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学差社会ー本当は学ぶことは楽しいことである

 何に、なけなしの金と時間をかけるか?

 10代から還暦を越えた現在でも、えんえんと自問を繰り返している。でも、答えは決まって「教育投資」である。これ以外に、富山の貧しい母子家庭の子どもに、選択肢はなかった。でも「教育投資」は楽しいことでもある。

 実際に住んでいるのは賃貸だし、着ている物もほぼ20-30年前の英国製ハリスツィード、アクアスキュータムのジャケット、コートが多い。74-75年の在外研修員時代に英国で買ったものもあるが、大半は救世軍で、父親の形見を、遺族がチャリティに出したものを、3000円前後で買ったものばかりである。でも三越本店の定価は10万円以上だ。ツイードはきわめて上質だが、デザインが古臭くて、救世軍の買い物客のほとんどが敬遠するしろものである。でも、ぼくは好きだ。

 一時期、むかし監督した映画のテレビ放映、旧著の文庫本化によって1000万円も口座に振り込まれたが、ほとんどが家賃、アメリカ、オーストラリアなどの外国旅行、そしてその時にダンボールごと買い込んだ英書などの本代に消えてしまった。船便で大量に送った英書が家中に溢れたので、倉庫を借り、一部分、そこに移してある。

 そう、ぼくは半世紀近く、本代、それに象徴される教育投資にほとんどの金を費やしてきた。そもそも、本を読むこと、学ぶことがすきなのだ。「飲む、打つ、買う」は年とともに、ほとんどが興味が薄れていった。むしろ、好きな本(最近では「インドの衝撃」(上下ー文芸春秋社)、音楽(やはりモーツアルト)、映画(ようやく「レッド クリフ 2部」を見に行く)に金と時間を注ぎ込んだ方が充実感がある。

 早稲田では5年間、「福翁自伝」「我はいかにして基督教徒になりしか」「三酔人経倫問答」等の日本近代思想史の古典、それに竹内好「魯迅」、マックス・ウェーバー「資本主義の論理とプロテスタンテズムの倫理」等を読まされ、そのたびに小論文を書いてきた。卒業して40年近く経つが、いまだに大学とは古典、とりわけ英書をじっくり読むところだと確信している。英会話等、実用にばかり力を入れる大学に、ぼくは反対である。英書購読さえ、しっかりとやっていたら、3ヵ月あれば英会話は出来る、これは自分の体験から確実に言えることだ。別に英会話を習うために、英国に行った訳ではない。

 「万物流転」

 表層的には、ほとんどのものが毎年、めまぐるしく変わる。2,3年前、誰がトヨタがこんな赤字を出すと予測していたか?しかし、基層からものをじっくり見れば、明治維新以来、日本の階層は大きく変化していない。

 明治からずっと、教育投資した人たちだけが、希望した仕事を得て、生活が向上しただけである。多少、変わったのは、1960年代に、ブルーカラーの一部がホワイトカラーに好景気のために、大量に押し上げられ、変化しただけである。日本の近代の歴史の中で、この時だけである、高卒が社会の上部にいけたのは。

 最新の階層調査データ(05年SSM)を踏まえて、さまざまな本が出ている。最近話題になっているのが、大阪大学で計量社会学を専攻している吉川徹(准教授)が発表した、データ中心の「学歴分断社会」(ちくま新書 09年3月刊)である。

 ぼくは67年に大学に入学したが、そのころの大学進学率は約2割であった。ちなみに最近では約5割である。でも約5割の若者たちが、いまもって高卒のまま18歳で社会に旅立っていくのである。そして派遣、請負等の不安定な下請け工の仕事に追い込まれていく。

 もちろん、大学に行く、行かないは本人の勝手である。腕の良いラーメン職人がウェーバーを読む必要はない。昔と違い、進学したくとも、家庭の事情で大学を断念したり、夜間の大学で我慢する人は極端に減ってきた。社会が豊かになり、奨学制度が整ってきたせいである。

 それでも、約半分の人たちが大学を拒否する。拒否するのも良いが、条件のよい正社員の道は大卒がほぼ独占する。そこに明らかな「格差」が生まれる。大学に行かない子どもたちの親も、大半が高卒である。これからの日本も、18歳から大卒半分、高卒半分の「学歴分断社会」が続くと言う。

 「格差社会は学差社会である」

 これが吉川が最も言いたいことだと思う。確かに受験勉強は寝る時間を惜しむほどだし、大学に何とか入学しても、英語、フランス語の試験に追われ、専門書のレポート、ゼミ発表、そして最終的には400字原稿用紙200枚もの卒業論文という難問が待っている。ぼくのように落第、そして女友達にレポートを代筆してもらい、大学闘争のどさくさに紛れて、5年かかってなんとか卒業した落ちこぼれも同期に多い。恥ずかしいほどの劣等生だったが、でも勉強そのものは楽しかった。

 かみさんによく怒られるが、いまだに気分は学生である。そして、年に何度か決まって悪夢を見る。また落第させられて、大学を放校になった夢である。

 でも大学生活、学ぶことは楽しいことである。今村昌平、土本典昭のような癖のある先輩も、早稲田でなくては会えなかった。18歳で実社会に出て行く若者に出来れば、学ぶことの面白さを気づいて欲しい。大学で多くの同期、先輩、先生たちと出会ってほしい。高卒のままで、工場の下請けとして、青春時代を終わらせて欲しくない。

 高専で1年間、早稲田で1年間、回り道をしたが、いまから見れば大きなことではない。むしろ、自分が大きく育つためには必要だったと思う。母や女友達(結局は結婚できなかった)には迷惑かけたけど・・・

 

 

 

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コメント

自遊人さま

何に投資をするのか、
つまり「何にお金を使うか」
は明大、いや命題ですね。

    NGO仲間

投稿: NGO仲間 | 2009年4月13日 (月) 00時54分

自遊人さま

何に投資をするのか、
つまり「何にお金を使うか」
は明大、いや命題ですね。

    NGO仲間

投稿: NGO仲間 | 2009年4月13日 (月) 00時55分

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