「あんたなんか、大嫌い」と、言われてしまった。
「あんたはえらそうだ」
60歳を過ぎてから、かみさんに良く罵られる。映画監督、英国留学、ドキュメンタリーの数少ない専門家、オーストラリアの大学客員研究員、そしていつもアクアスキュータムか、ハリスツィードのジャケット、コートを好んで着ているから、かみさんはうざったくて仕方がないらしい。
まだ50歳代では露骨に拒否反応を示すことは少なかった。しかし、還暦を過ぎると、かみさんが朝起きての、冒頭一番がこれだ。でもかみさんが白河夜船の朝6時には起き、洗濯機を2度、時には3度回し、朝日を浴びながら干し、そしてゴミ出しをしている。そして朝食後は洗い物まで分担しているではないか。また、日によっては煮干でだしをとって、豆腐で味噌汁まで作っているではないか!
でも、かみさんに罵られるのはぼくだけではない。親友はもっと激しく学歴自慢を、声を荒げられ、弾劾されていた。たまたま中学だけは同期だったが、後は高校、大学と別だが、妙に馬が合った。ロシア、アメリカ、カナダ、オーストラリア等、40~50歳代にかけ、よく2人で旅行した。地元の短大理事長、中小企業コンサルタントなどを歴任したが、今年の7月に癌であっけなく死んでいった。
人に優しく、地元で「お助けクラブ」などを発足させるところもあったが、何かあると母校の慶応、特に補欠でようよう入った経済学部を自慢するところが鼻つまみだった。奥さんがぼくの見ている前で、激しく糾弾するのも仕方がなかった。
かみさんにがみがみ怒られた後に、渋谷区役所に行くと、心が休まる時がある。それは東大を3回、司法試験をこれまた3回落ちた後に、年齢制限ぎりぎりで渋谷区役所に引っかかった課長たちと話すときである。そのうちの一人は東大に3回も落ちた後に、早稲田くらいは受かると思い、親に入学金を準備させていたが、なんとここにも通らず、中央法学部に入学したという伝説上の人である。
これらの課長は「涙とともにパンをかじった人」であり、住民にも優しい。これからの渋谷区を支える人である。東大、司法試験と6回の挫折は多いけど!
これらの課長に癒される反面、驚くべき女性課長がいる。前広報課長(08年4月から商工観光課長に左遷)植竹ゆかりさんである。40歳代、03年に23区人事委員会課長職試験に合格後に、世田谷区から転籍してきた才女である。地味なおばさんが多い渋谷区女性職員の間では珍しく美人でおしゃれであった。とりわけ手入れされたマニキュアが印象的であった。問題はいいたい放題、遠慮ということを知らないことである。自分の才を過信している。
「(容姿が)たこみたい(学生時代から俳優・近藤正臣に良く似ているといわれたが、たことは驚きである)。文句があるなら(渋谷区の外へ)引っ越せば。(奥さんに嫌われて)家にいれないんでしょう。だから渋谷区役所に来ているんでしょう」
初めは何を言っているのか、判らなかった。しかし、そのうちに、この人は言葉のテロリストだと思った。暴言を見かねた、ある課長が「あの人は東大という噂があるから」と、囁いてくれた。しかし、その話は眉唾である。ぼくの周りの編集者、記者は東大卒の女性が多い。しかし、東大卒の女性でこんな蓮っ葉なことを言う人はいなかった。
昨日の情報公開で商工観光課の代表として消費者センターの説明をする際、余りにもいい加減だから苦情を言ったところ、言われてしまった。
「あんたなんか、大嫌い」
これは50年ほど前に中学校で、クラスのマドンナに言われたことではないのか!当時、数学の教師が能力不足で、そのうえ感情的で、クラス全員が反旗を翻した。ただ一人、それに同調しなかったのが先生のお気に入り、マドンナであった。反旗の音頭を取ったのはぼくと慶応女子高校に進学した級長であった。級長は肥満気味だったが、美空ひばりのまねが抜群にうまく、クラスの人望が抜群にあった。
「みんなも入っているから、君も反対運動に参加したら」
彼女に共闘を申し入れたとたんの、返事がこれである。当然、成績が良かったから東大か、落ちても茶水くらいには入るとみんなが思っていたが、彼女が進学したのは立教であった。「なあんだ」と、当時思ったことは事実であった。級長が牛耳るクラス会にもまったく反応がなく、そのうちに病没したらしい。「マドンナは死んだよ」と、秘かに彼女に恋焦がれていた仏壇屋のケンちゃんが最近の同窓会でポツリと、全員に伝えた。でも、商業高校に進学したケンちゃんはマドンナに相手にもされなかったのに。
一方、植竹ゆかり広報課長(当時)は07年度は具合が悪かった。明らかに容色が衰え、しみが目に付くようになった。一つは渋谷区役所の「お局様」、高卒後、定年まで係長職に甘んじ、管理職にはならないが、実際の業務を仕切っているおばさんたちの支持がなかったのが一因である。本人も苦しんだだろうが、部下たちも本人の高慢さに苦しんでいた。
やはり植竹さんは、渋谷区の気風とは相容れなかった。ここは「金持ち、喧嘩せず」だが、あざといものを嫌うところがある。可哀想だが、世田谷区に戻った方が良い。最後に一つ、あなたの大嫌いな「たこ」からのお別れのご挨拶。
「あんたはえらそうだ」
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