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2009年1月

元気をもらう

 50歳代は軽い欝であった。原因は、当時作っていたドキュメンタリー映画「ファザーレスー父なき時代」の内輪もめである。ぼくは製作統括で責任者であったので、製作スタッフがある日、突然に失踪されると、頭を抱えてしまう。内部の雰囲気がすこぶる良くない。しかし、残った製作スタッフが最後まで仕事をなし終え、99年7月に渋谷「ユーロスペース」で封切りを迎えることが出来た。でも、失踪した音楽スタッフは今どうしているだろうか?才能があったので、余計に気にかかる。

 60歳の大台を超え、欝は少しづつ快方に向かった。でも、時々、「これで良いんだろうか?」と、人知れず、悩むことがある。ましてや、貯金通帳が毎月、決まって目減りすると、塞ぎ込んでしまう。

 そんな時、週1度、渋谷区の施設「せせらぎ」でリハビリをすると、目だって明るくなる。ひとえにリハビリ仲間のおかげである。とりわけ、リーダーである左官屋の(元)社長の話を聞いていると、元気が出てくる。「せせらぎ」では、リハビリ仲間がおしゃべりをしながら、訓練が出来る。(元)社長は同年代で浅川マキなどの歌手に詳しい。先日も山崎ハコのCDをもらってしまった。

 もちろん、今までいろんなことがあっただろうが、そんなことを微塵も感じさせないくらいに明るく、そして人を受け入れている。「自遊人」のぼくなんかは、パソコンや読書で一日を終えることが多く、(元)社長に週1回会えることは救いである。自分の非社交的なことを痛感させられる。

 また、リハビリを通して、最近良く話すようになった人は、某大会社の(元)営業本部長、常務だった人である。ぼくよりも一期先輩であるが、同じ笹塚駅前の共同住宅に住んでいる。ぼくは30年、彼は10年、同じところに住んでいるが、ぼく以上に、この笹塚のことを知っている。コーヒー屋は中村屋近くの豆から挽くところがうまいとか、床屋は甲州街道傍、交番近くが腕がいいとか、教えられることばかりである。一番痛いのは「山谷さんは本ばかりで、ビジネスの実際を表面しか見ていない」と、指摘されるところである。

 確かに今まで本はたくさん読んできた。しかし、局から仕事をもらうために、テレビ番組製作会社の社長、製作部長が毎夜、接待していることはあまり興味がなかった。でも企画部長としては、それではいけないことを、(元)営業本部長はやんわりと批判する。ぼくもカラオケぐらいは、付き合わねばならなかったようだ。

 高見順著「いやな感じ」は、30年代、社会不安に揺れる日本を活写した傑作である。20歳前後に読んで、感動して、また読み返そうと思ってインターネットで調べていると、懐かしい名前のブログがあった。「映画監督 横山博人」のブログである。日大芸術学部出身、同年代で、一時期、映画「純」などで、話題になった監督である。横浜映画放送専門学院(現 日本映画学校)で80年代、たまたま同僚だった人だ。彼は劇映画、ぼくはドキュメンタリーと専門分野は違っていたが、明るい、育ちのいい人の印象が強い。

 やがて、映画学校で姿を見ることがなくなり、何本か劇映画の監督をしたり、プロデューサーをしていたことは風の便りで知っていたが、近年名前を見ることがめっきりなくなり、元気なのか心配であった。それが「映画監督 横山博人」のブログである。いつか撮れるかもしれない映画のことが延々と書かれており、感動した。昨年、下血をしたことも、ぼくとまったく同じで、親近感を持った。

 現在、埼玉県でタクシー運転手を続けながら、再起を狙っているところで、ブログを読んでいて、涙ぐんでしまった。顔写真もあり、快活で育ちの良いところは昔と変わらない。あれほどの売れっ子監督がタクシー運転手しながら、次作の準備をしている。それに比べ、「B級」とはいえ、ぼくは?つい、つい、深く反省してしまった。

