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2009年4月

渋谷区の運転手の年収が980万円

 4月23日、総務課長遠藤正から、運転手(総務部)の年収(08年)資料をもらった。

 50歳代の運転手の年収が、約980万円もいくのだ!普通だったらその半額、約500万円もいけば良いほうである。ちなみに東京タクシー大手、いわゆる「日の丸」「日本交通」などの4社の運転手の年収ですら、500万円もいかない人が多い。

 ましてや、中小のタクシー会社の運転手では、年収300万円もいかない。それでも、沖縄や北海道から妻子を地元に残し、出稼ぎに体をすり減らしているのだ。

 総務課運転係に行って、びっくりしたことがある。冷蔵庫にビールが冷やしてあるではないか!いったい、何を考えているのか。さっそく、袴田庶務係長に処分してもらったが、運転手たちは恨めしそうにぼくを睨んでいた。

 暇があれば、控え室でごろ寝をして、ビールを飲む。そんな単労(運転手等の単純労働)に980万円も年収を払えるか!

 それに、07年には17名だった運転手が、こんなご時勢に08年から18人に増員された。それに対して、車は21台もある。経費節減の時代に、総務課運転係だけは別世界である。

 別に運転手全員が、公務員である必要はない。ほとんどは、民間の運転手で良い。年収は500万円でも、仕事が楽だから希望者が殺到する。

 以前から、疑問に思っていたが、単純労働に「年功序列」は必要か?60歳近くになれば、年収1000万円も掛かる運転手は経費の無駄だ。そんなために税金を払っているわけではない。

 一方、最近ようやく統括課長に昇進した遠藤は、年収が約1100万円。定年まで、あと2,3年である。中大法学部を出て、渋谷区役所一筋の生え抜きである。ただ、余りにも、愚直で、要領が悪かった。つい最近まで安全対策課長をやっていたので、その激務で、10キロは痩せている。痛々しいほどである。

 10歳以上も年下、同じ中大で、世田谷区から転入してきた植竹ゆかりは早めに統括課長に昇進し、部長が目の前である。舌先三寸、遠藤正とはまったく対照的な生き方をしている。だからやっかむ中大出身の課長から、あること、ないこと中傷されている。でも、ぼくは不器用な遠藤正を、「奉仕者」として評価する。

 「巧言令色、少なし仁」である。

 話を元に戻そう。いくらなんでも、980万円もの年収の運転手は法外だ。それが可能なのは、その運転手が単労の職員で、自治労の組合員だからだ。自治労の既得権の壁は、かっての「ベルリンの壁」と同じく余りにも分厚く、堅固である。

 でも89年に、東ベルリンの市民の手によって、難攻不落を誇っていた「ベルリンの壁」は、内部崩壊した。980万円もの年収をもらっている運転手も、その年収を払っている渋谷区民の手によって、必ず駆逐できる。

 馬鹿高い単労の賃金よりも、渋谷区立保育園の新設、図書館の充実、それに高校生、大学生への給付奨学金の方が、税金の使い道として優先する。

 ぼくは下請け録音マン(水道通りの都営住宅に家族4人で住んでいる。父は失業中)の長男に、希望どうりに都立西高へ進学して欲しいと思っている。そして、大学で思う存分、ウェーバー、ケインズ等の古典を学んで欲しいと切望している。そのために渋谷区の奨学金を使ってもらいたい。

 私たちの税金を、年収980万円もの運転手に使うより、もっとためになる。

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通勤電車の優先席で「東京スポーツ」を広げるような職員ー保育係長村山晃

 4月23日、約束どうりに渋谷区役所3階広報課へ行き、保育課西留総括係長を待つ。この日の午後に、待機児童数の大体の数が出るはずだった。

 西留係長とは、彼が議会の庶務係長だった、約10年前からの顔馴染みである。都内中堅私立大学英文科卒、多少は短気。追い込まれると、語句を荒げることはあるが、最近はめったにそんな姿を見せることはない。特筆すべきは独身貴族で、ゴルフが生きがいである。約2000人の渋谷区職員の間でも、資源リサイクル部参事吉田恭子と並んで、隠れた「貯金王」である。

 でも執務態度は上に「くそ」が付くほどまじめで、会計管理室にいた時、部下の昼休み後の居眠りを注意すると、ただただ平謝りであった。一方、会計管理室長関口康永は「かえるにションベン」で、部下の昼寝に素知らぬ顔であった。

 あれっ、広報課には約束していた西留係長と、もう一人の趣味の悪いジャケットを着た50歳代の男性がのこのこ付いて来ている。彼こそが保育係長村山晃である。いやな予感がした。

 以前、待機児童の資料を送ってくれるように約束しながら、反故にした男である。「申し訳ないが、約束した今日には待機児童が何人か、お答えできない」。隣の村山係長に気を使いながら、西留係長がひたすら謝る。どうも、村山係長が反対したようだ。それで、わざわざ、広報課にまで、お目付け役として村山係長が同席している。

 今日は4月23日だよ、新年度に入って23日も経つんだよ。保育課がまだまだ待機児童の実数がつかめていないのは、明らかに「不作為」である。判りやすく言えば、村山係長の職務怠慢、つまりサボりである。

 4月22日の読売新聞の家庭欄では、余りの待機児童の多さに世田谷、杉並区などは臨時に保育園を開所していることを紹介している。しかるに、我が渋谷区では・・・

 「読売新聞も、山谷さんのブログも見ていません。そもそも興味がありません」

 これが村山係長の答えである。彼は渋谷区民ではない。渋谷区とは村山係長にとって、単に毎月の給料と、3度のボーナス(3月ももらう)、それに3000万円近い退職金、月23万円の年金(半分は区民が出す)を振り込むところでしかない。ちなみに、万年係長の年収は約900万円。渋谷職安ではその3分の1の年収300万円でも、仕事にありつけない。100%、誰もが雇わない、見るからに能力不足だから。

 自分の給料を出している住民が、保育園に入れなくて、どんなに泣こうが、村山晃係長にとって「関係ない」ことである。自分の給料さえ、毎月、振り込まれればいいのである。ましてや母一人、子一人の家庭が、待機児童になって、お母さんが働きに出れなくとも、村山晃係長にとって、痛くもかゆくもないことなのである。そもそも「想像力」が欠けている。やがて、この家庭は生活苦のために、生活保護を申請する可能性が高い。

 どんなに頑なに、おおよその数字を村山晃保育係長が隠そうとしても、「歩く加齢臭」久保田幸雄子ども家庭部長に電話をすれば、すぐわかることである。このブログによく出るようになってから、久保田部長は急に愛想が良くなった。

 「70人代後半です。渋谷区としては新しく西原に定員59人の聖ヨゼフ保育園を開設し、新橋保育園に2名、代官山保育園3名、幡ヶ谷第2保育園2名、本町第2保育園5名、第3保育園2名、元代々木保育園3名、合計17名を定員増で入れています」

 全合計76人を新しく入園させてもまだ、70人代後半のお母さんたちが、子どもを抱えて困惑しているのだ。渋谷区の歴史始まって以来の異常事態である。それだけ、不景気が深刻で、お母さんも働かなければならないのだ。

 一方、村山晃保育係長は5時15分までの勤務が終われば、今日も通勤電車のなか、優先席で「東京スポーツ」を広げる。立っているのが苦しそうなおばあさん、臨月に近い妊婦、明らかに足の不自由なおじさんがどれだけ面前にいようが、無視しながら、一人でにたにたしながら家路に急ぐ・・・

