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2008年11月

ポストマンの年金

 毎週、金曜日にリハビリをしている。病気の後遺症で、右足が年とともに萎えてくるので、必死に鍛えるために自転車漕ぎしている。10分、ひたすら漕ぐと、ぐったりする。そしてその後に、お茶を飲みながら、渋谷区のリハビリ仲間とおしやべりをする。日ごろ、自宅で本を読んだり、パソコンに向かうことが多いので、同時代の元左官屋さん、大学の大先輩である元損保の総務部長、そして元ポストマン(郵便配達夫)の人たちのお話を伺うことは、すこぶる新鮮である。

 とりわけ、ポストマンの話は考えさせられた。彼は定時制高校に通いながら、つい最近、病気で倒れるまで、渋谷区で郵便物の配達をしていた。 まさに「一生涯、一ポストマン」である。現在、独身。小柄で、おとなしく、気配りがあって、気持ちのいい人である。左手が悪いらしく、ぼくが自転車漕ぎをしている隣で、左手を懸命に上げていることが多い。

 昨日(11月28日)、退職金の話に及んだ。ぼくら自由業は退職金とは縁がないので、バブル崩壊直後、まだ金利が5,5%の時期に、郵便局の15年物の簡保にかけこみで全期前納している。簡保の満期が退職金だと、勝手に思っている。

 ポストマンの退職金は約1800万円。この額は郷里の信用組合課長ぐらいである。しかし、毎日新聞解説委員よりは多い。同期は最後の最後まで、金額を明らかにしない。「恥ずかしい」からだそうだ。

 だったら、渋谷区の単労(清掃、警備、学童擁護などの単純労務職員)の約2300万円の退職金はどうなる。もう一つ、びっくりしたのは、ポストマンの年金が月15万円のことだった。40年以上、朝早くから晩遅くまで、郵便物を雨、雪の日にも配達して、15万円とは少なすぎる。

 母は郷里で映画館で働き、55歳から月17万円の年金を受け取っていた。母よりも少ない年金の額に愕然とした。「現場の郵便配達の連中はこんなもんですよ」。しかし、当の本人はもう、達観している。

 それを裏づける資料がある。平成20年10月16日に東京都人事委員会が公表した「平成20年人事委員会勧告等の概要」である。(4)技能(筆者注 単労)系職員の給与は民間単労従業員の平均給与が338,915円(49,6歳)に対し、東京都の単労職員は389,066円(46,1歳)となっている。平均年齢が3歳以上低いにもかかわらず、給与では5万円も高いのである。そして、参考にポストマンたち、国家公務員単労職員の平均月額が掲載されている。320,623円(48,9歳)これは元ポストマンが、定年近くにもらっていた額にほぼ重なる。

 退職金の額は給料の額に比例しているから、ポストマンの年金は月15万円でも仕方がない。しかし、同じ単労でも、渋谷区の清掃(地方公務員)と、国家公務員の郵便配達夫とは違う。ちなみに、渋谷区の清掃は月24万円以上の年金を受け取る。その半額は私たち住民が負担する。

 中国共産党の幹部が来日するたびに「日本は成功した社会主義国家」だと、決まり文句のように誉める。初めは、何を言っているのかよく分からなかった。清掃、警備、学童擁護などの単純労務、下級公務員たちの厚遇ぶり、高給のことだと気がついたのは最近のことである。

 しかし、その中国も大きく変わってきた。日本もこのサブプライム、リーマンショックをもろに受け、派遣、期間工が3万人以上解雇される。公務員、とりわけ、単労たちがいくら「既得権」だからといえ、こんなに優遇されて良いんだろうか?

 郷里では中学の同級生が、信用組合を早期退職させられ、下請工場でフォークリフトの運転手をやっている。そして、リハビリ仲間はポストマンを40年以上も勤め、年金が月15万円である。同じ公務員でもこうも違うのか!

 渋谷区民の特徴は「金持ち、喧嘩せず」である。しかし、静かな憤りは、既得権にしがみつく警備、児童擁護のおじさん、おばさんたちを前にして、やがていつか沸点に達するだろう。

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貧困ビジネスに引っかかる前にー渋谷区役所に行こう

 昨日(11月26日)、渋谷区役所3F福祉管理課民生係へ行った。目的は12月の繋ぎ資金の確保のためである。昨年も金策のために行っている。20万円を3月いっぱい借りても、利子は0である。

 正式な名称は「応急小口資金」である。生活費等で緊急に資金が必要となり、他から借りることが困難な区民に20万円まで貸し付ける。3ヵ月以上住んでいないといけない等の条件はあるが、さほどバーは高くない。あらかじめ電話をして、印鑑と預金通帳を持って行き、5,6枚の書類に署名さえすれば、その場で現金20万円を手渡す。

 それが異様に利用者は少ない。「2007 渋谷区政概要」によると、06年度は18件しか貸し付けていない。予算額は360万円にもかかわらず、貸付額は200万円を少し欠ける。もう少し「渋谷区の広報」に紹介した方が良いが、担当者は嫌がる。それはヤクザが増えるからだ。

 実際、返還率は約半分である。ぼくのように約束を守る区民は決して多くはない。でも、組合活動を名目に、実際に働かない清掃員、定年まで司法試験を惰性で受けている「天下の怠け者」警備員に、一人当たり年間1000万円以上も支払うなら、もっと「応急小口資金」を広報し、枠を広げ、たとえ半分しか返ってこなくとも、希望者全員に手渡した方が良い。優先順序は「白あり公務員」の1000万もの年収よりも、ぼくのような「貧乏さん」納税者がはるかに上である。

 また、渋谷区役所のすぐ近くに「財団法人 渋谷区勤労者福祉振興公社」(略称 きんぷく 電話3780-0878)がある。ここは区内の中小企業従業員、自営業、ぼくのような自由業の区民に年利1,8%で50万円まで貸してくれる。ぼくもここで金を借り、友人とロシア、ポルトガル等に旅行したことがある。1,8%の低金利だが、「きんぷく」もPR不足で、07,08年度利用者0である。

 今回、こんな余計なことを書いたのは、多少、面倒くさくても、渋谷区役所民生係、「きんぷく」で金をさし当たって借りた方が、サラ金、闇金の「貧困ビジネス」を利用するより良いですよ、と言いたいためである。