 左官屋の(元)社長、(元)営業本部長、そして「映画監督 横山博人」のブログに元気をもらいながら、今年も「白あり公務員」駆除に励みたい。

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可哀想な人たち

 「可哀想」と言う言葉はずっと禁句であった。「上から目線」であるからだ。

 しかし、清掃、学童擁護、警備等の「白あり公務員」のことを深く知ると、あえてこの禁句を破って良いと思うようになった。一つは単純労務(単労)の人たちの、法外な年収のことだ。年収1000万円を超える人たちがいる。これは渋谷区だけではなく、都内23区に共通する事実である。でも、それだけ働いていれば、文句はない。しかし、現実は「公務員」を良いことに、怠け放題であることだ。渋谷区の清掃は午後ほとんど働かず、お風呂に入ったり、将棋をさしたり、くつろいでいる。そして、その風呂も下請けは入浴禁止である。

 一番気になるのは組合活動家が「職免」を申請し、職場を放棄し、組合本部に入りびたりである事実である。その費用は私たち、納税者もちである。「ヤミ専従」の疑いが拭いきれない。

 別に公務員に、ごみを処理してもらいたくはない。民間だったらその半分、年収500万円で喜んで仕事をする。3000万円近い退職金、月24万円の年金(その半額は納税者負担である)の義務は、民間委託すればなくなる。事実を知った納税者の怒りで、法外な年収はやがてなくなる。可哀想!

 二つ目に気になるのは、「既得権」のことである。渋谷区ではまだまだ「学童擁護」が2桁いる。敗戦後、貧困に苦しむ「寡婦」対策として、「緑のおばさん」はスタートした。もう、戦争が終わって60年以上もたつのに、「既得権」として朝1時間、午後2時間働いている。他の時間は「主事室」でおせんべいをかじり、テレビを見ている。それで年収約800万円である。悪質なのは、夜中に校庭の草むしりをやっていることだ。光がないのに校庭で草むしりは出来ない。偽りの「残業料」稼ぎである。

 渋谷区でも教育委員会庶務課長児玉史郎たちが、「学童擁護」を時間給1000円のパートに置き換えている。しかし、おせんべいを齧っていたおばさんたちが、既得権を手放さず、最後まで抵抗している。職員である限りは、夏・冬・春の休みを入れると、実働時間給10000円になるからである。でもどれだけ抵抗しょうが、実態を知った納税者によって、確実に職を追われる。可哀想!

 最後に「能力不足」の実情を書きたい。渋谷区でも、他の区でも単労職から行政(事務)職への転職を勧めている。それが能力認定試験に、ほとんど受からないのである。特例としてもっと受かりやすいように「下駄」を履かせているが、この試験でもみるも無残な結果しか出ていない。「本当かよ?」と、数字を職員課小山主事に確認するが、やはり事実は事実である。

 今まで怠け放題だったその結果だろう。さすがに行政(事務)職は、明らかな能力不足はそう多くはない。強いてあげれば、国際文化交流課長斉藤茂ぐらいだろう。福祉の各係長が、行政職に無理やり転職した数少ない単労の尻拭きをしながらも、何とか働かせている。

 この可哀想な単労たちは強欲でもある。3月にも、第3のボーナスをしっかりと受け取り、これだけ不況に悩んでいる渋谷区の納税者を無視して、4月には給料のベースアップである。それは、わたしたち納税者の責任でもある。「金持ち、喧嘩せず」と、今まで「白あり公務員」を無視、軽視したツケがこの法外な待遇、年収である。

 でも「君子、豹変す」である。事実を知った納税者は「可哀想」な単労に、なりふり構わず、全力投球で取り組み、駆逐する。一部は裁判になるだろう。まずは情報公開で単労のウソ「職免」「残業」の精査である。まだまだ納税者をなめている単労が実際にいる。

 この不景気の中、いつまでも、この「既得権」が続くと思うなよ。「白あり御殿」よりも、派遣切り、図書館、保育園へ、私たちの税金を使うことが優先する!

