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2008年12月

宇田川町「絶滅危惧種・動物園」を見に行こうー平目もいるでよぅ

 この10年間、宇田川町「絶滅危惧種・動物園」(渋谷区役所の一部のトンデモ職員たち)を、かぶりつきで、とくと見物させてもらった。高校を出てから、定年までの42年間(多くは65歳までの再雇用等で47年間)、宇田川町しか知らない「純粋培養」された一種の化け物たちである。現在では「絶滅危惧種」に分類される珍しいたちである。特に「ひらめ」がお勧めである。

 民間では転職が当たり前で、60歳まで4,5の職種を変えるのは普通である。ぼく自身も映画監督、映画学校講師、テレビ番組製作会社企画部長、ドキュメンタリー作家と、ざっと4っの異業種を重ねながら体験している。共通しているのは、要求される数字の厳しさである。

 映画監督としては常に1日何人の客が来たか、劇場の人にチェックされていたし、映画学校講師としては毎年何人の学生がゼミに入ったかを学校側から点検されていた。そして、テレビ番組製作部長としては、企画したものがテレビ局に売れるか、それによって約1000万円の金が動くのである。買ったテレビ局はどれだけ視聴率が上がるか、常にその数字を見張っている。

 最後にドキュメンタリー作家としてだが、どれだけ書いた本が売れるかを、出版社は見ている。出版社自体の存亡が掛かっているのだ。最近の出版不況で草思社などの潰れる会社が出てきて、出版業界は厳寒の季節を迎えている。一部の会社は事実上、倒産状態である。特に硬派の本を出してきた伝統的出版社が危ない。アメリカでは出版社から大学出版局へと、出版の流れは大きく変わっている。

 然るに、「絶滅危惧種・動物園」だけには、まったくそんな危機感はない。そもそも市場経済の荒波とは別世界の「温室」である。これだけパソコンが普及しても、渋谷区役所は各係に1台しかなく、不便なこと、おびただしかった。それに50歳代の職員は触ることを敬遠し、都市整備部庶務係長は初めから逃げ腰である。定年までこれで押し通すつもりのようだが、代役を言いつかる若手が可哀相だ。こんなことが罷り通る職場は異常である。

 この10年間、宇田川町「絶滅危惧種・動物園」を見続け、ノート(オンブズマンの記録全4冊)に書いてきたが、どうも3っの特徴があるようだ。

 ① 学歴タブー。ここでは学歴の話はまったくのタブーである。学歴は問われれば答える程度のものであるが、ここでは触れてはいけないものである。でも学歴と知的レベルとは深い相関関係があることを、誰もが否定できない。大学の同期は日本の代表的出版社の人事担当重役だが、「学校名を記入させずに入社試験をするんだが、結果は偏差値どうりだ」といつも嘆く。ソニー系も学校名を記入させずに入社試験をするが、結果はやはり偏差値どうりだった。

 50歳代に大卒が圧倒的に少なく、高卒が多いことも「学歴タブー」の原因である。当時、地方公務員は給料が安く、大卒者は誰も鼻も引っ掛けない存在であった。だから今50歳代で渋谷区役所に奉職している大卒は、司法試験の落ちこぼれか、民間企業に就職できなかった人たちである。部長、課長は早大卒が多く、係長以下は中大卒が多い。

 一企業としてみると、断トツに知的レベルが低すぎる。東大、慶応卒とはこの10年間、宇多川町で会ったことがない。

 ② 係長が実質的に支える。渋谷区役所を実際に回しているのはベテラン係長たちだ。生活福祉課の蒲田係長、福祉管理課の金子係長、二見係長、広報課の「その一口が・・・豚になる」係長たち、おばさんたちが実務を仕切っている。今年3月に中途退職した高山保育係長がその典型だ。高山係長がぼくを強引に、単労の実態に目を向けさせた。

 多くのおばさん係長たちに感謝をしている。ともすれば「頭でっかち」「理想主義」の傾向が強いぼくを、「これが実際だ、よく見ろ、事件は英書の中にあるんじゃないよ」と、現実に向かい合わせてくれた。でも、おばさんたちはそれぞれ個性が強く、振り回されたことも事実である。そして、狡猾でもある。彼女たちは能力がありながら、絶対に管理職試験を受けない。課長になっても、給料は確かに上がるが、今以上に忙しくなるからである。

 ③ 組合との二重支配。いくら公務員でも、課長の命令には従う義務がある。然るに、それを拒否する組合員が多い。そこが「絶滅危惧種・動物園」たるゆえんである。民間の会社ではそういうことは、ほぼありえない。テレビ番組製作会社にいた時に、補助金がらみで、企画を提出しなければならなかった。ぼくが多忙だったので、新入社員に振ったところ、「いやです」と言い切られてしまった。確かに面白くない仕事ではある。でも「いやです」は、会社員として問題がある。やがて、彼は解雇された。

 福祉管理課住宅係に横浜国大を中退した主事がいる。組合活動家である彼は、名札をつけることを、かたくなに拒んでいる。区役所に来た住民は職員の名札がないと、誰と応対したかわからない。区民サービスで生活している以上は、名札をつけることは、職員の義務である。でも、どんなに口をすっぱくして説得しても、絶対に彼は拒否をする。上司だった清水幹(現 図書館整備・企画担当副参事)、千葉博康(現 企画部長)がどれだけお願いしても、首を縦に振らなかった。終いには、名札をつけるように迫るぼくに対して「馬鹿やろー」だ。

 09年3月に渋谷区役所切っての、ばりばりの武闘派も定年を迎える。約2500万円の退職金(全額住民負担)、毎月24万円の年金(半額は住民負担)を貰ってだ。まさか、頭を下げて、65歳まで再雇用をお願いすることはないと思うけど・・・

 武闘派と共闘していたのが、田所住宅係長(現 地域振興課)であった。明治学院大2部出身の職人気質が強くある職員で、決して印象は悪くない。ただ問題は、気分屋で、部下の「馬鹿やろー」発言に抗議をすると、電話を途中で突然、切ってしまう。甘えである。そんなことが「絶滅危惧種・動物園」では日常茶飯事である。

 田所係長も、もうそろそろ定年である。50歳代の珍獣たちが姿を消し、「絶滅危惧種・動物園」も寂しくなる。その反面、就職氷河期に渋谷区役所に入った新人たちは、数は少ないが、驚くほど優秀である。慶応卒もようやく出てきた。神奈川県の市町村では、NGOを英国の大学院で学んだ女性が、一般職員として入っている。新人たちは50歳代の質の悪いおじさんやおばさん職員を見習わないで欲しい。人や空気の入れ替えのない所で、漫然と時間を過ごしてきた彼らは「絶滅危惧種・動物園」の、甘ったれた見世物でしかない。

 最後に、最大の見世物、「ひらめ」を紹介したい。この10年間、こんな人がいたのか、と常に驚きの目で見ていた。それは区議会事務局長関口康永さんである。障害者福祉課長時代に、「どんなに障害が重くても、障害者手帳を貰いに、区役所までの坂を上がってくるべきだ」と言い放った人である。「傷害1,2級の人は負担が大きいから、郵送で良いのでは」と、聞いたときの答えである。それに会計管理室長だったときに、部下が公務中に居眠りをしていたときでも無視であった。

 組合に受けが良いわけである。組合の文書を大量に読む機会があったが、最も評判が悪かったのが、現在の副区長の松井裕であった。課長時代に5時前に帰ろうとした部下を、規則どうりに5時15分まで留め置いたことが怨まれたようだ。次に資源リサイクル部長仁科忍である。彼も課長時代、厳格に部下に規則を守らしている。それが部下には煙ったかったらしい。しかし、ぼくは人間的にはいささか問題があっても、彼らを支持する。民間だったら、当たり前のことをやったに過ぎない。