 ぼくがいた映画、テレビの現場の人たちがやがて50歳を迎えるとと、ギャラが高すぎたり、体が前ほどは動かなくなったりして、仕事が減り、「サラ金地獄」「闇金地獄」に嵌っていくのを、ずっと見てきた。多くは、監督、製作総括であるぼくのギャラの払い方を「せこい」と嘲笑していた連中である。寿司屋へ行っても「松竹梅」の「松」ばかりを人の金だと思い、勝手に注文していた輩だった。かんじんの金を払うぼくは「梅」専門だった。

 飲み屋に行っても「わるいなあ、払っといてよ」とたかる人が多かった。やがて、一人、一人、現場から次第に姿を消し、風の便りで世田谷区の生活保護(映画関係者は東宝撮影所、国際放映撮影所があった関係で、世田谷区に住んでいる人が圧倒的に多かった)を受けていることを聞く。

 引っかかる人も悪い。しかし、もっと断罪されなければいけないのはサラ金、闇金の「貧困ビジナス」の人たちである。そのかなりは在日韓国・朝鮮人(以下、在日と略す)である。闇金は表に出ることはない。しかし、サラ金の役員名簿をじっくりと点検すれば、ぼくの言っていることはあながち「暴論」とは決め付けられないはずだ。大山、木下、岩本等、在日の姓は特徴がある。そして、名前に朝鮮半島の伝統をまだまだ大切にしている人もいる。

 戦後もずっと、在日に決して親切ではなかった。しかし、21世紀には在日も年金、健康保険等の社会保障は決して完全ではないが、かなりのところまでいっているはずだ。一つはぼくたち、日本人側の働きかけもあった。もう一つ、在日の人たちが「パチンコ」利権を大きく花開かせて、豊になった自助努力もあると思う。パチンコ産業は、いまや世界の「トヨタ」以上で、利益率に関してはダントツである。

 在日ビジネスの象徴が「パチンコ」だが、もう一つサラ金、闇金がある。共通しているのは「貧困ビジネス」であることだ。貧乏人を相手に、泣かせて、私服を肥やしている。

 「貧困ビジネス」に引っかかるのはもう止めよう。そして、金に困ったら、自分は「貧乏さん」であることをあっさりと認めて、渋谷区役所民生係か、「きんぷく」へ行き、金を借りよう!

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大学は出たけれどー延々と司法試験に受からない「白あり公務員」

 「ぼく明治大学を出たんですけど・・・」

 若いときの無理がたたって、リハビリに病院、接骨院に行くことが多い。病院では理学療法士(以下、PTと略す)、接骨院では接骨医の若手が相手である。20歳代が多いが、中には30歳ぐらいの人たちも混ざっている。とくにPTでは補助員におじさんが混じっている。気になるので聞いてみる。その答えが「明治」である。昼は補助員をやりながら、夜にPTの専門学校(4年制)に通っているそうだ。もう一人の補助員は法政の卒業生である。

 就職氷河期に卒業後したが、何とか就職できた。しかし、サラリーマンをやっているうちに「これが天職か」と悩み、一人はオーストラリアに語学留学までしたそうだ。そのうちにPTという仕事を知り、「人助けになる」と思ったらしい。

 しかし、今はPT、接骨も国家試験の合格率が9割近いが、最近では専門学校の学生が不景気とともに増え、合格率が激減するはずである。ましてや年間授業料が100万円以上もかかり、病院で補助員を毎日しても、生活するのが大変である。それでもサラリーマンを辞め、PT、接骨の国家試験を目指す人が増えている。

 しかし、いったん国家試験に受かりさえすれば、仕事、待遇は保証される。リストラにあうことはまずない。手に職をつけることとしてPT、接骨が一つの有力な選択肢である。サブプライム、リーマンショックが連発し、身も心も、そして財布の中身もさびしくなるご時勢に、あえて補助員として夜学に通う明治、法政の卒業生にエールを送りたい。

 一方、私たちが税金で養っている渋谷区の単労(単純労務職。清掃、警備、用務等。08年4月1日現在、539人。23区の中でも圧倒的に多い。年収と退職金、年金の住民負担分は一人約1000万円。65歳までの再就職を入れると、単労は600人を遥かに超える)

 この中に警備員として26人いる。大半は中央大学法学部卒業である。高卒が大半の単労の中では、すこぶる高学歴である。実は昔、司法試験を目指していた「成れの果て」である。夜警をしながら、昼は受験勉強をしていたが、余りにも試験に受からず、多くは諦めるか、惰性で受験を続けている。

 普通、東大卒は卒業後3年、早慶卒は5年、中大卒は10年かけないと司法試験は受からないといわれている。しかし、中大卒の警備はこの10年の間に「白あり公務員」の美味しさ、楽さにどっぷり浸かってしまい、受験勉強をまともにしなくなる。ここ20~30年間、渋谷区役所の夜警で司法試験に受かったのはたった一人だそうだ。それもまだ20歳代の若者だったそうだ。

 警備の人たちは、人間的には良質である。ぼくが知っている笹塚小学校の夜警は優しく、気持ちのいい人だった。でも60歳近くになっても、司法試験合格をまだまだ目指している。そして、いまだに独身である。しかし、残念ながら合格の可能性は限りなく0に近い。だって、リハビリ病院で昼は補助員、夜は専門学校に通っている明大、法大卒の気迫を感じないから。

 大学の非常勤講師もいる夜警の人たちを見ながら「蛇の生殺し」だと思う。なんだ、かんだと年間1000万円近くを貰い、それに甘んじ、気が付いたら司法試験に受からないまま60歳である。これが人の人生か?

