれた会社員生活を辞め、福祉をやりたくて渋谷区役所に転職してきた人だ。教育委員会の課長だったときに話をして、熱意に打たれたことがある。体力的にもゆとりがある彼だったら、この40-70人の待機児童を全力で減らしていけると思う。部下の西留総括係長たちも働きやすいはずだ。まずは宇田川町の「第一の重戦車」である。

 管理職(課長、部長)の人たちも、部下や納税者のことをもっと気にしたほうが良い。久保田部長の短気、加齢臭は論外だが、我が家に係長、主査、主事クラスの人たちから内部告発の電話がよくかかってくる。以前、議会事務局長関口康永が管理職として「能力不足」だと、部下たちから内部告発があって、渋谷区役所が一時期、大騒ぎになったことがある。中島豊六区民部長が、関口課長(当時)と部下との間に入って大変だった。

 また現在、生涯学習課長原田正徳も部下たちから人間的に問題があると、問題を起こしている。「いやだったら、やめろ」を平気で口にするらしい。事情を聞こうと呼んだが、「今から外に用があります」と、何回も中座された。驚くほど学歴は高いが、やはり人間的に問題があることを、遅まきながらぼくも実感した。こんな人の部下にこそ、性格は極端に悪いが、群を抜くやり手の(前)公聴相談係長が最適任だと押したが、無視されてしまった。

 「その一口が豚になる」係長が移動したのは、得意の英語が生かせる住民戸籍課外国人係である。課長が下村孝子で、これからの渋谷区を引っ張っていく人だ。まだケースワーカー時代から知っているが、あだ名が「重戦車」であった。体力にものを言わせ、面倒見がよく、クライアント(生活保護受給者)から慕われていた。渋谷区役所「東のお局様」-福祉の生き字引ー鎌田生活相談係長の後継者である。

 早く下村課長に生活福祉に戻ってきて、鎌田係長と仕事をしてもらいたいと思う。ぼくは勝手に下村課長を「第二の重戦車」、そして社会福祉の現場を学ばせてもらっている大御所・鎌田係長を「第三の重戦車」と言わせてもらっている。そしてこの宇田川町の隠し玉「三台の重戦車」を秘かに誇りにしている。そして至る所で吹聴している!

 「何しろ、渋谷区福祉は馬力満載、動けば地響きがする、重戦車が3台もあるんだぞ」

 

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