 しかし、組合に最も評価されたのが関口課長であった。組合の言い分をほとんど通したから。だから、ぼくは関口さんのことを「ひらめ」と呼んでいる。目はいつも組合と区長にしか向いていないから。組合関係で言えば、単労との労使交渉に区側として臨んだのは、総務課長時代の関口さんである。1000万円以上の単労のベラボウな年収を認めてきたのは、関口さんである。

 19歳から渋谷区役所に奉職し、今まで万事快調の「ひらめ」にも、思いがけない事件が起こった。05年に資源リサイクル課長だったときに、部下たちから「関口課長はいい加減な上司だ。言っていることがころころ変わって、下で働いている私たちが大変だ」と、不信任を突きつけられている。結局、部下たちに詫び状を出している。渋谷区役所始まって以来の椿事である。

 こんな「絶滅危惧種・動物園」が続いてきたのは、住民たちの無関心が大きな原因である。でも、今の50歳代の職員が徐々に退場していくと、見れなくなる。最後の輝きを見に行こう。最大の見世物である関口康永「ひらめ」区議会事務局長もまだいるからよぅ・・・

 

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SOS-大恐慌に松崎守渋谷区福祉保健部長の反応は?

 この不景気は底なしである。まず、今まで日本経済を牽引してきたトヨタが、初の営業赤字を記録した。この影響はぼくらが考えている以上に大きい。問題は派遣等の末端の人たちである。そして、回りまわって、民放、それに番組制作会社もその影響をもろにかぶる。年末からおぞましい、荒んだ話が多くなる。今のところ、無傷で済んでいるのは公務員だけである。

 その公務員もトヨタの本社がある愛知県を初めとして、福岡県など地方工場などがある県もこの不景気で税収が上がらず、09年から公務員自体の手当て、ボーナスにまで手をつけなければ、この恐慌の大波を乗り切れない。公務員でさえも、この不景気に巻き込まれる。

 キャノンの工場がある大分県も対策にもう動いた。派遣労働者の「雇い止め」が前倒しに進むのは良いが、問題は切られた派遣労働者である。切られた翌日から寮を追い出される。大分県などは、県営住宅などをその受け皿にすることをもう始めている。

 さて、ぼくが住んでいる渋谷区はどうか?さっそく、今日、電話をしてみる。55歳で都立大学で社会福祉を学び直したので、この問題は人事ではない。まず、渋谷区政の「扇の要」である総務課長大澤一雅である。「幹部会でよく議題に出ますが、現実的には何もやっていません」。申しなさそうに弁解する。

 次に電話をしたのが生活福祉課長京雄之助である。「・・・」。答えが遅すぎる。生活相談に多くの人が押し寄せていることは、係長たちから聞いている。しかし、京課長は「・・・」のままだ。ようやく、「適宜やっております」と、杓子定規的な答えが返ってきただけだ。目先の仕事に追われ、この大不況にあまり興味がないらしい。

 当惑したのは福祉保健部長松崎守である。55歳前後、早大政経卒。年収約1300万円。いつもは調子が良いが、この大不況対策に関しては、ぶすっと「私と何の関係があるんですか?」と答えるだけである。この不況対策に関して、渋谷区で最も関係があるのは松崎守、あなただ。

 渋谷区でも甲州街道を越えた中野区寄りの本町、幡ヶ谷地区は、昔ながらの「木賃アパート」がいまだにたくさん残っており、生活保護の人たちも多い。その中に混じって、今回の大不況で「雇い止め」をされた派遣などの「非正規労働者」が目立つ。税務課員が税金を取り立てるために「臨戸」(実際に家まで行く)するときに、最も苦労するのがこの本町、幡ヶ谷地区である。

 「私に何の関係があるんですか?」は、いくらなんでも言いすぎだ。税務課員が本町、幡ヶ谷地区に住む非正規労働者から取り立てている税金が、回りまわってあなたの1300万円の年収になっているのではないですか!自分の給料を払っている人たちを、今、この時点で何とか助けるのが「福祉保健部長」のあなたの第一の仕事ではないのですか?

 鈍感すぎる。現実に食えなくて、首をくくったり、かっぱらいをする人が、やがて出てくるんですよ。確かに渋谷区は全国でも飛びぬけて豊かな自治体です。でも、本町、幡ヶ谷地区にはそこから落ちこぼれた人たちが確実にいるんです。それを救うのが「福祉」ではないんですか!

 「金持ち、喧嘩せず」が、この渋谷区の本質的な流れであった。しかし、この大不況だけは別だ。「君子、豹変」しても良い。みんなで豊かな税金を「雇い止め」になった人に、回すべきではないのか。まずは区営住宅、職員住宅を開放したり、福祉で解雇一時金を支給する事をまず始めてもらいたい。また「財源がない」と、松崎部長は文句を言うだろう。しかし、清掃の莫大な残業、例えば「住民指導」等を減らせば十分にあります。

 松崎部長、こんなに追い詰められても「私に何の関係があるんですか?」と、これからも言いますか?

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2,310円を持って、救世軍に行った

 12月20日、土曜日に救世軍に行ってきた。救世軍バザー場は杉並区和田2-21-2で、ちょうど立正佼成会聖堂裏、和田中学傍にある。毎週土曜日、午前9時から午後2時までバザーがあり、ほとんどのものが市価の半額から、物によっては1割前後で買える。大半は中古品だが、中には東急デパート、東急ストアーなどの倉庫整理品が並ぶことがある。

 昨年、出版した「B級自由民宣言!」(宝島新書)でここを紹介し、最も反応があった。もう10年近く通っているが、今でも2月に1度くらいは、かみさんと顔を出す。20日はかみさんのNGOの女友達と、8時50分くらいに笹塚駅前ロッテリアで待ち合わせをして、9時前には車でバザー場に着いている。車で約10分。入り口には、もう30人くらいが待っている。裏口では50人ぐらいが、10分前から先着順に会場になだれ込んでいる。

 たまたま財布には2、310円しか入っていなかったが、10時までの1時間で、充分過ぎるくらいの買い物をした。買ったものは全部で9点。

 ① フラノの黒ズボンが500円。ウエストは82。食事の量を減らしたので、ウエスト84から2センチも細くなった。「その一口が・・・豚になる」渋谷区役所広報相談係長に見せてやりたいものだ。

 ② 分厚く、長い厳冬用ウールの青マフラーが200円。

 ③ 緑の手造り本棚が100円。机の上の本を入れるのに、ちょうど良い大きさである。

 ④ セリーヌの冬用パジャマが600円。中古品であるが、暖かそうだった。

 ⑤ ベートーベェンのピアノ協奏曲「皇帝」。CDが200円。

 ⑥ 美空ひばり「港町13番地・波止場だよ、お父っあん」。50円。もともと大創産業だから定価の半分。朝鮮総連の人たちは「在日の星」と力説するが、父親が朝鮮人であったかどうかは証拠がない。ただ、ひばりの曲には妙に惹かれる。

 ⑦ Jプレスのボタンダウン青ワイシャツ。普通に買えば1万円ぐらいはするが、帰宅後、着てみてきついことが判明。でも200円だから、まあ、良いか。救世軍ではよくあるミス。

 ⑧ 赤のデザインが鮮明なバスタオル。ブラジル製で中古品だが、一目惚れですぐ400円で買う。

 ⑨ 中央公論社「日本の文学39 葉山嘉樹 小林多喜二 徳永直」。70年に出版されているが、まだまだ綺麗なので50円で買う。プロレタリア文学は、今まで貧乏臭いので敬遠していたが、最近になって、当時の状況が人事ではない気がして、改めて読んでみようという意欲が涌いて来た。