 でも、もうそんな人生はもうありえない。失業率はすぐに5%を超え、大学を出ても就職できない人が以前よりも目立つ。大学院を出ても「高学歴ワーキングプア」が一人増えるだけである。大学進学率80%を超える韓国ほどはひどくはないけど、日本でも「秋葉原大虐殺」「厚生事務次官殺人事件」のようなことが多発するだろう。犯人はかっての秀才である。

 「大学は出たけれど」は、戦前の小津映画の題名である。しかし、何かの資格も取らない限り、これから生活できなくなる。司法試験に受からないまま定年を迎える「白あり公務員」はもはや「絶滅危惧種」である。

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都営住宅の学友へー志のこと

 11月21日、小田急線参宮橋駅前、焼き鳥屋「七福」で早稲田時代の学友2人と、2月ぶりに会った。同じ「七福」でも代々木八幡の駅前店よりも、参宮橋店の方が明るく、広く、そして客質もはるかに上品であった。何よりもつまみが馬鹿高くないのが良い。渋谷区役所の東大3回、司法試験3回落ちた「伝説の課長」の推薦だけはある。一人3000円で焼き鳥等を腹いっぱい食え、生ビール1杯、芋焼酎お湯割り2杯も飲める。 

 ぼくは67年入学で、入学早々、文学部生協で「資本論」(マルクス著 向坂逸郎訳 岩波書店 上下刊)を買い込んだ思い出がある。学友二人はマルクス研究会の友人である。

 あれから40年余、それぞれ変わった。一人は商学部を卒業後に、政経学部大学院に進学し、現在は税理士である。学生時代から勉強ばかりし、女っ気のまったくない男であった。それが「先日、接待で地元のスナックへ行き、4人で3万2千円も取られた。ボトルは「角」で、付いた女は60ぐらいの婆だ。それで3万2千円だ。ボッタクリだ。2度と行くもんか」と、しつこく、しつこく文句ばかり言う。それに加え、「俺の20歳は勉強ばかりだった。金が出来た今こそ、あの時を取り戻すよ。鶯谷で若い女を買うのは青春の復讐なんだ」と、「七福」名物ホッピーをぐびぐび開け、一人で気炎を吐く。

 一方、水道通り(渋谷区)沿いの古びた都営住宅に住む学友は、それをニコニコ聞いている。いつもは日本酒の熱燗をちびりちびりと飲むが、今日はぼくに付き合って芋焼酎のお湯割りだ。彼も商学部だったが、20歳代はもっとも過激で、舌鋒鋭く批判していたのに、60歳を超えると丸くなるようだ。学生時代は人民帽をかぶり、毛語録を片手に、文化大革命支持の演説をしていた。また学内、各セクトに詳しく、妙に感心したことを覚えている。

 ぼくはと言えば、地方の男子校で「平凡パンチ」を秘かに愛読し、上京すれば、麻生レイ子(平凡パンチのモデル)のような女性と付き合えると、単純に思い込んでいた「田舎っぺい」でしかなかった。文学部2年まではフランス語専攻だったので、クラスは女性が多かった。それが税理士には今でも不快でしょうがないらしい。商学部には女子学生はほとんどいなかったらしい。「合ハイで、日本女子、東京女子大の学生たちとも付き合ってい」た、と焦らせながら告白すると、地団太踏んで悔しがる。

 とどめは「神田川」である。「一緒に住むと、女はうざったいんだよなあ」と、いかにももてたように嘘を言うと、税理士はまたまた足をばたつかせ、「このやろー」と、また怒る。税理士をからかうのも面白いが、本当の目的は都営住宅に住む学友の激励である。

 卒業後、友達はPR映画の助監督をずっとやっていた。そして、やがて北朝鮮支持の映画を主に作っていた。金正日が後継者に決まってから、ぼくは距離を置くようにしていた。それが学友には納得できないことであったようだ。何回も批判されたが、まったく好きになれなかった。

 彼の処女出版のパーティで「これから朝鮮問題をやるなら、まず朝鮮語を学んで欲しい」とぶちあげた。朝鮮総連の関係者が多く集まっていたが、これが意外に受けた。関係者も本心では、朝鮮語を学んで欲しいと思っていたようだ。肝心の本だが、観念的でまったく売れなかった。

 渋谷区職労の「金大中」支援の活動家たちと出会ったのも、80~90年代だと思う。ともに学習会を続けていた。しかし、21世紀になると、多くの日本人が北朝鮮にそっぽを向き、学友は経済的にも、追い詰められてきた。奥さんとは離婚し、二人の子どもを引き取り、都営住宅で育てていた。

 金銭的にも、異性的にも清く、「悪いなあ、払っといてよ」と、映画関係者に多い「たかり」とはまったく無縁な人である。だから40年以上も、多少観念的だが、付き合ってこれた。それがある日、突然の電話が掛かってきた。

 「俺はもうだめだ」

 泣き声である。大至急、税理士とも連絡を取り、二人で水道通り沿いの都営住宅まで行った。思った以上に、3DKの部屋は荒れ果てていた。寡暮らしが長くなると、身の回りをあまり構わなくなるらしい。60歳を目前にして、これからの人生を考えたようだ。年金も払っていない。でも、田舎の母、妹、子どもたちに支えられ、都営住宅の家賃の安さー月約2万円ーにも助けられている。ぼくたちと会って話し、泣き終わると、少しづつ元気が出たようだ。

 昨日(11月23日)、郷里の中学の同期に電話をした。12月にJR東日本の2泊3日、1万2千円の割引切符を使って上京し、ともに寄席に行く予定であった。日程を確認すると「行けなくなった」と謝る。「どうして」と聞くと、「10月から下請けの工場に再就職しているから」と、消え入るような声である。信用組合を定年前に辞め、悠々自適だと思っていたが・・・。「経理だろう」と念を押してみる。「いや、工員だよ。フォークリフトの免許も取ったよ」と答える。大卒、信用組合の課長職でも、退職金が少なく、地方では仕事がない。だからフォークリフトの免許を取って、下請工場の工員に雇ってもらうのがせいぜいである。

 元気を取り戻した都営住宅の学友は、いまも自治会の会長として、「何故、ベンツの駐車場がないんだ」と、笹塚出張所に怒鳴り込む都営住宅の住人をなだめたり、一人住まいの孤独死対策で大忙しである。でも、合いも変わらず、どれだけベルリンの壁崩壊、ソ連解体、中国、インドの市場経済参入の意味を言っても、暖簾に腕押し,頑なである。一緒に学習会をした渋谷区の単労ー用務たちーが1000万近くの年収、3000万円近い退職金、月約24万円の年金の事実をどれだけ声を大にして伝えても、「下層労働者だから仕方がないんだ」と、超然たるものだ。もう少し、自分の足元を見て欲しいと思うが・・・。そして、いまだにパソコンに触ろうともしない。