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宇田川町の空騒ぎー「区長、辞めるんだって?」

 「区長、辞めるんだって?」

 昨日、久しぶりに会った先輩が聞いてくる。先輩はかって大会社の営業本部長などを歴任し、悠々自適の毎日を笹塚で楽しんでいる。ぼくが頭でっかちに、事実を求めるやり方に、批判的でありながらも、いろいろアドバイスをくれる。

 桑原区長が選挙カーのガソリン代誤魔化しで、テレビ朝日モーニングショウの取材を受けていたのを、見ていたそうだ。そこで、区長が「今年いっぱいで辞める」と、先輩はそう聞いたそうだ。そこで、渋谷区民オンブズマンを10年間もしているぼくに、冒頭の質問になったのだ。

 ぼくは残念ながら番組を見ていない。テレビ朝日モーニングショウは効果音が煩く、社会正義を振りかざし、何よりも取材が安っぽいので敬遠している。でも「辞める」とは初耳である。さっそく、昨晩はインターネットで確認したが、まったくその気配がない。

 今朝、松本賢司「明るい渋谷区」広報課長に電話で確認を取る。テレビ朝日の取材のとき、区長のそばにいたので、事情に詳しい。「まったく、区長が辞めるとは一言も言っていません」と、断言された。どうも、先輩の誤解のようだ。

 しかし20日、朝の広報課は戦場のようだった。区長が渋谷署から、書類送検されたことで、各社が取材申し込みに殺到し、それに何よりも区民の新聞、TVの反響が大きく、松本課長とは電話がまったく通じなかった。午後になってようやく連絡が取れたが、もうよれよれといった感じだった。住民の怒りに対応するだけで精一杯だった。

 面白かったのは、このブログの反響である。「おじいちゃん、泥棒だって!」はアクセス数が日ごろの5割増しで、書いた当人がびっくりしている。区長の書類送検は宇田川町(渋谷区役所所在地)だけでなく、区民にも大きな反響が出ている。前区長の辞任騒ぎもみっともないものだったが、現区長の書類送検も、恥ずかしいことだ。

 でも、渋谷区の住民が区政にもっと、関心を持ってもらうためには、今回の送検は良いことだと思っている。単なる区長辞任の空騒ぎには終わらせたくない。

 桑原区長を書類送検にまで追い込んだ渋谷オンブズマンは、今度は食料費のことで、前総務課長大澤一雅(現 教育委員会事務局次長)と桑原区長を監査委員会に告発した。

 食料費のことはもう10年前ぐらいに、渋谷区民オンブズマンの方が東京地方裁判所に訴え、結果が出て、もう終わったことだと思っていた。松井裕副区長(当時は課長)等は無罪、ただ一人の女性課長だけは有罪でお金を渋谷区に返還した。そして、やがて、ぼくにも訴えられ、職を辞していった。

 松井裕は正直の上に「馬鹿」が付くほどで、身をいつも律していた。だから、裁判でも、無罪だった。ぼくが渋谷区の行政(事務)職の人をある程度、評価するのは松井副区長をここ10年、見ているからだ。松井は卑しくない。

 もう食料費はないものだと、思っていた。税金で飲み食いするのは卑しいことである。天麩羅やうなぎが食いたかったら、自腹を切れば良い。残念なのは、大澤一雅前総務課長の名前が出ていたことだ。大澤は松井と同じように「フリーランチ(ただ飯)」を拒否する人だと思っていた。

 大澤一雅に電話して、確認した。「たまたま、出納責任者として、私の名前が出てきたのです」。そこで、つっこむ。「大澤さんは税金で飯を食べたり、飲んだことはないの?」。答えが「一度たりともありません」。答えを聞いて、ほっとした。総務課長のときにあっているが、卑しくは見えなかった。

 元総務課長関口康永(現 区議会事務局長)とは大違いである。「ひらめ」とあだ名される関口局長は、上司や議員には平身低頭であるが、障害を持った区民も歩いて渋谷区役所に来いという高圧的な人である。そして、定期代が毎月支給されていたときに、6ヵ月分を前もって買い、その差額を浮かしていた「ちんけ」な職員である。大澤一雅とは、そもそも人間の品性が違う。部下から、「管理職失格」、と内部告発されるわけだ。

 区長の書類送検、食料費騒ぎも、今のぼくには大きなことではない。今、一番、気になっているのは保育園の待機児童数の減少である。ぼくの知っている夫婦の子どもさんは、両親の熱心な運動によって、何とか保育園に入園できた。しかし、力のない、特に母親だけの子どもの場合はどうか?自分が母子家庭で育ったから、余計に気になる。

 明日、保育課の西留係長が、だいたいの待機児童数を明かしてくれることになっている。明日の午後、渋谷区役所に行く。斉藤則行新保育課長のもと、事態は改善されていると思いたい。

 ぼくがこれだけ、待機児童数にこだわるのは、子どもへの支援は、明日への投資だという信念からである。「歩く加齢臭」子ども家庭部長久保田幸雄の、そして「ひらめ」関口康永区議会事務局長の3月のボーナス(いまや地方公務員だけの既得権になりつつある)のために、税金を払っているのではない。

 あくまで、未来への投資のためである。宇田川町の空騒ぎも、もうそろそろ終わりにしたい。

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本当に怒ったらー最悪は職員を訴えればいい

 新宿区役所、杉並区役所、中野区役所、豊島区役所に情報公開の件で、この10年間、よく通っている。待遇はじつに良い。ていねいである。そこに住んでいる住民たちが心底、うらやましい。

 しかし、残念ながら、30年間も住んでいる渋谷区の待遇は、最低に近い。一部の職員は「金持ち、喧嘩せず」の、渋谷区民感情の上に、あぐらを掻き、増長している。『自分は自治労の公務員だから、絶対に解雇されない』、と勝手に思い込んでいる。

 最近、ブログを書くようになってから、職員の態度が微妙に変わり始めた。6階の土木部、都市整備部を除いて、納税者へのぞんざいな口調、サンダル履き、Tシャツなどの目に余る増長振りは減っていった。そして、このブログは予想外の人気ブログになり始め、1日に100人以上の人たちが見ている。多くは渋谷区役所関係者だろうと思っている。

 ブログのログインに手間取って、ニフティの技術者に来てもらったが、アクセス数の多さを見て驚いていた。特に管理職の個人名を挙げて、諌める時は、アクセス数が急に跳ね上がる。

 そうするとさっそく、松本賢司広報課長から、名誉毀損で訴えることをちらつかされる。「明るい渋谷区」の象徴、松本クン、名誉毀損についてはキミよりも、ドキュメンタリーを生業としているぼくの方がはるかに詳しい。なにしろ、東京地方裁判所に日参して、名誉毀損の裁判を傍聴している。

 今まで、どれだけ取材で、「訴えてやる」と言われてきたことか!でも、ぼくは一度も、実際に被告になったことはない。取材の度に取材ノートに詳しく事実を記録しているから、訴えられたらそれを法廷に持ち出せば良い。

 松本クン、キミは10年近く広報課にいて、面前でノートにしきりに書き込みをしているぼくを見てきているはずだ。確かにキミに比べると、10分の1ぐらいしか舌が回らないけど、そして明治の法学部で法律を学んだわけではないが、ドキュメンタリーの現場は、キミたち職員には到底理解が出来ないほどの、「事実を追求」する苛烈さがある。この10年間で、取材ノート4冊に加え、400字詰め原稿用紙250枚はもう書き上げてある。その上で、このブログを書いているのだ。