 全9点、金額が計2,300円。財布には10円が残っただけである。かみさんはスカート、カーデーガンなどを買い漁ったようだ。特筆すべきは、かみさんの友達である。ブルックスブラザーズの女性用上着を、わずか1000円で手に入れている。ニューヨークの本店にも行っているが、値段が高くて手が出なかったことが多かった。それが1000円である。定価はその50倍以上である。買った本人はぼくに言われるまで、アメリカの最高級品ブルックスブラザーズのことを何も知らなかった。

 ぼくはバザー場に、1時間しかいないことにしている。いくら百貨店みたいに大きな所であっても、1000人近くの人が押し寄せ、人ごみの中で気分が悪くなるからである。中には転売業者が混じり、柄が悪いこと夥しい。とにかく倉庫整理、それに各家庭のご贈答品整理などで、仕入れ値が無料と言うこともあり、売値が安い。何よりも、救世軍によるアルコール依存症支援という大儀名目があるので、消費税も0である。

 10年近く通って、ぼくの行動パターンは確実に変わった。一つは、着るものはほぼあるから、アクアスキュータム、チェスターバリー、ハリスツイードなどブランドを除き、コート、ジャケット、背広など、もうあまり興味がない。ましてや、60歳を超えると、スーツを着ることはほとんどない。

 最近は図書売り場で、時間を使うことが多くなってきている。幡ヶ谷、方南町の「BOOK OFF」よりも安い。ちなみに11月1日には野口悠紀男著「超旅行法」も100円で買っている。10月4日にはブリューゲルの展覧会の画集が出て、200円で急いで買った。すごく、得をした気持ちになった。今度はもっと時間をかけ、英書、地図をじっくりと見たい。

 かみさんが良く嘲笑するのだが、ぼくはこの10年間、救世軍で買ったものを、手帳に記録している。「自分は本当に良い買い物をしたのか?」と、いつも自分に問いかけている。今回は100円の緑の本箱が良かった。使い勝手が良いし、緑の色は心を和ませる。08年は計6回行き、16、550円の買い物をしている。やはり夏は少ない。出物が減り、まさに「夏枯れ」である。その反面、10,11(この月は2回)、12月に買い物が集中している。

 救世軍に行くことは、気分転換であると同時に、生活防衛でもある。景気が急速に冷え込んだ10月からが多くなっている。少しでも出費を減らしたいのである。そもそもサブプライムローンから始まり、リーマンブラザーズが倒産し、その余波が日本にも押し寄せ、1929年以来の世界大恐慌である。ぼくが勤めていたテレビ番組製作会社のほとんどは、いつ潰れてもおかしくない。

 景気が回復する、ここ2~3年、必死になって耐えしのぐしかない。ぼくが住んでいる168所帯の共同住宅も、新住民は家賃が最低でも月15万円もするから、負担に耐え切れず、ひっそりと出る家族も多い。運のいい人は都営住宅に移れるが、そうでない人たちのその後はわからない。我が家のように、救世軍などを利用し、経費を極力減らし、春を待ちわびている家族が多い。地下にある伊勢丹のスーパでも11月になってから1割引の日がやけに多くなった。

 民間企業も12月のボーナスは大幅カットである。然るに公務員はどうか?渋谷区など23区、それに東京都などは、3月にも第3のボーナスがある。せめて3月のボーナスは雇い止めをされた非正規雇用の労働者の救援のために回すべきだと思う。納税者がこんなに苦しんでいるのに、清掃、警備、学童擁護の単労の人たちは、3月にもボーナスを受け取り、年収1000万以上になる人も出てくる。絶対に、おかしい。

 生活が厳しいとぼやく前に、彼らの「既得権」をまず粉砕しょう!

 

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敵を間違えるな

 最近では11月28日、元厚生省事務次官家族の連続殺傷事件、6月8日、秋葉原大量殺人事件等、物騒なことが続く。でも、ぼくは99年9月8日、池袋サンシャイン近くで「むかついた、ぶっ殺す」と、23歳の若さで2人殺し、6人に怪我を負わせた造田博のことがいまだに気になって仕方がない。岡山県の進学校である倉敷天城高校に在学していた時に、パチンコに狂って、サラ金に追われるようになった両親に遺棄された哀れな青年である。

 まだ高校生のときに、担任の先生、親戚、民生委員等が親身になって手を差し伸べれば、通り魔になることはなかった。奨学金を活用すれば、本人の希望である大学も進学可能だっただろう。しかし、ここでも社会的に「排除」され、高校を中退した造田博は新聞配達などの最底辺労働に追い込まれ、やがて心を病んでしまった。その挙句が池袋の凶行である。

 07年4月19日に、最高裁で横尾和子裁判長が造田博に死刑を確定させた。この横尾和子(41生まれ)こそが、今回取り上げる「巨悪」の一人である。ICUを卒業後に、厚生省に入り、86年に厚生省年金局企画課長、94年に社会保険庁長官、98年に駐アイルランド大使、01年に最高裁判事と、高級官僚の「王道」を順調に駆け上がった。しかし、そんな彼女にも「逆風」が吹いた。08年に最高裁を定年を待たずに「依願退職」している。名目は「依願退職」だけれど、実際は社会保険長官時代のでたらめな年金処理への批判が強まり、詰め腹を切らされたというのが実情である。

 判っているだけでも厚生省、社会保険庁、外務省、最高裁の退職金がある。総額何億円にもなる。せめて社会保険庁長官時代の退職金ぐらいは,責任を取って返還すべきだと思うが、溜め込んだままだ。卑しい高級官僚の一つの典型である。

 元厚生省事務次官家族の連続殺傷事件の犯人・小泉毅は明らかに標的を間違えている。そして、山口剛彦(元)事務次官夫妻を殺したのは明白な間違いである。殺すことはない。むしろ、横尾和子のことをもっと国会図書館で調べるべきだった。

 造田博も秋葉原大量殺人事件の犯人・加藤智大も怒りをぶつける相手を間違えている。手っ取り早く殺せる老人、タクシーの運転手、アルバイトの女性店員は本当の敵ではない。むしろ被害者だ。本当の敵は5っある。

 ① 横尾和子に代表される一部の強欲な高級官僚。

 ② 堤義明に象徴される、名ばかり「節税」者。

 ③ パチンコ屋など、脱税している一部の在日韓国・朝鮮人(以下、コリアンと略す)。

 ④ 逸脱行為が余りにも目立つ三笠宮寛仁

 ⑤ 既得権に胡坐をかく白あり公務員(清掃、警備、学童擁護などの単純労務職員)

 ② まず堤義明のことについて触れたい。西武鉄道、プリンスホテル等の西武グループの「天皇」、堤義明(34生まれ)は05年に有価証券偽造(証券取引法違反 インサイダー取引)で、東京地方裁判所から懲役2年6月、罰金500万円、執行猶予4年の有罪判決を受けている。

 西武グループ、そして堤義明本人も税金をほとんど払わないことで、「節税」の究極として、ずっと悪名が高かった。それが脱税ではなく、微罪である証券取引法で逮捕され、執行猶予のうえ、たかだか罰金500万円ですんだという事実がぼくには信じられない。もちろん裏取引があったと思う。判決後に「院政」を決め込み、表にはほとんど出てこないが、日教組のプリンスホテルキャンセル事件などで、時たま堤義明の「影」を感じる。民主主義の本当の「敵」は名ばかり「節税王」、本当は「脱税王」堤義明だと思っている。

 ③ 在日コリアンたちのパチンコ屋脱税は、確信犯・堤義明に比べれば、脱税額においても可愛いものである。でも総数は圧倒的に多く、毎日の紙面を賑わせている。戦後、在日コリアンはパチンコ産業を大きく繁盛させ、トヨタなんかよりもはるかに大きな売り上げを誇っている。問題は利益率である。これもダントツである。