 でも気になるやつだ。そして、時代遅れだと思いながらも、ちょっぴり尊敬している。それは初心である「志」をまだ学友に感じるから。

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「あんたなんか、大嫌い」と、言われてしまった。

 「あんたはえらそうだ」

 60歳を過ぎてから、かみさんに良く罵られる。映画監督、英国留学、ドキュメンタリーの数少ない専門家、オーストラリアの大学客員研究員、そしていつもアクアスキュータムか、ハリスツィードのジャケット、コートを好んで着ているから、かみさんはうざったくて仕方がないらしい。

 まだ50歳代では露骨に拒否反応を示すことは少なかった。しかし、還暦を過ぎると、かみさんが朝起きての、冒頭一番がこれだ。でもかみさんが白河夜船の朝6時には起き、洗濯機を2度、時には3度回し、朝日を浴びながら干し、そしてゴミ出しをしている。そして朝食後は洗い物まで分担しているではないか。また、日によっては煮干でだしをとって、豆腐で味噌汁まで作っているではないか!

 でも、かみさんに罵られるのはぼくだけではない。親友はもっと激しく学歴自慢を、声を荒げられ、弾劾されていた。たまたま中学だけは同期だったが、後は高校、大学と別だが、妙に馬が合った。ロシア、アメリカ、カナダ、オーストラリア等、40~50歳代にかけ、よく2人で旅行した。地元の短大理事長、中小企業コンサルタントなどを歴任したが、今年の7月に癌であっけなく死んでいった。

 人に優しく、地元で「お助けクラブ」などを発足させるところもあったが、何かあると母校の慶応、特に補欠でようよう入った経済学部を自慢するところが鼻つまみだった。奥さんがぼくの見ている前で、激しく糾弾するのも仕方がなかった。

 かみさんにがみがみ怒られた後に、渋谷区役所に行くと、心が休まる時がある。それは東大を3回、司法試験をこれまた3回落ちた後に、年齢制限ぎりぎりで渋谷区役所に引っかかった課長たちと話すときである。そのうちの一人は東大に3回も落ちた後に、早稲田くらいは受かると思い、親に入学金を準備させていたが、なんとここにも通らず、中央法学部に入学したという伝説上の人である。

 これらの課長は「涙とともにパンをかじった人」であり、住民にも優しい。これからの渋谷区を支える人である。東大、司法試験と6回の挫折は多いけど!

 これらの課長に癒される反面、驚くべき女性課長がいる。前広報課長(08年4月から商工観光課長に左遷)植竹ゆかりさんである。40歳代、03年に23区人事委員会課長職試験に合格後に、世田谷区から転籍してきた才女である。地味なおばさんが多い渋谷区女性職員の間では珍しく美人でおしゃれであった。とりわけ手入れされたマニキュアが印象的であった。問題はいいたい放題、遠慮ということを知らないことである。自分の才を過信している。

 「(容姿が)たこみたい(学生時代から俳優・近藤正臣に良く似ているといわれたが、たことは驚きである)。文句があるなら(渋谷区の外へ)引っ越せば。(奥さんに嫌われて)家にいれないんでしょう。だから渋谷区役所に来ているんでしょう」

 初めは何を言っているのか、判らなかった。しかし、そのうちに、この人は言葉のテロリストだと思った。暴言を見かねた、ある課長が「あの人は東大という噂があるから」と、囁いてくれた。しかし、その話は眉唾である。ぼくの周りの編集者、記者は東大卒の女性が多い。しかし、東大卒の女性でこんな蓮っ葉なことを言う人はいなかった。

 昨日の情報公開で商工観光課の代表として消費者センターの説明をする際、余りにもいい加減だから苦情を言ったところ、言われてしまった。

 「あんたなんか、大嫌い」

 これは50年ほど前に中学校で、クラスのマドンナに言われたことではないのか!当時、数学の教師が能力不足で、そのうえ感情的で、クラス全員が反旗を翻した。ただ一人、それに同調しなかったのが先生のお気に入り、マドンナであった。反旗の音頭を取ったのはぼくと慶応女子高校に進学した級長であった。級長は肥満気味だったが、美空ひばりのまねが抜群にうまく、クラスの人望が抜群にあった。

 「みんなも入っているから、君も反対運動に参加したら」

 彼女に共闘を申し入れたとたんの、返事がこれである。当然、成績が良かったから東大か、落ちても茶水くらいには入るとみんなが思っていたが、彼女が進学したのは立教であった。「なあんだ」と、当時思ったことは事実であった。級長が牛耳るクラス会にもまったく反応がなく、そのうちに病没したらしい。「マドンナは死んだよ」と、秘かに彼女に恋焦がれていた仏壇屋のケンちゃんが最近の同窓会でポツリと、全員に伝えた。でも、商業高校に進学したケンちゃんはマドンナに相手にもされなかったのに。

 一方、植竹ゆかり広報課長(当時)は07年度は具合が悪かった。明らかに容色が衰え、しみが目に付くようになった。一つは渋谷区役所の「お局様」、高卒後、定年まで係長職に甘んじ、管理職にはならないが、実際の業務を仕切っているおばさんたちの支持がなかったのが一因である。本人も苦しんだだろうが、部下たちも本人の高慢さに苦しんでいた。

 やはり植竹さんは、渋谷区の気風とは相容れなかった。ここは「金持ち、喧嘩せず」だが、あざといものを嫌うところがある。可哀想だが、世田谷区に戻った方が良い。最後に一つ、あなたの大嫌いな「たこ」からのお別れのご挨拶。

 「あんたはえらそうだ」

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松本賢司広報課長の「天下の暴論」

 昨日(08年11月18日)、渋谷区広報課情報公開係に電話をした。11月20日に行く件で、予約のためである。生活保護、ホームレス、国民健康保険、消費者センター(金融、賃貸住宅)、職員への苦情など、20日の時間を決め、担当者を情報公開係に呼んで実情を聞いている。

