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せめて「時間セレブ」と言われたい

 「あんたは『時間セレブ』だから・・・」

 最近、かみさんが決まり文句のように「時間セレブ」を多用する。言い換えれば「閑人(ひまじん)」である。確かに60歳からますます時間がたっぷりある。新潟市に住む同期の友人は59歳で勧奨退職し、町内会長として、地域に尽くしている。9月に村上市の「〆張鶴」酒蔵に行ったときも、わざわざ付き合ってくれた。

 (旧)文芸坐で80年代、「文芸坐ドキュメンタリースペシャル」の企画責任者を務め、全共闘、とりわけ日大・東大闘争の記録、「怒りをうたえ」をオールナイト上映し、余りにも客が押し寄せ、文芸坐だけではなく、文芸地下まで急遽、開館し、満員の客を収容したときほどの体力はもうない。

 ここでの10年間、企画を担当し、客の実態をしみじみと知った。客は闘争の「生血」に反応する。特に「山谷ーやられたらやり返せ」で、監督2名が次々に暴力団に刺殺されたドキュメンタリーに「怖いもの見たさ」にどっと押し寄せた。

 もう一つ、「セックス」である。原一男監督「極私的エロス」は74年製作の古い作品だが、根強い力を持っていた。平日でも1日、200人近くは集客能力があった。また、ぼくの79年度作品「沖縄のハルモニー証言・従軍慰安婦」も平日で1日、150人近くは客で集めることが出きた。いま見ると、まことに拙い作品であるが、実際にハルモニ(朝鮮語でおばあさん)が裸電球の下で語る事実に圧倒されるのだろう。

 文芸坐での10年間は、もう一つの「私の学校」だった。作品のプリント代は当方持ち、しかし、上がりの半分は文芸坐に行くから、こちらも当てるために必死だった。「たてまえ」や「能書き」では集客できない。金を払うのは客である。ぼくは客を集めるための試行錯誤を包み隠さず、当時教えていた日本映画学校で、学生たちに伝えた。客の実態を知らないと、赤字が続き、やがて、この業界から放り出される。ぼくが金にシビアーであることは、このときの体験が大きい。

 旧態依然としたことを教える劇映画の監督たちと対立し、99年に日本映画学校から追われた。次に行ったのは、テレビ番組製作会社である。日本テレビ、フジなどの局の下請けである。企画部長として、4年間いたが、年収だけでなく、局と下請けのあまりの差に唖然とすることが多かった。

 局の番組担当者がマラソンが好きだといえば、いつもは夜遅くまで飲んでいる製作部長、編集部長、デレクターたちが、朝早くから皇居前に集まり、局の担当者の後からジョギング姿で走るのである。また、関西の局の番組担当者が上京する度に、社長以下、会社幹部たちが赤坂で接待に当たるのである。民間会社の「営業」の大変さを、身近に見ざるを得なかった。

 渋谷区役所にオンブズマンとして、初めて来てから、もう10年たった。ぼくの基本は「市民社会」の常識である。公務員といえども「市民社会の一員」である。ただ、ぼくらは利益最優先の市場経済、資本主義社会に生きており、たとえれば「動脈」である。然るに、公務員は老廃物などを処理する「静脈」だと思っている。「静脈」では、あまり市場経済が当てはまらない面が強いことは事実である。社会福祉などが重視されるのは、地方行政では当たり前である。

 今まで学校、会社、劇場などで生きてきたが、60歳を境に、ますますオンブズマンに生き方の中心が移って来た。それは、子どもたちに既得権、悪平等を全廃し、不安の少ない社会を残したいと思うからである。

 今まで憲法第9条に守られ、ぼくたち全共闘世代はすこぶる幸せに暮らしてきた。ベトナム戦争にも兵隊としていくことはなかったし、高度成長、バブル景気を享受してきた。しかし、息子たちは今のままではイラク、アフガニスタン等、イスラム教の国へ兵隊として派遣される可能性が強くなってきている。何よりもこの不景気がますます負債を積み増しすることは事実である。その借金を実際に払うのは、子どもたちである。こんなときにあえて、かっての「全共闘世代」ーいまや還暦ではあるーが立ち上がらなくてはいけない、とつい格好良く思ってしまう。