 ずっと社会保障が手薄だった在日コリアンの生活レベルが近年、上がったのはひとえにパチンコのおかげである。日本で商売する以上、ほどほど税金を納めていれば問題がない。でも一部だが、日本政府を馬鹿にして、脱税する人が出てきた。しかし、税務署、とりわけ査察、いわゆるマルサを軽視してはいけない。

 それに少し、口を慎んだ方が良い。特に人権の面から、戦前の日本を批判することはは理解できるが、現代日本を口汚く罵るのはアンフェアーだ。もっと「祖国」の現実に向き合って欲しい。

 ④ 逸脱行為が目に余る三笠宮寛仁(46生まれ)のことに触れたい。他の皇族は慎ましやかに生きていると思う。ただ、この人だけは僭越だ。特に女系天皇反対の彼の主張には、当惑した。ぼくは女性が天皇になっても良いと思っている。過去にそんな例が多いのだから不自然でもない。

 ただ、彼が男の子を生むために「側室」の復活を言い始めたとき、当惑から困惑へと変わった。女は子どもを生む道具か!「側室」復活は、現行の民法などの法律を根底のところから覆す「天下の暴論」である。いくら皇族とはいえ、「超法規的な存在」ではない。この人は明らかに勘違いしている。

 もう一つ、勘違い振りを紹介したい。敗戦後、旧皇族の多くが整理され、すっきりした。旧皇族のかなりは無残に落ちぶれ果てていった。その住居を買い叩いて、急速にのし上がったのが堤義明の父である。

 三笠宮寛仁は今になって、落ちぶれ果てた旧皇族の皇籍復帰を言い張るのだ。しかし、その費用(生活費等)は私たち持ち(税金)である。ここにいたっては、困惑から迷惑へと変わる。やはり、三笠宮寛仁は、以前に彼が強硬に主張していたように「皇籍離脱」をしてもらうしかない。毎月の生活費(税金)をきっぱりと絶った後に、経済的に自立し、自分が何であるかを冷静に考えてもらいたい。

 ⑤ 白あり公務員について書きたい。これは三笠宮寛仁とも関係している。「既得権」のことである。上は三笠宮寛仁、下は清掃、警備、児童擁護などの単純労務地方公務員(単労)は今まで見過ごされてきた。しかし、現在も渋谷区に限らず、都内23区では年収1000万円以上の単労は多い。その秘密は超過勤務手当てなどの「手当て」である。特に清掃では納税者を指導する「指導残業」が信じられないほど付く。

 この5っの敵に対しては、まだるっこしいが、世論に訴えていくしかないと思っている。でも、いつかは必ず大きく変わると思う。「持続は力なり」だ。

 いまや、1929年の「世界大恐慌」以来の不景気である。多くの派遣、期間工は景気の調節弁として即刻首を切られ、会社の寮から追い出される。厚生労働省によると、その数、3万人あまり。しかし、この数字はあくまで表面的なものであり、実際はその何倍もの人が職を失う。かなりは組合、NPOなどによって救われる。しかし、造田博のように、そのセーフティネットからも落ちこぼれる人たちが出てくることは間違いない。ぼくは池袋、新宿、渋谷などの盛り場に、あまり行かないようにしている。暴発のとばっちりを避けるためである。

 敵を間違えるな!敵はこんな不景気でも、「俺には関係ねえ」と既得権を楽しむ人たちである。3月には地方公務員のほとんどに3回目のボーナスが出る。6月、12月のボーナスはわかるが、3月ももらうのは地方公務員だけである。ちなみに国家公務員は廃止されている。せめて、その3月のボーナスの一部で良いから、首を切られ、寮を追い出され、ホームレスになるしかない元派遣、期間工に回してもらえないか?社会的「疎外」を少しでも食い止めたい。

 第2,第3の造田博を輩出させないためにも!

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せめて「時間セレブ」と言われたい

 「あんたは『時間セレブ』だから・・・」

 最近、かみさんが決まり文句のように「時間セレブ」を多用する。言い換えれば「閑人(ひまじん)」である。確かに60歳からますます時間がたっぷりある。新潟市に住む同期の友人は59歳で勧奨退職し、町内会長として、地域に尽くしている。9月に村上市の「〆張鶴」酒蔵に行ったときも、わざわざ付き合ってくれた。

 (旧)文芸坐で80年代、「文芸坐ドキュメンタリースペシャル」の企画責任者を務め、全共闘、とりわけ日大・東大闘争の記録、「怒りをうたえ」をオールナイト上映し、余りにも客が押し寄せ、文芸坐だけではなく、文芸地下まで急遽、開館し、満員の客を収容したときほどの体力はもうない。

 ここでの10年間、企画を担当し、客の実態をしみじみと知った。客は闘争の「生血」に反応する。特に「山谷ーやられたらやり返せ」で、監督2名が次々に暴力団に刺殺されたドキュメンタリーに「怖いもの見たさ」にどっと押し寄せた。

 もう一つ、「セックス」である。原一男監督「極私的エロス」は74年製作の古い作品だが、根強い力を持っていた。平日でも1日、200人近くは集客能力があった。また、ぼくの79年度作品「沖縄のハルモニー証言・従軍慰安婦」も平日で1日、150人近くは客で集めることが出きた。いま見ると、まことに拙い作品であるが、実際にハルモニ(朝鮮語でおばあさん)が裸電球の下で語る事実に圧倒されるのだろう。

 文芸坐での10年間は、もう一つの「私の学校」だった。作品のプリント代は当方持ち、しかし、上がりの半分は文芸坐に行くから、こちらも当てるために必死だった。「たてまえ」や「能書き」では集客できない。金を払うのは客である。ぼくは客を集めるための試行錯誤を包み隠さず、当時教えていた日本映画学校で、学生たちに伝えた。客の実態を知らないと、赤字が続き、やがて、この業界から放り出される。ぼくが金にシビアーであることは、このときの体験が大きい。

 旧態依然としたことを教える劇映画の監督たちと対立し、99年に日本映画学校から追われた。次に行ったのは、テレビ番組製作会社である。日本テレビ、フジなどの局の下請けである。企画部長として、4年間いたが、年収だけでなく、局と下請けのあまりの差に唖然とすることが多かった。

 局の番組担当者がマラソンが好きだといえば、いつもは夜遅くまで飲んでいる製作部長、編集部長、デレクターたちが、朝早くから皇居前に集まり、局の担当者の後からジョギング姿で走るのである。また、関西の局の番組担当者が上京する度に、社長以下、会社幹部たちが赤坂で接待に当たるのである。民間会社の「営業」の大変さを、身近に見ざるを得なかった。

 渋谷区役所にオンブズマンとして、初めて来てから、もう10年たった。ぼくの基本は「市民社会」の常識である。公務員といえども「市民社会の一員」である。ただ、ぼくらは利益最優先の市場経済、資本主義社会に生きており、たとえれば「動脈」である。然るに、公務員は老廃物などを処理する「静脈」だと思っている。「静脈」では、あまり市場経済が当てはまらない面が強いことは事実である。社会福祉などが重視されるのは、地方行政では当たり前である。

 今まで学校、会社、劇場などで生きてきたが、60歳を境に、ますますオンブズマンに生き方の中心が移って来た。それは、子どもたちに既得権、悪平等を全廃し、不安の少ない社会を残したいと思うからである。

 今まで憲法第9条に守られ、ぼくたち全共闘世代はすこぶる幸せに暮らしてきた。ベトナム戦争にも兵隊としていくことはなかったし、高度成長、バブル景気を享受してきた。しかし、息子たちは今のままではイラク、アフガニスタン等、イスラム教の国へ兵隊として派遣される可能性が強くなってきている。何よりもこの不景気がますます負債を積み増しすることは事実である。その借金を実際に払うのは、子どもたちである。こんなときにあえて、かっての「全共闘世代」ーいまや還暦ではあるーが立ち上がらなくてはいけない、とつい格好良く思ってしまう。