 机上の空論ではなく、住民が何に苦しんでいるのか、実態を知ることが必要だと思って、この10年間続けてきている。歴代の情報公開の担当者も協力してきた。それが、昨日、電話に出た三河主査に、「各担当者に予約できません。そこまでやる必要がありません」と、そっけなく断られてしまった。午後3時から5時まで能率的に予約を入れないと、手持ち無沙汰になる。情報公開が調整してくれるのが最も良いはずである。

 そもそも、電話口に三河主査が出たときからいやな予感がしていた。もう一人いる女性主査のほうがまだ気がつく。折悪しく、この日は彼女は休みだった。三河主査は50歳前後、独身男性、行政はサービス業であるという自覚がまったくない。電話の応対、それに区民への接遇においても、そっけなく「みもふたもない」人である。こんな気配りのない人を、行政の「ショーウインドウ」である広報課においてはいけない。あくまで「バック」、つまり事務の裏方であって、区民の前に出てきてはいけない。

 本人が本当のところ、そこが一番わかっているはずである。行政とはもともと「サービス業」であって、言語障害、社会不安障害なところが少しある自分を持て余しているのは、三河主査自身である。

 そんな人に関わりあってもあっても仕方がないので、「上司の松本課長を出すように」とお願いする。広報課長松本は、行政はサービス業であることを体現している男である。40歳代、明大法学部を卒業。「渋谷区役所の星」である。公聴相談係、情報公開など、区役所の日の当たる坂道を最年少で駆け上り、広報課長に上り詰めている。

 当たりは柔らかく、如才ない。着ているものも、それまでは中野ブロードウエーのきくまつやの安物から、課長になったとたんにデパートで買ったスーツをこれ見よがしに、見せ付ける。でも基本的に明るいから話を聞くことが多い。

 「余り職員のことを書くと訴えられますよ」と、さっそくジャブを入れてくる。単労(清掃、用務、学童擁護等)に較べ、行政(事務)職に関してはこの10年間、さほど不満があるわけではない。むしろ、ひたすら忙しく働くおばさんたち係長に関しては頭が下がる。ただ、もっとパソコンを活用すれば雑務が減少するのに、とついつい助けを出したくなる。

 しかし、いくら事務職といえども、「適材適所」である。三河主査が窓口に向いているとは思えない。三河主査の給与、退職金、年金の負担をする納税者は、もっとはっきり言ったほうがいいと思う。「明るく、そしてスマイル」

 「私たちは納税者と対等です。全体の奉仕者です。あなただけが区民ではありません」

 三河主査の件で提案すると、さっそく松本課長から反論がくる。松本課長は愛想は良いが頑なな所がある。何かあると、この10年間、職員と納税者は「対等」であることを言い張る。

 しかし、これは「天下の暴論」である。おい、おい、松本課長。憲法を読んでみろよ。君たちは単なる「奉仕者」に過ぎないんだよ。そのために渋谷区の納税者は君たちの給料だけではなく、年3回ものボーナス、3000万円近い退職金、そして年金月約24万円(12万円は納税者が負担)払っているんだ。一度たりとも遅配したことはないはずだ。

 君たちがわたしたちのために奉仕するために、私たちはきちん、きちんと税金を払っている。税金を納めることは国民の義務なのだ。三越がいやだから伊勢丹に、トヨタに不満があるからホンダに、というわけではない。もし、払わなかったら、やがて裁判になり、罰せられる。私たちに選択の余地はない。

 法学部出身で司法試験にも挑戦した松本課長がこのことを知らないわけがない。ただ、大学を出てからずっと渋谷区役所しか知らないから、「平等」という暴論が平気で出るようになる。それは、私たち住民の責任でもある。「金持ち、喧嘩せず」と、職員を余りにも無視、軽視した一つのツケが松本課長の「平等」論である。

 しかし、そんなことを破廉恥に口にする松本課長はまだまだ可愛い。表に出さないが、渋谷区の職員の多くは住民を小ばかにしている。注文をつける納税者を「クレーマー」として、初めからまともに向かい合わない人のいる。区議会事務局長・関口康永がその典型だ。

 自分たちの給料は誰が払っているのか?もっと三河主査、松本課長に考えてもらいたい!

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天にそびえる「白あり御殿」

 現在の日本は明白な「公貧社会」である。原因は消費税を上げないからである。

 ぼくは74~75年にかけてイギリスで勉強していた。文化庁在外研修員として、当時でも月30万円を戴いて、大量に本とアクアスキュータムの男子用品などを買い込んでいた。本は無税だったが、アクアスキュータムなどの紳士用品には15%の付加価値(消費)税がかけられ、高いといつも思っていた。しかし、その消費税が英国の豊かな、老後の心配が無い社会保障を支えていた。

 その消費税が日本ではまだ5%である。隣の韓国でさえ10%なのに。ありがたいと思う反面、年金などの社会保障が心配である。いくら社会保障を切って、社会的弱者である母子家庭、生活保護家庭を泣かせるより、ぼくはせめて消費税を10%に至急上げた方がいいと思う。それが出来ないから、社会的な緊張がますます増し、一家心中が増えるだけである。社会的弱者が徐々に追い詰められ、これからもっとおぞましい、いやな事件が増える。

 年金、退職金などの社会保障が大幅に切られるにもかかわらず、まったく手が入らない「聖域」が現存している。それは公務員の退職金である。全額税金で、住民が負担している。

 08年11月14日の朝日新聞朝刊に「団塊退職金 借金頼み-44都道府県起債 急増4200億円」と、子や孫たちが団塊世代の公務員の退職金を払い続けていかねばならない状況が紹介されている。税収が期待できない地方ほど、退職金の借金は重荷である。問題は、平均2700~2800万円の退職金は手付かずで、減額できないことだ。

 私が住んでいる渋谷区の場合は、「退職給与引当金」として、07年に220億円も「固定負債」として準備してある(08年11月15日 渋谷区ニュース)。07年特別区税約457億円の約半分に当たる。莫大なお金が職員たちの退職金に回る。

 普通、私たちは渋谷区職員の年収ばかりを問題にすることが多い。1000万円を超える清掃などの単純労務職員に唖然とするが、実は彼らの退職金、年金(月約24万円の半額)は年にすると約200万円を私たちが負担している。それを加えると「住民指導」で残業が異常に多い清掃職員に年間1200万円も払うことになる。平均して、給料に加え職員一人当たり年間1000万円を払っている。区税を払うということは、その半額近くを職員たちの人件費に払っていることである!