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今年最初に「救世軍」に行ったーハリスツィードの世界

 今年最初の救世軍のバザー場(杉並区和田2-21-2)に1月10日に行った。毎週土曜日の午前9時から午後2時まで開いているが、10日が09年最初のバザーである。それが、この日、ぼくが寝過ごして、バザー場に着いたのが、9時45分であった。

 やはり45分も遅刻をすると、良いものはあらかじめ買われ、今回は思ったほどの収穫はなかった。年末、年始のお歳暮がたっぷりとあると踏んでいたが、期待はずれだった。その中で一つの収穫は、スコットランド製ハリスツィードのジャケットだった。もう着る物は十分あるので、よほどのものでない限りは買わない。しかし、今回の手作りハリスツィードは新品同様だったし、何よりも2000円と異様に安いのが気に入った。おそらく救世軍の値段をつける人は、ハリスツィードの価値がわからないのだろう。ごわごわではあるが、暖かいウールはお値打ちものである。

 いつもだったら1500円まで値切るのだが、今回はその代わりに、新品の青ワイシャツと灰色のフランスAPCのマフラーをおまけに貰った。薄いウールマフラーはおしゃれで十分、納得のいくものだった。

 隣のパジャマ売り場ではバレンチノのパジャマが目に付き、全体のデザイン、とりわけ青のストライプが気に入り、1200円のところを1000円で買う。ほぼ新品である。ついでにピエール・カルダンのフェースタオル2枚を300円で買う。袋は破損しているが、もちろん新品だ。

 続いて、帽子売り場でシャーロック・ホームズが被っているようなものを探したが、空振りだった。またガウン売り場で、ウールの分厚い夜着を見つけようとしたが、これまた徒労。やはり45分の遅刻は後々まで祟る。

 最後に書籍売り場で、12月に目をつけておいた世界地図も、あえなく買われてしまっていた。2000円と高かったが、逃がした獲物は大きかった。やはり、無理してでも、その場で買わなくっちゃ!その代わりに購入したのが、「THE TIMES ATLAS OF WORLD HISTORY」である。分厚い歴史地図帳であるが、店員は最初1000円という値段を譲らなかったが、ぼくが800円だと言い切ると、泣く泣くその値段に落ち着いた。しかし、隣にいたかみさんが急に怒り出した。あまりの剣幕で、他の客も不安そうにこちらを見る。

 「読みもしないのに。英書だからといって、見栄を張っちゃって」。かみさんは95年前後、1ドル80円時代に、ニューヨークのバーンズ アンド ノーブルズ書店で、大量に買い込んで、船便で送らせた英書の大半が、いまだに積まれたままであることが許せないらしい。でも本を買うことは「飲む、打つ、買う」よりは遥かに良いことだと、自分に納得させている。今回の買い物合計4100円なり。

 渋谷区役所の中島豊六区民部長はアオキのスーツに大変な誇りがあり、3着のスーツを週5日、着まわしている。そんなに拘っているなら、せめて5着買えば良いのだが、娘が女子大に行き、中島家はおとうさんのスーツに金をかける余裕がないらしい。一方、黒柳貴志職員課長は新品のコナカのスーツが自慢なようだ。渋谷区職員は5%引きであることをよく口にする。

 笹塚のチャップリンは区の幹部である彼らも、良質なハリスツィードを着て欲しいと思う。大量生産のアオキにも、コナカにもないもの、スコットランドの手作りの良さが感じられるものを大切に使って欲しい。ハリスツィードを着れば、日本製のものがいかにちゃちであるかが解るだろう。中島部長も黒柳課長も今までと違う世界があることが、おぼろげながら理解できる。でも、これだけ言っても無駄かもしれない。だって、彼らはみずほ(渋谷区の指定金融機関)の「貯金王」だから・・・ 