 資源リサイクル部長柴田春喜に「うそつき」「市民の敵」と断罪するのは、それだけの事実を積み上げているからだ。普通だったら、名誉毀損で訴えられても、おかしくはない。もし、柴田部長が裁判に訴えるならば、こちらも事実を持って逆告訴するつもりである。

 このブログは、ぼくにとって新著のためのデッサンだと割り切っている。つまらなかったら誰もが読まない。さて、本論に戻ろう。

 渋谷区職員は、私たち納税者の「奉仕者」である。もっと踏み込んで言うならば、「使用人」である。徹底的に使えば良い。そのために税金を払っている。

 ぼくは税務課(藤野貴久課長)のひとたちが、税金を徴収するためにどんなに苦労をしているかを、よく聞いている。「臨戸」と言って、税金を払わない個人宅にまでいって、徴税を促していることも知っている。本町、幡ヶ谷地区に未だに残る、日が当たらない、今にも崩れ落ちそうな木造モルタルアパートにまで、実際に行くのだ。若い女性だったら、身の危険を感じるところである。

 また国民健康保険課のある係長も、よく知っている。初めて会ったとき、その怪異な容貌に衝撃を受けた。何故、再雇用のおじいさんが係長なんだ、とまじめに問うた。それだけ頭髪が薄く、65歳前後の老けたおじいさんが面前にいるのだ。しかし、話を伺う間に、まだ50歳代前半の、この係長の人間の「大きさ」に感銘を受けた。

 国民健康保険課には、保険料が払えない人が相談に来る。そのときの窓口がこの係長である。話を聞いているうちに、だいたい、嘘か、本当か、この係長は判る。本当に困った人には、支払猶予を与える。しかし、嘘を並べ立てる人には銀行口座差し押さえ等、厳しく対処する。ほぼ、このベテラン係長の判断に誤りがない。

 彼はよく言う。「最近では本当に困った人が、この不景気で増えているんです」。いつも威張って、何時ひっくり返るか、ひやひやして見ている区議会事務局長、あだ名が「珍竹林」の菊池淳よりも、この怪異な容貌の係長のほうが、はるかに人間が出来ている。

 税務課から「臨戸」されるほど、困窮した区民、そして毎月の国民健康保険も払えない区民が何故、怒らないのか?自分の子どもが区立保育園にも入れず、月1万円を貰って(でもあと4万円以上出さないと、私立保育所にさえも入れない)、劣悪な私立保育所に入れられるのだ。

 「いやだったら、渋谷区を出て行ったら」

 これが植竹ゆかり(前)広報課長の口癖である。ぼくも何回か、情報提供を断られ、そのたびに区議に助けられ、何とか資料を貰ってきた。区議の言うことには素直に従うが、一般の住民には厳しい人である。その面では、「私たちは対等です」と、天下の暴言を乱発する松本賢司課長のほうが、行政サービス業に徹している。

  奉仕者、使用人から「渋谷区を出て行ったら」といわれる覚えはない。植竹ゆかり商工観光課長は狂っている。現在の上司・中島豊六区民部長にも抗議をするが、「山谷さんは元ドキュメンタリー作家だから・・・」と、一笑にふされる。自分では現役のつもりだし、昨年、今年と立て続けに本を出すのだが・・・

 中島部長は都立大の先輩(03年に社会福祉を学びに、55歳で都立大に通った)でもあるが、いくら先輩でも、元ドキュメンタリー作家とはひどい。そのうち、勝手に故人にさせられるだろう。

 植竹課長は才女ぶっているが、ぼくのところに電話があった。「植竹課長は同じ中大です」。やはり「東大卒」はガセネタだったのだ。でも何故、植竹課長は威張るのか?何故、命令したがるのか?

 そのうち、植竹「エリマキトカゲ」説をぼくが唱え始めた。無理して哺乳類みたいに、最初、二本足で歩こうとするがそのうち、疲れてトカゲらしく4本足で歩き始める珍種のトカゲである。一時期、TVコマーシャルでよく紹介されたから、覚えている人もいるだろう。

 それでも、「いやだったら、渋谷を出たら」はいくらなんでも奉仕者として言いすぎである。ぼくは本当に怒っている。訴えても良いとさえ、思っている。現実にある女性課長を、ぼくは東京地方裁判所に訴え、彼女は渋谷区役所を辞めている。訴えるに当たって、渋谷区役所職員ではなく、あくまで個人を名指しする。

 渋谷区職員だったら、渋谷区法務部が全面的に課長側に付く。法務担当副参事木下毅彦とその部下の実力は侮れない。訴訟慣れした大ベテランである。しかし、個人なら、弁護士を自腹でつけなけねばならない。着手金が約50万円。打ち合わせは公務ではなく、有給を使わなければならない。裁判は延々と続き、そのうちに時間と金が続かなくなる。

 当方も、同じように時間と金が掛かる。ただし、こちらは弁護士を雇わず、自分で訴訟するから負担はやや軽い。でも、負担には代わりはない。自分の体験から、職員を訴えることは、時間と金のことを考えるとあまり勧めない。でも、本当に怒れば、話は別である。ちゃんと事実を押さえ、証拠を確保してから、東京地方裁判所に行けば良い。ちなみに、当初の印紙代は1万円そこそこである。

 相打ちのつもりでなくては、裁判は出来ない。でも、職員は自分が訴えられて初めて、納税者の怒りがわかると思う。ちなみに、裁判所からの召喚状は粗末な封筒に入って自宅に来る・・・

 

 

 

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[おじいちゃん、泥棒なんだって!」ー桑原敏武区長への絶縁状

 市民社会は犯罪者に手厳しい。 

 ぼくはここ20年以上、東京地方裁判所の刑事法廷に通っている。本や映像では飽き足らず、「人間とは何なのか」、被告人をもっと直に見てみたいからである。

 詐欺、窃盗、強姦等の被告が、東京拘置所の刑務官に引き立てられて、ノーネクタイ、サンダル履きでおずおずと法廷に入廷する。それを舐めるように見ているのは被告の家族のほかに、記者、もの書き、それに時間を持て余した普通の市民である。最近は「面白い」という噂が広まり、法廷は超満員ではいれないこともある。特に(元)県知事、市長などは大法廷でやっている。

 被告人は法廷ではプライバシーはない。まず検事が冒頭陳述で年齢、出身地、学歴、家族歴、そして仕事について事実を明かす。普通、ぼくたちがどれだけ取材しても、「プライバシー」という厚い壁に阻まれ、到底聞き出せないことを、検事は淡々と述べていく.。それを赤裸々に明かされる本人、とりわけ社会的地位が高い人にとっては、着ている服を無理やり、むしり取られ、素っ裸にされているようで、見ていて、いたましい。

 じつはその前に警察(旧代用監獄)で20日以上、引ったくり、強盗、ヤクザと集団生活をしながら警察調書に協力しなければならないし、それが終われば小菅に昔からある東京拘置所で約1月、検事調書を完成させねばならない。

 全部の総仕上げが、東京地方裁判所の法廷である。被告人が何を弁明しょうが、どれだけ有能な弁護士をつけようが、有罪率は99%である。このぼくの20年余りの体験でも、「被告人は無罪」と、裁判官が断定したのは、痴漢を疑われたサラリーマンの一件だけである。

 初犯は大半は執行猶予が付く(刑務所にとりあえず、収監されることはない)が、れっきとした「前科一犯」である。それは一生、付いて回るものである。家族はひっそりと生きなければならない。犯罪を甘く見てはいけない。