 確かに渋谷区役所に行けば、「笹塚のチャップリン」「笹塚のびんぼうさん」と心ない職員から陰口を叩かれることは多い。また、「その一口が・・・豚になる」公聴係長には、面と向かって「オンブズマンの相手をすることは福祉です」と、言い切られてしまった。でも、誰かが区政を見張らないと、「ゴルフ職免」「ヤミ専従」、そして単労(清掃、用務、警備等)職員の1000万以上の年収などの「暴走」になる。

 故郷の高岡市役所課長は50歳前後の女性で、ぼくがいつも帰省のたびに美味しいところを聞く人である。ちなみに、横田にある「寿司勘」は彼女の勧めで、10月にかみさんと死んだ親友の奥さんと3人で行って大満足している。先日、電話して、高岡市役所職員の1000万円以上の年収を聞いたところ、「市長以外にありえない」と、一言で笑われてしまった。課長である彼女の年収も800万円に届かないそうだ。

 単労の1000万円以上の年収は法外である。また、国際文化交流課で、今年の2月22日に、浅草女流剣劇の浅香光代さんを呼んで、「私の役者人生」講演会を開いている。ギャラは20万円である。国際交流と浅香光代さんとは何の関係がある?「私の役者人生」と渋谷区とは何の関係がある?変だ。人選そのものがおかしい。素朴な疑問を斉藤茂課長(中大文卒)に何回尋ねても、しかめっ面のまま「・・・」と、いまだに明確な答えがない。

 とにかく、税金を払っている納税者が見張らないと、何をするかわからない。外人部隊、出稼ぎが圧倒的に多い渋谷区職員にとっては、たかだか「人の金」である。自分の腹が痛むわけではない。怪しいことに使いがちである。

 でも、感心することもある。例えば、渋谷区では国民健康保険を支払いが遅れているからといって、板橋区みたいに取り上げることはない。ましてや、子どもたちには全員、健康保険証を手渡している。国民健康保険課長柳沢信司課長(中大法卒)の説明を聞き、うれしかった。また、福祉管理課長笠原文夫は09年3月に定年退職だが、「私は天下りをしません」と、ぼくの面前で断言した。都立大で法律を専攻した人だが、とにかく固い。「職免の女王」が西原敬老館の単労で、彼女のことで何回もぶつかった。でも、「天下りをしません」と、きっぱり言われると、見直した。奥さんも渋谷区職員でゆとりがあるから、まあ良いか。

 定年になると時間的に余裕が出来る。さまざまな時間の使い方があると思う。その一つの生き方として、自分が住んでいる地域のオンブズマンがあると思う。ただすべて自腹である。でも、そんな人を始めは警戒心たっぷりだが、一部の職員はやがて迎えてくれる。初期は「針のむしろ」と感じることもある。しかし、こちらの目的が社会貢献、社会参加、既得権と悪平等廃止がわかると、職員のほうから様々な情報が入ってくる。単労、とりわけ組合が別である高給の清掃の人たちに対する、事務職の根強い反感をぼくは感じる。

 月に2,3回、笹塚バス停の銀杏並木の落ち葉を踏みながら、ハチ公バスで渋谷区役所に行く。納税者だったら自分たちの税金が何に使われているのか、点検するのが当たり前だと思う。それをやってこなかったから、1000万円以上の清掃のおじさんを輩出してきたのである。でも、渋谷区役所3階の情報公開で座っているぼくの後ろから「笹塚のチャップリン」「笹塚のびんぼうさん」と陰口を叩くのはやめて欲しい。T主事、せめて「笹塚の時間セレブ」といって欲しい。

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朝日新聞夕刊を切った

 我が家ではずっと論争があった。かみさんが朝日新聞購読を打ち切って、東京新聞に変えるように強硬に迫るのである。カンボジア難民、地雷禁止などのNGOの広報をやっていたかみさんには、朝日新聞の記者、解説委員、論説委員は大きな味方のはずである。それが最近では不勉強、東大卒の傲慢さが鼻についてきたようだ。かみさんの上司であったNGOの元代表は、東大が大嫌いで、朝日新聞から東京新聞にもう変えている。

 かみさんが東京新聞に熱心なのは、購読料の安さもある。朝日新聞に比べて1000円近く安い。ためしに、ぼくも40円といまどき信じられないほど安い東京新聞夕刊を、京王笹塚駅のスタンドで買ってみた。率直な感想は「値段相応」である。ページ数が少なく、中身も薄い。

 しかし、かみさんの要求は日増しに強まるばかりだ。晩酌も2日に1度に減った。そこで奇策を実行した。朝刊は従前どおりに朝日新聞。ただし、夕刊は日経新聞。日経新聞夕刊は駅で買うと50円である。それが値段以上に内容が充実している。特に11月8日からの「進化する図書館」シリーズには唸った。北区立中央図書館の「終日過ごせる図書館」を紹介したものだ。

 実は以前に朝日新聞と日経新聞両紙を併読していたが、時間がないことと経費節減のため、朝日新聞だけに絞ったことがある。しかし、「朝日を切れ」と言うかみさんの強硬な申し入れにより、日経新聞夕刊に変えた。一月1680円。一方、切った朝日新聞夕刊は250円しか、安くならなかった。

 かみさんがどれだけ脅しをかけようが、ぼくは朝日新聞の愛読者である。特に朝刊「声」欄の支持者である。11月14日「円高も良い面 不安あおるな」「給付金やめて 無償奨学金を」にそうだ、そうだと、つい声をかけたくなる。ただし、(故)松井やより記者に代表される過激な記事、特に従軍慰安婦、外国人花嫁等に関して、その渦中にあるものとして「もっと取材したら」と一貫して思っていたことは事実だ。理念先行の「頭でっかち」のところがまだある。

 特に現在、ぼくがしゃかりきになって駆除しょうとしている「白あり公務員」に関して、朝日新聞はあまり取り上げない。ぼくの知っている限り、07年にぼくが「論壇」に書いたもの以外は、清掃、用務等の公務員の1000万円以上の年収に触れたものはない。都営住宅に住む学友のように「下級公務員だから仕方がない」と思っているのだろう。ちなみに、学友は朝日新聞の熱烈な愛読者である。

 昨年度から朝日新聞でさえ、赤字になった。現在住んでいる所帯数168の共同住宅ですら25部前後に落ち込んでいる。日経新聞もほぼ同数である。若い人たちはパソコンで済ませている。せいぜいで、駅の売店で買うくらいである。アメリカではもっと極端で、倒産する新聞社すら出てきている。

 矛盾するかもしれないが、朝日新聞にもっと「既得権」のタブーに挑んで欲しい。下は「白あり公務員」、そして上は三笠宮系列の皇族にもあえてメスを入れてもらいたい。多くの皇族は慎ましやかに生きている。しかし、この一族、とりわけ「髭の殿下」の僭越な言動には納得できないものが納税者としてある。 サブプライム、リーマンショックで、底知れぬ不景気に陥っている現在、税金で豊かな生活を享受している「髭の殿下」の今までの発言をもう一度、考え直したい。そのためだったら、喜んで夕刊を再購読したい。

 

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久しぶりに帰省した

 12月5日に久しぶりに帰省した。ぼくの故郷は人口約17万人の富山県高岡市。中学校までいた。県下で一番の進学校・富山中部高校に合格したが、受験生の顔を見て、暗くて面白くなさそうなので、たまたま出来て間もない国立長岡高専(5年制)に進学することにした。