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オンブズマンごっこ

 「あんたは単なるクレーマーだ、オンブズマンごっこを楽しんでいるだけだ」

 かみさんはこう言って、怒りをぼくにぶつける。かみさんたちが編集したSHARE(NGO)の本をぼくが買わないから不機嫌である。そして、ぼくが渋谷区のオンブズマンとして、月に2,3回、情報公開コーナーで生活福祉、国民健康保険、商工観光、職員、広報等の課長を呼んで、職免、残業、生活保護等の実情を、資料で知ることに不満である。

 「敵は渋谷区役所の隣のNHK」、これが従軍慰安婦問題に関わってきたかみさんの持論である。確かにNHKの上層部は自民党べったりで、ぼくも不満がある。しかし、NHK特集やBS「世界のドキュメンタリー」は、ドキュメンタリーの専門家であるぼくをも、脱帽させるだけの力作が多い。

 かみさんは渋谷区役所だけに全力投球している、ぼくが歯がゆくて仕方がないらしい。でも、ぼくにも言い分がある。今までずっと従軍慰安婦、じゃぱゆきさん、ふいりっぴん花嫁をずっと取材してきたが、60歳の大台を超え、自分が住んでいる地域社会の問題、つまり自分の足元を見たいのだ。

 ドキュメンタリーの専門家であるぼくが、役所の記録を精査した方がはるかに効果がある。ちなみにこの10年間、渋谷区役所の職免(今まで公務中にゴルフに行っていたり、サッカー大会に出席したり、熱海温泉で組合大会をやっていた)、残業(単純労務の職員たちの違法残業)が見る見る減ったことは事実である。

 ぼくら納税者が思っているほど、一部の職員は良質ではない。特に単労は悪質な人が目立つ。人を無実にもかかわらず、嘘を言い立て、有罪にする単労が実際にいた。地裁では有罪だったが、幸いにも高裁の裁判官が嘘を見抜き、無罪判決が出た。これは07年に「週刊文春」にも紹介されたから、知っている人も多いと思う。

 かみさんが「単なるクレーマーだ」と断罪するのは、ハチ公バスのことである。幡ヶ谷不動尊の前で、接続が悪く30分近くも待たされるので、改善を求め、担当している国際文化交流課長斉藤茂に電話しているのを聞いたのだろう。斉藤茂は、浅草の女流剣劇スター浅香光代を渋谷区の国際交流の講演会に呼び、20万円を払った男である。

 この1年間、ハチ公バスの改善のために電話をし、そして会ってまでいるのに、ずっと「調査中です、進展があり次第、連絡します」と、言い続け、何の連絡もしない、誠意のない男である。ぼくも経済企画庁の委員をしていたが、少なくとも3ヵ月以内に問題解決し、連絡していた。このハチ公バスの接続問題は増便するなりで、問題解決が出来るものである。困っている人は多い。老人や足の悪い人たちが、ただひたすら寒い中、幡ヶ谷不動尊前で30分近く待っている。

 ハチ公バス問題で、誠意のない斉藤茂課長相手に抗議していることが、かみさんに言わせると。私利私欲で動く「クレーマー」だそうだ。ぼくのずるいところは、単なるクレーマーにとどまらず、公の「オンブズマン」の衣を着ているところだそうだ。

 「あなたは渋谷区役所の職員の好意の中で生きているのよ。だって、あなたは納税者と言うお客様だから、断れないのよ」。かみさんはかって財団法人「神奈川県国際交流協会」で働いていたから、渋谷区職員の肩を持ちがちだ。「初めは警戒するが、やがてあなたのことをインターネットで知ると、同情を寄せるのよ。家では居場所がなく、役所に来るしかない、可哀相な人だと思うのよ」。

 どうりで、公聴相談係の「その一口が・・・豚になる」係長が。「オンブズマンの相手をするのは福祉です」と言い切るわけだ。かみさんに言わせると「こんな夫ですが、相手をしてくれてありがとうございます」と、「豚になる」係長に感謝しているそうだ。

 当の本人は英国やオーストラリアで教わった「社会貢献」だと思っているが、かみさんに言わせると「単なるクレーマーだけど、ずるいあなたはオンブズマンという公の衣を纏っている」と散々である。

 かみさんに毒ずかれて、心は千路に乱れている。松本広報課長、「その一口が・・・豚になる」公聴相談係長、ぼくは「単なるクレーマー、そしてオンブズマンごっこしている、ずるいおじさん」でしょうか?