 このたび、桑原敏武渋谷区長(73)が渋谷署から東京地方検察庁に「詐偽」で書類送検された。4月17日の毎日新聞、フジ、TBS等がこぞって報道している。

 07年4月にあった区長選の選挙カーのガソリン代2万3千円を4万1千円と過大に請求したのである。差額がたかだか、1万8千円である。告発したのは渋谷オンブズマンの人たちである。

 ぼくはこのときの区長選で桑原区長に票を入れた。対立候補であった元部長よりもベターだと思ったからだ。60歳近くまで、自民党系候補者に票を入れるのは、初めてだった。元部長は余りにもがさつで、下品だった。結果はぼくのような人も多かったようで、桑原区長の圧勝で、元部長の惨敗であった。

 その後の元部長の消息は何一つ聞いていない。もともと、同僚にも、部下にも人望がない人だった。

 桑原区長は演説が、珍しいほど下手だった。一度聞いたことがあるが、余りの下手さに気の毒になった。でも、もともと小役人だと思えば、納得がいく。定年間際に、前区長一家の不祥事で、たまたま「棚から牡丹餅」式に、区長の椅子に座った元助役である。見るからに小心者である。

 でも今回の詐偽で、書類送検は桑原区長らしからぬミスである。あれほどの小心者、小役人がなんと馬鹿なことをしたものだ。たかだか1万8千円、ポケットに入れただけではないか!

 渋谷オンブズマンのブログは、今まで何を言いたいのか、よく判らず、敬遠していた。でも、最近は書く人が変わったようで、読みやすくなった。特にこの「ガソリン代水増し請求」で、桑原区長を書類送検したことは、大ヒットである。渋谷署もいい加減に書類送検したわけではない。立件しないと、渋谷署の威信が問われる。

 また教育委員が月2度しか出席せずに、26万7千円の月給を取っていたことは渋谷オンブズマンのブログで初めて知った。詐欺に近い。教育委員に会いたいと言ってきたが、何年も体を張って妨害したのが(前)教育委員会次長柴田春喜(現在 資源リサイクル部長)であった。やはり「獅子身中の虫」、紛れもなく「市民の敵」だ。ぼくも渋谷オンブズマンに刺激されて、これから教育委員のことをもっと深く調べよう。

 話を元に戻したい。

 「ブルータス、お前もか」

 桑原区長だけは小役人、小心者だから、犯罪を犯さないと思っていた。しかし、送検されれば、話は別である。渋谷署の代用監獄、東京拘置所、東京地裁刑事法廷、そして「前科一犯」の烙印を押される可能性が大きくなってきた。そして、お孫さんに言われるだろう。

 「おじいちゃん、泥棒なんだって!」

 

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ある下請け録音マン一家の人生

 ここ20年間、身の周りに起こった「激変」を最初に書きたい。なんと言っても、1989年の「ベルリンの壁崩壊」である。共産主義下にあった東ベルリンの市民が、目の前に立ちはだかるコンクリート製の分厚い壁を自分たちの手でぶち壊したのだ。

 それまでの共産主義、社会主義というシステムが、どうしても受け入れられなかったのである。「ベルリンの壁崩壊」がやがて、ソ連邦の解体、そして中国、インドなどの市場経済流入をやがて促した。それが回り、回って、やがて渋谷区の納税者であるぼく(それまで同情的だった)が、単労(清掃、用務などの単純労働の高給職員)駆除の遠因となる。駆除の目標は「既得権の壁崩壊」である。

 かんじんの日本はバブル経済最高潮のときから、やがて「失われた10年」の不景気を耐えなければならなかった。その間に圧倒的に普及したのが、インターネットである。

 95年にオーストラリアで家族で夏休みを過ごしていたが、ケアンズ近くの牧場を管理していた友人がインターネットを駆使していたのを見て、衝撃を受けた。こんな便利なものがあったのだ!それまでワープロで原稿を書くことばかりで、パソコンを使うことはなかった。

 社会主義、共産主義の実質的な崩壊(中国はいまだに共産主義国を自称しているが)、それにインターネットの全世界的な爆発的な普及で、身の周りは大きく変わった。特にインターネットの影響は根底的だ。

 まずは新聞、週刊誌、雑誌が惨めなほど売れなくなったことだ。まず新聞だが、毎日、サンケイがやがて消えていくだろう。周りでもその2紙を購読している人はほとんどいない。週刊誌でも、「週刊新潮」が、今度の朝日新聞支局襲撃事件の取り返しのつかない誤報で、いずれ廃刊になるだろう。誤報だけでなく、今までおもしろ、おかしく書かれた人たちが裁判に訴え、その慰謝料だけでも最近、とみに巨額になりつつある。芸能人たちの「週刊新潮」への逆襲である。新潮社はこの慰謝料を払えるのか?

 やがて発行元である新潮社そのものが、市民感情の反発で、全国の公立図書館から駆逐される可能性がある。雑誌市場もこのリーマンショックも加わり、廃刊ラッシュである。広告が取れないのである。

 単行本も初版が2000部で、返品がその半分ということも実際に起きている。そもそも、若い人たちは活字を敬遠するのである。パソコンで大半の用を達する。

 そしてテレビさえも見ない。我が家でもNHKは見る時があるが、パソコンを見ている時間の方が長い。民放のバラエティはさもしい、下卑た感じがして、敬遠している。やがて、そこにCMを出している商品も同じように下品と思われ、消費者から遠ざけられるだろう。

 活字、漫画媒体、そして民放のバラエティ番組がまったく売れず、作家、編集者、そしてテレビ局員の年収が目に見えて減っていく。渋谷区の高級マンションを泣き泣き手放す人が増えてきている。ぼくに言わせると、今までが取り過ぎなのである。

 下請けから搾り取る構造も、最近では下請け自体が食えず、崩壊状態にある。親のコネで入社した幼稚舎から慶応ボーイの若い社員が「おれは日本テレビのプロデューサーだ」と、ロケ現場で女優たちに囲まれ、つい威張ると、今では事件が突発する。

 この不況でギャラが手取り月30万円から20万円に下げられ、「廃業」を覚悟した43歳の下請け録音マン(秋田県大館市出身。日本映画学校録音部卒業。渋谷区の水道道路沿いの2DKの都営住宅に、スーパー「ライフ」のレジでパートをしている奥さん(元大館の中学校での同級生)と笹塚中学校、笹塚小学校に通う3人の子どもと住んでいる)から「だからなんだ、威張るな。もっとちゃんとしたロケ弁(撮影現場用弁当ー最近は経費節減で鳥の空揚ばかりが目立つ、貧弱なものになっている)を食わせろ。馬鹿やろー」と、マイク棒(遠くから音をとるときに使う)で頭をどつかれるだろう。

 昨年から今年にかけ、100年に1度の大恐慌時代に入っている。下請け録音マンもこの事件で職を失い、渋谷職安で新しい仕事を探さなくてはならない。いくら渋谷職安でも、月手取り20万円の仕事はそうはない。ましてや彼は43歳である。食い盛りの子ども3人を抱え、これからどう生きていくのだろう・・・

 この下請け録音マンの困窮と、まったくの別世界が渋谷区にある。それは渋谷区単労職員の世界だ。清掃、用務等のおじさん、おばさんが年1000万円を取る世界だ。日本映画学校の校長だった今村昌平(カンヌ映画祭で2度のグランプリを獲得した日本を代表する監督)でさえ、届かなかった金額だ。時間給1000円の「ライフ」のパートの奥さんが知ったら、呆然とするだけだろう。夫婦合わせて300万円の世界である。