 しかし、長岡高専に4年間いて、落第し、自分は理系に向いていないことをとことん悟り、早稲田大学文学部に大きく転進した。その間、学費をずっと払ってくれたのは母である。母は高岡で映画館に勤め、裕次郎、吉永小百合、スターウオーズ人気等で、映画が好景気だったこともあり、大学も5年間も在学し、落第生だった一人っ子のぼくにせっせと送金してくれた。

 60年代、昭和の時代の高岡は鋳物、漆器の職人、床屋、果物屋の商人たちがまだまだ元気で、そういう人たちが母の映画館、祖母の履物屋のお客さんだった。それが昭和が終焉し、バブル崩壊後に町全体がみるみる衰退し、現在では60年代、昭和の賑わいが嘘のようなゴーストタウン化、劣化現象が進んでいる。駅周辺は見事なほどの「シヤッター通り」である。

 原因は、バブル崩壊後に富山湾沿いにあった重厚長大の工場が中国に移転したり、鋳物、漆器が安い中国製品に押され、かわいそうなくらいに売れなくなったからである。中学校の同級生たちの実家も倒産したり、突然、同級生の消息が絶たれる。かって、ひそかに恋焦がれていた中学きっての美女の鋳物問屋の実家も倒産し、お婿さんと彼女も町から姿を消した。偶然、東京で再会したが、かっての華やかな面影はなかった。

 5日は強風のため、2時間遅れで高岡駅に着いたが、駅前ビルはサラ金ビルになり果てていた。ミスター・ドーナツなどのまっとうな店子が撤退し、代わりに店を出したのがサラ金である。ずらっと、けばけばしいサラ金の支店が軒を並べるのは壮観である。でも下品だ。駅前ビルは高岡の「貧すれば、鈍す」の象徴である。

 今回の帰省の目的は、母の頼みで郵便局で金を下ろし、銀行口座に移し変えるためである。55歳から厚生年金をもらい、それでも65歳まで映画館を辞めなかった母は、まだ郵便局に十分な蓄えがある。だから89歳の今でも、車椅子ではありながら、老人健康施設(老健)の広い個室で優雅な老後を過ごすことができる。

 それが小泉内閣になってから、毎月17万円の年金では少し足りなくなってきた。でも息子をわざわざ東京から呼んで、郵便局で金を下ろすほどではない。不安なのである。老健の毎月の支払いの後に、銀行通帳にまだ何十万も残金がないと落ち着かない。幸い、郵便局も銀行も間に合い、すべての用事を済ませることが出来た。時間がまだあったので、中学同級生の駅前の床屋へ行った。ここも客がほとんどいなかった。

 2時間近く、丁寧に髪を切り、髭を剃り落としてもらいながら、同級生に町の事情を聞いた。床屋は町の「情報センター」である。父の代からの昔ながらの床屋は、町の事情に詳しい。どこどこの会社が倒産をしたり、一家夜逃げをしたり、スナックの家賃が払えなくなったり、高岡の明るい話は少ない。とりわけ、駅裏の大型スーパー「サテイ」の、09年1月の閉店は大きな話題である。ダイエー、ユニーと多くのスーパーは早めに撤退した。サテイがこれで消滅し、ただ一つ郊外に残るは巨大イオンだけである。駅の商店街のほとんどの店を倒産させ、イオンの圧倒的な一人勝ちである。

 「サテイ」が店仕舞いすると、車がない近くの高齢者が困る。母は老健にいるからまだ良いが、駅近くの老人たちは、かろうじて残る「大和デパート」の地下で、高価な大根1本を買わねばならなくなる。10月に帰省したときに、かみさんと駅から自宅まで10分ぐらい歩いて帰ったが、夜7時ころ、ほとんどの家で、明かりを見ることがなかった。若い人が少なく、老人しかいないのに、おかしいと思っていたが、自分の母のことを考えると納得する。町内の老人たちは病院に入っているか、買い物に不便なので、子供たちの郊外の家に引き取られているのだ。

 夜はニューオータニ高岡に泊まる。1泊+豪華な朝飯付きで6,800円である。今まで1万円近かったが、値段を落とさないと客が取れないのである。ディナーもフルコースで1,500円で、何か得をした気持ちになった。今回は寒いので、近くの割烹「八五郎」には行かなかった。ここは5000円近くは取るが氷見のぶりなど、新鮮な魚が美味しく、いつ行っても満員である。高岡でも、少数の勝ち組はいるにはいる。

 翌朝、6日は猛吹雪である。午前中に老健の母を見舞い、午後1時41分の「はくたか13号」で東京に戻った。JR東日本の「大人の休日倶楽部」、1万2千円で指定券付き帰省切符は、これで今年はもう終わりである。雪が溶ける来年3月まで、もう高岡に帰ることはない。

 実は、10月にかみさんが親友の墓にお参りをしたいというので、全日空で1泊2日で帰郷したが、富山空港から高岡駅までのバスにショックを受けた。まず、バスが古臭く、運転手も祖雑で、乗っていて不快だった。帰りも高岡駅前の吹きっさらしのバス停で閉口した。便所もなく、使いたいときは5分も歩いて、高岡駅の便所に行かねばならない。これに懲り、飛行機を使わず、出来るだけ、はるかに安いJR「大人の休日倶楽部」を使うようにしている。

 「故郷は遠きにありて思うもの」。60年代、昭和の時代の高岡はまだ職人、商人、工員が多く、典型的なブルーカラーの町にも活気があった。氷見線は伏木の工場に通うブルーカラーで満員だったし、年始の駅前には近郷、近在の職人、工員でごった返し、商店街は大賑わいだった。まだ大型スーパーはなかった。それがバブル崩壊後、工場は中国に移転し、職安は仕事を探す元工員で溢れていた。母の映画館もやがて閉館し、高岡の町は失業者と年金で生活をする老人の町へと、大きく変わった。しんしんと底冷えのする町である。

 高岡交通のタクシーでびっくりしたことがある。運転手がやけに上品なので、前職を聞いてみた。「以前は、高校の教師でした」。町全体が底冷えし、私立高校に生徒が集まらなくなり、一部の教師が解雇された。その一人が、ぼくの前にいる。高岡の惨状、ここに極まれり。

 6日、上越新幹線のトンネルを抜けると関東平野は澄み渡った青空だった。越後湯沢まで雪に苦しめられたが、笹塚は温かく、そして人ばかりが多かった。笹塚では再開発が進行中で、駅前は大きく変わろうとしている。駅前の京王グループの建物が老朽化のため、新築され、大型ショッピングセンターがこれから出来る。現在、笹塚では2DKマンションが月15万円前後だが、再開発とともに18万円前後まで高騰するだろう。

 渋谷区に住むというのは大変、お金が掛かることである。地代、家賃、物価等、お隣の中野区、杉並区、世田谷区の10~20%、余分に請求される。渋谷区ではかって高岡を追われた商人、職人、工員たちが住むことは難しい。多くは神奈川、埼玉、千葉などの首都圏に分散している。渋谷区は港区と並んで「勝ち組」の町である。近年、ますますその傾向が強い。

 東京、とりわけ港区、渋谷区へと富は一極集中する。ここではスーパーが突然、閉店することもないし、元高校の教師がタクシー運転手することもない。日本国内の富と若者を集め、こんな不景気の中でもだんとつの一人勝ちするだろう。でも住民はそのぶん、負担を要求される。本当に必要だったら払おう。しかし、清掃、警備、学童擁護の人たちー白あり公務員ーの年収1000万円以上の事実を知ると、ついつい底冷えの町、わが故郷を考える。高岡市役所でも部長級で1000万円以上というのはほぼいない。

 いくら「金持ち、喧嘩せず」でも、そろそろ動いた方が良い。「白あり公務員」にまわす金ー多くは神奈川、埼玉、千葉、一部は八王子市の「白あり御殿」のローン返済にいくーを奨学金(東京都よりも小額)増額、それにこの不景気で解雇される非正規社員への救済に回した方が良い。緊急に助けを必要としている区民もいるのだ。もう、既得権に胡坐をかいている「白あり公務員」を駆除する時代である!