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何がまず、出来るか?

 確かに単労(清掃、警備、学童擁護などの下級公務員)が、年収1000万円以上というのはおかしい!でも、それに対して、納税者は何が出来るか?実際は、ほとんど、何も出来ないのが現状である。

 議会、議員のほとんどは無視するだろう。さまざまな単労とのしがらみ(資金協力+票)があり、心ではおかしいと思っていても、実際は動かない。渋谷区ではそれでも立ち上がった無所属の議員もいたが、やがて姿を見せなくなった。さほど、その「既得権」の壁は厚いのである。

 しかし、08年から状況は大きく変わった。住民税が減らされ、渋谷区は東京都から交付金を貰う立場になった。今までダントツの富裕区が、人の財布を当てにするようになったのだ。今のところ、東京都から交付金を貰わないのは、日本一豊かな港区だけである。

 08年から渋谷区は緊縮財政となり、財政担当者は頭を悩ましている。企画部長の千葉博康は太ってパンパンの白ワイシャツに汗を滲ませながら、この危機打開に取り組んでいる。彼がどう悩もうが、大赤字は増えていく一方である。

 しかし、区財政の大赤字とはまったく関係なく、23区で最も多い単労職員たちは高年収を楽しみ、「もっとよこせ」とその強欲は留まる所を知らない。図書館の予算は1割カットだし、時間給1000円にも満たない司書(下請け)たちが、実務を黙々とし切って入る。しかし、便所掃除等の単労は時間給は4000円以上である。そして、単労は司書資格どころか、大学にも行っていない。さまざまなコネで単労になった人が多い。

 納税者が出来る数少ないことは、情報公開で単労の職免、残業等を明らかにすることである。例えば運転手、とりわけ議会議長公用車の残業をもっと明らかにした方が良い。「公用」と議会議長が強弁するなら、その実態をもっと調べたい。何しろ、議長は市民グループから訴えられている「疑惑」の人である。

 また、こんな大不況でも、清掃の人たちは残業がおびただしい。「住民指導」という名目もある。納税者が単労から「指導」されることはない。自分を勘違いしている下級公務員が目に付く。

 実際、単労に最近まで、ぼくは同情的だった。給料が安い、という60~70年代の「刷り込み」が強かった。実際、職員課で年収を精査すると、1000万円を超える単労がごろごろいた。「ふざけるな」と、正直、思った。映画監督や作家といわれている人の中で、年収1000万円以上は1%未満である。

 現実に渋谷区は大赤字である。やがて図書館、保育園にも、経費削減の波がもっと押し寄せる。でも、単労の年収は「聖域」として、誰もが手をつけない。だったら、ぼくたち、納税者がまず、情報公開から単労の職免、残業を明らかにし、切ろう。

 大切なことは単労たちの「税金御殿」を作らせることではなく、図書館、保育園、奨学金制度の充実であるから!ぼくもブログを書くだけではなく、渋谷区役所3階にある情報公開コーナーで単労の職免、残業を減らすために動きたい。

 「そんなにいやだったら、渋谷区を出なさいよ」と、植竹ゆかり(前)広報課長の口汚い罵声に耐えながら・・・

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「自遊人、一人静か」なんて言っちゃって

 定年を迎えて、これから、どう余暇を過ごそうか?同期の友人たちの賀状には、それぞれの戸惑いが良く出ている。ピースボートに乗って東南アジアに出かけたり、お気に入りの歌手のリサイタルを仕掛けたり、町内会の会長になったり、それぞれが試行錯誤しながら、毎日を生きている。ぼくの場合はずっと自由業だったから、一貫して「自遊人」「一人静か」に時間を過ごしてきた。だから、還暦になったからといって、大きく変わるところはほとんどない。