 単労は都内23区の中でも、千代田(3,04)、中央区(2,99)(2区とも住民が極端に少ない富裕区。千代田区約4万6千人。中央区約10万8千人)についで、渋谷区は人口千人あたり単労が3番目に多い(2,71ーただし人口が約20万人)。単労の人員から言うと、千代田139人、中央区322人、そして渋谷区が532人(08年4月1日現在)と異様に数が多い。

 面白いのはダントツの貧困区、足立区(戦後、都営住宅を集中的に作ったため。人口が約63万人)の単労が401人で人口1000人当たり人数が0,63である事実だ。貧しい区ほど、単労駆除には熱心だ。単労に年収1000万円を保証するだけの余裕がないのが実情だ。

 「金持ち、喧嘩せず」

 何回も言うが、これが渋谷区住民の本質であった。そもそも余り、自分たちが住んでいる区に興味がなかった。衆議院、参議院選挙は6割近くの人が投票するが、区会議員、区長選挙は4割程度である。軽視、無視してきたツケがゴミ拾いのおじさん、便所掃除のおばさんに年1000万円も払うことになる。

 この縁故採用が多いおじさん、おばさんは自治労の闘士でもある。自分たちの既得権を死んでも手放しはしない。そもそも、住民とは話をしない。常に課長、係長を表に出し、自分は絶対といって良いほど前面に出てこない。ほとんど働きもせず(緑のおばさんの実働は1日3時間)、ただ税金の甘い汁を、ヤミでちゅうちゅう、吸っているだけだ。そして本体を腐らす。だからぼくは「白あり公務員」と名づけた。

 駆除しょう。

 総務省も都庁もあまりの単労の年収の多さに、何度も渋谷区職員課(黒柳貴史課長)を呼びつけて是正を促しているが、効果が薄い。単労の「強い味方」が幹部に隠れているからだ。一人名指ししょう。清掃リサイクル部長(前教育委員会事務局次長)柴田春喜である。平気で嘘をつく人である。

 単労の新規採用をしているのに頑強に「していない」と言い張り続け、職員課から証拠をもらい、それを突きつけて、ようやく認めた男である。50歳代、長野高校、明治大学政経学部卒業、部下からの評判は同じ明大卒の子ども家庭部長久保田幸雄に比べると、はるかに良い。部下には好評で、実際、毎日、駆けずり回っているのを目撃している。

 でも、それは表の顔であって、実際は頑固で、渋谷区の納税者にとって、憲法で定められている「奉仕者」とは縁遠い。あくまで、「単労」「職員」の味方である。そのためだったら平気でぬけぬけと、ドキュメンタリ作家の面前でも「嘘」をつく。

 宇田川町に隠れ住む「市民の敵」である。

 下請け録音マンの一家は途方にくれている。録音マンは次第に無口になっていく。不景気の波はまず、こんな下請けに来る。成績がよい長男は家計を助けるために、高卒のまま、就職する可能性が強い。本人は都立きっての進学校・西高が希望である。長女、次男も大学進学は無理だろう。それでも、パートのお母さんの給料から確実に税金が差し引かれている。その税金の一部は確実に「白あり公務員」の1000万円の年収になる。そして「単労の守護神」柴田部長の1300万円の年収、それは南武線に買った新居のローンに化ける・・・

 「ベルリンの壁」ならぬ、「白あり公務員の既得権の壁」、そして柴田春喜部長に代表される「単労の守護神の壁」は分厚い。しかし、東ベルリンの市民たちが自分たちの手で崩壊させたのだ。「白あり公務員の既得権の壁」「単労の守護神の壁」をぶっ壊せないわけはない。元録音マンだけではなく、子どもたちも立ち上がり、「おかしいよ」といい始めよう。徐々にではあるが確実に壁は壊れていく・・・

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「おばさん」化しょうー団塊世代の男性がやること

 60歳を過ぎた男性ほど、周りに気をつけなければならない。

 その一つは「加齢臭」である。その二は身のまわり、特に服装をかまわなくなることである。同期が集まっても、昔の背広、ネクタイで来るのがいる。もう、会社を定年退職したのだから、「産業戦士」時代の制服は野暮というものだ。せめて重厚なハリスツイードのジャケット、紅い絹のアスコットタイぐらいしろ。第三が話題がどうも、むかしの部長時代の話が多すぎることだ。何十回も、むかし接待で使った銀座の倶楽部の話を繰り返すな!

 渋谷区役所でも、リハビリ施設「せせらぎ」でも、一部の職員にぼくが受け入れられているのは、ぼくがいち早く「おばさん」化に踏み切っているからだ。

 「おばさん」化とは、第一に無理をしないこと、第二に弱い自分をはっきりと公表すること、第三に他の人と競争しないこと、第四はむかしの監督、部長時代の自慢をしないこと、最後の第五が他人の良いところを誉めることである。

 この「五つの掟」に忠実であるから、こんなわがままなぼくでさえ、何とか他の人と生きていけるんだと思う。慶応大学病院でも快適だった。口うるさいかみさんも、このぼくの「おばさん」化だけは認めてくれている。

 とりわけ、ぼくが気をつけているのは、出来るだけ、人の良いところを誉めることである。けなすだけではなく、半分近くは評価すると、意外にまともに聞いてくれる。このブログでも、「宇田川町の隠し玉」で3人の職員を誉めたところ、多くの他の職員から反響があった。職員は予想以上に納税者の視線を気にしているのだ、全体的にはまだ一部だが・・・

 「おばさん」化に抵抗がある同期も多いと思う。でも過去の栄光ー東大、重役、パリでの愛人、かってのベストセラーを繰り返し懐かしむよりも、白髪が目立ち、足がおぼつかなくなる、年老いていく自分をじっくりと見つめよう。そして、毎日、毎日を若い人と折り合っていこう。

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学差社会ー本当は学ぶことは楽しいことである

 何に、なけなしの金と時間をかけるか?

 10代から還暦を越えた現在でも、えんえんと自問を繰り返している。でも、答えは決まって「教育投資」である。これ以外に、富山の貧しい母子家庭の子どもに、選択肢はなかった。でも「教育投資」は楽しいことでもある。

 実際に住んでいるのは賃貸だし、着ている物もほぼ20-30年前の英国製ハリスツィード、アクアスキュータムのジャケット、コートが多い。74-75年の在外研修員時代に英国で買ったものもあるが、大半は救世軍で、父親の形見を、遺族がチャリティに出したものを、3000円前後で買ったものばかりである。でも三越本店の定価は10万円以上だ。ツイードはきわめて上質だが、デザインが古臭くて、救世軍の買い物客のほとんどが敬遠するしろものである。でも、ぼくは好きだ。

 一時期、むかし監督した映画のテレビ放映、旧著の文庫本化によって1000万円も口座に振り込まれたが、ほとんどが家賃、アメリカ、オーストラリアなどの外国旅行、そしてその時にダンボールごと買い込んだ英書などの本代に消えてしまった。船便で大量に送った英書が家中に溢れたので、倉庫を借り、一部分、そこに移してある。

 そう、ぼくは半世紀近く、本代、それに象徴される教育投資にほとんどの金を費やしてきた。そもそも、本を読むこと、学ぶことがすきなのだ。「飲む、打つ、買う」は年とともに、ほとんどが興味が薄れていった。むしろ、好きな本(最近では「インドの衝撃」(上下ー文芸春秋社)、音楽(やはりモーツアルト)、映画(ようやく「レッド クリフ 2部」を見に行く)に金と時間を注ぎ込んだ方が充実感がある。