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渋谷区に住むことは得か?-2

 「渋谷区に住むことは得か?」が深く静かな反響があったので、パート2を書くことにした。

 実際、渋谷区に住むことは割高な家賃、物価等を負担することである。少なくとも足立区に住むよりは2~3割、お隣の中野区に住むよりは1~2割、余計に請求される。不景気のため、我が家でも最近では代々木郵便局近くのスーパー「OK」でまとめて買い物をすることが多くなった。この30年間、自宅地下にあるスーパー「クィーンズ伊勢丹」ばかりを利用していたが、「OK」の飛びぬけた安さ、特に全品、消費税3%引きに嵌ってしまった。しかし、「クィーンズ伊勢丹」でしかないもの、安全な洗剤、抹茶入りトイレットペーパー、「チャイナフリー」の惣菜等だけは運んでもらっている。

 確かに「高いなー」とため息のつくことが多い渋谷区だが、ここは老人、障害者に誠に手厚い。それは代々木郵便局近くの「せせらぎ」へ行けば納得してもらえる。老人用住宅、デイケア、リハビリ施設など、いたせり付くせりである。私たちの税金が有効利用されていることが良くわかる。ぼく個人、週に1度、リハビリ施設を使っているので、重宝している。ちなみに大半が無料である。

 気になるのは施設の従業員の年収である。施設長でさえも年収1000万円は行かない。なぜなら渋谷区の職員ではなく、下請けだからである。従業員全員、せめて半分の500万円の年収は保証してあげたい。だって、職員だからといって、あまり働かないゴミ清掃の人に一人1000万円以上も払っているのだから・・・

 また、老人を大切にしていることは、新築の西原敬老館に行けば、よく納得できる。今までの古臭く、お粗末な笹塚敬老館のイメージ、「何故、笹塚に山谷、寿があるのだ?」しかなかったが、たまたま家の近くの西原敬老館に行って、イメージを大きく変えた。白亜の豪邸、という感じである。西原地区のおじいさん、おばあさんが入浴、カラオケ等でのんびりと時間をすごしていた。ただ受付が単労のおばさん、別名「職免の女王」で、感じの悪いこと、おびただしい。自分も「公務員」だと、威張っている。杉並区みたいにNPOが敬老館を経営した方が、経費が半分にすみ、もっと多くの人が利用できるのに・・・

 西原地区には、これから西原図書館が新築される。老朽化の進んだ敬老館、図書館に苦しむ笹塚地区とは正反対に、税金の恵を高級住宅地・西原地区の人たちはさんさんと受けるのだろう。西原地区の入り口、新京王線幡ヶ谷駅傍に古くから和菓子屋「虎屋」がある。そこの豆大福が好物で、かみさんに良く買ってきてもらう。まったりとした味である。西原地区の人たちが、この老舗「虎屋」をずっと支えてきたのだろう。

 玉川上水跡の緑道を、幡ヶ谷から初台駅近くまで散歩すると、喫茶「ミミ」がある。小さなオープンカフェだが、引き立てのコーヒーがうまく、それに安いので、中高年の客がぶらりと一人で入ってくる。マダムが一人でやっているようだが、上品で気持ちが良い。隣がラーメン屋の「珍竹林」だが、看板を見ると、反射神経的に監査事務局長菊池のことを思い出す。威張りすぎて、転ばないように。

 ぼくが渋谷区に満足度が高いのは、「ミミ」の甲州街道挟んだ反対側にある初台「オペラシティ」の存在が大きい。特に3階の「コンサートホール」で、ピアノコンサートを聴いていると日頃のいやなことを忘れ、ショパンやモーツアルトに陶酔してしまう。コンサ-トチケットは渋谷区勤労者共済が2000円で出すことが多く、何か得をしたつもりにいつもなる。

 また月1度、正午の「ランチコンサート」も無料で、バッハのパイプオルガンを聴きいることも多い。地下1階にある英国式パブ「ハブ」もお気に入りで、7時まで飲み物が半額になる「ハッピーアワー」を友人たちと楽しんでいる。ここは渋谷区勤労者共済が出している「ジェフグルメカード」が使え、すべてを14%引いてくれるのも、ご機嫌の理由だ。

 確かにサブプライムローン、リーマンショックで身も心も冷え込んでいる。それにぼくの場合は60歳の大台を超えると、年収が愕然と落ち込み、節約に次ぐ節約である。例えばバスは100円均一の「ハチ公バス」ばかり使うことが多い。自宅前が終点、始発だから便利である。区民税で運賃を補助しているから、100円均一が可能なのである。

 12月2日に映画「レッド クリフ」を新宿3丁目の「バルト9」まで見に行った。噂どうりの超大作で、前編だけ、3時間近くを夢中になって見た。黒澤明「7人の侍」以上の活劇だが、人間描写が平板で退屈であったことも事実である。でも「レッド クリフ」は10年に1度の傑作である。60歳以上は1000円で、これまた得した気持ちにさせた。しかし、映画館としては京王線下高井戸駅前にある「下高井戸シネマ」の方がはるかに快適で、上品だ。フランス映画「ピアフ」をじっくり見るのは、アメリカ型シネマコンプレックス「バルト9」ではなく、やはりこじんまりとしたコミュニテイ・シネマ「下高井戸シネマ」だ。我が家から20分で行ける。

 自分たちが住む地域(コミュニテイ)は、自分たちで育てる。ぼくが渋谷区民オンブズマンを10年近く続けてきているのは、そのためである。常に関心を払い、見守らないと、「白あり公務員」にいいように食い荒らされる。「白あり公務員」の中に落選、引退区会議員を入れても良い。つい最近まで「研修」名目で、年100万円以上もバス旅行に使っていた。落選、引退議員が何故「研修」を100万円以上もかけてするのだ。何年も抗議を続けて、ようやく最近になって取りやめさせた。まったく、油断も、すきもあったものではない。

 私たちは区政にあまり声を上げることはなかった。「金持ち、喧嘩せず」のところが、渋谷区民に強かった。それが清掃などの単労に1000万円以上の法外な年収を許してきた。しかし、かんじんの私たちの生活はそれほど豊か?一部の職員に「笹塚の貧乏さん」「笹塚のチャップリン」「ペーパータイガー(張子の虎)」と嘲られているが、この10年間、職免、残業等の情報公開を続けて、確実に不正は少なくなったといえる。朝日新聞の「声」欄の読者たちが朝日新聞を支えているように、渋谷区はぼくたちのような人間たちが作っている。

 商店街の親父さんたち、利益誘導のおじさんたちが多くを占める区議会だけが、区政を仕切っているわけではない。ぼくたち、「市民」が声を上げ、関心を払わない限り、、「白あり公務員」たちが闇で蠢くだけである。

 確かに多くの問題が山積している。しかし、多少割高だが、渋谷区にあえて住んだほうが良い。なぜなら、ぼくたちのような「市民」が確実に存在し、不安の少ないコミュニテイ(地域)を作ろうとしているから。そして、何よりも渋谷区はそれを可能にさせる「底力」-豊かさがあるから。

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宇田川町の3っの「歪」ー菊池監査事務局長への伝言

 宇田川町(渋谷区役所の所在地)には3っの「歪」が現存している。

 その第一が、職員の50歳代が多くを占めることである。ためしに窓口をじっくりと見れば良い。50歳代のおじさん、おばさんが余りにも目に付く。職員の年齢層は逆ピラミッド型で、組織として明らかに「歪」である。