 一人っ子だったから、基本的に一人で楽しめることばかりやっている。昔から、みんなで遊ぶことや、マスゲームというのは苦手だった。大学も癖のある、変な人の多い、早稲田の文学部を選んだ。だから映画、コンサート、本などを見ながら、一人楽しく過ごすことが多い。

 08年の映画の収穫はダントツに「レッド クリフ前編」である。黒澤明「七人の侍」を思い出させる冒険活劇で、前編3時間を胸をどきどきさせながら、夢中になってみた。ドラマ部分はありきたりで物足りないところもあったが、活劇部門はすばらしかった。10年に1本の傑作である。早く後編を見たい!

 フランス映画「ピアフ」にも心を揺さぶられた。特にピアフが歌うところが良かった。映画終了後に、下高井戸シネマでパンフレットを買い求めてしまった。家にあるボーズのスピーカーでピアフのCDをよく聞いている。

 TVでは2本、感動したものがある。その一つは、向田邦子原作「父の詫び状」である。   NHKの再放送を偶然、見ているうちに、声を上げて泣き出してしまった。特に杉浦直樹が母一人、子一人の、息子の友人と家族ピクニックに行き、友人の粗末なおにぎりを「美味しい」といってわざと食うところは、涙が止まらなかった。息子の友人に、自分の幼いころを杉浦直樹もぼくも、重ね合わせてしまったのだ。ドラマを見て泣くというのは、めったに無いことだが、この「父の詫び状」だけは例外である。

 もう一本がNHK BS「不法移民」である。これも再放送で、息子に強く勧められて見て、驚愕した。ソリウス・サムラ(64年生まれ)というシェーラレオーネ出身(現在は英国籍)のジャーナリストが自分も不法移民と同じく、アフリカから英国まで潜入した生の記録である。ジブラルタルで本人も乞食をしたところを見て、「そこまでするか」と、鈍器で頭を殴られたようだった。また続いて見たNHK BS「飢餓」で、エチオピアの農民と、ずっとキャベツの野生種だけを食い、体重が見る見るうちに減り、やがて歩けなくなるところは圧巻である。ドキュメンタリーの原点は「体験ルポ」であることを、まざまざと教えてくれた。

 音楽では初台オペラシテイ・コンサートホールで聞いたウラジミル・ミシュク「ベートーベン・ピアノソナタ 月光」と「ショパン幻想曲」等がじつに良かった。感動のあまり「ウラジミル・ミシュク ロマンチック・ピアノ選集」を買ってしまった。また月に1度、オペラシテイではパイプオルガン コンサートを無料で開き、バッハなどを楽しんでいる。

 「自遊人」「一人静か」の極致はやはり読書である。08年は「クリエイティブ資本論ー新たな経済階級の台頭」 (リチャード・フロリダ著 ダイアモンド社)に一番刺激を受けた。原著が出た段階から気になっていたが、英書を読むのは気が重いので、邦訳が出てから改めて読み直した。クリエイティブ・ブクラス、つまり科学者、技術者、芸術家等が、アメリカでは全人口の3割を占め始めている現実を教えてくれる。東京でも同じだと思う。このクリエイテブ・クラスの、これからの生き方が、世の中を徐々に変えていくと思う。

 また「インドの衝撃」 (NHKスペシャル取材班編著 文芸春秋社)、とりわけ超エリートIIT(インド工科大学)の実態、そしてそれに入学するためのトタン屋根の予備校にも、感動した。英国(前)首相ブレアーの「教育、教育、教育」の熱い思いがひしひしと伝わってきた。もともとはNHKスペシャルだったが、あまりの反応に単行本になった。手の付けられない貧困から離陸するために、インドは教育、特にITに投資していることが良くわかる。