 早稲田では5年間、「福翁自伝」「我はいかにして基督教徒になりしか」「三酔人経倫問答」等の日本近代思想史の古典、それに竹内好「魯迅」、マックス・ウェーバー「資本主義の論理とプロテスタンテズムの倫理」等を読まされ、そのたびに小論文を書いてきた。卒業して40年近く経つが、いまだに大学とは古典、とりわけ英書をじっくり読むところだと確信している。英会話等、実用にばかり力を入れる大学に、ぼくは反対である。英書購読さえ、しっかりとやっていたら、3ヵ月あれば英会話は出来る、これは自分の体験から確実に言えることだ。別に英会話を習うために、英国に行った訳ではない。

 「万物流転」

 表層的には、ほとんどのものが毎年、めまぐるしく変わる。2,3年前、誰がトヨタがこんな赤字を出すと予測していたか?しかし、基層からものをじっくり見れば、明治維新以来、日本の階層は大きく変化していない。

 明治からずっと、教育投資した人たちだけが、希望した仕事を得て、生活が向上しただけである。多少、変わったのは、1960年代に、ブルーカラーの一部がホワイトカラーに好景気のために、大量に押し上げられ、変化しただけである。日本の近代の歴史の中で、この時だけである、高卒が社会の上部にいけたのは。

 最新の階層調査データ(05年SSM)を踏まえて、さまざまな本が出ている。最近話題になっているのが、大阪大学で計量社会学を専攻している吉川徹(准教授)が発表した、データ中心の「学歴分断社会」(ちくま新書 09年3月刊)である。

 ぼくは67年に大学に入学したが、そのころの大学進学率は約2割であった。ちなみに最近では約5割である。でも約5割の若者たちが、いまもって高卒のまま18歳で社会に旅立っていくのである。そして派遣、請負等の不安定な下請け工の仕事に追い込まれていく。

 もちろん、大学に行く、行かないは本人の勝手である。腕の良いラーメン職人がウェーバーを読む必要はない。昔と違い、進学したくとも、家庭の事情で大学を断念したり、夜間の大学で我慢する人は極端に減ってきた。社会が豊かになり、奨学制度が整ってきたせいである。

 それでも、約半分の人たちが大学を拒否する。拒否するのも良いが、条件のよい正社員の道は大卒がほぼ独占する。そこに明らかな「格差」が生まれる。大学に行かない子どもたちの親も、大半が高卒である。これからの日本も、18歳から大卒半分、高卒半分の「学歴分断社会」が続くと言う。

 「格差社会は学差社会である」

 これが吉川が最も言いたいことだと思う。確かに受験勉強は寝る時間を惜しむほどだし、大学に何とか入学しても、英語、フランス語の試験に追われ、専門書のレポート、ゼミ発表、そして最終的には400字原稿用紙200枚もの卒業論文という難問が待っている。ぼくのように落第、そして女友達にレポートを代筆してもらい、大学闘争のどさくさに紛れて、5年かかってなんとか卒業した落ちこぼれも同期に多い。恥ずかしいほどの劣等生だったが、でも勉強そのものは楽しかった。

 かみさんによく怒られるが、いまだに気分は学生である。そして、年に何度か決まって悪夢を見る。また落第させられて、大学を放校になった夢である。

 でも大学生活、学ぶことは楽しいことである。今村昌平、土本典昭のような癖のある先輩も、早稲田でなくては会えなかった。18歳で実社会に出て行く若者に出来れば、学ぶことの面白さを気づいて欲しい。大学で多くの同期、先輩、先生たちと出会ってほしい。高卒のままで、工場の下請けとして、青春時代を終わらせて欲しくない。

 高専で1年間、早稲田で1年間、回り道をしたが、いまから見れば大きなことではない。むしろ、自分が大きく育つためには必要だったと思う。母や女友達(結局は結婚できなかった)には迷惑かけたけど・・・

 

 

 

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 宇田川町の隠し玉ー3台の重戦車

 4月9日(木)に渋谷区役所(宇田川町)に行ってきた。一番の目的は久保田幸雄子ども家庭部長に会い、資料をもらい、説明責任(4月9日現在、40-70人もの待機児童がいる事実)を履行させるためである。

 4時半、約束時間ぴったりに小柄、最近とみに白髪が目立つ久保田部長が、3階広報課に資料を持ってやってきた。

 『あれっ、この臭いは何だ』

 生臭い、加齢臭である。じつは2時半から生活福祉(保護)課長京勇之助に会って、生活保護の実態の聞き取り調査をしている。生活保護は07年度に797件申請され、却下は6件。08年度2月現在、850件の申請で、却下は2件。渋谷区に関して言えば、微増しているが、ほぼ全員が希望すれば生活保護がもらえる。それを主に担当しているのが生活相談係長鎌田さんである。

 生活保護の説明しているときも、うっすらと臭う京課長もその加齢臭のことで、奥さんや娘さんから文句を言われているそうである。50歳前後の京課長でも、加齢臭が分泌されるのである。ましてや還暦近い久保田部長がないわけはない。還暦を過ぎたぼくの場合は、毎朝のシャワーと週に何回か、きつく匂わない程度のオーデコロンをジャケットに吹きかけている。

 加齢臭ぷんぷんの久保田部長は自分が「裸の王様」であることに気づいていない。上司に事実を言えない周りの部下たちは当惑、困惑を通り越し、体臭に迷惑していることに鈍感である。前のブログに久保田部長の「短気は損気」を書いたところ、さっそく前の部下から電話がかかってきた。

 「みんな、拍手、喝采していますよ。よくぞ、書いてくれました。久保田部長はまったく決断が遅く、周りの部下たちがいらいらしています。よく、あんな人が部長になれたと、陰ではそういっています」。ぼくはこの職員を10年近く見ているが、大学の後輩ということを抜きにしても、少なくとも久保田部長よりも人間として信頼する。

 鼻をつまみながら、久保田部長の話をまづ、聞いたが要領を得ない。資料を見て、ようやく納得した。つまり待機児童の大半は、渋谷区が毎月1万円をつけて、私立の設備の狭い、貧弱な保育室に収容されることになる。

 ぼくは私立の保育園、保育所、保育室を全部悪いとは思っていない。しかし、毎月52000-53000円の高額な保育料(渋谷区立保育所の場合は1万円前後で収まることが多い)をとられ、時間給1000円前後の待遇の悪い保母さんたちに預けられることが、お母さんやこどもに良いことだとは思っていない。それはテレビ番組の取材で、夜間保育園の実態を深く知っているからである。お日様がさんさんと当たる広々とした渋谷区立保育園で、待遇のよい保母(区職員ー時間給は2000円以上の人が多い)たちに、ゆったりと育てられた方がはるかに良い。そのために税金を払っている。

 世界大不況のあおりで、渋谷区のお母さんたちも子どもを保育園に入れ、働かざるを得なくなった。専業主婦で子どもを幼稚園に入れれるほど、時間的に恵まれたお母さんは確実に減少していく。去年の秋から予想できたことだが、久保田部長は区役所内部の「ごますり政治」におわれ、明確な対策を打ち出さなかった。そして、保育課長だった松澤俊郎(法大卒)は4月1日から経理課長に栄転である。しかし、明らかに「敵前逃亡」である。この緊急事態を、松澤課長も何とかしなければならなかった。