 でも福祉部管理課の金子、二見係長に払うことは納得がいく。それだけ、多少口は悪いが、定年が近いにもかかわらず、おばさんたちはよく働いている。広報課の「その一口が・・・」の女性係長も性格は飛びぬけて悪いが、その分懸命に稼動している。渋谷区役所は本当はこんなおばさん係長が支えている。黒柳職員課長はそこのところがまだわかっていない。

 しかし、単労の学童擁護、用務のおばさんたちはおぞましい。戦後、「寡婦」対策のための発足した児童擁護の(緑の)おばさんたちの実働は朝1時間、午後2時間、暇なときは「主事室」でテレビを見ながらおせんべいをぼりぼり。春・夏・冬の休みを外すと、実働時間給は1万円をはるかに超す。

 さすがにこんなベラボウな単労は、日本広といえども23区の富裕区しかいない。今まで多くの人たちはこんな実態を知らなかった。しかし、これからは違う。税収が落ち込むので、もっと厳しく住民から取り立てる。年収200万円以下でも、容赦なく「臨戸」(税務課員が未納者を訪れること)する。

 突然「臨戸」され、大声で泣き喚いても、高校を出たばかりのかわいい女子税務課員は冷静に税金をむしり取る。税務課に行き、大声を上げ、時には窓口で「無いもんは無いんだ」と、裸になっても、警察が駆けつけるのが落ちである。

 リーマンショックで外資を解雇された人が渋谷区には多い。一時は1000万円以上の年収があったはずである。しかし、現在では渋谷職安に通い、新たな仕事を探している。残念ながら、不況でもうそんな好条件な職場は無い。たちまち、せっかく購入した高級マンションのローンも払えず、年金、健康保険もやがては滞納し、子どもたちも青山・慶応の小・中学校に通えなくなる。やがて、渋谷区のかわいい税務職員がか細い声で「臨戸」に来る。そのときに単労の1000万円もの年収にふつふつと怒りがこみ上げて来るはずである。

 もっと自分の住んでいる地域(コミュニテイ)に日ごろから関心を持ち、自分の税金がいかに使われているかを監視しないといけない。でたらめな単労たちの人件費である。埼玉、千葉、都内では八王子にそびえる「白あり御殿」(単労たちの自宅)を前に、高級マンションを追い出された(元)渋谷区民だった家族が地団太踏んでも遅すぎる。

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渋谷区に住むことは得か?

 渋谷区に住んで30年近くたつが、最近30歳前後の女性たちから住まいについて相談を受ける機会が多いので、自分の体験を書いてみたい。

 渋谷区に来る前は、三鷹市に3年近く住んでいた。三鷹、武蔵野市はイメージは良いが、しかし23区に比べるとやはり貧しい。税収が上がらないことと、市の職員の給料が高すぎ、市民サービスが実に貧弱だった。職員の給料に優先順序が置かれ、図書館が少ないし、みすぼらしい。

 たまたま交通の便が抜群に良い、渋谷区笹塚の駅前の賃貸共同住宅に移り、都下と違い財政の豊かさに驚いた。その驚きは、まず保育園である。横浜市のマンションを買おうとして内金まで払ったが、近くの保育園に行って愕然とした。横浜市の場合、公立が少なく、私立が多い。しかし、その実情は格段に落ちる。保育料も高いが、その割には保母たちはそんなに恵まれていない。そして設備も寒々しかった。

 保育園を見た後に、かみさんはマンション予約をキャンセルした。その保育園に関しては渋谷区はお勧めである。過去3年間、待機児数の推移を見ると、06年45人、07年32人、08年29人で、ほぼ全入である。保育課はこの数字を公表することに難色を示していた。周りの区から参入が増えるからである。

 事実、息子が通っていた笹塚第2保育園では、保育事情が悪い、近くの世田谷区の子どもたちがいた。渋谷区はそんな他区の子どもを受け入れる余裕がある。子どもを保育園に預けて、かみさんが安心して働きに出れることで、我が家では大助かりであった。そして、保育園の父兄会もぼくは楽しかった。和気藹々、大学職員、中野区職員等、さまざまな階層の住民たちと語り合え、渋谷区に移って良かったと、実感した。また、保母、園長も渋谷区職員で厚遇されていた。その分、子どもや父兄にも優しかった。

 次に納得したのは小・中学の公教育である。私立中学進学が50%を越え、渋谷区住民は全国で一番、公教育を見限っている。確かに教育委員のお粗末さは失笑するしかない。高齢の医師、歯科医、PTAのおばさん、それに福祉ではぼくも一目置くが教育が場違いの教育長等が渋谷区の教育を牛耳っている。レベルが極端に低すぎる。毎月、会議をするのはいいが、現実に私立中学進学の波は止めようがない。もっと壮年の男性弁護士、大学教授を入れないと、「老人、おばさんの井戸端会議」になる。

 教育委員のお粗末さに比べ、教育委員会の指導主事には脱帽した。前指導主事は東京女子大で西鶴を学んだ50歳代の女性だったが、彼女の熱心な教育論には舌を巻いた。現在、他区の中学校で校長をしていると聞いているが、ぜひ渋谷区の中学に戻ってきて欲しいと思う。また、笹塚中学の社会科の先生の授業で、息子は世界史の近現代の面白さに目覚めたようだ。ベルリンの壁は何故、崩壊したのか、社会主義は何故嫌われたのか、かみさんやぼくに突っかかってくる。しかし、この先生は定年まで出世できないだろう。「君が代」「日の丸」に協力的ではないから。現場の先生たちに余計な負担をかけてはいけない。

 渋谷区の公教育、表層はお粗末極まるが、基層、特に現場の教師たちに関しては、保育園と並んでお勧めである。年間、100万円近くも学費を払って、帝京、国士舘などの私立中学に入れる必要はない。