 このように笹塚のチャップリンは、映像、活字などで「自遊人」として、「一人静か」に生きている。60の大台を迎えたからといって、急に慌てない。でも、そうとは出来ないことが起こってきた。

 一つは笹塚駅前にある「カルデイ」のことである。駅前商店街でコーヒー、紅茶、ワイン等を女性ばかりで売っているのは良いが、駅前通りを占拠し、店員が通路に立ち、大声で客を呼び込むのである。もともとは大きなチェーンだが、この2,3年、余りにも行儀が悪い。特にぼくは足が悪いので、通りに商品を並べられ、店員が歩行の邪魔をするのが困る。何回も、「通りに商品を並べないで欲しい、通りに店員が立って歩行者の邪魔をしないで欲しい」とお願いをし、京王不動産を呼んで誓約書まで書かせたが、何の効果もない。

 周りのユニクロ、エクセシオールなどはそれほどでもないが、「カルデイ」は悪質である。あるときなど、抗議をすると「恐喝」だと女店員に言われてしまった。20年以上も裁判所に通い、恐喝の裁判を傍聴しているが、「歩行者の邪魔をするな」が恐喝とは度肝を抜かれた。

少なくとも「カルデイ」は露天商とは違う、と思ってきた。しかし、実態はそれ以下である。人を「恐喝」と決め付けたり、抗議のたびにいったんは商品を店内にしまうが、翌日には堂々と通路狭しと並べる。まるで、鼬ごっこをしているようである。

 「自遊人」「一人静か」を決め込みたいが,今日も「カルデイ」との鼬ごっこに、振り回されている。

 もう一つ、心を悩ましているのは、この不景気のことである。渋谷区でも非正規従業員たち、中小・零細の事業者たちが仕事を失い、家賃、毎日の食事に事欠いている。行政はそのためにある。しかるに、渋谷区は年末から4日まですべて休みであった。周りの中野区、杉並区、豊島区などが年末にも「相談センター」を開き、この危機に対応しているが、松崎守福祉保健部長、植竹ゆかり商工観光課長は何もしなかった。1月5日に商工観光課に多くの零細業者が繋ぎ資金のために押しかけて、植竹ゆかり課長はようやく事の重大さが判ったようだ。

 植竹ゆかり課長にはもう一つの疑惑がある。まだ広報課長だったときに、金田一秀穂という研究者(?)を呼んで、30万円を渡している。ぼく自身、金田一秀穂という研究者(?)を知らない。どんな論文があるのか知らない。そもそも研究者といっている以上、タレントのように30万円を受け取るのはおかしい。その30万円は私たちの税金である。もっと詳しく事情を聞こうとしたが、怒られてしまった。でも、おかしい。何か、匂う。

 そんな疑惑の人が、いま緊急救援の責任者である。最悪の人選である。年末、年始と区内の納税者が資金繰りに苦しんでいるときに、植松ゆかり課長は長期の休暇を楽しみ、3月には第3のボーナスを受け取る。おかしいと思うのは、ぼくだけか?

 最後に、「自遊人」「一人静か」と決め込めないものがある。それは単純労務の「白あり公務員」のことである。ずっと書いて来たが、こんな不景気でも年収1000万円以上はいく。清掃、警備、学童擁護等、仕事は驚くほどしない。既得権益になっている。職免、残業等の記録を見れば、絶句するだろう。「同一労働、同一賃金」が基本であるが、同じ調理助手(中卒資格の調理免許を取らない職員が大多数)でも、職員が時給4000円以上だが、民間は約1000円である。明らかに不法である。

 同期の友人たち、教え子たちとたまに会い、飲んでいる限りは「自遊人」「一人静か」の世界を楽しむことは出来る。でも、時には血が煮えたぎることもある。かみさんは「だから、あんたは馬鹿なのよ」と、冷笑するが、今年も「おかしいことは、やはりおかしい」と、言い続けたい。    

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