 しかし、希望がある。新しく保育課長になった斉藤則行は恵まれた会社員生活を辞め、福祉をやりたくて渋谷区役所に転職してきた人だ。教育委員会の課長だったときに話をして、熱意に打たれたことがある。体力的にもゆとりがある彼だったら、この40-70人の待機児童を全力で減らしていけると思う。部下の西留総括係長たちも働きやすいはずだ。まずは宇田川町の「第一の重戦車」である。

 管理職(課長、部長)の人たちも、部下や納税者のことをもっと気にしたほうが良い。久保田部長の短気、加齢臭は論外だが、我が家に係長、主査、主事クラスの人たちから内部告発の電話がよくかかってくる。以前、議会事務局長関口康永が管理職として「能力不足」だと、部下たちから内部告発があって、渋谷区役所が一時期、大騒ぎになったことがある。中島豊六区民部長が、関口課長(当時)と部下との間に入って大変だった。

 また現在、生涯学習課長原田正徳も部下たちから人間的に問題があると、問題を起こしている。「いやだったら、やめろ」を平気で口にするらしい。事情を聞こうと呼んだが、「今から外に用があります」と、何回も中座された。驚くほど学歴は高いが、やはり人間的に問題があることを、遅まきながらぼくも実感した。こんな人の部下にこそ、性格は極端に悪いが、群を抜くやり手の(前)公聴相談係長が最適任だと押したが、無視されてしまった。

 「その一口が豚になる」係長が移動したのは、得意の英語が生かせる住民戸籍課外国人係である。課長が下村孝子で、これからの渋谷区を引っ張っていく人だ。まだケースワーカー時代から知っているが、あだ名が「重戦車」であった。体力にものを言わせ、面倒見がよく、クライアント(生活保護受給者)から慕われていた。渋谷区役所「東のお局様」-福祉の生き字引ー鎌田生活相談係長の後継者である。

 早く下村課長に生活福祉に戻ってきて、鎌田係長と仕事をしてもらいたいと思う。ぼくは勝手に下村課長を「第二の重戦車」、そして社会福祉の現場を学ばせてもらっている大御所・鎌田係長を「第三の重戦車」と言わせてもらっている。そしてこの宇田川町の隠し玉「三台の重戦車」を秘かに誇りにしている。そして至る所で吹聴している!

 「何しろ、渋谷区福祉は馬力満載、動けば地響きがする、重戦車が3台もあるんだぞ」

 

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むかし関東軍、いま自治労ー渋谷区単労のでたらめさ

 太平洋戦争の敗因の一つは、明らかに陸軍、とりわけ関東軍の暴走である。中国との泥沼戦争が、最終的に広島、長崎の被爆を招いたことは誰もが否定できない。

 オンブズマンを10年続けて、自治労がかっての関東軍の暴走にダブって仕方がない。何を納税者が諌めても、聞く耳を持たないのである。農水省、社会保険事務所のヤミ専従問題だけではなく、ぼくらの身近に同じような問題がある。

 その一つが「ゴルフ職免」である。防災まちづくり課長神山一夫を初めとして、渋谷区では公務中にゴルフをすることが罷り通っていた。さすがに23区内では渋谷区だけだった。他区ではずっと以前に廃止されていることだ。

 「金持ち喧嘩せず」の、渋谷区民感情が神山たちを増長させていた。「まずいんではないですか」とおずおずと問うても、「どこが悪いんだ」と開き直られるだけであった。神山は現在、地域まちづくり課長と出世した。「ゴルフ職免」は神山の管理職昇進以来、現金なものでほとんど出てこなくなった。

 今度は「サッカー大会」出席のために公務をサボることが始まった。10年前は目新しいことではなかったが、08年でもまだやっている。土木部道路課作業員(単労)斉藤晃さんの「職務専念義務免除申請書(職免)」を情報公開で取り寄せて、「まだ、こんなことやっている」と唖然とした。

 サッカー大会出席のため、公務中に駒沢公園等に何回も行っている。ましてや、リーマンショックで株価が暴落し、派遣社員等が大量解雇されている10-11月に職免が集中している。自分の給料を払ってくれている渋谷区の納税者が解雇に怯えているのに、この50歳前後の土木作業員は仕事中にサッカーである。民間企業だったら考えられないことである。斉藤晃さんは公務員(自治労)だから、こんなでたらめをやっている。

 さっそく、この「職免」にべたべた承認権者印を押している須藤憲郎道路課長を渋谷区役所3階の情報公開係に来てもらった。54歳、中大理工学部卒、渋谷区民。前から知っているが印象は極めて良い。チンピラみたいな柄の悪い、サンダル履きの職員が多い6階(都市整備部、土木部)では、際立って珍しい紳士である。

 「ぴんと来なかった。それで印を押した」。冷や汗をハンカチで拭いながら、須藤課長は弁解する。須藤課長ですら、現在の状況がわかっていない。多くの中小・零細の従業員たちが追い詰められ、そのかみさんは子どもを保育園に預け、パートの仕事を血眼で探しているのが現状である。

 須藤課長も土木作業員斉藤晃さんも、3月には給料+3月のボーナス(国家公務員はない)をしっかりともらっているから、「サッカー職免」が如何に非常識なものかぴんと来ないようだ。納税者が「単労ー単純労働者」を無視、軽視したその挙句が、こんな馬鹿げた「職免」だし、年間1000万円近い斉藤晃作業員の人件費(退職金、年金等を含む)である。

 もう一つ、絶句したのが清掃事務所(単労)大和田功治さんの膨大な「職免」である。ここ3,4年、大和田さんは清掃労組の給与改定交渉のため、職場を離脱し、東京区政会館に通い続けている。これは専従がやる仕事であって、非専従の大和田さんの仕事ではない。納税者は大和田さんに仕事をしてもらうために金を払っているのである。その仕事とは給与改定交渉ではなく、ごみ拾いである。何時、大和田さんは本業であるごみを拾っているのか、疑問である。09年4月から「まんねん副参事(15年以上も!)」の吉田恭子が資源リサイクル部「参事」に昇格した。性格は問題多いが、誰もが認める渋谷区役所きっての「才女」(商工観光課長植竹ゆかりとは、格が余りにも違う!)が大和田さんの職免にどう対応するか、見ものである。

 「アエラ」09年3月30日号に「地方公務員の高すぎる給与明細」が紹介されている。人口2万4千人の鹿児島県阿久根市の例を取り上げてある。漁業以外に産業が乏しい、小さな地方都市である。そんな眠ったような町に一大事件が突発した。

 新人市長竹原信一が、消防を除く市職員全員の給与を市のホームページ上に掲載したのである。阿久根市民の年間所得推計は約200万円(鹿児島県統計協会)だが、市職員の平均年収が約650万円。渋谷区職員の平均年収より100万円引くだけ。あわせて公開された今年度一般職員の退職金は大半が2500万円以上。渋谷区は約2300万円だから渋谷区職員よりも200万円も多い!