 確かに渋谷区役所に行けば、「笹塚のチャップリン」「笹塚のびんぼうさん」と心ない職員から陰口を叩かれることは多い。また、「その一口が・・・豚になる」公聴係長には、面と向かって「オンブズマンの相手をすることは福祉です」と、言い切られてしまった。でも、誰かが区政を見張らないと、「ゴルフ職免」「ヤミ専従」、そして単労(清掃、用務、警備等)職員の1000万以上の年収などの「暴走」になる。

 故郷の高岡市役所課長は50歳前後の女性で、ぼくがいつも帰省のたびに美味しいところを聞く人である。ちなみに、横田にある「寿司勘」は彼女の勧めで、10月にかみさんと死んだ親友の奥さんと3人で行って大満足している。先日、電話して、高岡市役所職員の1000万円以上の年収を聞いたところ、「市長以外にありえない」と、一言で笑われてしまった。課長である彼女の年収も800万円に届かないそうだ。

 単労の1000万円以上の年収は法外である。また、国際文化交流課で、今年の2月22日に、浅草女流剣劇の浅香光代さんを呼んで、「私の役者人生」講演会を開いている。ギャラは20万円である。国際交流と浅香光代さんとは何の関係がある?「私の役者人生」と渋谷区とは何の関係がある?変だ。人選そのものがおかしい。素朴な疑問を斉藤茂課長(中大文卒)に何回尋ねても、しかめっ面のまま「・・・」と、いまだに明確な答えがない。

 とにかく、税金を払っている納税者が見張らないと、何をするかわからない。外人部隊、出稼ぎが圧倒的に多い渋谷区職員にとっては、たかだか「人の金」である。自分の腹が痛むわけではない。怪しいことに使いがちである。

 でも、感心することもある。例えば、渋谷区では国民健康保険を支払いが遅れているからといって、板橋区みたいに取り上げることはない。ましてや、子どもたちには全員、健康保険証を手渡している。国民健康保険課長柳沢信司課長(中大法卒)の説明を聞き、うれしかった。また、福祉管理課長笠原文夫は09年3月に定年退職だが、「私は天下りをしません」と、ぼくの面前で断言した。都立大で法律を専攻した人だが、とにかく固い。「職免の女王」が西原敬老館の単労で、彼女のことで何回もぶつかった。でも、「天下りをしません」と、きっぱり言われると、見直した。奥さんも渋谷区職員でゆとりがあるから、まあ良いか。

 定年になると時間的に余裕が出来る。さまざまな時間の使い方があると思う。その一つの生き方として、自分が住んでいる地域のオンブズマンがあると思う。ただすべて自腹である。でも、そんな人を始めは警戒心たっぷりだが、一部の職員はやがて迎えてくれる。初期は「針のむしろ」と感じることもある。しかし、こちらの目的が社会貢献、社会参加、既得権と悪平等廃止がわかると、職員のほうから様々な情報が入ってくる。単労、とりわけ組合が別である高給の清掃の人たちに対する、事務職の根強い反感をぼくは感じる。

 月に2,3回、笹塚バス停の銀杏並木の落ち葉を踏みながら、ハチ公バスで渋谷区役所に行く。納税者だったら自分たちの税金が何に使われているのか、点検するのが当たり前だと思う。それをやってこなかったから、1000万円以上の清掃のおじさんを輩出してきたのである。でも、渋谷区役所3階の情報公開で座っているぼくの後ろから「笹塚のチャップリン」「笹塚のびんぼうさん」と陰口を叩くのはやめて欲しい。T主事、せめて「笹塚の時間セレブ」といって欲しい。

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