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都営住宅の学友へー志のこと

 11月21日、小田急線参宮橋駅前、焼き鳥屋「七福」で早稲田時代の学友2人と、2月ぶりに会った。同じ「七福」でも代々木八幡の駅前店よりも、参宮橋店の方が明るく、広く、そして客質もはるかに上品であった。何よりもつまみが馬鹿高くないのが良い。渋谷区役所の東大3回、司法試験3回落ちた「伝説の課長」の推薦だけはある。一人3000円で焼き鳥等を腹いっぱい食え、生ビール1杯、芋焼酎お湯割り2杯も飲める。 

 ぼくは67年入学で、入学早々、文学部生協で「資本論」(マルクス著 向坂逸郎訳 岩波書店 上下刊)を買い込んだ思い出がある。学友二人はマルクス研究会の友人である。

 あれから40年余、それぞれ変わった。一人は商学部を卒業後に、政経学部大学院に進学し、現在は税理士である。学生時代から勉強ばかりし、女っ気のまったくない男であった。それが「先日、接待で地元のスナックへ行き、4人で3万2千円も取られた。ボトルは「角」で、付いた女は60ぐらいの婆だ。それで3万2千円だ。ボッタクリだ。2度と行くもんか」と、しつこく、しつこく文句ばかり言う。それに加え、「俺の20歳は勉強ばかりだった。金が出来た今こそ、あの時を取り戻すよ。鶯谷で若い女を買うのは青春の復讐なんだ」と、「七福」名物ホッピーをぐびぐび開け、一人で気炎を吐く。

 一方、水道通り(渋谷区)沿いの古びた都営住宅に住む学友は、それをニコニコ聞いている。いつもは日本酒の熱燗をちびりちびりと飲むが、今日はぼくに付き合って芋焼酎のお湯割りだ。彼も商学部だったが、20歳代はもっとも過激で、舌鋒鋭く批判していたのに、60歳を超えると丸くなるようだ。学生時代は人民帽をかぶり、毛語録を片手に、文化大革命支持の演説をしていた。また学内、各セクトに詳しく、妙に感心したことを覚えている。

 ぼくはと言えば、地方の男子校で「平凡パンチ」を秘かに愛読し、上京すれば、麻生レイ子(平凡パンチのモデル)のような女性と付き合えると、単純に思い込んでいた「田舎っぺい」でしかなかった。文学部2年まではフランス語専攻だったので、クラスは女性が多かった。それが税理士には今でも不快でしょうがないらしい。商学部には女子学生はほとんどいなかったらしい。「合ハイで、日本女子、東京女子大の学生たちとも付き合ってい」た、と焦らせながら告白すると、地団太踏んで悔しがる。

 とどめは「神田川」である。「一緒に住むと、女はうざったいんだよなあ」と、いかにももてたように嘘を言うと、税理士はまたまた足をばたつかせ、「このやろー」と、また怒る。税理士をからかうのも面白いが、本当の目的は都営住宅に住む学友の激励である。

 卒業後、友達はPR映画の助監督をずっとやっていた。そして、やがて北朝鮮支持の映画を主に作っていた。金正日が後継者に決まってから、ぼくは距離を置くようにしていた。それが学友には納得できないことであったようだ。何回も批判されたが、まったく好きになれなかった。

 彼の処女出版のパーティで「これから朝鮮問題をやるなら、まず朝鮮語を学んで欲しい」とぶちあげた。朝鮮総連の関係者が多く集まっていたが、これが意外に受けた。関係者も本心では、朝鮮語を学んで欲しいと思っていたようだ。肝心の本だが、観念的でまったく売れなかった。

 渋谷区職労の「金大中」支援の活動家たちと出会ったのも、80~90年代だと思う。ともに学習会を続けていた。しかし、21世紀になると、多くの日本人が北朝鮮にそっぽを向き、学友は経済的にも、追い詰められてきた。奥さんとは離婚し、二人の子どもを引き取り、都営住宅で育てていた。

 金銭的にも、異性的にも清く、「悪いなあ、払っといてよ」と、映画関係者に多い「たかり」とはまったく無縁な人である。だから40年以上も、多少観念的だが、付き合ってこれた。それがある日、突然の電話が掛かってきた。

 「俺はもうだめだ」

 泣き声である。大至急、税理士とも連絡を取り、二人で水道通り沿いの都営住宅まで行った。思った以上に、3DKの部屋は荒れ果てていた。寡暮らしが長くなると、身の回りをあまり構わなくなるらしい。60歳を目前にして、これからの人生を考えたようだ。年金も払っていない。でも、田舎の母、妹、子どもたちに支えられ、都営住宅の家賃の安さー月約2万円ーにも助けられている。ぼくたちと会って話し、泣き終わると、少しづつ元気が出たようだ。

 昨日(11月23日)、郷里の中学の同期に電話をした。12月にJR東日本の2泊3日、1万2千円の割引切符を使って上京し、ともに寄席に行く予定であった。日程を確認すると「行けなくなった」と謝る。「どうして」と聞くと、「10月から下請けの工場に再就職しているから」と、消え入るような声である。信用組合を定年前に辞め、悠々自適だと思っていたが・・・。「経理だろう」と念を押してみる。「いや、工員だよ。フォークリフトの免許も取ったよ」と答える。大卒、信用組合の課長職でも、退職金が少なく、地方では仕事がない。だからフォークリフトの免許を取って、下請工場の工員に雇ってもらうのがせいぜいである。

 元気を取り戻した都営住宅の学友は、いまも自治会の会長として、「何故、ベンツの駐車場がないんだ」と、笹塚出張所に怒鳴り込む都営住宅の住人をなだめたり、一人住まいの孤独死対策で大忙しである。でも、合いも変わらず、どれだけベルリンの壁崩壊、ソ連解体、中国、インドの市場経済参入の意味を言っても、暖簾に腕押し,頑なである。一緒に学習会をした渋谷区の単労ー用務たちーが1000万近くの年収、3000万円近い退職金、月約24万円の年金の事実をどれだけ声を大にして伝えても、「下層労働者だから仕方がないんだ」と、超然たるものだ。もう少し、自分の足元を見て欲しいと思うが・・・。そして、いまだにパソコンに触ろうともしない。

 でも気になるやつだ。そして、時代遅れだと思いながらも、ちょっぴり尊敬している。それは初心である「志」をまだ学友に感じるから。

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