 これほど極端ではないが、日本のほとんどの自治体では納税者の少なくとも2倍の年収を一般職員が取っている。それをやらせたのは情報の非公開と、組合と議員の馴れ合いである。もっと言えば、納税者が関心を持ち、動かなかったからである。

 公務員の給料、職免等は自治労が決めている。「むかし、関東軍、いま自治労」といわれるゆえんである。すべて上部機関(自治労)にお伺いを立てる。阿久根市に取材に行った「アエラ」の記者に「選挙が終わるまで何も言うなと、「上」(=自治労)から言われている」と市労組が言うわけである。

 「日教組」を目の敵にする保守派もまだいるが、過大評価である。もう、昔の力はない。現実に「君が代」「日の丸」を拒否した三多摩の教員を守らなかった。既得権にいまだにしがみついている、市民の本当の敵は自治労である。

 67年に早稲田大学で鹿野政直助教授(当時)から、ずっと日本近代思想史を学んできたぼくが、「市民の本当の敵は自治労だ」と断言するまで、この10年間のオンブズマン活動、特に「職免」の馬鹿馬鹿しさに「かっつての理解者が敵」になった要因があった。「自治労」が馬鹿馬鹿しい既得権(1日3時間しか働かない緑のおばさん等ー時間給は銀座のホステス以上!)を是正しない限り、多くの納税者を敵に回すことは間違いない。

 混乱する市場経済の中で、私たち市民はもっとまじめに、必死になって生きています。

 

 

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短気は損気ー久保田幸雄子ども家庭部長へ

 「私はあなたと会うとは約束していません」

 3月26日3時半から30分以上も待たされ、ようよう会えた久保田幸雄こども家庭部長に切り口上で言われてしまった。2月28日、朝日新聞(朝刊)に「保育園希望者が急増 不況で共働き」、渋谷区でも認可保育所への申し込み状況が、前年同期比の増加数が109人と、大幅に増えたことを報道している。08年4月1日の待機児数が29人だから、この不景気で1年で80人も増えたことになる。

 不思議なのは隣の中野区である。前年同期比の増加数がわずか18人であることだ。渋谷区と比較すると圧倒的に収入の低い所帯が多い中野区が善戦している。かって、あまりの財政難で一律職員給与5%カットした中野区がである。富裕区の渋谷区では職員の給与をカットしたことは一度たりともない!

 家賃、物価が異様に高い渋谷区に住む最大のメリットの一つは、保育園の充実であることを、日ごろから言っているぼくは、109人の待機児童の数に戸惑ってしまう。まずは具体的な資料や関係者の話を聞きたいと思い、3月26日に渋谷区役所に行った。

 もちろん、行く前に広報課から総責任者・久保田部長に連絡が行き、約束を取り付けている。情報公開の本沢主査はいい加減な職員ではない。しかるに30分経っても本人は来ないのである。

 じつは久保田部長には強烈な思い出がある。10年近く前、彼が広報課長だったときに、ぼくは怒鳴られている。それまでは吉田恭子広報課長だったが、気持ちよく資料を貰い、関係者の話を聞くことが出来ていた。それが久保田広報課長に変わったとたん、窓口が高圧的になり、資料がなかなか出てこなくなった。終いには抗議するぼくに、まさかの罵声である。

 50歳代、明大卒、160センチ前後の小柄、表面的にはおとなしそうだが、追い詰められると、突然爆発する人である。ドキュメンタリーが仕事で、英米の公文書館で資料を探すことや、生存者のインタビューが多かったが、年下の人から罵声を浴びることは珍しい。それで久保田さんのことはくっきりと印象に残っている。

 ぼくとのこともあり、久保田広報課長はわずか1年でお役御免となった。もともと広報、いやもっと言えば「全体の奉仕者」に向いていない人なのである。自制が出来ないのである。でもそんなことよりも、ぼくは具体的な待機児童急増の資料が欲しいのだ。

 『待機児童をどうするのか、中野区との比較は』。主にそれを知りたかったが、「私はあなたと会う約束はしていません」の一言で、1枚の資料も、これからの対応策も聞くことは出来なかった。久保田部長には私たちは年間1500万円(年金等込)を払っている。その責務として、説明責任が課せられている。説明しないことは明らかに『不作為』である。

 4月6日、保育課西留総括係長に電話で待機児童数の確認を取った。「まだ40-70人は待機しています。詳しい数字はまだ判っていません」と、申し訳なさそうに答えてくれた。この40-70人のお母さん、お父さんは渋谷区民だし、納税者でもある。保育園に子どもを入れる権利がある。そのために高い税金を払っているのだ。説明を拒否する久保田部長のみずほ銀行への蓄財のために、税金を払っているわけではない。

 民間の保育所がいかに高いか、ぼくにも経験がある。馬鹿馬鹿しいほどだ。諦めずに、子どもを認可保育園に入れるために動こう。そして、久保田幸雄子ども家庭部長に説明責任を求めていこう。

 またぶちぎれて、罵声を浴びるかもしれないが、そんなときは優しく教え諭そう。

 「短気は損気。あなたは私たちの奉仕者でしょう(日本国憲法に明記してある)」

 

 

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久々にブログを再開します。

 09年1月下旬から2月いっぱい、慶応大学医学部付属病院(総武線信濃町駅前)に入院していました。脳卒中の後遺症(ジストニアー不随意運動が特徴)を軽くするためです。

 入院前に2度、入念な検査があって、特効薬(ボトックス注射ー美容整形、しわとりなどにも使われている)を使えば,効果があると判断されました。脳卒中になって余りにも時間が経っているから、ぼくも半信半疑でしたが、実際に意外に効果がありました。当の本人がびっくりしています。

 治療はボトックス注射だけでなく、30日以上も理学、作業療法を毎日続けていました。作業療法があまり使えなかった右手に効果があり、活動域が広がりました。ただ、酷使する右肩が悲鳴を上げ、痛みをとるために、寝るときには右肩に温湿布を張っていました。

 それに加えて、抗てんかん剤(タホトリール)を毎夜2錠、服用するだけで、不随意Iが大きく改善されました。はじめは「てんかん」と言う言葉に抵抗があったのですが、現金なもので不随意が少なくなくなると、抗てんかん剤が手放せなくなりました。

 残念なのは、電気療法が脳に受けれなかったことです。雨上がりの1月に郵便局の前で、滑って転んで、CTスキャンに内出血のあとが発見され、電気療法が中止されました。足だけは電気療法が受けれましたが、脳にもぜひ受けたかったです。

 慶応病院の担当医師は歩く早さ、姿勢等が20%は良くなったと太鼓判を押してくれましたが、当の本人は15%だと思っています。残り5%は脳への電気療法の件です。

 慶応病院の病室(6人部屋)は昭和20年代のもので、あまりの古さに絶句、そして食事のまずさに閉口した(だって食パンがジャムやマーガリンなしに、焼かずにそのまま出てくる等)が、看護師たちの優しさ、気配り、知性の高さ(大卒が多かった)には驚いた。多くの人たちが入院したがるわけだ。

 たまたまリハビリ仲間が慶応病院に入院して5%ぐらい、良くなって退院したので、ぼくも再チャレンジしたが、ぼくの場合は15%も改善された。脳卒中の時間が経ったリハビリは効果が乏しいIと決め付けるだけでなく、セカンドオピニオンとして慶応病院リハビリ科の医師に見てもらうことを、経験者として勧める。リハビリ科の医師たちも威張っていなくて、気持ちのいい人が多かった。かんじんの料金も「国民皆保険」のおかげで、びっくりするほど安い。

 3月いっぱい、保険の記録作り、息子の大学受験、ブログのログイン・ミス等で忙殺され、なかなかブログに向かえなかった。でも多くの人から「自分が書かれるのはいやだが、他の人のを見るぶんはじつに面白い。何時から再開するのですか」と、煩いほど聞かれた。このブログは、渋谷区役所では隠れた「必読書」になっているようだ。

 あの「明るい渋谷区役所」、「広告塔」、最近でっぷり太り気味の松本広報課長のためにも、これからまた書き続けていきたい。

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