 そして図書館。子どもが保育園、小・中学校を終えれば、渋谷区とは余り関係がなくなる。ただ図書館だけはずっと付き合うことになる。三鷹市の図書館も数が少なく、そして不便だったが、渋谷区は数はまあ、まあある。問題は職員の司書の数が少なすぎることだ。その司書資格を持っていても給料に反映されることはなく、出張所の事務に急に回されることもある。その反面、司書資格のない50歳代のおじさんが図書館長になり、その余りの知性のなさに利用者から冷笑されることもある。笹塚図書館長はそのぶん、利用者の声に耳を傾け、歴代謙虚である。

 でももう一つ、問題がある。図書館の予算が1割削減されていることだ。笹塚図書館では、月刊誌「世界」の購読が廃止になり、5000円以上の単行本は事実上、購入は無理である。その反面、便所掃除の単労は1000万円近い年収を切られることはない。ちなみに、笹塚図書館の図書購入費は年間、約800万円である。

 さまざまな問題を渋谷区は抱えている。しかし、渋谷区は日本で三番目に豊かな自治体である。週刊ダイアモンドが06年に調べたところでは、港区、中央区についで一人当たり税収がある。ちなみに第四位は兵庫県芦屋市である。その豊かさが渋谷区民に実感されないのは、自分たちの地域に住民が余り興味を持たない、つまり無関心だからである。

 何回でも繰り返すが、「金持ち、喧嘩せず」。これが渋谷区民の本音である。区議会議員、区長選挙投票率は約40%。その反面、衆議院、参議院投票率が約60%。国政に比べ、身近な区政への無関心。だから自分の学歴を明かさず、区民にすぐ怒鳴る(ぼくも分科会を傍聴していて、怒鳴られた。ヤクザみたいなおじさんである)自民党区会議員ー彼は最近選挙カーのガソリン代を追及されているーが睨みをきかしている。しかし、区議会はまだ4年に1度の選挙の洗礼がある。たちの悪いのは「白あり公務員」たちである。

 昨日、職員課長黒柳と、ある清掃職員の「職免」(職務専念免除願)のこの5年間分を、精査することになっていた。あれほど電話で念を押していたにもかかわらず、08年分しか用意してこなかった。この職員は職場に来ず、組合大会、組合本部に行っていることが異様に多い。ヤミ専従の疑いがあると思っている。しかし、黒柳課長は証拠を持ってこない。

 また残業等の記録を取り寄せると、運転手たちがおびただしく超過勤務している。そして、清掃の職員たちが「住民指導」という名目で信じられないほどの残業をしている。そもそも単労に「指導」されることは納税者はない。何か、勘違いをしている。私たちの税金はこれら単労の人たちの残業代に食われていく。住民が豊かさを実感できないわけである。

 何回も繰り返すが、渋谷区にはさまざまな問題が山済みされている。区議会議員の一部の顔ー粗暴さがもろに出ているーを見ると哀しくなる。そして我が家に「お母さんが交通事故です」と、嫌がらせの電話をかけてくる単労を軽蔑する。しかし、それ以上に渋谷区は豊かであり、そして安全だということを力説したい。足立区に比べれば新築マンションの価格、賃貸マンションの家賃は2,3割は確実に高い。しかし、その分、安全である。

 20年以上も東京地裁刑事法廷で傍聴を続けているが、被告は大抵が足立区、葛飾区、北区に住んでいる。その地域は窃盗、暴行などの単純な粗暴犯が多いところである。家賃の安さのつられて、そこに住むと思わぬトラブルに巻き込まれることがある。特に若い女性は気をつけたほうが良い。被害者になって始めて、治安の大切さが実感できる。

 私たちは群れて生きていた方が危険が少ない。渋谷区に住むということは多少、家賃、物価が高いが犯罪にあうことは少なく、そして、保育園などで豊かさを実感できることである。

 

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船本、吉田課長に大学院に行って欲しい

 英国の(前)首相のブレアーは、ことあるたびに力説していた。

          「教育、教育、教育」

 グローバル化、IT化が急激に進む現在、「教育」の必要性を実感する。つまり、英語教育、特に英語の書く力の増強と、それを使ってのインターネットの駆使である。

 90年代、ビルマとバングラデッシュの国境で活躍している、日本のNGOの視察に行ったことがある。「ロヒンジャー」と呼ばれる貧しいバングラ系の住民が多いところで、交通の便は極端に悪いところだった。ラングーンから空路、それから船に乗り換え、最後に車で1日がかりでようやくたどり着くところで、まさに最果ての地であった。徒歩でアジア一週を目指した「猿岩石」でさえも、ここだけは避け、ラングーンからダッカまで空路を使っている。

 こんな雨ばかりの辺境の地で住民支援をしている日本のNGOの地道な活動に感動しただけではなく、もう一つ強烈に覚えていることがある。それはNGOの事務所で、英語でインターネットを懸命に学んでいる地元の青年たちである。世界でも最底辺の貧しさである「ロヒンジャー」が、何とかこれを脱却する苦闘と、ぼくは見た。

 今年になってNHKはダッカ(バングラデッシュの首都)の紡績工場の社長が、労働力の安さを武器に、スーパーマーケット(アメリカ)の下着の大量受注に成功したことを放映していた。これも英語、インターネットを使ってである。

 還暦を過ぎたぼくでさえ、最近はTVを見るより、インターネットを使ってアマゾン英書情報、「朝鮮日報」等を読むことが多い。そしてドル、ウオンの乱高下をチェックしている。大きく下がったところでまたニューヨークの本屋で写真集、画集をまとめ買いをしたり、ソウルにあるグランドハイヤットホテルに泊まり、下町の食堂で韓定食を食いたいと思っている。

 多くの納税者はぼく同様、ITを毎日駆使している。しかし、渋谷区役所に行くと何かが違う。確かに行政(事務)職の人たち、特に課長、係長は良く働いている。高齢者サービス課・船本課長、収入役室・吉田恭子課長などは頭が下がるぐらいである。しかし、大半がパソコンすら持たず、ただむやみやたらに仕事に追われている。建物の古さとあいまって、いまどき昭和の雰囲気が色濃く残る珍しい職場である。

 船本、吉田課長など優秀な管理職をもっとITに親しんでもらうだけではなく、サーバティカル(長期有給休暇)を取らしたい。1年間、首都大学東京の修士課程に行ってもらい、これからの地方行政の論文を書き、それを公開させたい。ただし、この1年間、区役所に来ることを禁止し、年収を6割(約600万円)に抑えたい。それでも文化庁の在外研修員より2倍近く恵まれている。