 その原因の一つは、東京オリンピック前後に質が落ちる高卒も大量採用したことだ。当時、大卒の大半は地方公務員を馬鹿にして、相手にしなかったこともある。給料が安すぎたことも一因である。その結果として、18歳から65歳(再雇用の場合)まで、47年間、宇田川町しか知らない奇妙な人たちが棲みつくようになる。待遇が高度成長の後に高止まりし、いったん入ると、居心地の良さで辞めないのだ。

 その典型が6階の土木、都市整備等の高卒の「技術」職のおじさんたちである。庁内をノーネクタイ、サンダル姿で大声を上げながら行きかう。まさにチンピラのようだ。半世紀近くも宇田川町、それも6階しか知らないから、「ゴルフ」職免を平気で申請し、それが市民社会では勤務中のゴルフがいかに非常識なことか気づかない。

 中でもとりわけ、態度の大きさで目立つ橋本主査に「勤務中のサンダルはいかがのものか?」と問い質すと、「何だと」と威嚇されてしまった。「俺は水虫だ。サンダルを履いて、どこが悪い」が、橋本主査の答えである。職場でサンダルを履くのはほとんどありえない。いくら水虫でも・・・

 問題は50歳代は年収が高すぎ、「費用対効果」を考えると、能力の割には納税者の重荷になっていることだ。同じ50歳代でも管財にいる川上係長、総務課にいる袴田係長はまだまだ良い。それだけ良く働き、調整能力もある。しかし、橋本主査や福祉管理課にいた清水庶務係長は明らかに能力不足である。行政がサービス業であることが、未だに判らないし、判ろうともしない。民間会社だったら解雇か、せいぜいで勧奨退職に追い込まれる。

 50歳だけが目立ち、20~30歳代が圧倒的に足りない区役所職員は惨めである。50歳代が辞めずに居座るから、つい最近まで採用数が0に近い。最近になって団塊の世代が定年を迎えるので、ようやく採用数も2桁に達するが、50歳代に比べ、大卒が多く、すこぶる優秀である。NPO,NGOのことも、いちいち若手には説明する必要がない。この「ブログ」もそんな若手の職員が見ている。文句があるけど、50歳代のおじさん、おばさん上役に言えないから、この「ブログ」で胸の閊えをおろしているようだ。

 宇田川町、第二の「歪」は職員の6人のうち1人しか渋谷区民ではないことだ。職員のほとんどが「外人部隊」、そして、他府県からの「出稼ぎ」であることだ。ぼくが知っている限り、山梨、茨城県からわざわざ通って来ている。国際交流課日野原係長、元商工小畑課長がその良い例である。しかし、この2名はよく働いている。そして、腰も低い。

 でもそうでもない人もいる。埼玉の奥深い町から東上線で通勤し、東上線では有名な(?)「丸広百貨店」を知らないからといって嘲笑する職員に、どうして渋谷区、都内に住むのが大前提である「地域手当」を毎月、出さねばならないのだ!ましてや通勤手当として上限、5万5千円も「外人部隊」、出稼ぎに支給している。税収不足の折、そんな高額な通勤手当を出す必要があるか!

 基礎自治体の職員は、基本的には半数以上はその区に住むべきである。それをやっているのは、都内23区の中で江戸川区だけである。渋谷区では区長も生活の本拠地は横浜市である。だからほとんどの職員が「外人部隊」、出稼ぎだし、自分が給料をもらっている渋谷区の住民には、本当のところでは関心がない。給料さえもらえば良い、という出稼ぎ根性が多いことは否定できない。

 第三の「歪」は管理職(課長、部長)、そしてその予備軍(係長)は司法試験の敗残者、落ちこぼれであることだ。それが結果的に良い様に転がれればいい。社会的弱者に優しい人ができる。東大、司法試験、押しなべて3回ずつ滑った課長たちを見ていると、汗をかきつつ、実に良く動いている。これからの渋谷区はこんな人たちが担って欲しいと思う。

 しかし、その反対もある。仁科部長である。かっては静岡県の秀才だったが、早稲田の法学部を出てから司法試験に立て続けに落ち、今では渋谷区役所に奉職している。しかし、ペーパーテストでは成績が良く、若くして課長にまで昇進している。問題は課内の人望がすこぶるなかったことだ。庶務係長は定年間際の男性だったが、「困るんだよなー」が口癖だった。

 部下たちの「温泉職免」(公務中に熱海温泉で組合会議をしていた。これは渋谷区職労の慣例である)でぼくに突っ込まれ、硬直化したまま、一言も発せなくなったことを良く覚えている。「温泉職免」に印鑑を押していたのは仁科課長(当時)である。

 しかし、その仁科部長も少しずつ軟化している。人間的に成長したのかなあ、と最近思うこともある。でも、「籠原(埼玉県熊谷市。 仁科部長の自宅がある)には清酒「直実」の造り酒屋があり、よく利き酒に行くよ」と言うと、「私は自宅では人と会いません」と、ぴしゃりと言われてしまった。

 仁科部長、誰が公務以外の君と会いたい。勘違いをするな。『自分は偉いものだ』という、思い込みがまだまだ仁科部長にはある。君は単なる「奉仕者」にしか過ぎないのだ。司法試験の屈辱をたまにでも良いから、思い起こせ!

 この3っの「歪」をもろに体現する人が宇田川町にいる。小柄な監査委員会菊池事務局長である。ぼくは玉川上水の初台駅近くの喫茶店「ミミ」が好きで、かみさんとよく行く。オープンテラスで引き立てのコーヒーを飲んで、緑道を見ていると、不思議と元気になる。その「ミミ」のすぐ隣にラーメン屋「珍竹林」があり、看板を見ると、つい菊池局長を思い出してしまう。

 定年近い今でも2時間近くかけ、茨城県の自宅から通ってきている。早稲田の法学部で司法試験を目指していたが、仁科部長と同じく渋谷区役所に拾われている。司法試験の落ちこぼれたちの「ポンコツ再生工場」が、渋谷区役所をはじめとする地方自治体である。しかし、司法試験と管理職試験、特に法律では共通点が多く、えてして落ちこぼれたちは早めに管理職になる。

 でも「初心」、司法試験落第生、敗残者であることの自覚を忘れてはいけない。しかし、菊池局長は尊大な人だった。小柄な人が威張ると、めいっぱい背伸びをしているようで「珍竹林」だ。自分たちの仕事が「行政サービス」であることが、還暦近い今になっても理解できない。

 かっての部下だった仁科部長がまだまだ欠点はあるけど、少しづつ変わろうとしているが、菊池局長だけは「天上天下、唯我独尊」である。「オンブズマンも住民の権利だからいいんじゃーない」と、面と向かって言われてしまった。でも、本当のところは人なっこい山男である。よく話してみれば、決していやな人ではない。この人が独身を貫いていることが不思議でたまらない。

 でも、この人を人とも思わない「尊大さ」を努力して減らさない限り、「宇田川町の珍竹林」として、有名になるだろう。そして、もう一つ言い残したいことがある。それはかっての同僚のことだ。尊大さでは同程度である。ただ、彼が馬鹿だったのは渋谷区民の実態ー「金持ち、喧嘩せず」、保守気質を読みきれなかったことだ。

 区長に反旗を翻し、区長選に打って出たのは良いが、惨敗だった。彼の尊大さをよく知る民主党の長妻昭は、最後まで動かなかった。共産党も選挙に熱心ではなかった。その結果が3000万円もの退職金の大半をすり、そして最近では消息も聞かなくなっている事実だ。「この道はいつか来た道」だ。血迷って「区長選に出る」といわないで欲しい。

 

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