 単労を懲戒解雇、分限解雇、そして勧奨退職させるために納税者は動く。だって年収1000万円もの清掃、運転などの単純労務「公務員」はいらないから。まだ40歳代と若い船本課長より、50歳代の単労のほうが年収が多いことがある。その高給単労がなんだ、かんだと働かない。下請け、NPOで十分だ。でもケースワーカー、職員課、そして税務課の職員はもっと増員が必要である。そして各自に1台、パソコンを持たせたい。今のままでは過労死する人が出てくる。現に生活保護担当の職員は過労で休職している人が目立つ。

 ひたひたとグローバル化、IT化の波は毎日の生活にも押し寄せている。特にサブプライム不況が毎日をよりいっそう冷え込ませる。でもバングラの青年たちはこれを逆手にとって、低価格を武器に日本に乗り込んでくるだろう。現にぼくのワイシャツは9月に京王デパートで買ったもので、ベトナム製である。ラオス製もあった。3999円、形状安定で、白洋舎にクリーニングに出す必要はない。1枚350円以上のクリーニング代を節約できるぼくはいいが、白洋舎の従業員はいずれ人員整理が始まると思う。

 単労は一見、この不景気とは関係がなさそうに見える。しかし、「チェンジ」の波は彼らをも巻き込む。戦後日本社会の負の遺産、不良資産、悪平等、既得権、能力不足(事務職への転換試験にもほぼ100%受からない)の象徴もサブプライム不況、リーマンショックを機に激減するだろう。それほど市民社会、納税者は甘くはない。しかし、優秀な人材(事務職)は必要なのである。若手の管理職にもっと教育投資をしたい。特にITと、大学院教育である。

 これからの時代に生き残り、そしてそれを乗り越えるために英国(元)首相ブレアーの言葉を繰り返したい。そして、そのために喜んで税金を使いたい。

              「教育、教育、教育」

 

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その一口が・・・

 オンブズマンといっても、ぼくの場合、何も特別なことをやっているわけではない。この10年近く、渋谷区役所3Fにある広報課情報公開コーナーで、月に2,3度、清掃、用務等の職員の「職免」(職務免除申請願)、「超過勤務等」(残業等)の記録を見るだけである。そして、担当の課長、係長に事情を聞く。

 ドキュメンタリーが仕事だから、記録の読み込みには慎重である。でもアメリカ国立公文書館(ワシントンDC)で朝鮮人従軍慰安婦の記録を探し、読み込むほどの大変さは、渋谷区情報公開コーナーではそう多くはない。情報公開コーナーでの2人の主事はコミニュケーション障害の傾向は少しあるが、そんなに邪魔ではない。問題は左隣にある広報課公聴相談係である。係員は6,7人で、情報公開係の代役をすることが多い。

 係長は40歳代の大柄な女性で、女性職員にはまれなクリスチャン・デオール等のブランド品が似合う。大卒で知能指数も120以上はある。区長がまだ助役だったときに秘書だった切れ者である。でも口が悪すぎる。

 「オンブズマンの相手をするのは福祉です。ここ以外に行くところがないのでしょう?」

 ぼくは福祉でオンブズマンをしているわけではない。英国流の「社会貢献」ではないが、自分が30年近く住んでいる地域を、もっと住み易くする為に手弁当でやっているだけである。税金を地域ー図書館、保育園等ーに使って欲しいだけである。単純労務職員(単労)の年収1000万円以上、技術職職員の勤務中のゴルフ職免のために税金を払っているわけではない。

 一方、かみさん、同期の友人たちは冷ややかである。かみさんは「あなたの敵は隣のNHKでしょう。従軍慰安婦問題こそが問題であり、ちんけな職員を相手にしていても消耗するだけよ」と、まったく理解がない。かっての全共闘の友人たちは「弱いもの苛めするな」と、白あり公務員の実態を見ようとはしない。昔の下層労働者のイメージが強すぎる。年収1000万以上の清掃労働者の話をしても、なかなか信じようとはしない。

 30年近く住んでみて、よく解った。渋谷区民の本音は「金持ち、けんかせず」である。区会議員選挙、区長選挙では約40%の低投票率であるが、衆参選挙だけは60%を超えるのが事実である。国政には関心を示すが、あまり地域のことに興味がない。小中と私立に行けば、地域のことに関心が薄くなるのは仕方がない。ちなみに私立中学進学率は50%を越え、渋谷区が全国一である。短大出と80歳近い老人がが異様に多かった渋谷区教育委員を、父兄はあざ笑っている。そして相手にしていない。

 60歳を過ぎると、職員から笹塚敬老館に行くことを強く勧められる。小汚い敬老館に行って、盆踊りを練習し、カラオケで「東京音頭」を歌えというのか?地域に貢献できる、もっと他にやることがあるだろう。

 これだけ大反対しているにもかかわらず、また渋谷区は単労を大量採用した。教育委員会柴田次長は「採用していない」と、あくまでシラを切りとおす。でも、職員課に確認すれば済むことである。こんな税収不足な時代に能力不足(事務職への試験にほとんどが合格しない)の単労を採用して、定年(多くの人は65歳まで再雇用)まで、私たち納税者が月々の給料に加え、年3度のボーナス、退職金、年金(その半額)を負担しなければならない。働けばまだ良いが、「私たちも公務員だ」と、なんだかんだと理由をつけ、働かない。

 それを糾すために手弁当で動いているが、確かに渋谷区役所に行けば、ぼくは目立つ。中島豊六部長自慢のアオキ、そして黒柳職員課長のコナカの新品スーツに比べると、ぼくのジャケットは、そろって30年も前の古臭い英国製のものばかりだ。だから「笹塚のビンボーさん」だと可哀想だと思われるのだろう。ぼくの古式蒼然たる格好を見て、一部の職員は「笹塚のチャップリン」と陰口を叩く。

 でも「オンブズマンの相手をするのは福祉です」は幾らなんでも、言いすぎである。言われて傷ついた方はその百分の一でも言い返したい。

 「その一口が・・・豚になる」

 

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